【08】知らない顔【05】
◆ ◆ ◆
「現状出した結論から話すと、『魔王の力は復活しているが不完全』と推察している」
不完全? と首を傾げると、ナズクルは頷いた。
「順を追って話そう。まず、我々が打倒した魔王が復活していた場合、
すぐにでも魔族を束ねる為に、復活の宣言をするだろう」
「なるほど。それをしないってことは、復活が出来たとは言えないと」
「そう。少なくとも当時の力は失われていると考えるのが妥当だろう。
そして、当時の力を取り戻すべく、動いている、と仮定できる」
それで、南の皇国へ行こうとしていた、と。
「魔王は、百人の命を食らえば、一つの命を成せる」
それは、『魔王』という称号を受け継いだ者に備わる【特殊術技】。
「こう考えると、一ヶ月程前、西方レンヴァータで連日起こった大量殺戮も別の意味で見ることが出来る。
──魔王復活の為に必要だったわけだ」
「だが、足りていない、と」
「そう。そして、魔王の完全復活には、普通の命だけでは足りないのだろう」
「普通の命だけでは足りない? じゃあ何が必要なんだい?」
ルキが問うと、ナズクルはまたも鼻で笑う。
「それは分からん。あくまで仮定と推察だからな」
イラっとして睨みつけるルキを宥める。
この二人、マジで犬猿なのか。一緒に居る俺の方が冷や汗掻いちまうよ……。
「ともかく、あれか。足りない何か、が分かれば、先手を打てるわけだな」
「その通りだ。その何かを探す為に、少女を使っている、と考えている」
なるほど。筋は通るな。
「ふん。それなら、エリクシルでも探しているのかもね」
「エリクシル? ってなんスか?」
ルキの刺々しい投げやりな言葉にハルルが反応した。
「え、ああ。エリクシルって言うのは、不老不死の薬の一つだよ。文字通り、使えば不老、不死の体を手に入れる」
「そ、そんな凄い薬が、実在するんスか?」
「まぁ、すると言われているよ。近い物はこの国にもあるだろ。なぁナズクル」
「そうだな。……だがそうだとすると、疑問が残る」
「え? どういうことッスか?」
「この国の霊薬を狙わずに、わざわざ他国へ行く。つまり薬が狙いではないかもしれない。と言うことか」
「つまり、この子の目的が、まったく分からない、ってことッスね」
ハルルが問うと、ナズクルが頷いた。
「その通りだ。分かっているのが、国外に何かを求めている、ということだけ。その為、国境周辺警備の勇者の増員は完了している」
手が速いことで。だけど。そうだな。
俺は腕を組む。
「ふむ。そうすると、魔王が不完全なのは、ほぼ確定だね」
「そうだ。つまり」
「叩くなら、今ってことッスね!」
それ、お前じゃなくて俺が言うセリフでは……?
「ってことは、少女の所在地、実は掴めてるってことか?」
「完全な補足ではないが、敵がいそうな地点は20地点まで絞り、優先すべき3地点を洗い出した」
「おお、ようやく話が見えて来たな」
「そうとも。早い話、この3地点を同時に偵察する。敵を発見したら攻撃をする」
「同時に? ということは、全員バラバラか?」
「そうだ」
「中々リスキーじゃないか? 相手は不完全でも魔王なんだろ?」
「ボクもそう思うよ。全員で一ヶ所に仕掛けた方が確実じゃないか?」
「そうだな。だが、外して国外に逃亡させる訳にもいかない」
「それはそうだが」
「勿論、敵の戦力が上と判断したら偵察に注力してくれ。無理に戦闘せず離脱。そういう面でも、少数の方が動きやすいだろう?」
「まぁ、いいたいことはわかったよ」
「数パーセントでも遭遇できる確率を上げたいのが本音だ。20分の1を、20分の3に」
「20%の確率が、およそ60%の確率で、魔王と遭遇出来る訳ッスね!」
「5%が15%な」
ナズクルとルキが笑い、ハルルが頬を赤らめ、俺は恥ずかしさもあり頭を抱えた。
◆ ◆ ◆
ご不浄を終え、手を洗っている。
何もかもが、凄い。トイレ、超綺麗。
後、この石鹸も凄い良い香りだ。なんか、こう……清潔を固めて作ったような石鹸だ。
とりあえず、いつもより泡立てておこう。得した気分だ。
よく見たら、洗面台まで、豪華だ。
これ、大理石ってやつか?
いや、石の名前を大理石しか知らないだけなんだけど……。
あれ、俺、元勇者の中でも庶民過ぎないか……?
ルキもナズクルも超いい建物に住んでるのに、俺はアパート暮らしか……おかしいなぁ。
そういえば、ここ、王国のどのあたりなんだ?
転移魔法でこの屋敷に来たから分からないが……王都の中央地区だろうか。
でも、調度品からすると、ナズクルの屋敷、だよな。
壺ある。甲冑ある。
やべぇな。金持ちじゃん……。
……ナズクルは、今は、参謀長という役職らしい。
昔から、情報分析が得意な奴だ。
魔王討伐隊《雷の翼》で、ナズクルは、まとめ役でもあった。
灼熱の洞窟の中でも、極寒の雪原のど真ん中でも、どんな場所でもナズクルは情報を分析していた。
そんなイカれた冷静さをナズクルは持っていた。
その高い集中力か使命感からか、人より冷たい口調になったり、誤解されやすい言動が多かったりする。
実際に作られた作戦は、皆が最も安全に戦える作戦ばかりだった。
つまり、俺よりも不器用。そういう奴だ、というのが俺の認識だ。
ハルルはナズクルの言い方に腹を立ててくれたが、俺は左程、何も思っていなかった。
ああいう言い方はしてしまう奴だが、根はいい奴なんだ。
ふと、俺の目に入り込んだのは、奇妙な部屋だ。
扉は開いていて、中は、少し暗い。奥でカーテンが揺れている。
ぶおっ、と強い風が吹いた。
カーテンが巻き上がり、キャビネットの上にあった何かが倒れて、床に落ちた。
部屋に入って、落ちた物を拾い上げる。
写真立てだ。……この写真は。
「何してる。……おい、ライ公」
どすの利いた低い声。振り返ると、血相を変えたナズクルがいた。
何が起こってるか分からなかった。胸倉を掴まれて手に持っていた写真立てをひったくられる。
「わ、悪い。風に煽られて、写真立てが倒れたから、拾ったんだ」
「……勝手に、入り込むな」
「わ、悪かったって」
言葉は、そこで打ち切られた。
俺は、こんなナズクルを、見たことが無かった。
それに、あの写真……古びた、あの写真は。
「……写真、見たのか」
「……少し、だけ」
「忘れろ」
「ナズクル。お前」
「忘れろと言っている」
ナズクルは写真立てをキャビネットの棚の中に入れ、部屋から出ていった。
今の、ナズクルも。あの写真の、ナズクルも、どちらも俺の知らない顔を、していた。




