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【02】火の魔法なんて、使えなければよかった。【01】

 


  『火の魔法なんて、使えなければよかった。』 


 最前線。そして、城塞都市での籠城戦。

 きっと、ここは地獄だろう。

 城壁の下を歩く。


 多くの、人間だったモノが転がっている。


 手や、足や。胴体部分や、分からない部位。

 それらは一か所に集められていた。

 埋葬する時間は無い。


『ライヴェルグさん、それは知り合い?』


 落ちくぼんだ顔の──彼の名前は忘れたが──兵士の友人が、訪ねてきた。


 首を振る。

 彼は、そう、と呟いてから、杖を取る。


『知り合いを見つけたら教えて。リスト、名前載せないといけないから』


 火炎系の青白い炎の魔法を使い、人間だったモノが燃えていく。


『ねぇ、ライヴェルグさん。なんで。ボクは、仲間を燃やしているんだろう』


『火の魔法なんて使えなければよかった』


 青白い光に当てられた彼の頬が、崩れるように震えていたのをよく覚えている。


 戦闘開始から三日目の朝。

 辛うじて、俺は無事だった。

 だが、多くの人間は、死体になった。



 俺は、無事だった。

 無事だった。なのに。



 ──イゼスさんの遺体は、顔面の真ん中が踏みつぶされていて、胴から下は爆発で吹き飛んでいた。



 彼の六歳になったばかりの一人娘が、泣きながら、彼の溢れた臓物をどうにか体の中に入れようと、血まみれで、もがきながら、助けを求めていた。


 お腹に入れたら、生き返るから、生き返るから。助けてください。


 もう返事をしないイゼスさんから、その子を引き離す時、今まで聞いたことのない、辛く暗い奇声を上げて抵抗された。


 まだ生きてる。そう叫ぶ彼女の言葉に、俺も涙が溢れた。──






『ライヴェルグ。相談がある』


 髭面の彼は、この町のギルドマスターのイゼスさんだ。

 ──時間が戻った。ああ、おかしいと思った。

 これは夢か。だから懐かしい顔がたくさん出てくるのか。ああ、また。まだ夢か。


 この後に来る、四回目の魔王軍の攻撃の時、最前線で指揮を執り、命を落とす人だ。


 この人は、まだ十三歳で、冒険者の駆け出しだった俺によくしてくれていた。


『お前の腕を見込んでいる。作戦を立てた。最後の作戦だ』


 本部に行くと、作戦を説明された。

 簡単な作戦だった。


 この後、戦線の維持は不能。確実に、敵に攻め込まれる。


 ならば、敵主力部隊を逆に城塞都市内に誘引。その隙に、敵本陣にいる総大将を討つ。つまり、奇襲だ。


『ライヴェルグ。お前に、その奇襲を任せたい』


 戦闘開始時、城塞都市の戦力は、約五百名。

 魔王軍約三千名。ジリ貧でここまでよく持った方だ。


 王都からの援軍の到着も、明日になる。それまでは持たない。


『お前なら大丈夫だ。任せられる』

 

 そう、俺は、その役割を受けた。


『ライ。大役だね。大丈夫、私もいるから』


 サシャラ。腰まである長い緑髪と、ベリルを砕いて作ったような美しい緑の目。


 俺が駆け出し冒険者の頃から、縁がある奴で、この時の防衛戦も一緒の部隊にいた。



 ──これは、魔王討伐隊に入る前の出来事の……夢だ。


 

 この戦争の後に結成される魔王討伐部隊には、このサシャラもいる。


 俺が率いる十数名の奇襲部隊は、夜明け前に城塞都市から出た。


 そして、城塞都市が敵主力を誘引し始め、狼煙が上がり、作戦を開始した。


 山岳地帯を抜け、敵本陣の横から突撃。


 我武者羅に、必死に、決死で。敵の中枢へ斬り進む。




 そして、魔王幹部であり、この戦争の大将であった黒鬼竜族の首を、俺が刎ねた。




 ──今更、嫌な夢だ。


 その後は、俺たち奇襲部隊が背後から攻撃を開始。


 指揮系統を失った魔族軍は、敗走。


 勝利を得た。


 それにより、ライヴェルグの名前は一気に世に知れ渡った。



 ──最近、ずっとライヴェルグなんて呼ばれていたからか。


 

 そして、国王と謁見。


 多くのモノを渡された。


 『魔王討伐の任』、伝説の『聖剣』。


 勇者の盃により勇者だけが扱える『術技(スキル)』と、『称号』。


 『勇者』ライヴェルグ。


 そして、俺は……この後、約三年の月日を旅し、魔王を討伐する。



 勇者ライヴェルグに任せれば大丈夫だ!

 頼みます、勇者様!

 どんな戦況でも彼らを投入すれば勝利が待つ!

 勇者なら勝てる! 絶対に勝てる!


 誰もがそう讃えた。



 ──俺は。もう。……もう見たくない。夢から醒めたい。



 多くの人間たちの歓声が、期待が、願いが、そこには込められていた。


 勇者の兜は、獅子の顔の全覆兜(フルフェイス)

                『……しょー』

 獅子の兜の表情は、変わらない。


 獅子の兜の下にある表情を、誰にも見せないように。 

             『ししょー ……!』

 勇者は民衆の前で剣を高らかに掲げなければならない。


 それしか選択肢はないのだから。


    『ししょー! おなか減りましたー!』


 ◆ ◆ ◆


「ししょー? あ、やっと起きたッスね!」


 心配そうな顔をしていた──と思ったら、にっこりと笑うハルル。


 頭には包帯。よく見れば両腕にも包帯を巻かれ、怪我人用の白いシャツを着ている。


 俺は、椅子に座って寝ていた。


「お腹すきすぎたんで、起こしちゃったッス! すみません」


 ……見え見えの嘘だな。


 俺の手が、汗まみれだ。それと見えはしないが、背中もべっとりと汗ばんでいるのが分かる。


 俺が、魘されてでもいたんだろう。

 変な気、遣わせてしまったな。


「大丈夫だ。もう朝だもんな」

「そうッス。朝ッス、朝ご飯ッス!」


 本当に、楽しそうな顔で笑うものだから、つられて口元が笑む。


「そんだけ腹好かせてれば、もう体は大丈夫か?」

 小動物の毛並みのように少し跳ねた銀白の髪を揺らしてハルルは頷く。


「もう全力全快ッス!」

 愉快な用語を羅列して見せた。

 よかった。思ったより元気そうだ。



 昨日、こいつは地竜の一撃を食らった。直撃ではないが。



 それでも、地竜の一撃は爆撃と同じ。


 頭から大量に血を流していたのもあり、オルゴ山道麓にある、この『医療勇者ギルド』の医療施設に運び込んだわけだ。


 幸い、オルゴ山道麓は、誰が見ても腕が良いと言える医療術者が揃っていて、手際よくハルルは処置された。


 何故、こんなに腕の良い医療術者が多いのか、と最初は首を傾げたが、ハルルの治療を待ってる間に、なるほど、と頷けた。


 オルゴ山道は駆け出し勇者が訓練にも使う場所。軽い怪我から重たい怪我まで、相当数が運び込まれている。


 腕が良い医療術者が揃ってるのではなく、全員の腕がどんどん良くなる、と言い換えてもいいのかもしれない。


 なんにしても、ハルルが無事でよかった。


 まぁ、元気すぎて、五月蠅いくらいなので、もう少し治療の手を抜いてくれてもよかったのだがな。


  

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