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【26】ガーちゃん VS ナズクル ⑥【22】


 ◆ ◆ ◆


 ……。

 くそ。


 ⑥……だと。



 ……話、タイトルが……、⑥ってことは……倒せてねぇじゃねえか!!



 まぁそうか。ガチのラスボス、オレが倒すにゃ……。

 あれだ。えっと。役……。役ぶそ……、役ならず……あー。


 なんだっけかな。あ、役立たずか! ちげえわ!!


 まぁ……しゃあねえ。

 倒せてないってことが分かったならやることは一つだ。

 ……いや、直感よ? 直感でね!? メタ読みとかじゃあねえぜ!?


 まぁよ、(やく)がねえから、例の(やく)でも出しますかね。ってね。

 備えは大切だろ。だから、備えてあるんだぜ。

 これを使えば……ワンチャンス、あるからさ。



 あ、いや、まて。違法なそれじゃないぞ。STOP違法薬物だぜ。



 た、確かに……冷静に考えりゃ、こっちも合法とは言えねえけどよ。


 

 ◇ ◇ ◇



 屋敷は、ただ崩されたわけではない。

 ガーは計算して崩した。

 彼自身はそこまで知らないが、この倒壊は、転倒工法という建物の解体方法に近い。

 その工法を簡易にまとめれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、というやり方である。

 ()()だけ見れば単純そうであるが、実際は緻密な計算が必要となる。

 尤も、彼は特段数学的なアプローチでそれを生み出した訳ではない。手先が器用であるが故、小さな模型を作ってどうやれば解体できるかを試行錯誤した結果だ。


 そして、腕を組むように立つガーの目の前。

 あの屋敷は崩れて、文字通りの瓦礫の山がそこには生まれていた。

 

 灰色の山の上から、屋根の欠片が一欠けら転がって、彼の足にこつんと当たった。

 ()()()、苦笑いを浮かべた。


「……瓦礫のサンドイッチじゃ……満腹(ノックアウト)にゃ足りなかったかよ……」


 瓦礫が、動いた。

 山の上から、まるで溶岩がゆっくりと流れるように、崩れ始める。 


「──……──!」


 くぐもった、声にならない声だった。それが魔法の詠唱か、それと何か別の儀式か。

 よく分からなかったが、ともかく、ナズクルは元気で──たった今。


「……割と、見事だったと……伝えておこう」


 瓦礫を蹴飛ばして、瓦礫の山の中腹から現れた。

 その姿を見て、ガーは鼻で笑う。


「随分と、洒落乙な角を生やしてんじゃねえの。イメチェンすか、その羊っぽい角」


 ナズクルの頭部にその角はあった。赤く光沢を放つ、黒い角。宝石のような美しい角だ。

 その角は曲がっている。山羊などに見受けられる、螺旋を巻きながら伸びるラセン角のようだ。


「屋敷を崩すとは思わなかった。誘い込んで、足元を固めて、そして崩して圧殺。良いシナリオだった」

「レタスが抜けてるぜ」


 ナズクルの動きは、素早くはない。決して素早くない。

 だが、一歩、瓦礫を踏みしめただけで、瓦礫が溶解する。

 熱気。すぐ背後の景色が歪み、降り注ぐ雨が掻き消える程の、熱。

 それが、彼の周りに翼のように広がっていた。


「だから、回答をしようと思った。冥途の土産に」

「あ? 回答? 回答って──」



「──《雷の翼》が、俺にとって何か、という質問に対してだ。ただし」



 闇夜の中。光を遮った暗い顔に、赤く輝く目。



「お前が地に伏した後で、だがな」



 熱の翼を広げたその男は、死を撒き散らす竜だ。

 ガーの細胞の一つ一つが警鐘を打ち鳴らしていた。




 これは死ぬ。




 問答無用の死。直ちに逃げるべきだ。回避専念。寧ろ降伏が最優先だ。

 そう叫ぶ細胞たちがいる中で。


 何故か、ガーの思考は恐ろしい程に研ぎ澄まされていた。


 ガーは単純に思っていた。死にたくない。

 だから。生きる為にはどうすればいいか、そして。


 一矢報いる為には、何をすればいいか。


 彼の頭はそれを思考し続けていた。

 

 一歩踏み込み、タックルのように駆け出したナズクル。

 弾け飛んだ砂礫が花火のように燃えて散る様。

 時がスローに見える程の命の危機に直面しながら、ガーは澄んだ思考を続けていた。


 ナズクルの拳の構えは、格闘家のような構えだった。

 左手の拳を目の高さより少し高い位置。右手は顎の辺り。

 隙は無い。しかしその正着な構えから、次の攻撃が何が来るかガーは理解出来ていた。


 至近距離にて、竜化の右拳。これはギリギリ防ぐことが出来る。

 だが、ナズクルも防がれたらどうするかは考えてある筈だ。

 実際にナズクルの視線は、自身の竜化している左足を見ていた。

 故に、蹴り上げが来る。


 それを踏まえてガーは正面から向かった。


(狙いは、カウンター。最後に来る──アレを使わせて貰うぜ)


 読み通りの右拳だった。

 風を切る熱風だけで皮膚が焦げるかと思える程の拳を、ガーは盾を生み出した額で弾く。

 

 その次は、左足だ。ガーは瞬時、ナズクルの爪先に()()()()()()()


 その視線の動きをナズクルは見逃さない。

 左足を、踏み込みに変え。体の捌きが変わる。そう──無理な体勢から放たれたのは、意表の左拳。

 かつ、最も自信のある拳。


 竜化無しの拳だ──しかし、ナズクルには唯一得意な魔法がある。

 この魔法だけは、発動速度にも絶対の自信のある魔法。

 熱の魔法。


 その拳は、吸い込まれるように、ガーの腹部に突き刺さる。


 ナズクルは感触で理解した。腹部にも盾の術技(スキル)が仕込まれていると。

 しかし、分かった上で、彼は左拳に得意の魔法を更に込める。

 盾を貫通する為に。発熱し高熱。鋼鉄すら焼き溶かす超高温の──



「──最後は、必ず、拳で来るって信じてた、ぜ」



 パキンと、盾は、氷が割れるような甲高い軋割音(あっかつおん)を鳴らす。

 その時に、ナズクルの目にありありと映った光景があった。


「馬鹿なッ!」


 それは、胴にぐるぐると巻かれた何か。

 ドクロマークも描かれた細い筒状のそれは──炭鉱掘進用の主力。


「相打ちといこうぜッ! ラスボスさんよおおォッ!!」




 爆薬。




 音が消し飛ぶ、爆発だった。



 ◆ ◆ ◆



(これが……オレの、最後の奇策、だぜ……。

マジに……身体、張った……本気の、最後の奇策……)


(へ、っへ。ラッキーなのは……ギリギリでもう一回、盾を使えた、ってことだ。

ずっこいだろ、この盾。やりたい放題、だぜ……ま、つっても……、わかるだろ。

完全にゃ、防げて、ねえよ……っへ……腹……見たく、無い、な)


(ただ……よ。流石に、たまげたろ……。オレの、捨て身、までは……読めない、だろうからよ)


(……な、ぁ、おい、ナズクル。かなり、疲れた顔……してんじゃん、よ)




「──捨て身だったか」




 左腕。肩からぶらんと下がっていて、力の一つも無い。

 それどころか、ナズクルは全身が脱力しているように見えた。

 そして、角が、そして腕の鱗が、少しずつ煙になって消えている。


「防御する為に、全身に竜化を使った。……これで俺はこの後、数分は戦えないな」


(……っへ。やって、やった、ぜ)


「だが、お前は──もう永遠に、戦えないだろうな」


(ぁ……? 何言って……)



 



 鮮血は、彼の身体をその赤い水に沈めるかのように。

 脈々と、血が溢れ出る。

 ただ、その血の海の中で。彼は残った意識にしがみついていた。

 鋭く生気ある瞳。蹲りながらも彼はまだ、っへ、と笑っているようだった。






 まだナズクルを睨むが──誰が、どう、見ても。




(あれ。なんで、指、動かせない、んだ)


「よくやったと思う。魔王討伐の勇者の一人を本気にさせて、ここまで粘ったんだ」





(なんで……目が、こんなに霞んで)





「それを誇りに死ぬといい」





◆ ◆ ◆

次回投稿は 7月28日 を予定しております!

よろしくお願いします!

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