【08】口喧嘩【04】
「仲間と言っても、魔王討伐を共にしたというだけ。ただの仕事仲間、だろ。
それ以上でも、それ以下でもない」
ナズクルが冷たく言い放った言葉に、ルキは唇を噛んだ。
それから、ルキは腕を組む。
「キミたちは……十年前はそれこそ兄弟のように信頼しあっていたと、ボクは思っていたよ」
その言葉に、ぴくっとナズクルは動きを止めた。
「そうか。そうだな。仕事の面では、今でも信頼している」
「……含みのある言い方をするじゃないか」
「ああ。彼は真面目だからな。
どんな期待や要望も、伝えれば、一定の水準を出そうと無理を出来る人間だ」
「無理をさせることが前提か?」
「いや、言葉の綾だな」
「言葉の綾か」
ルキとナズクルの間に、沈黙が訪れた。
ナズクルが手元にあった珈琲を飲んだ。
「なるほど。ナズクル……キミの意見は分かった。ボクらは仕事仲間だね」
「そうだとも」
「だとしたら、仕事とは対価が伴う。
対価を支払われていない現状、ジンを巻き込むのは不当だろ?」
「ふむ」
ナズクルはルキの言葉を受け、表情を一つも変えずに手元にあった珈琲を飲んだ。
「──ライ公には、ああ、今はジンか。ジンには、勇者に戻ってもらう」
「今、彼は平和に暮らしているんだぞ」
「そうだな。その平和が綻んでしまうかもしれないから、勇者に戻って貰う」
「……彼の都合は無視か」
「国の存亡の危機だ。無論、思い過ごしなら、すぐにでも平和な暮らしとやらに戻れるだろう」
ナズクルの言い回しに、ルキは目を細くしていく。
「国の存亡の危機だと? どこが攻め込んでくるというんだ」
「……明日の会議でも同じことを話すが。まぁ伝えていいだろう」
◆ ◆ ◆
「つまり──魔王復活。の可能性が濃厚、ということだ」
会議室には、俺と、ハルル。それからルキの三人しかいない。
「この少女の術技は、血を消費し、靄を生み出す、というものだが、魔王が使用していたものと酷似している」
ナズクルが理路整然と説明し、冷めきった目でルキがそれを聞いていた。
「魔王の術技って、そういうものだったんスか?」
超小声で俺にハルルが問う。
いや、俺も初耳案件だ。とりあえず、ちょっとハルルに目線を送る。
一回、静かにしておこう。というのは。
「その情報。どうして今までそれをボクらに説明しなかったんだい?」
「ん? なんの情報だ?」
「魔王の術技のことだよ。何故、魔王討伐の当時に、ボクらに教えてくれなかったんだ?」
なんか、隣の席の今日のルキが、ハイパー怖いんで。
ハルルに目配せする。ちょっと、お静かに、と。
今更、思えば……この二人、十年前もそんなに仲が良くなかった思い出だ。
表面化はしてなかったが……。
ルキからは、会議前日に、ナズクルと揉めた、と軽くは聞いていた。
顔を突き合わせた瞬間から、エンジン掛かってる現状。
とても居辛いッス……やべ、ハルルみたいになってしまった。
ナズクルは鼻で笑う。
「当時は解明されていなかった。昨今、分かったんだよ。サシャラの体の中に残っていた痕跡からな。その結果、判明したということだ」
魔王の黒い触手のようなアレは靄の塊だったのか。
というか。靄か。
俺は、脳裏に一人の少女の姿があった。
嫌な予感がする。
ナズクルが、紙を取り出す。
手配書だ。
そこに映っている顔には、見覚えがある。
「……この少女」
「魔王の術技を有している。魔王の眷属か、隠し娘か……
ともかく、この『ヴィオレッタ』と名乗っている少女に聞かねばならない」
この少女は──ルキの家に訪れた時、襲い掛かってきた少女だ。
「ルキにもう聞いたが、戦ったことがあるんだろ?」
「ああ」
「この少女は、数日前、国境の町の貴族を惨殺している」
資料だ、として、死体の写真が出される。
ハルルが見て、うっ、と声を上げる。
中々、壮絶な殺し方だ。
「人体をねじり切る。思えば、当時の魔王も拷問で似たようなことをしていた時もあったな」
ナズクルは指を組んだ。
「端的に言うと、二人が最初の戦った時に、しっかりとこの少女を倒しきって捕まえておけば、この惨殺は無かったわけだな」
ルキが目線を逸らす。思う所があるのだろう。
厄介な相手であったのは間違いなかったし、逃げたなら追うべきだったのも分かる。が。
「すみません。そういう言い方、無くないッスか?」
ハルルの思わぬ挙手に、俺は目を丸くした。
「おい、ハルル」
「そうか? ハルル、と言ったな。何か、問題のある言い方だったか?」
「問題あるッス。何で、二人に責任がある、っていう言い方なんスか」
「責任あるだろ?」
「無いッスよ。二人が、わざと少女を逃がすことはしない、っていうのは、ナズクルさんの方が分かってると思うッス」
「……ふむ。そうか。じゃあ、言い方については詫びる。
だが、結果として、取り逃したことで、勇者が80名も死んだ。その事実は変わらない」
「80名も亡くなったんスか?」
「ああ。そうとも」
「じゃぁ、勇者80名が止められなかった人間を、勇者2名で止められないのは当然ッスね」
「いや、ま……そうなんだが」
ハルルの言葉にナズクルが苦笑いを浮かべ、ルキは、ぷふっと笑った。
俺は、笑い交じりのため息を吐いた。
「分かった。ナズクル。協力するから大丈夫だ」
「……何?」
「えっ!」
ハルルが驚いた顔をした。
「別に責任からとかじゃない。
……十年も音信不通だった俺を呼ばなきゃいけないくらい、切羽詰まってるんだろ?」
「……」
ナズクルは答えない。それが答えだ。
「とりあえず、詳しく、聞かせてもらえるか?」
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