【26】ガーちゃん VS ナズクル ③【19】
◆ ◆ ◆
──走り続ける馬車の上。
焦燥、不安、緊張。あらゆる絶望的な感情が混ぜ合わさり、彼女たちは混乱していた。
助けた少女──ヴィオレッタ。彼女が、まだ毒に侵されていたと気付かされた。
筋肉の鎧に覆われた彼は、爪を噛んだ。
彼の名前はヴァネシオス。
歯痒かった。彼には、何も──何も、出来なかったのだ。
「レッタちゃん……っ。ハッチ、あの薬、もっと使ったら……」
言いながら、ヴァネシオスは内心、『分かり切ったことを言ってるんじゃない』と自分に対して怒りを叫んでいた。
きっと、いや──確実に無駄なのだ。
その薬は、抑えることしか出来ない薬だ。
完治は出来ない。勿論、症状を抑えている間に自然治癒を望むという処置もあるだろう。
しかし、この毒は人工的な毒。その方法で治せるかは、率直に言って不明だ。
「祈る、しか」
ヴァネシオスが震える声で呟いた。
その隣。
赤金髪の髪の、褐色の女性──ハッチは自身の髪を掻き上げた。
僅かに汗を額に流して、その目は誰より必死に──真っ直ぐで透き通った目だった。
「ね。オスちゃん。……お願いがあるの」
「な、何?」
「もしね。もし、この後、アタシに何かあったらさ。アタシを投げ捨てて」
「は、え──?」
「レッタちゃんには、まだ合流してないとか、上手いこと言って探しに来させないでくれるかしら」
「ハッチ? 貴方、何を」
ハッチは、笑った。意を決した顔で、歯を見せて笑った。
「あの予言。『自ら毒を飲み』の部分だけ意味が分かったかもしれない」
「え? 何言ってるのよ、あんた」
「無理かもしれないけどね。もしかすると、既に予言のレールから外れてて、違う結果になるかもしれない。でも、これ、今、アタシしか出来ないアタシのベストなんだ。だから」
「待って。分かるように話をして! 我は馬鹿だから分からないけど、貴方が馬鹿げたことを考えているならそれを我は全力で止めるわよ!!」
「【帝蜂】」 術技の名を呼びハッチは自らの身体を変革させる。
蜂。その頬に蜂の鋭い牙のような口が生える。
ヴァネシオスが理解するより先に──ハッチはヴィオレッタの身体に覆い被さるように、その首筋に噛みついた。
「は、ハッチ!! 貴方、何をしているの!!?
ヴィオレッタの体が跳ねた。
ハッチは数秒してから体を起こして、青ざめた顔でヴァネシオスを見る。
「血を──吸った、のよ」
吐き戻しそうになる口を押さえて、ハッチはしゃがむ。
「! ちょっと!」
「あ、ぁっ、あああっ!!」
瞬間、ハッチの身体から黒い煙が立ち上る。焼けている。
彼女の体から発火していた。
「ハッチッ!」
「だい、じょう……ぶよっ……っ!!」
そう言いながらハッチは自身の左腕を噛む。
「大丈夫!? そんなわけないわよッ! 貴方、吐きなさいよっ! その毒をぉお!!」
異臭だった。皮膚と髪が同時に焼けるような、人体が反射的に吐き気を催す悪臭。
以上に熱されていくのは、ハッチの左腕。
「っ」
「こ、小指がっ! ほ、骨がッ」
──小指の肉が溶け落ちた。そして、骨が、灰のように落ちて崩れる。
「何をしてるのよお!!」
「今、吸った毒を、活性化、させてるだけ。左腕は、実験、よ……まだ。形が、あるから」
「活性化……活性化ですって!? なんで、そんなことをっ!!」
「毒、に対抗する免疫を、体の中で……作るわ。それが、薬になる。
もちろ、ん。この薬も、飲んで。身体の中で、合わせ、てね」
「な、──そんな、こと」
「出来るわ……いえ。やるわ。──体の中で免疫創る蜂なんて、自然界にいないだろうけどね。
けど、やったるわ、よ。だって」
ハッチは唇を噛む。
「頼むぜ、って言われたのよ。あいつに。だから、アタシが──絶対に助けるのよ……!!」
そして、もう一度、彼女は自分の左腕に噛みついた。
◆ ◆ ◆
「落とし穴に、堕としてやったぜ! へっへーん! ざまぁみろ!
いかに勇者だろうが何だろうがよ! 物理的な仕掛けには敵わないようだなあ!」
落とし穴に落ちたナズクルに向かってガーは笑うように言い放って見せた。
唇を噛んで顔を歪ませたナズクルは、拳を握る。
見上げて、ナズクルは声に出さずに分析をしていた。
(割と、深い穴だな。深さは3……いや、4メートルと言ったところか。中々に掘ったな。
広さもそれなりにある。パバトを落とす用と言っていただけあるな)
「王国国土内での1.5メートルを超える掘削は違法だ」
「っへ。知らねえよ。今更、法の番人気取りは辞めてくれっての」
(暗くて見えないが。……どうやら簡単には登れないようにしてあるようだな)
「ま! 勇者ってのはこれくらいの穴も──」
「煽って。──わざと俺に魔法を。いや、熱、あるいは火の魔法を使わせようとしているな」
──壁に触れ、ナズクルはそう答えを言い放った。
冷静に足元も観察すれば、ねっとりとした液体が溜まっているのにも気付ける。
「可燃性の液体。オイルか何かだな。古い手だ」
「っへ。冷静なんだな。その通りだ。ランタン用の良い油だよ」
「火を点けて俺を殺す、という訳だな」
「いいや。そんなこたぁしねえさ。足止めだけで十分だっての!
ほれ、追いかけてこれるもんなら追いかけてきやがれってんだ!」
ガーは走った。
向かう先は一つ、目の前の廃墟の屋敷だ。
(この挑発には理由があったんだけどな! 駄目だ! 上手く行かなそうだ!!
しゃあない、切り替えていこう。次策だ!
──この足止めの間に、ナズクル対策の罠を仕掛けまくってる屋敷へ逃げ込んで)
「何が狙いかは知らないが──お前は一つ失敗をした」
背後に熱を感じた。
暗闇が、橙色の熱と眩さで照らされた。
火柱。炎だ。顔を少し動かして背後を見た時、そこには真っ赤な炎が立っていた。
そして、ナズクルは──空中に飛び上がっていた。
詳しく記すなら──ナズクルは火の魔法の応用による爆発を用いて空中に跳び出した。
故に、オイルは発火した。それも一気に火が空を焼くように登る程に激しく燃焼した。
「俺が落ちた直後に、ライターでも投げ付けてオイルを燃やすべきだった。
生け捕りにするのか何か違う罠だったかは知らないが、今の瞬間が俺を倒すチャンスだった」
跳び上がったナズクルは、炎に焼かれていなかった。
炎の中に居るが、一切の火傷が無い。
「炎の熱を、20度に設定した。ふっ、こういうと室内で使う空調魔法みたいで面白く聞こえるな」
「ま、じかっ!? な、なんでもありかよッ!」
ガーは驚いてこそいたが冷静だった。
廃墟の壁、瓦礫を縫うようにして屋敷に向かっていた。
なんにしても屋敷に逃げ込むという意志で──10メートル弱、全力疾走をしていた。
「なんでもではない。
ただこの炎は自分で着火させたからな。熱の魔法の対象に出来た。
しかし、お前がもし火を点けていたら。熱の魔法の対象にする為の時間、少し掛かっただろう。
その少しが、俺に継戦に多少の問題を来たす負傷を与えていたかもしれない。故に、失敗と言ったのだ」
──ナズクルは飛行できない。そういう魔法は有していない。
その空中。落下するその一瞬で。
(見つけた。逃げているな。下り坂を全力疾走か。なら、その背中を)
銃を構え引き金を引く、その速度は目にも止まらぬ速さだった。
「痛ッ!!?」
ガーの悲鳴が響く。三発撃って、二発が命中していた。
(肩、それから左足か? 暗くて見えなかったが、命中だ)
そして着地したナズクルはすぐにガーの逃げた先を睨む。
視線を遮るように瓦礫が幾つも乱立している。いや、そういう道を選んで逃げていた。
(っち。あの瓦礫の影に入って屋敷に向かったか。
だがこれ以上、もうあの男の罠に付き合うのはご免だな。これ以上、何かされるより前に)
「あまり使う気が無かったんだが、特別だ。俺の秘技で押し切ってやろう」
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次回投稿は 7月22日 を予定しております。
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