【26】ガーちゃん VS ナズクル ①【17】
◆ ◆ ◆
銃声の後──ドサッと茂みに、大きなモノが落ちた音がした。
落ちたのは、肌の黒い男、ガー。
「──ライヴェルグという勇者が居た。お前は知ってるだろうが、今はジンと名乗っている男だ。
その勇者には特別な目の力がある。『時を遅く見る目』。絶景という技術で、まぁ特別と言っても練習すればどんな人間誰でも使えるそうだ。
俺にも多少使えるが、ジンほど世界がハッキリ止まって見える、そういう目は無い」
喋りながら、その赤褐色の髪をかき上げた。
その男の名前はナズクル。ガーを銃撃した男である。
ナズクルは何かを確かめている。
喋りながら、確認していた。
「だが、俺には得意分野があった。相手の動きを予想する力だ。
予想する力とは何か? ただのヤマ勘ではない。
相手を観察する力、洞察力。そして、高い共感力が必要だ。
相手の感情、情動を含めた行動。そして状況分析、空間把握、それらを総合し、次に相手が何をするかを知る力だ」
教会の階段を上がる手前、動かない茂みをナズクルはじっくりと見た。
そして──ナズクルは茂みの奥、うつ伏せに倒れた男を見つけた。
動かないガーを見てから、黒く鈍光を放つ銃をホルスターに仕舞った。
「お前にもあったようだがな。だがこればかりは俺の方が上だったようだ。
茂みに、ブービートラップを仕掛けるなんてことも、簡単に予測がつく」
──赤いスーツの下、細い刃のナイフを抜く。戦闘用というよりかはサバイバル用のナイフだろう。
茂みの中、ピンと張った黒い糸の先。教会の床下の辺りに仕掛けられた『弓』へ向かってナイフを投げた。
「古典的な罠だったな。兎を取る仕掛けだ。
さて。あの位置、この距離で銃撃した。この射程で外す筈がない。
腰に命中した筈だ。だからもう立ち上がることは──」
「──出来るんだな、これが!」
がばっとガーは立ち上がり、何かを蹴飛ばした。
「──!」
拳程の大きさの麻袋が、ナズクルの目の前に跳んできた。
反射的にナズクルはその麻袋を裏拳で叩いてしまった。麻袋、それも軽そうな袋だったからこそ、銃を抜いて撃ち落とすや魔法で弾くという選択をしなかった。
麻袋が簡単に破け──僅かに赤く色づいた煙が広がった。
(──? なんだこれは──っ! というより、この男は何故、生きている!?)
「唐辛子煙幕だぜ! ま、湿気っちまってちょっと煙が弱いけどなっ!」
「っつ、この!」
銃を抜き、すぐに引き金を引いた。──ガーが、へっと笑って走りながら、その直線にまるで氷で作ったかのような透明な『盾』を生み出す。
銃弾が弾き飛ばされ、ガーはナズクルとの視線を切るように廃墟の角へと回った。
(なるほど、あの男の術技、盾を生み出すのか。
ヴィオレッタを守っていた盾もあの男の術技。しまった。分かる誤算だったな
しかし)
「──次はもう無い。仕留めてやろう」
(次は、盾の術技も計算に含めて、予見するだけの話だ)
◇ ◇ ◇
あんにゃろぅ……余裕ぶっかましやがって。
いや、違うか、ペラペラ喋りながらオレの仕掛けた罠を探してた訳か……クソ。
喋ってるからそこに居る。オレが動けるなら、罠に掛けたいから動かない、ってことまで読まれたワケか。
けどまぁ、収穫はあったぜ。……まず、面白い話だったな。
観察力、洞察力、それから相手への共感力か。
そうなんだな。──言語化されて、オレが何を考えて、何を見て罠を仕掛けてたのか。
改めて、マジによく分かる。
つか、あの筋肉役人マン。やっぱし厄介だわ。
オレの仕掛けた罠は二回看破された。今の茂みのブービートラップと、閃光爆弾。
今更ながらにやべぇな。……あいつの熱の魔法で、爆弾系は勝手に起爆されるのか。
となると一部の罠が死んだ。いや、一部っつーか、五割くらいの罠が死んだんじゃねえの!?
やべえ。より一層やべえ。
ともかく、あっちの屋敷に辿り着かなきゃ話にならんな。
あっちの屋敷にナズクルをぶっ倒す策がある。
逆側に向かって走ってきちまったけどな!!
ストレートでそっちに逃げろって? はぁ無理だし!
いやいや、仕方ねぇだろ!? ナズクルの真横抜けろってのかよー!!
一回距離を取って、この廃墟の市場で、どっかでUターンだ。
あの角を曲がっ──
「あまり走るのは得意じゃないんだ」
な──んで、先回りしてやがるんだよ、この男ぉおおッ!!
「くそっ」 (壁に仕掛けた爆薬を使って、ここは間に)
「起爆させたいのは、その壁のか?」
「っ!? ああ、その通りだぜ! おらくらえやっ!」
壁を蹴っ飛ばした。
これで中のスイッチが切り替わって──て。
しま、った。
そうか。燃えたり熱っしたりって考えてたけど、こいつの魔法はっ!
「熱を自在に操る。着火出来ない程に温度が下がってしまったら、爆発は起きない」
銃が向いた。くそ、またさっきの銃撃か。
つっても大丈夫だ。さっきと同じで銃口をしっかり見て、盾を発動すれば──。
銃が、投げ出された。
ナズクルは銃を、手放した。な、なんで。空中に落とした。
いや──違う。
オレが銃を警戒したのを、気付かれて──、やば。
「鉄打ちの拳」
鳩尾──的確、にっ。
確か、こういう、時はっ──!
──ガーがくの字に曲がって、殴り飛ばされた。
痛ぇ。なんつ、拳。意識が、ぶっ飛ぶ、ぞ。
何千メートル吹っ飛ばされたみたいな気持ちだ……くそ、実際は、2メートル弱、吹っ飛ばされたみたいだ。
「……ほう。殴られた時の対処法。よく知ってるじゃないか。
後ろに跳べば衝撃は少しでも緩和できる。誰に教わったんだ」
っへ……お節介焼きのオスちゃんだぜ。答えねえけどな。
っつーかよ。そんなことより、だ。
今の、この瞬間に、オレ──なんでこんなに全部読まれたんだ。
壁の向こうの罠。銃を防御しようとした行動。それに、この場所に来たことも、だ。
オレの行動が読まれたこと。
どうして読まれたのか、これをまずちゃんと理解して対策を立てないとマズイ気がする。
いや、気がするじゃねえ。マズイに決まってんだろ。
じゃないと、そもそもの前提が成り立たない。罠にハメる前に全部感知なんかされたら勝ち目がない。
コイツは……ナズクルは、どうして、オレの行動を先読みできるんだ?
経験則? いやもうそれだったら終わりだ。かないっこない。
ただ、違う筈だ。幾ら百戦錬磨だったとしても、まだ出会って数分のオレのことをそこまで分析出来るだろうか? 読心術でもない限り無理だろ。あ、その可能性があるか?
だけど、きっと違うんだ。読心術なんかあったらもっと的確に殺しにくるだろ。
やっぱり、コイツはオレの動きを読む何かからくりがあるはずだ。
それを使って、オレの行動を読んでるに違いないんだ。
「──俺もあまり時間が無いんだ。馬鹿二人じゃ心配なのでな」
「っ」
銃を──向けられた。
防ぐしかない。けど、本当に防げるのか。また、拳が来るんじゃ。
やばい。ここの道は、やばい。
隠れる場所も、無いし、罠も──まだ先の。
「終わりだな」
クソッ……オレは──
『カァアアアッ!!』
劈くような声。ナズクルの後ろ。
大きな翼を広げた、黒い王鴉が──ノアが、向かっていた。
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