【26】フェアプレー!【11】
◆ ◆ ◆
廃村。
今にも崩れそうなアーチには、村だった頃の名前が刻まれていた。もう読めない程に苔生し掠れている。
奥には家屋が見える。剥き出し崩れた石壁、無数の瓦礫と手入れされていない草たち。
一番奥に見える教会こそ立派だが、ここには人の気配は一つも無い。
そんな、廃墟の村の入口に二人はいる。
一人は、この場に似つかわしくない男だ。
その男は、どこの貴族よりも貴族らしかった。
誰が見ても納得できる程の端正な顔立ち。金紗を織って作ったような髪に、絹のような肌。
糸目──目を瞑ったような顔を常にしているが、それでも誰もが直感するだろう。彼が目を開けたらきっと美しい。それが恋と呼ばれている男である。そして。
「……あー、もしかして『恋』さんって、盲目のヤベェ人?」
そして、もう一人。
この場に割と合っちゃってる男。こっちはガーと呼ばれている男である。
「ん。自分とどこかで会っ──」
「失礼な奴!」 ──恋の言葉を遮って、これもまた人形のような少女が声を荒げた。
恋の背中からひょっこり顔を出して眉を怒らせた少女は拳を振り上げる。
「盲目ではありますが、ヤベェ人じゃないですよ!! 恋様は物凄い知的で優しくてイカした人なんですよ!!」
「お、おう……そうなのか。確かにあんたの方がヤバそうだな」
「それも失礼ッ! イクサは全然ヤバくありませんよ! ヤバイのはお前の顔ですよ!!」
「それが一番失礼じゃない!?!?」
ははは、と柔らかい声で恋は笑って見せた。
「ごめんね。イクサは悪気がある訳じゃないんだ。許してあげてくれ。
で──キミへの質問は、やはり撤回しようかな。熟慮したら、全て理解したよ。自分と会ったことあったら、わざわざそんな質問をしないよね」
ガーは無意識に拳を握っていた。焦ったり怯えたりした訳じゃないが、ひんやりとした汗が流れたことに気付いた。
「──自分が目が見えないこと、知ってる人間は限られているが。そういえば、あの白銀髪の勇者サマもヴィオレッタ一味に合流してるんだったね。
そこから聞いた、ということだよね」
無造作。ゆったりとした柔らかい語り口。
そして隙だらけの手を上に上げる所作。
しかし──隙だらけの、無駄な動きの筈なのに。
ガーは、肌で直感していた。
(踏み込んだら、腕、落ちるんじゃねぇかな。隙だらけだけど──隙が無え気がする)
ガーの直感は、きっと正解である。
恋とガーとの間には、先ほど攻撃をした鉄製のワイヤーが数本、石畳の上に転がっている。
(このワイヤー……短剣から出てるように見えるな。あの短剣からこういう切れ味のあるワイヤーを出して攻撃する、って戦い方か。なるほどな)
踏み込めば、そのワイヤーは餌を待っていた蛇のようにガーに襲い掛かるだろう。
(この恋とかいう男……今まで会った敵とか勇者とかじゃ比較出来ねえ気がする。
パバトみたいな悪党と向き合った感じじゃない。この人は……。
いや──だからこそ)
「その通りだぜ。ルッスから全部聞いてた。けど、オレが確認したかったのはお前が盲目かどうか、ってことだぜ?」
「何?」
(会話でビビっちゃ駄目だ。気後れするな。
ただの会話であろうと、この後の戦闘だって、こいつに、一度だって主導権を渡さねえッ!)
「フェアプレーをしなきゃなあと思っただけだ!」
「フェア、プレー??」
イクサが首を傾げると、ガーはニィっと笑って、ああ! と言った。
「ああ! このガーはな! 騎士道精神に則るぜ!
目が見えていない奴に卑怯な攻撃を浴びせるような勝てば良いという悪党じゃあないんだぜ!
オレはこれから正々堂々と戦って、お前を倒す! って宣誓してやるよ!」
「こ、恋様に向かってなんてよくそんな大口を!!」
「はは。面白いことを言うじゃないか。騎士道精神ね。いいね。
そういう真っ当なこと、自分は嫌いじゃないよ。しかし、それだとキミは圧倒的に不利になると思うけど、後悔はないのかな?」
「微塵も無ぇよ! ほら! 樽をぶん投げる、ぞっ! と!!」
「恋様!」
恋はその場から動かず、手を軽くひねった。
ただそれだけで、地面にあったワイヤーが空中に跳び出し、樽を切断する。
同時に、中身が雨のように溢れた。
「な、なんです!?」
「これは……あまり上質じゃないが」
「中身はワインだぜ! 一樽お買い得プライスのなあ!
そして追加で投げ付けるのは、石を布で包んで火を点けたモノだぜ!
アルコールってのは激しく燃えるってよ!」
ガーはポケットから出した布の塊に火を点けて、投げた。
「ぁああ! 恋様! 火の包みが!」
「イクサ。落ち着きなさい。ガーくんと言ったっけ? キミね、もう少し勉強した方がいい」
「ぁー?? 勉強??」
「この世界にアルコール100%の酒なんかないんだ。
ワインのアルコール分って何%か知っているかい? 約8%だ。
そのほかは全て水分だ。アルコールと水の混合液体。
ワインの場合は他にも物質が入ってる。だからね、そう簡単に燃焼が」
「違います恋様! 包みが!」
がちーん。
と。面白いくらい分かり易い音を立てて。
恋の顔面に命中した。
「ばーか! 知ってるよそれくらい! オレが悪戯を何万回したと思ってやがる!
酒に煙草の吸殻入れる悪戯なんかやり尽くしてんだよ! ていうかちゃんと投げるって言ったんだから避けろよな!」
「っ……」
「そしてオレは一回、武器を取る為にあっちに向かって逃げるぜ!
逃げた方向はその子に聞きなよ! じゃーのーう!!」
「イクサに聞かなくても足音で分かる上、逃がす道理はない!」
恋が短剣を振り下ろす──同時に鋼鉄のワイヤーが空を切る。
振り下ろした先は──。
「! 恋様、戻してください! そこは町の入口のアーチが!」
──廃墟の入口にある、石造りのアーチ。
ワイヤーはアーチを引っ叩く。斬撃の威力を落とし、そして、アーチは崩れ落ちる。
そのワイヤーを絡めとるようにして、崩れ落ちた。
恋は睨むように逃げるガーの音を聞く。
当然、廃村の奥へと、ガーは逃げ続けている。
「……ぐ、偶然でしょうか? 恋様の武器が、瓦礫で……引っ張り出すのに時間が」
イクサの不安げな言葉に恋は涼しい顔の下で、小さくイラつきを浮かべた。
しかし、イクサに当たらないように、首を鳴らしてから小さく息を吐く。
舌で唇をぺろりと舐めてから、恋は短剣を力一杯振り上げた。
「小賢しい奴、であるのは間違いないようだ」
瓦礫、岩盤を切り上げる。
粉微塵となった岩盤の──砂礫の雨の下、恋は笑って見せた。
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次回更新は 7月6日 を予定しております。
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