【26】花火【04】
◆ ◆ ◆
「──さて、どうだい、イクサ。王鴉は見つかったかい?」
スラッと上背のある、まるで貴族のような上品な服を着た糸目の男は、柔らかい声でそう訊ねた。
訊ねられたのは、彼と同じ明るい金髪の少女。
ウェーブが掛かった長い髪の先を指で弄って困った顔をしている少女は唸り声を上げた。
「むむ、恋様。流石に見たことが無い物は、流石の私の術技でも難しいです……」
少女の名前はイクサ。そして、その隣にいる糸目──否、盲目の男は『恋』と名乗っている。
「そうか」
「もう少しがんばりますっ」
「いや、大丈夫だよ。イクサの【千里眼】で見つけられない、ということは鴉はきっと空を飛んでいないさ」
「そうですかね?」
「ああ。イクサの術技はイクサより知っているからね、この自分は」
音を立てない笑顔──育ちのいい上流階級の甘い笑顔を浮かべて、恋は指を組んだ。
「ナズクル先輩、聞こえてる? 魔族自治領に向かう空を見たけどもう飛んでないみたいだよ」
『だから、先輩は止せ』
「はは。その困った声が聞きたくて毎回言ってるんだけどね」
恋の耳に付けているイヤリングから低い男の声──ナズクルの声がした。
それは通信機である。羽根のような装飾のイヤリングに触れながら恋は笑う。
『見落としはないのか』
「さぁ、どうかな。自分は目、見えないから」
『……そういう返しにくい返答は──』
「冗談だよ。何より、イクサに見落としは無いよ。決してね。
自分の代わりなんだ。誰よりよく見える子だからね」
恋はそう言いながらイクサの頭を撫でる。子猫のようにイクサは恋の胸板に頭を摺り寄せた。
「それにね。この恋が空中に仕掛けた糸の罠も触れられていない。多分、飛ぶの止めて下の道にいるんじゃないかな。馬車とか」
『そうか。まぁそうだな。目立ちすぎるからどこかで陸路に切り替えるとは思ったが、手早いな』
「どうしよっか。自分、やることが無いならもう帰っていいかなと──」
『その場所からまっすぐ東に向かえ。旧山道の入口に当たるはずだ。そこを押さえろ』
「旧山道の入口って、えー……結構遠くない? いや、遠いよね?」
『魔族自治領、城壁の港に行く為のルートはそう多くない。あって3つだ。
その中でも旧山道が一番怪しい。山岳抜けの斜面の細い道、最短ルートだ』
「流石、ナズクル先輩。そんな道まで知ってるとはね」
『昔、使った道だからな』
「へぇ、そう」
『ともかく向かってくれ。頼んだぞ』
通話が切断され、沈黙が訪れた。
「強引……。恋様、恋様? ナズクルって本当に恋様のお友達ですか? なんか酷い態度な気がしますけど」
「ああ。うん、友達ね。そうだね、友達ではないなあ……」
「やっぱり! じゃあわざわざ協力する必要ありませんよ! 私が術技で監視を続けますから」
「いや、丈夫だよ。まあ、友達じゃないけどね。
以前からの共犯……いや、協力関係だ。良いように使われてあげようと思う」
「もう! 恋様ったら優しいんですからっ!」
「それに丁度いい用事もあるからね」
「用事??」
「ああ。──そろそろメインディッシュを味わう用意をしないと、だからね」
◆ ◆ ◆
──数分程前。
流星のように飛ぶ鴉が居た。
その鴉は魔王城からまっすぐに飛び出して、合流地点に向けて飛んでいた。
その王鴉の名前はノア。
今は彼女自身の術技で巨大化している。その背には男女四人と一匹が乗っていた。
魔族族長の一人、ヘイズは怪我が一番軽い。しかし残りの三名は、すべからく重症だ。
ヴァネシオスは平気そうな顔をして見せているが、未だに腹部から流血が続いている。
それでも彼は腕の中の子猫──もとい、翼のある獅子、シャル丸を撫でるのを止めない。
そして、その隣で笑っているが、ハッチも重症だ。特にその右目。今は自身の服を切って包帯代わりにして覆っているが──ハッチ自身は分かっている。目から光が失われているだろう、と。
だが、それでも。
彼女は腕の中にいる女の子を見て微笑んだ。
「取り返したわね、レッタちゃんを」
ハッチの言葉に、彼らは少し笑った。
──息は少し浅いが、彼らは取り返したのだ。ヴィオレッタを。
「そうね。あーも、ほんと、大変だったわ。はぁ。今更だけど、なんで拉致されたのかしらね」
「分かんない。でもまぁ、いいんじゃない、結果、取り返せたんだし。っていうか本人から聞けばいいんだし」
「ああ、それもそうね」
安堵の笑みをヴァネシオスが浮かべた時だった。
ひゅぅー…………。どんっ!
夜空を照らす大輪の火の花──花火が打ち上げられた。
「な、何?」
「花火?」
「これは──」
鮮やかな金色と紺色の光を唖然と見ながら、真っ先に動いたのはノアだった。
(敵、しかあり得ない! 異様ですよ!)
火の粉が降り注ぐ中を、ノアは加速した。
しかし。
加速しても──その火の粉はぴったりと追い付いてきていた。
まるでノアを中心に火花が散っているかのように。




