【26】来てみれば、聞くより禍し、魔王城【02】
◆ ◆ ◆
「まぁ、過ぎたことは仕方がない。
戦闘能力だけならば魔王と同等と謳っていた男が、まさか一介の偽聖女ごときに出し抜かれるとは思ってもみなかった。
だが、仕方ない。起きてしまった事を責めるのは時間の浪費だ」
──王国参謀長。
筋肉質な40代の男、ナズクルは鋭い目を細くしてそう棘のある言葉を紡いだ。
「ぶひゅひゅ。そうだねえい!
僕朕も予想外だなあ! 魔王討伐の勇者様でも、一山いくらの隠者崩れにしてやられて!
ろくすっぽ追撃もせずに仕留め損ねるなんてねえ~!」
──巨漢変態魔族。
眼鏡が顔に食い込んだ、でっぷりとしたその巨漢、パバトはニタニタと笑いながらそんな言葉を放った。
ザ・剣呑。
仏頂面の男、ナズクル。
そしてニヤニヤ笑いの巨漢、パバト。
互いを罵りあう二人。
何も知らない通りすがりの鳩ですら、心停止してしまいそうな程の針の筵の剣呑さ。
その間を。
「すーっふっふ! しっかしまぁ、本当に二人とも、意外と抜けてますねえ!
用心が足らないんですよ、用心が! すーっふっふ!」
その間を──青いインコ頭の魔族が割って入っている。
まるで道化師か、あるいは玩具の猿か、手を叩いて彼は笑った。
彼の名前はスカイランナー。特に何も考えていないが魔王になりたいという名言を発した男である。
「「……」」
スカイランナーの言葉に、舌打ち、あるいは溜め息で睨み合っていた男二人は視線を逸らす。
「もっと最初っから失敗する前提で動いた方があ! いいですよ!
ワタスシは最初っからヴィオレッタが脱走すると思っておりましたから!」
スカイランナーはいつもよりはるかに饒舌だ。
「だから事前に居場所を知らせてくれる魔法を!
全自動で教えてくれる! つまり、発信! 発信を行ってくれる装置を!
いわゆる! 世間一般、俗にいう! 発信器を! つけておいたのですよ!
このワタスシが! どうです、このワタスシが、ですよ!!」
「「……」」
「ヴィオレッタの足首にいわゆるドッグタグ!
そっと巻き付け、気づかれてないのです!
こうなることを事前に読み切った!
このワタスシ! ワタスシの! ワタスシの功労! 素晴らしくぁあ、ありませんかあ!」
「ぶひゅ……何度目だよ、その話」
「……4度目だったはずだ」
「何度でも美談は語る! それがワタスシの流儀!
あ、一流と書いてワタスシとルビをお願いします! すふふ!!」
「会話の一つ一つが僕朕より長いし五月蠅い」
「……パバト、どうにかしろ」
「ぶひゅ。殺していいなら」
「おおぉっとおお!
性癖に難があって魔王になれなかった方!
それに魔王討伐の戦績があまり振るわない勇者様方、落ち着いて!
ワタスシを殺したら発信器を遡れないですよ~! すふふ! これだから短慮な脳味噌まで筋肉、あるいは性欲で出来てる前衛職はアレなんですよお!
すーっふっふ!!」
ぴきっと。分かり易い青筋が2人の額を走った。
「ナズクル。ごめん、ちょっとぼくちんの花嫁と書いてれったたんの捜索、諦めることになるかも」
「そうだな。さっきも言ったが、過ぎたことは仕方ない。
仲間割れも悪党側の華だな。ヴィオレッタ発見が遅れたとしても、これ以上のストレス蓄積が起こる前に根源を除去するのは正し──」
「すみませんでしたあああ!」
スライディング──否、フライング土下座。
「ちょっと調子に乗ってしまいました! え、許してくれる! そうですよね!
いやぁ! 優しい! 素晴らしい! 天才! 寛大!
次期魔王と謳われた魔神様! 最強の一角である勇者様! お二人は本当に寛大な筈!!
そんな寛大なお二方を逃げたヴィオレッタの下へご案内する案内人をさせて頂き、このスカイランナー、光栄の極みにございますぅううう!」
「まったく、良く回る舌だ……」
「ねぇ。ぼくちんも愛を口にする時以外、そこまで口が回らないなぁ」
「すふ。カッコよく言ってるように聞こえるけどただ幼女趣味を語る時だけ気色悪いマシンガントークってだけなんですけどね」
「スカイランナー、なに、今日を命日にしたくて仕方ないの?? いいよ、すぐに肉全部溶かしてあげるって。遠慮するなって」
──背後で毒液舞い散る殺し合いがありながらも、ナズクルは真顔で船着き場に立つ。
雨は霧雨に変わっていた。
波はまだ荒いが船なら出せるだろう──しかし、肝心の船はその船着き場には一隻もない。
「そ、そういえば船無いですが……どうやって行くので、向こうまで?
ワタスシ、転移魔法は使えませんし、飛ぶにしても一人分抱えるのが精いっぱいというか」
スカイランナーが問いかけた質問に、パバトはぶひゅっと笑った。
「ぶひゅひゅ。ほんと、スカイランナー。キミはつくづく、この勇者を甘くみてるねえ」
「はいぃ?」
「ふん。お前に認められても何にも嬉しくもない。
それに、いくら得意魔法でも、流石に練るのに時間が掛かったよ。『熱の魔法』──」
そしてナズクルが一歩、海に向かって踏み出した。
「──『冷却』」
夜の黒い海が一瞬で凍り付き──その上をナズクルは踏み砕くように進む。
「行くぞ」
「ぶひゅひゅ。楽しい狩りになりそうだあ」
「すーっふっふ! 行ってらっしゃい!!」
「「お前も行くんだ」バカ」
「ぬぁあああっ、離せぇええ! というか今、どっちかバカって言った!
ワタスシをバカって言ったなあ!? どっち! どっちだ!?」
「ぼくちんは下品なことは言わないし」「俺も同じだ」
──喚き散らすスカイランナーを横目に、そういえば、とパバトがナズクルを見た。
「あの男はどこ行ったんだあ?」
「あの男?」
「『恋』だよ。恋も一緒に行くべきだろー、こーなったら」
「ああ、恋のやつなら運が良くてな。──もう一足先にそっちにいるようだ。世話になった学者がいるとかでな」
「ふへぇ、そー」
◆ ◆ ◆
その赤は、溶鉱炉から取り出したばかりの赤。
白い光を放ちながら、鮮明、燃えるような赤。
それは彼女の髪の色であり──彼女を見た時に抱く印象の色でもある。
ティス・J・オールスター。彼女は大陸最西端の崖に立った。
「来てみれば、聞くより禍し、魔王城! で、ありますな、スタブル殿!」
「厳密には来てない。まだ最西端で魔王城はあの海を越えて──」
「! 確かにそうであります! 全員、休憩終わりであります! すぐに海を越えるでありますよ!」
彼女が振り返り森を見れば──疲労困憊。ぐったりとした勇者たちが木々に背を、或いは地面に転がってそれぞれ悲痛な声を上げていた。
その勇者たちは勇者部隊──『心砕色』。
ティスという『狂った、力強い正義』に賛同した者たちが集まって作った勇者部隊である。
「てぃ、ティス隊長ぉ……こ、この森をティス隊長に合わせた速度で突き抜けたんすよ」
「も、すこし、やすみを」「さすがに、きちぃっす」
「情けないであります。悪はこうしてる間にも雑菌のように広まるでありますよ。
早くナズクル先生に合流して諸悪の根源を叩き潰す必要が──」
「ティス」
「……スタブル殿。私は年齢こそスタブル殿より下ではありますが、上官であり隊長であります。
敬称を付けるようにと何度も言っているであります。そして、上官の会話を遮るなど言語──」
「ああ。確かにそうだな。悪かったよ、ティス。それでな、海を見て欲しいんだ」
「……。はぁ。海が何か──おや」
「──待機、でよさそうだと思ってな」
凍った海を走る男──ナズクルを見て、ティスは、おお、と声を上げた。
「流石、ナズクル先生! 海を凍らせるとは流石でありますな!」
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次回投稿は6/16を予定しております。
よろしくお願いします!
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すみません。6/16投稿と記載したのですが、体調不良のため18日に投稿を変更させていただきます。
深夜勤務の影響なのか、それとも急な気温の変化なのかはわかりませんが、皆様も急な気温上昇が続きますので、お気をつけください。
この度は申し訳ございませんでした。
2025/06/15 22:14 暁輝




