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【08】手紙【02】


 ◆ ◆ ◆


『貴方のお名前は?』 『お前は誰だ?』 『なんて呼べばいい?』


 そこが初めて訪れた場所なら、どんな場所に行けど必ず問われる。


 いつからだろう。名前を聞かれて、口ごもらずに、『ジン』と答えられるようになったのは。

 いつからか。名前の記入欄に躊躇わず、『ジン』と記入できるようになったのは。


 俺の最初の名前は、ライヴェルグ。

 ライヴェルグ・アルフィオン・エルヴェリオス・ブラン・シュヴァルド。


 ……いやもう、黒歴史なロングネームで嫌すぎる。

 自分が付けた訳ではないんだけどね……。


 勇者としての格を付ける為、とかいう政略的な理由によって、称号を貰う度に国から与えられた名前が増えていった。

 更に、自分で名乗ると、こっ()ずかしいが……俺は、魔王討伐の勇者だ。


 魔王討伐は、偉業だ。耳心地もいい。

 だが……綺麗な終わり方ではなかった。



 仲間に憑依した魔王を討つ為、仲間ごと殺したのだから。



 そして、その瞬間を、多くの民衆が見ていた。

 魔王が憑依していたかどうか、それは戦闘中の俺たちにしか分からなかった。


 だから、その戦いを見ていた民衆が「人殺し」「仲間殺し」と声を上げても、何も不思議じゃない。


 それ以降、国王と一部の人間により、ライヴェルグは死んだ。という通説が流された。


 そして、俺は、ジンとなった。

 苗字も何もない、ただの『ジン』という名。正直、嫌いではない。


 だけど、俺は、名前を変え、経歴を偽り、多くの人間と一緒に嘘を吐くことによって、平穏を生きている。


 あの日、仲間を殺した瞬間を、瞼の裏に焼き付けたまま。

 勿論、故意に、殺した訳じゃない。


 それしか。あの時は、それしか方法が無かった。

 いや、もう、それは止そうと決めた。

 事実、俺は、あの人を殺したんだから。


 そうして、俺は十年ほど、最小限の人としか関わらないように生きていた。



『女騎士を殺したのは、一人の勇者じゃなく、ここにいる全員の無関心だって言ってるんッスよ!』



 ハルルが、そんな言葉で、俺の世界を殴り飛ばしてくれた。

 何度も、この言葉を思い出すっていうのは、俺が、この言葉に、相当救われたんだろうな。


 そうして、俺は、ハルルの謎の行動力によって、十年合わなかった旧友に会うことも出来た。

 ハルルは、……。いや、俺は、ハルルをどう思っているんだろう。 


 それは、……今はまだ答えを出せない。

 この関係が居心地が良すぎて、っていうのか。いや、純粋に交際歴がないのもあってだな。

 いやもう、その辺は置いておこう。



 俺は、ハルルと出会って、少し気付いたことがある。



 それは、人間が皆、過去から繋がって今を作っている、ということだ。

 抽象的過ぎた。そうだな。人間には皆、過去がある。かな。


 そして、過去の過ちや、偶然から、未来の出会いが生まれる。

 やばいな。ハルルにこれ話したら、『師匠のニューポエムッスね!』って言われちゃうな。




 俺が、勇者だった過去(とき)に助けたハルルが、今、俺を助けてくれたように。

 俺が、過去に行った『罪』は、きっと、そのツケを払えと、必ずやって来る。




「だったら師匠は、『ひつじチョコ』に足が生えて、勝手にどこかに言ったっていうんスか!?」


 今、まさに。


 ふさふさした銀白の髪を逆立たせ、翡翠の瞳を珍しく怒らせて、ハルルは息荒く迫ってきた。

 犯人は師匠しかいない! とのこと。


「『ひつじチョコ』には最初から足が付いてただろ」

「それはそうッスけど!!」

 どうやら、ハルルの楽しみにしていた『ひつじチョコ』とやらが無くなっていたらしい。


「いやぁ。後は、泥棒か。怖いな、交易都市」

「んなワケないッスよ!! そんなお菓子だけを盗む泥棒居ないッス!!」

「じゃぁあれだ。溶けたんだ。この暑さだし、きっと、跡形もなく溶けて消えたんだよ」

「完全に消失する類のものじゃないッス!!」


「あれじゃん? きっと寝ぼけて食べちゃったんじゃないか?」

「くっ。否定できないッス……楽しみにしてたのにっ」

 ハルルが目を閉じ悔しがっていた。──かっ! と突如、目を見開いた。


「ど、どうした、ハルル」


 大きな目が俺を覗き込んでくる。


「師匠」


「な、なんだよ」


「──なんで、『ひつじチョコ』に最初から足が付いていた、って知ってるんスか。師匠に、中身、見せてないッスよね」


 ……。

 仕方ない。か。最後の切り札を使おう。


「ハルル。──ひつじチョコ、めちゃくちゃ美味しかった! 悪かったわ!」


 ごめんな! と軽やかに、愛嬌込みで謝ってみよう!

「ししょおおおおっっ!! ポムから貰って、めちゃくちゃ楽しみにしてたのにぃい!!!」

「わ、悪かったって。後で買い物の時に買ってやるから」

「東通りのケーキ屋さんでしか売ってないッスっ!」

 マジか。

 ぷくっと膨れたハルル。


「はぁ……いや、勝手に食べた俺が悪いわ。

 仕方ない。東通りのどこだ? この後、案内してくれ」

「え! 買ってくれるんスか!」

「まぁ、百パー俺が悪いしなぁ」


「やった! じゃぁ、あれッス、ついでッスから~! 

 そこのケーキ屋さんでケーキも食べましょう! ポムが言ってたッス!

 この時期限定の果物ケーキがオススメだって!」


「ついでって、なぁ」

「えへへ。……だめッスか?」

「まぁ。ひつじチョコ、食べたいし、ちょうどいいか」


 俺がそういうと、ハルルは屈託なく、にへらと笑う。

 この顔が、いつもズルい。


『ジリリリ!』


 玄関のチャイムが鳴った。

 なんだ?

 俺は扉を開ける。


 そこに居たのは、どこかで見覚えが──ああ、勇者ギルドの受付嬢だ。

「あ、ハルルに用ですかね。おい、ハルル」


「いえ。二人ともに用事がありまして。にっこり」


 白い封筒が二通。……手紙をギルドの職員に持ってこさせるってなると、これは、ギルド関係の重要な書類ってことか。


 宛名を見て、俺は、めまいがしそうになった。


「便利屋さんって、勇者資格もお持ちだったんですね。にっこり。

 次回からは、是非、うちの仕事も受けてくださいね!」


 悪意のない笑顔。

「どうしました、師匠?」

 後ろからハルルも顔を出す。


『特級勇者 ジン・アルフィオン様へ』


 俺に、苗字は無い。

 だが、手紙には、そう苗字が書かれていた。


 アルフィオン。それは、昔の名前、ライヴェルグの後に次ぐ名である。

 俺の正体を知っている人間からの手紙。

 少なくとも……こんな遠回し。趣味がいい奴ではなさそうだ。


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