【08】手紙【02】
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『貴方のお名前は?』 『お前は誰だ?』 『なんて呼べばいい?』
そこが初めて訪れた場所なら、どんな場所に行けど必ず問われる。
いつからだろう。名前を聞かれて、口ごもらずに、『ジン』と答えられるようになったのは。
いつからか。名前の記入欄に躊躇わず、『ジン』と記入できるようになったのは。
俺の最初の名前は、ライヴェルグ。
ライヴェルグ・アルフィオン・エルヴェリオス・ブラン・シュヴァルド。
……いやもう、黒歴史なロングネームで嫌すぎる。
自分が付けた訳ではないんだけどね……。
勇者としての格を付ける為、とかいう政略的な理由によって、称号を貰う度に国から与えられた名前が増えていった。
更に、自分で名乗ると、こっ恥ずかしいが……俺は、魔王討伐の勇者だ。
魔王討伐は、偉業だ。耳心地もいい。
だが……綺麗な終わり方ではなかった。
仲間に憑依した魔王を討つ為、仲間ごと殺したのだから。
そして、その瞬間を、多くの民衆が見ていた。
魔王が憑依していたかどうか、それは戦闘中の俺たちにしか分からなかった。
だから、その戦いを見ていた民衆が「人殺し」「仲間殺し」と声を上げても、何も不思議じゃない。
それ以降、国王と一部の人間により、ライヴェルグは死んだ。という通説が流された。
そして、俺は、ジンとなった。
苗字も何もない、ただの『ジン』という名。正直、嫌いではない。
だけど、俺は、名前を変え、経歴を偽り、多くの人間と一緒に嘘を吐くことによって、平穏を生きている。
あの日、仲間を殺した瞬間を、瞼の裏に焼き付けたまま。
勿論、故意に、殺した訳じゃない。
それしか。あの時は、それしか方法が無かった。
いや、もう、それは止そうと決めた。
事実、俺は、あの人を殺したんだから。
そうして、俺は十年ほど、最小限の人としか関わらないように生きていた。
『女騎士を殺したのは、一人の勇者じゃなく、ここにいる全員の無関心だって言ってるんッスよ!』
ハルルが、そんな言葉で、俺の世界を殴り飛ばしてくれた。
何度も、この言葉を思い出すっていうのは、俺が、この言葉に、相当救われたんだろうな。
そうして、俺は、ハルルの謎の行動力によって、十年合わなかった旧友に会うことも出来た。
ハルルは、……。いや、俺は、ハルルをどう思っているんだろう。
それは、……今はまだ答えを出せない。
この関係が居心地が良すぎて、っていうのか。いや、純粋に交際歴がないのもあってだな。
いやもう、その辺は置いておこう。
俺は、ハルルと出会って、少し気付いたことがある。
それは、人間が皆、過去から繋がって今を作っている、ということだ。
抽象的過ぎた。そうだな。人間には皆、過去がある。かな。
そして、過去の過ちや、偶然から、未来の出会いが生まれる。
やばいな。ハルルにこれ話したら、『師匠のニューポエムッスね!』って言われちゃうな。
俺が、勇者だった過去に助けたハルルが、今、俺を助けてくれたように。
俺が、過去に行った『罪』は、きっと、そのツケを払えと、必ずやって来る。
「だったら師匠は、『ひつじチョコ』に足が生えて、勝手にどこかに言ったっていうんスか!?」
今、まさに。
ふさふさした銀白の髪を逆立たせ、翡翠の瞳を珍しく怒らせて、ハルルは息荒く迫ってきた。
犯人は師匠しかいない! とのこと。
「『ひつじチョコ』には最初から足が付いてただろ」
「それはそうッスけど!!」
どうやら、ハルルの楽しみにしていた『ひつじチョコ』とやらが無くなっていたらしい。
「いやぁ。後は、泥棒か。怖いな、交易都市」
「んなワケないッスよ!! そんなお菓子だけを盗む泥棒居ないッス!!」
「じゃぁあれだ。溶けたんだ。この暑さだし、きっと、跡形もなく溶けて消えたんだよ」
「完全に消失する類のものじゃないッス!!」
「あれじゃん? きっと寝ぼけて食べちゃったんじゃないか?」
「くっ。否定できないッス……楽しみにしてたのにっ」
ハルルが目を閉じ悔しがっていた。──かっ! と突如、目を見開いた。
「ど、どうした、ハルル」
大きな目が俺を覗き込んでくる。
「師匠」
「な、なんだよ」
「──なんで、『ひつじチョコ』に最初から足が付いていた、って知ってるんスか。師匠に、中身、見せてないッスよね」
……。
仕方ない。か。最後の切り札を使おう。
「ハルル。──ひつじチョコ、めちゃくちゃ美味しかった! 悪かったわ!」
ごめんな! と軽やかに、愛嬌込みで謝ってみよう!
「ししょおおおおっっ!! ポムから貰って、めちゃくちゃ楽しみにしてたのにぃい!!!」
「わ、悪かったって。後で買い物の時に買ってやるから」
「東通りのケーキ屋さんでしか売ってないッスっ!」
マジか。
ぷくっと膨れたハルル。
「はぁ……いや、勝手に食べた俺が悪いわ。
仕方ない。東通りのどこだ? この後、案内してくれ」
「え! 買ってくれるんスか!」
「まぁ、百パー俺が悪いしなぁ」
「やった! じゃぁ、あれッス、ついでッスから~!
そこのケーキ屋さんでケーキも食べましょう! ポムが言ってたッス!
この時期限定の果物ケーキがオススメだって!」
「ついでって、なぁ」
「えへへ。……だめッスか?」
「まぁ。ひつじチョコ、食べたいし、ちょうどいいか」
俺がそういうと、ハルルは屈託なく、にへらと笑う。
この顔が、いつもズルい。
『ジリリリ!』
玄関のチャイムが鳴った。
なんだ?
俺は扉を開ける。
そこに居たのは、どこかで見覚えが──ああ、勇者ギルドの受付嬢だ。
「あ、ハルルに用ですかね。おい、ハルル」
「いえ。二人ともに用事がありまして。にっこり」
白い封筒が二通。……手紙をギルドの職員に持ってこさせるってなると、これは、ギルド関係の重要な書類ってことか。
宛名を見て、俺は、めまいがしそうになった。
「便利屋さんって、勇者資格もお持ちだったんですね。にっこり。
次回からは、是非、うちの仕事も受けてくださいね!」
悪意のない笑顔。
「どうしました、師匠?」
後ろからハルルも顔を出す。
『特級勇者 ジン・アルフィオン様へ』
俺に、苗字は無い。
だが、手紙には、そう苗字が書かれていた。
アルフィオン。それは、昔の名前、ライヴェルグの後に次ぐ名である。
俺の正体を知っている人間からの手紙。
少なくとも……こんな遠回し。趣味がいい奴ではなさそうだ。




