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【25】ただの経験だ【31】


 ◆ ◆ ◆


 (あたい)、前にガーちゃんとね、話したのよ。

 狼先生を殺したナズクルが目の前に居たら、どうするか、って話。


 ああ、これ考える時に大切なのはレッタちゃんよね。

 レッタちゃんは、どうするか分からないとは言ってた。

 でもきっと、我慢するんだと思うわ。見てて分かるもの。


 狼先生が、レッタちゃんに言葉で残さなかったけど……残したもの。


 明日を。未来を生きて欲しいっていう願いよね。

 だから、狼先生の復讐に生きない。それがレッタちゃんの意志な気がするわ。



 でもね。



 (あたい)たちは、やっぱり違う感想なのよ。

 夜になると、レッタちゃんが我慢して震えているのを、何度も見て来た。


 (あたい)たちに……自分の怒りを押し付けないようにしているって。


 無理矢理。歯、食い縛って未来を見ようとしている。

 その震える肩に思ったの。……脆い。いや、ちょっと違うわね。そう……危ういかしら。


 レッタちゃんの背を押しているのは、きっと、危うい強さ。


 正義感とは違う。

 守りたいものを守る為に、自分が傷ついてでも前に進む、そんな意志。


 だからね。(あたい)も、ガーも。決めているのよ。


 単純。

 ただ、(あたい)たちは『自分の意志』で。




 ナズクルは、絶対に殺す。




 そう決めている。

 (あたい)たちの人生に、この未来(さき)も、記憶(かこ)にさえも、彼の名前は不要。

 独断と偏見。お伺いたて不要。それによってレッタちゃんが(あたい)を嫌いになろうとも、問題無し。


 やると決めたことを、やる。


 (あたい)は今回の潜入──ガーがね、それを暗黙に(あたい)に託したと思っている。


 この奇襲なら。

 レッタちゃんを救うのと同時並行で──取れるわ。ナズクル(やつ)の首を。


 だってもう。既に──追跡(マーク)完了しているもの。


 ◆ ◆ ◆


 小火(ぼや)騒ぎの後、ナズクルは一人、思考を巡らせていた。

 それは、報告をしに来た兄弟の怪刻(ガーゴイル)の去った後から続いていた。


 すべての証拠が、ただの事故だと示していた。

 この城になれていない『恋』という男の従者であるイクサが、火を点けっぱなしにしてしまった、というだけの話。

 無くはない。

 そして、念の為に密偵であるヘイズに、現在の魔族の状況を確認したが『動きなし』との返事。


 ならば。

 ただの事故。


 だが──それでも。


「奇妙、ではある」

 ナズクルが呟いた独り言が、狭い室内で反響する。


 それは直感的。

 決して、理ではない。


 タイミングが奇妙に良すぎるのだ。


 ヴィオレッタを捕まえた後に、この魔王城で事故。


 そもそも、ヴィオレッタが突然に現れたことも想定外だった。

 すぐに転移魔法が施されていたクローゼットは封じたが、他にも抜け道がある可能性は無くはない。


 ──こういう時にユウが居れば、まだ安心感があるがな。

 この時、ユウは岩と木がある町にいた。まだジンたちが砂の大国に訪れる前である。


 騒ぎも落ち着いた。

 もう一時間もしない内にヴィオレッタの護送用人員も到着する。


 ナズクルは思考を終えた。

 物理的に、これ以上、トラブルは起こらない筈だからだ。



 ──水洗。水が流れた。



 考え事は個室。という人間は割と多い。

 人によって思考しやすい場所というのはそれぞれあるだろう。

 ナズクルも類に漏れなかったというだけ。


 洗面台で手を洗う。泡を流し、顔を上げたその鏡の中。






 背後に──正眼。()()()()()()()()で──筋骨隆々の男が音も無く立っていた。



「死ね。ナズクル」







「っ!!」

 反射的に振り返るが、ナズクルに攻撃の間などない。いや、与えない。

 筋骨隆々の筋肉魔女(マッヂョマン)──ヴァネシオス・ド・ドールは、完全にナズクルの背後を取っている。

 その振り返りざまに放たれたナズクルの適当な拳など腕を簡単に掴んで、まるで護身術の如く、その腕を捻り込む。

 ナズクルはそのまま、顔を鏡に押し付けられる。

 肩が外れるような轢音を上げるも、声を出すことも出来ない。


 ヴァネシオスに言葉は無かった。ただ、事務的に──処理すると決めた目。

 決意に曇りなく、殺意に淀んだ真っ直ぐな暗い眼差し。




 ヴァネシオスの左手が──比喩的な意味ではなく──ナズクルの背を突き刺した。




 手刀。手を握らず開き、指だけは揃える。

 そして疑似的な刀のように突き刺す。


 無論、指や手は鍛えても刃物のように強固にはならない。

 だが、人体を知り、相手の肉体を目で見て筋肉、筋線維すらも理解できるのであれば。


 骨と骨の隙間に手刀を突き刺すことは出来る。


「かっ!」

 血の飛沫を吐くナズクルだが、ヴァネシオスは感触でしくじったと気付く。

 手の甲までしか、ナズクルに突き刺さっていない。


(貫通させるつもりだったのよ。──流石、戦場を知ってる男。

剣で斬られたらすぐに力んで筋肉を固めたり、体を裁いて骨に当てて剣を止める。

──戦場経験者の判断力ね。けど)



 すぐさまヴァネシオスは手を引き抜き、次は首筋を狙った。


(頸椎を叩き折──!)





 銃声。





「な……っ」

 銃声が響き、ヴァネシオスは唇を噛んだ。


 ヴァネシオスの左足元に、血の塊が落ちた。

 脇腹が、撃ち抜かれた。


 痛みで弛緩したヴァネシオスの腕を振りほどき、ナズクルは数歩だけ距離を取る。

 ヴァネシオスは左脇腹を抑えながらギリッと奥歯を噛む。



「武器を、トイレにまで、持ってくるなんて。最悪。当てが外れたワ。

流石、戦場経験者は違うワね……」


「いいや。違う」

「?」


 ナズクルはため息交じりに数時間前の──偶然を思い返す。


「ただの経験だ。俺は人生で今後、どんな時でも武器を持ち歩こう、と戒めたばかりでね」


「なんでそんなこと戒めたのよ。トイレで襲われた経験でもあるの?」

「ふん。まぁ、そして──その戒めのおかげで、暗殺者を回避できたようだが」




 銃口が──ヴァネシオスに向けられた。





◆ ◆ ◆

いつも読んで頂きありがとうございます!

6月は深夜勤務が発生してしまう兼ね合いで少し投稿日が飛び石になってしまいます……。

申し訳ございません。早速、直近で深夜勤務が確定してしまい……ストックを準備しておきたかったのですが、どうにも間に合いませんでした……。


その為、誠に勝手ではありますが、

次回投稿日を 6月2日 。

次々回投稿日を 6月5日 とさせて頂きたいと思います。


また深夜勤務ラッシュですが、6月中旬で終わりますので、その後は隔日に戻したいと思います。

何卒、よろしくお願い致します。


2025/05/30 2:09 暁輝

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