表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

765/847

【25】馬鹿な男ね【30】


 ◆ ◆ ◆


 なお。

 河豚毒(テトロドトキシン)という毒は、300度の高熱で加熱したとしても壊れることはない。


 それ程に強力であり、解毒する方法も存在しない。

 あるのは対症療法。症状に合わせて治療をし、回復を図るしかない。


 蜂刺傷──蜂刺され。その毒もまた同様である。

 明確な解毒方法はない。それはそもそも、蜂の毒が多種多様な毒を配合して作られているからだ。

 複雑密接に混ざり合ったその毒は、毒のカクテルなどとも呼ばれる。──酔えるような名前の美しさとは裏腹に一刺しで現実に引き戻す激痛を与えてくれる。いや、あるいは二刺し(アナフィラキシー反応)で酔ったようにすっと現実と別れることが出来る、と言うべきか。


 ともあれ。蜂の毒も、化合毒も危険極まりないのである。


 また解毒は、危険ではあるが、幾つかの毒を合わせて相乗効果で薄める方法は実在する。

 しかしまともな世界であれば危険極まりない。その上に違法である為、実際は出来ない方法と言えるだろう。混ぜるな危険と表記されている物は、混ぜてはいけないのだ。


 正しい対処として、蜂刺傷による蜂毒の場合は、水で毒を薄めることが有効だ。

 そして毒を外へ放出する。──体外に毒を出すこと。

 分かり易く、正しい対処法が「それ」である。


 ◆ ◆ ◆


 ──そして、肉団子のように丸まった男は動かなくなった。


 悍ましい羽音。数百に及ぶ蜂が部屋を埋め尽くしている。

 肉団子のような男の名前はパバト。一切動かなくなった男を見下ろすのは赤金の髪の麗人──ハッチである。

 髪をかき上げて彼女は立ち上がった。


「普通の人間ならこれだけの蜂に刺されたら死ぬはず。だけど、あんたは別でしょ。じゃあね、もう二度と会いたくないわっ!」


 捨て台詞をハッチが吐いた。


 そして、『パリーンッ!』と大きな音が響く。


(っ……窓を割ったのかッ!!)


 蜂の音も遠のいていく。

 パバトはギリギリと歯を噛んでいた。


(馬鹿が、窓から逃げただとッ! 外は海だぞ!? 死ぬぞ!?

あ、違うッ! アイツ、たしか、デカい鴉の仲間が居たなアぁああ、クソっ!)


 蜂の羽音も減っていくのが、パバトには分かった。


僕朕(ぼくちん)のッ、レッタちゃんをッ! 取り返さないと……ッ!)


 数匹の蜂が一気に肉団子に襲い掛かった。

 そして、蜂たちは異変に気付く。


 肉団子を刺した蜂が、その肉の塊から離れられないのだ。


 まるで、粘着シートに掛かったネズミのように、蜂たちは翅を羽搏かせても離陸できない。

 身体が、肉団子(パバト)の身体にくっ付いている。

 そして……ただくっ付いている訳じゃない。

 蜂たちの翅も、足も、徐々に溶けている。


術技(スキル)物質変形(クレイモルフォーゼ)】……僕朕(ぼくちん)の貴重な脂肪分を、粘着性の強酸毒に変え、僕朕(ぼくちん)を守る盾として全身を覆っているッ! けど、これじゃあ身動きも取れないッ。

最悪だ。本当に本当にッ……!)


 蜂たちが減ってきている。

 外に逃げていると音で分かる。


(あんな、クソ女にッ……僕朕(ぼくちん)が。僕朕(ぼくちん)がッ……クソ!

毒も受けた。ヒリヒリする。最悪だ。この毒をっ、この毒を! 癒すすべはッ!!)



 ぺき、っと肉団子の外皮が割れる。

 そして中から赤白い光が漏れ出して──。



「だぁああおらあああ!」



 部屋が揺れた。

 爆熱風。



 その中心には、皮膚のない()()が立っていた。


 

 赤い肉、走る血管、瞼のない目。

 それは、自分の皮膚の中から

 数秒、いやもっと短い時間で、散らばった血や泥が体に向かって跳んでいく。

 まるで強力な磁力に引き寄せられた砂鉄のように。


 まばたきをする間に、まばたきが出来るような皮膚が戻っていた。


 毒を解毒できない。

 そう察したパバトは、判断した。毒を放出するには、こうするしかないと。


 毒が注入された皮膚を、自分の身体の中から爆散させて──肉ごと毒を放出した。


 一石二鳥。毒を放出したついでに、周囲の蜂も焼き払ったのだから。

 

(っう……! 体重が、10キロも減ってしまったッ!! クソっ。

ともかく、まずは状況を、確認だッ!)


 まだ片目が上手く開かないパバトは、なんとか薄目を開けて周囲を確認した。

 蜂は、部屋には10匹程度も残っていない。

 いや、今は──そんなことより。

 ベッドの上を確認する。ヴィオレッタの姿はもちろんない。


 そして、今の状況においてある意味ではヴィオレッタよりも重要な物が机の上にある。

 それは──



(や、やられたっ!! ……あの、(あまァ)気付いてやがったぁああ!)



 机の上に、さっきまであったものが無い。

 それは、フラスコ。


 白い煙の入ったフラスコ。


「ぼ、僕朕(ぼくちん)の解毒(やく)の試作品をッ! くそっ! 盗みやがった!!

泥棒ッ! 犯罪者ッ! 変態めッ!!! 捕まえたらぶち■してやるッ!」



「パバトッ! 大丈夫ですか! 今物凄い音がし──すふっ!!?」



 部屋に闖入してきた青いインコ頭の魔族の首根っこをパバトが掴んだ。



「スカイランナーッ! いいタイミングだッ! 今すぐ追いかけるッ! 飛行魔法を使え!」

「え、えええ!? 何故ですかぁ?! あれ、というか少し顔立ち変わりました? 細くなったように見えますよ。あ、ダイエットに成功──」

「黙れッ! すぐに追う! 飛行魔法を使うか、今僕朕(ぼくちん)に殺されるか!」

「ひぇええ!? わ、分かりましたぁああ!!」


「蜂を追うッ!」

「は、はいぃ!」


 ──割れた窓から飛び立つパバトと、スカイランナー。

 手がかりは蜂。逃げているあの蜂が手がかりだ。追えば必ず、ハッチに辿り着ける。






 そう思っている。




(だから──それが盲点になる。ま、運が良かっただけ、だけどね。なんにしても)






「馬鹿な男ね。あたしがそんな目立つ逃げ方する訳ないじゃない」





 ベッドの下。

 ひょっこりと顔を出し、ハッチは、べっと舌を出した。





◆ ◆ ◆

次回の更新は5月30日を予定しております!

よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ