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【25】あたしは許さない【28】


 ◆ ◆ ◆


 あたしは、性格が悪い。


 嫌なことがあった時、あたしはすぐ我慢して溜め込む。

 それで後から、一人になったり別の人に会った時に、その嫌なことを、怒りとして発散してしまう。


 よく言われた。その時に怒ればいいのに、って。

 嫌な時に嫌と言うことが一番いいって。

 でもそんなこと出来なかった。

 聖女ごっこさせられてたから? それもあるかもしれないけど、どうしても言うのが怖かっただけ。


 だから、あたしは、性格が悪い。


 後から、じわじわと怒りが湧いてくるんだから、嫌な奴だと言われておかしくないよね。

 その通り。今もそう。



 今、確実に──腹の底から怒りが湧いてきてる。



 じんじんと痛む右目。地面を這いずらされた屈辱。


 そして。

 ベッドの上で寝かされてるレッタちゃん。


 許せない。

 許さない。


 ◆ ◆ ◆


「あたしが一番嫌いな人間に、あんたはそっくりだ」


「……へぇ。誰だい、彼氏?」

「父。──あんたみたいに、自分の欲望の為に誰彼構わず奈落に落とす奴」

「ほへぇ、僕朕(ぼくちん)と気が合いそうだ」



「抵抗できない奴を甚振るようなクズを、あたしは許さない」



「ほぉーん。で。許さなかったらどうす──」


 羽音。

(っと、速いなあ、この)



 右拳──甲殻に覆われたような拳がパバトの顔面を穿つように殴った。



 フラスコや鉄板を砕きながら、パバトの巨体が研究机に減り込んだ。


「あんたの顔面に毒針を撃ち込んだ。それだけの製薬技術があるなら死なないと思うけどすぐに処置した方がいいわ」


 パバトの顔は下を向いていてハッチからは見えない。

 だが手応えは間違いなくあった。毒も撃ち込んだ。

 ──ハッチはヴィオレッタの寝るベッドの方へと進みながらも、パバトへの警戒を怠らない。


 これくらいで、意識を手放す訳が無い。


 そうハッチが思った通り──パバトは「ぶひゅひゅ」と汚い笑い声を上げた。


「触覚が独特な多関節。付け根から、少しまっすぐ伸びてから折れるように曲がる。そんな触覚は、蜂の触覚だ……。右腕は、覆うのはふくらみのある手甲(ガントレット)。……腕が変形しているなら、甲殻というべきか。

その翅もそうか。蜂らしい翅だ。膜翅(まくし)。薄っぺらい厚みのない翅のことで、僕朕(ぼくちん)流に言うならアダルト下着。──ぶひゅひゅ」


 呪詛のようにボソボソと分析を呟いたパバトは、太り過ぎた道化師のような笑顔を浮かべた。


「アベリア──蜂という意味だったねえ。自身の身体に蜂の力を宿すタイプの術技(スキル)だぁ。

ぶひゅひゅ! 虫けらが、本当に虫の力を得た訳だ」


「……はんっ。博識なことで」

 ハッチは拳を握り直す。パバトは、にちゃあぁと笑顔をもう一つ作って笑う。


「いやぁ。ぶひゅひゅ……やっぱり、そういう術技(スキル)になるんだなぁってね。

ナズクルも『恋』も喜びそうな話だって思っただけだよ」

「はぁ?」


「アジィーンちゃん、イスナーニャちゃんにトゥリアたん。それからキャトルちゃん。

ピャーチゃん、シスちゃん、シエッテちゃん……ぶひゅひゅ。思い出すだけでも気持ち良くなっちゃうねえ」


「?」


「──僕朕(ぼくちん)が甚振ってる時に術技(スキル)が開花した子たち。キミで、8人目だあね。

皆、自身の肉体が変化する系の能力だったんだよ。ぶひゅひゅ!

やっぱり似るんだろうなあ! それに、キミは特に顕著! 僕朕(ぼくちん)術技(スキル)に似てる上に、毒魔法まで取り込んでるんだからねえ!」


「……気持ち悪いんだよッ、クズが」


 一歩。踏み込んだハッチの姿が、空間がブレたように掻き消える。


「──確か、記録上の最高速度、50キロだったかなぁ」

 ハッチの拳が、パバトの背を打った。

 肩の下、背後から肺に向けて打ったが──ハッチの拳は。


(っ! そうだ。パバトは、この身体っ。泥みたいに出来るんだっ)


 拳半分、パバトの身体に沈み込んでいた。


 そして──パバトの首がぐるんと回り、ハッチを見る。


「蜂の速度。ぶひゅひゅ。毒性とか攻撃性が有名だけどさあ!

蜂は馬を仕留めたこともあるそうだよ! まぁ馬も最高速度じゃない走り出したばかりだったらしいけどねえ! ぶひゅ!

キミも、そういう速度が出せるんだろぅ?」


「どうだかね」

 パバトの洞察力に少しだけ汗を握りながらハッチは言葉を強く吐いた。


 ぐにゃりとパバトの右腕が、関節を無視して曲がる。

 即座、拳を引き抜いた。右腕の拳戟が──。


「『禁欲粉砕の毒拳法(ラブベノ・フォーティーエイト)』──」


(防御をッ)


「──〆込錦(無関節の裏拳)


 パバトの腕は鞭のように撓り、ハッチを弾き飛ばす。

 間一髪防いだハッチの腕は焼け爛れたように煙を出していた。


「っ……」

「そうそう。そうだよねえ。お互い、毒は効かない訳だぁ」

 パバトは笑いながら──()()()()()()()()()()()()()()()

 血が溢れ出る。そして、ぐちゃぐちゃと血管と臓器を少しはじき出しながら「あったあった」と無邪気に何かを掴み、手を抜いた。


僕朕(ぼくちん)も自分の毒で毒を無毒化出来る。そしてキミも、そうなんだろう?

体内の毒を中和出来るみたいだねえ」


(……その通りだけど。ほんと、こいつ……ただの変態じゃない。場数を相当踏んでるからなのか、あたしの出来ること、相当見抜いてくる)

 睨みながら、ハッチは自身の腕の毒液を払う。

 

「ま──撃ち込まれた針はこうやって取らなきゃいけないから手間だあね」


 転がしたのは、人差し指程の針。それが2本。

 ハッチが殴った際にパバトの体内に撃ち込んだ毒針である。



「さてさて──女王気取り(クィンビー)様。まだ僕朕(ぼくちん)を驚かせる切り札、持ってらっしゃるかなぁ?? ぶひゅひゅっ!」



 どろりとした笑顔と、唾液が混ざった嘲笑が、部屋に木霊する。

 ハッチは唇を噛みながら──静かに思考を巡らせる。


(驚かせる切り札? ……あるに、決まってんでしょ。ただ、それは一度だけの切り札だ)


 目線を外さない。


(素人の手品みたいなものだ──だから)


 雨が弱まり、窓から僅かに差し込んだ月光に覚悟を決めて。


(必ず、当てる) 


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