表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

761/843

【25】見逃してやると言われた時に【26】


 ◆ ◆ ◆


 薬の作製──製剤は、記録を遡れば()()()()()()()()()()()()()にも行われていた。

 当時から、人間は様々な薬を作っていた。

 液体、塗布、軟膏、煎じ薬、罨法(あんぽう)燻蒸(くんじょう)──そして、散剤。

 つまり粉薬である。

 この世界の現在における主流でもあるし、()()()()でも真っ先に思い浮かべる薬と言っても過言ではない。


 とはいえ、この世界において薬はまだ未発達分野だ。


 飲めば翌日には治るという物ではないし、科学的な研究もまだ発展途上。

 

 そもそも薬を作るには、植物や物質を幾つかの処理を通すことによって薬となる。



 この世界の、いや、この時代の薬は原始的とまでは言わないがまだ改良の余地がある。


 

 ──喩えで話すなら。

 製剤は、お菓子作りとして考えることが近いかもしれない。

 勿論、幾つか専門的な話を簡略化したイメージの話だ。


 チョコ味のケーキを作るならば、小麦粉にチョコレートを混ぜる。

 その時、チョコの味が不均一にならないように徹底的に混ぜ合わせる。

 そして泡立ちを確認して形作り、窯に入れて焼き上げる。

 焼き加減を間違えないように丁寧に。

 そうして、ケーキを作る──ように、薬は作られる。


 それが、この世界での普通。通常の薬品(ケーキ)の作り方だ。


 だから。


 ◆ ◆ ◆


(なん──なの、この装置、は)


 それは、幾つものフラスコが連なっていた。

 細いガラスのパイプで繋がれた試験管(フラスコ)たちは時計の中身のように、精緻複雑に絡み合う。

 三つ口の試験管(フラスコ)から伸びる硝子の管は、まるで人体の中身を想起させた。

 常に回転し続ける装置。沸騰が止まない試験管。液体と木の根が詰まった抽出器。


 何も知らない人間なら、そこまでだ。

 ある意味芸術性すら感じる試験管たちの並びに過ぎない。



 しかし、知っている人間が見たなら。



 喩えるなら。

 石窯と泡立て器で、ケーキを作ってる世界の人間が──電熱線燃焼複合窯(オーブンレンジ)と電動泡立て器、ミキサー、デジタル計量器(キッチンスケール)を使って作られる、現代の調理技術を見たような衝撃。

 そう、その分野に居る人間なら、道具を見ただけで分かるだろう。

 泡立ちも、食べた時の触感も、段違いの物が作れる。

 そして。


(──これを作り上げたことが。……そして、操れて、目的の薬を作れることが……)


 同じ薬を扱う者として、音が出ないように拳を握った。


(パバトって奴は変態だけど……毒薬の知識だけは一流なんだ。……いや、そんなことより)


 ハッチは頭を振って思考を元に戻す。

 今、するべきことは一つ。この部屋に居るであろうヴィオレッタの救出だ。



 カチャカチャ、と音がしている。

 陶器と陶器がぶつかる音。近づけば細かいノイズのような摩擦音も混ざる──ハッチにとっては、よく、聞き覚えのある音だ。

 


(煎じてる音だ)



 音の方に明かりがあった。黒い世界を照らす、血のように赤い明かり。


 その中心。ベッドの上に──少女が横たわっていた。

(レッタちゃんッ!)


 音を立てないようにハッチは進む。

 だが、一歩進んだ地点で、すぐに息を殺した。


 男が居る。巨漢の男だ。

 背中を向けて机に向かい、作業をしていた。


 ぶくぶくと太った大きな手で持つ試験管はとても小さく見える。

 今まさに手に取った試験管に煎じた粉を入れた。


 その男の横顔を見て、ハッチは息を呑んだ。


(分かっていたけど、やっぱり──パバトだ。パバト・グッピ)


 今は亡き魔王の、元腹心。その戦闘面の実力だけなら次期魔王とも言われた程。

 まともにやって、勝てる相手ではないし──戦いたいとも思えない相手だ。


 だけど。


 今は──薬を作るのに集中している。

 背中は隙だらけだ。


 銃を抜けば。

 構えれば。引き金を引けば。


 この距離なら、外さない。


(化物染みた回復力だけど、頭を撃ち抜けば、流石に死ぬはずだ)


 そして、引き金を引くまでの一連の動作を──一切の音を立てずに行えば、暗殺が出来る。

 暗殺の基本。相手の動きに合わせること。

 音を立てるなら、相手の音に紛れ込ませる。


 ハッチは腰の銃に手を掛ける。





「虫一匹、部屋に入っても僕朕(ぼくちん)は気にしない。良い研究材料になるかもしれないからだ」





 ビクッと背筋を伸ばした。ハッチは自分の顔から一瞬で血という血が抜けた気がした。


 声は低い。いつものお道化た雰囲気が一切無かった。

 張り詰めた──風船のように張り詰めた空気が、そこにある。


「だけど、虫が僕朕(ぼくちん)の試験管に。ましてや薬品に触れるなら別だ。

その自分の銃に触れて見ろ? 構えるより早くその目、()()して二度と開かないようにしてやる」


「お……脅しなんかで」


「ぶひゅ。面白いなあ……ええ? 脅しだって。この僕朕(ぼくちん)が?? キミごときを、脅すと。

ぶひゅひゅ。……脅しじゃあない。ただの実行する未来だ。

──それに、本当にレッタちゃんのことを思うなら、回れ右しろ」


「……な」


「説明は一度だ。いいか。よく聞け。理解しろ。

まず、虫一匹潰すのに3秒も掛からない。だけどね、その3秒が今は惜しい。

何故なら、今、僕朕(ぼくちん)が直々に解毒(やく)を作ってるんだ。

レッタちゃんの為にね。これを作る手を止めたくない。

更に言えば、その虫が暴れて僕朕(ぼくちん)の薬品を台無しにしたらと思うと恐ろしい」


 ──そう。パバトの声には、いつもよりも力が無かった。


「ぶひゅひゅ。……だから、見逃してやる」


「え」


「今、出て行けば本当に追わない。ロリっ子の神に誓ってもいい」


 それはきっと本心だ。

 パバトがずっと薬を作る為に奔走しているが故だろう。

 元は自分の毒だが──それ故に解毒(やく)を作るのがとても困難であった。


「あ、……あたしは。レッタちゃんを助けに来た」


「奇遇だね。僕朕(ぼくちん)も助けてる最中だ」


「あたしが、レッタちゃんを」

「助けれないよ」

「助け──」




「見逃してやると言われた時に、安堵を覚えたキミに、大切な人を助ける資格なんかないだろ? ぶひゅひゅ」



 心臓が抜かれたようだった。

 息が出来ない。喉に石が詰められたような錯覚と、痙攣するような手の震え。

 汗が掌から噴き出しているような幻想。焦点は、既にパバトに合わない。



 安堵を覚えた。訳じゃない。そう否定していても。



 あの瞬間、少しだけ期待してしまった自分に。



 唇を噛んで、涙が、目に溜まっているのに気付く。

 

「ぶひゅひゅ。──仮に、その全ての勇気を振り絞って僕朕(ぼくちん)を撃ち殺せたとしよう。

だが解毒はどうする? ぶひゅひゅ。僕朕(ぼくちん)ですらまだ解毒の方法を探ってる状態だ」


(あ、あたしが。あたしが治す。そう、言いたい、のに)


「大人しく出てけば、命は助けてやるよ。僕朕(ぼくちん)はそれくらい今、余裕が無いからね、ぶひゅ」


(命は惜しくない、そう叫びたい、のに)


「止めといた方が良いよ。ぶひゅひゅ。僕朕(ぼくちん)はね──ロリっ子以外に、手加減は出来ない」


(怖い)


 泥に沈み込むような。

 虫に体を這われるのような。

 根源的な恐怖。


 だけど。



「そういう脅しをすれば……あたしが逃げると思ったか」



(戦うことから。選択することから。ずっと逃げて来た。

あたしは。そんな、あたしは──自分が大嫌いで)


「ん~、ぶひゅひゅ」


「あたしはッ……! あたしは!!」




 銃に指が触れた。






「馬鹿な女だ」





 


 鮮明桃色(ショッキング・ピンク)の毒液が、ハッチの右目と右腕を焼いていた。





 焼けつくような叫び声が部屋中に木霊した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ