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【25】風船騙し【23】


 ◆ ◆ ◆


 脱走の天才。


 その異名は、ある一部の人間だけが理解出来た。

 王城勤めの者。

 彼らには、この脱獄囚のような異名が『この国の王子』の異名だと知っている。


 ラニアン・P・アーリマニア王子。


 彼が王城から脱走すること数十、いや数百回。

 流石に王国の中心。警備はザルではない。

 確かに、警備は外を警戒しているから、中から出る分にはそこまで凄い警戒ではない。

 だが、あまりにも警備が突破されるものだから、内通者でもいるのではないかと調査が入った程だ。

 勿論、内通者や協力者はいなかった。

 王子はただの実力で逃げていた。


 王子は、逃げ足に自信があった。


 隠れることも、警戒を突破することも、得意だと自負があった。


 だからこそ。



「え、何!? 王子! 今、『手すりに掴まってやる時の■■■(夜の格闘術)を教えて欲しい』っていったのかしらン!?」


「『捕まった時の対処法を教えて欲しい』、と言ったのだッ!!」

(あたい)の耳にはそうは聞こえなかったのよん! とりあえず手すりに掴まるならバックと呼ばれる──」

「違うと言っているのだあっ!」

「冗談よ~! 可愛いわねぇ~~もぉ~食べちゃいたい!!」


 ヴァネシオス・ド・ドールという筋肉魔女(マッヂョマン)は、ばちこん、とウィンクを放った。


「でもぉ、王子ぃ? 何で捕まった時なの? 逃げ足早いんだから捕まらない方法を覚えるべきなんじゃないの?」


「いいや。だからこそ、なのだ」

「?? どういうことかしら?」


「逃げるというのは、逃げる側が圧倒的に有利だ、と思っているのだ。

しかし……絶対に捕まらない保証はない。今後、ナズクルやSSS級の人間が本気を出したら」

「そうね。捕まるでしょうね」


「……そんな時、逃げる方法があったらと思うのだ。オスちゃん殿は元隠密。

そういうことに長けていると思って相談をしたのだ」


 駄目だろうか、と真摯に向き合う少年に、ヴァネシオスは腕を組んだ。

 それは少し困り顔で。

「……あのね。(あたい)的には、おすすめしないわよ」

「え?」

(あたい)が捕まえる側の賊ならね? 王子、貴方なら抵抗しても無力化が簡単。

だから、賊は貴方を殺すという選択肢を取らないでしょうね。

でもね。力があったら。例えば、ハルルちゃんを取り押さえるってなったらね。

(あたい)が賊なら、腕と足を折る。後、歯も折るし、目も片目は潰すわ」

 ──それは、きっと敢えて残酷に伝えたのだろう。

 少し、苦々しく、ヴァネシオスは言葉を続けた。


「いい? 相手が、こいつは戦えると思ったらね、徹底的にやってくるわ。

年齢も性別も関係なく、攻撃の手段を全て潰すのよ。

……王子なら、攻撃の手段を持たない方が生存の可能性が高まるわ。だから」



「それでもなのだ」



「……王子?」

「手札は多い方がいい。余方(わたし)は……」


 唇を噛む。

 ラニアン王子の中で思い起こされているのは──ある日の出来事。


 父王が、巨漢の男によって殺されたその時の光景。


「オスちゃん殿に守られた上に、父上にも守られた。

何も出来なかったのだ。後悔が、あるのだ。だから」


 ──ヴァネシオスはその決意の固い目を見た。

 ため息を吐き、その目に負けるわ、と呟く。



「じゃあ教えるわよ。でもね、戦う技じゃない。

捕まった時にもう一回、逃げることが出来るようにする技よ。

それでもいいなら、教えてあげる」



 ◆ ◆ ◆

 


「くく……逃げ切れないものだろ。意外となあ」



 川辺。煌々と焚かれているカンテラに照らされた野営。

 老いた竜のような顔の男──モーヴェン・マルヴァジータは歪んだ口で笑いながら目の前の少年に語り掛けた。


 大きな岩を背に、少年──ラニアンは右肩を抑えて唇を噛んでいた。


 右肩の他にも左右の足にも、背にも、額にも傷があった。

 全て浅い傷だが、右肩の傷はこの中の傷では一番深い。


「魔物を追うのが、得意というのは……本当のよう、なのだ」


 ──ラニアン王子が、シャル丸が来た、とハッタリをかまして逃げた。

 だが、その後、まるで逃げる場所を知っているかのように、何度も何度も捕まりかけた。

 その都度、間一髪で躱し続けた。だが、川の手前で完全に捕まった。

 その時の傷が、右肩の傷だった。


(──しかし。まだ逃げるチャンスはあるのだ。ポケットの中にあるこれを……)


 くく。と、モーヴェンが歪んだ口で笑う。


「得意ではないさ。(やつがれ)は学者だよ。しかし、そうだねえ。

昔はね、坊ちゃんくらいの子をよく捕まえていたからねえ」


「……っ。クズめ」


「おいおい。違うぞ。そういう意味じゃないさ。ちゃんとした真っ当な方の捕まえるだよ。

まだ(やつがれ)がちゃんと王城に勤めていた時さ。

くく。若い世代じゃあ知らないだろうけどなあ。やんちゃな王子がいてなあ」


(やんちゃな、王子)

 ラニアンには心当たりが無かった。だが、不思議と、誰を指しているのかが分かった。


「……ラッセル、王?」

 言葉が不意に出ていた。おお、とモーヴェンは笑う。


「知っているんだなあ。あれの幼少期には手を焼かされたんだよ。

くく……そういえば、お前さんはあの王に似てるな。雰囲気というか……ん」


 ──そこで、モーヴェンはようやく気付いた。


「お前さんは、もしかしてラニアン王子か?」


 モーヴェンが知らないのも無理からぬことだった。

 5年前に逮捕されてから、つい先日まで囚人。成長した王子の姿を知らなかった。


「そうなのだ。それがどうしたのだ。余方(わたし)が」



 だから。



「お前さんが、王子だと。いや、そんな訳が無い──何故、()()()()()()()()()



 ラニアン王子の()()()()()()を見つめ、モーヴェンが思いがけずにその言葉を零した。




「──どういう、意味、なのだ」



 その言葉が。


     『ずっと、怖くて聞けなかった』


 水面に波紋を打つように。


     『弟の、子供なんじゃないかと、思ってたんだ』


 今際の父の言葉を思い出させていた。


「っ……。くく、意味も、何も」

「何か知っているのか、モーヴェン」

「ぁ?」



「私の父と母と、バッセトという王弟(おうてい)! その事件のこと、何か知っているのか!」



「……なんだあ、王子。お前さん、意外と……深い所まで知ってるんじゃあないか。え?」



 くく、と沸いた蓋が動く様な笑い声をあげてから、「だけど」と言葉を続けた。

「世の中には知らない方が幸せということもあるぞ。いいや、知らない方が幸せなことの方が圧倒的に多い。くく。

と、いうよりだなあ、王子ラニアン少年」


 そして、長い──まるで二本の刀を合わせたような鋏がをモーヴェンが抜く。


(やつがれ)が、答えると思ったかあ? 

王都尋常学校の優しい教師のように、懇切丁寧に質問に答えると思っているのかぁ?」


「必ず……聞き出すのだ」


 決意に満ちた目だった。硬い光を放つような目に──モーヴェンは苛立つように鼻を鳴らした。


「それは力のある者しか言えない台詞だよ、ラニアン王子くん。

この鋏の刃が軽くその頬か肩を裂いたら──もうお前さんは捕まって終わりなんだからさ」


 そして、その鋏の刃をラニアンの頬に当てる。


 ラニアンが目を閉じた。肩の力を抜き、諦めたように目を閉じていた。


 だがその行動に、モーヴェンは僅かに首を傾げた。

 僅かな違和感だった。さっきまでの決意に満ちた目を見せた少年が、ただ刃物が頬に当たったからと目を伏すなど。




 思考を切り裂くように──それは不意打ちだった。

 東の国に角手力(すもう)という格闘技がある。

 その中にある奇襲技術の一つ。

 立ち会った相手の目の前で掌を合わせ──その音で目を眩ませる。


 猫騙し。


 『ただね、これは相当に高い技術が必要。練習もね。だけど、いい物があるわ。

  これを使えば、練習は不要。あー、ちょっとはいるけどね』

 『いい物?』

 『これよ』





 炸裂音。ただの炸裂音ではなく──まるで、銃声。そんな弾けたような音。





 そう、これはただの猫騙しではない。


 ラニアン王子のポケットの中に入っていたのは。


 『風船?』

 『そう! 小さいけどぱっつんぱっつんになる風船。手に握って、これを勢いよく両手で潰す。

  知らなければ、どんな人間でもビビって動けなくなるのよ!

  名付けるなら!』



(風船騙しッ! なのだ!)


 

 ラニアンは前に跳んだ。

 逃げる時、相手から遠ざかるのは正しい選択だ。だが、状況によっては相手に跳び込むのも正しい選択となりうる。

 相手が不意を突かれて目を閉じた今など、まさにそれ。


(今は──悔しいが、戦っても勝てない。聞き出すことは出来ない。

だが、必ず──モーヴェン・マルヴァジータ。真相を、聞き出すのだ。だから)


 真横を最短で走り抜ける。




(今は、これで逃げ──)






「──くく。使い古された悪戯じゃあないか」





 その手が──ラニアン王子の足を掴んだ。


「なっ」

「音量にはちと驚いたがね──猫騙しなんてなあ。くく。

ある程度、歳が行った冒険者なら誰でも知ってる技で逃げようたあ……甘いなあ、王子」


(しまった、これで逃げ切れないなら)


 直感した。

 次の攻撃は、先ほどまでの甘い攻撃じゃない。

 技を教えてくれたヴァネシオスも危惧した通りだ。


 反撃に転じると分かった相手に──手加減する奴はいない。


 鋭い刃先が光って見えた。





「仕置きが必要だなあ」





 そして。





 鋏が弾けて空を舞う。






「──何してンだよ。ジジイ」






 鋼鉄のように硬く、漆喰のように黒い──絲。

 ラニアンとモーヴェンの間に、一人の女性が立っていた。


 黒革に拷問器具のような銀のアクセサリー。

 炭のような黒髪を二つに結ったその女性。


「おやおや。セーリャ嬢……くく。何の御用かな」


「おい。私が聞いてんだ。──何してンだよ、ジジイ、ってな」





◆ ◆ ◆


いつも読んで頂き、更には評価やいいねまで頂き本当にありがとうございます!


申し訳ございません!

次回、5月14日と書いておきながら水曜日だからと誤って休みと勘違いをしておりました……。

せっかく、いいねやブックマーク、評価をいただきましたのに失態を晒して……恥ずかしい限りです。


以降は無いようにしっかりとさせて頂きます。

本当に本当に、申し訳ございませんでした。


次回は5月16日、しっかりと更新致します。

よろしくお願いいたします。

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