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【25】優しさに【21】


 ◆ ◆ ◆


 やぁやぁやぁ。

 ぼくは、シャル丸。

 可愛い有翼獅子(シャルヴェイス)の幼生だ。

 

 ただ、片羽、無いけどね。


 自分のせいだよ。

 羽を削ぎ落して囮にした。だから……背中が、焼けるように痛い。


 血も、止まらない。

 当たり前だけど、ぬいぐるみと違うから取ったらくっつかないし痛いのだ。

 

 でも、ノアの顔の傷の借りは返した。

 それさえ返せれば、とりあえずいい。ぼくの気は収まった。


 だから。

 沼に顔面を付けて意識が無くなっている男を見て、ぼくは溜め息を吐いた。


 ◆ ◆ ◆



 そして、シャル丸は、ようやく一息ついた。

 重労働をしたのだ。怪我しながら、子猫でありながら出来る限界の重労働を。


 そう。


 

 シャル丸は──意識を取り戻さない男を、沼から引き上げた。



 意識を取り戻さない男の名前はセンド。

 先ほどまでシャル丸を全力で狩ろうと、あるいは、殺そうとしていた相手だ。


(別に……男を気に入ったとかじゃない)


 沼地の泥を、ぶるるるっと身体を振るわせて弾く。

 そして、背中から走る激痛に顔を思い切り歪ませた。


(……ノアの顔の傷の借りも返した。ぼくの気は収まった……だから)


 シャル丸は意識のないセンドを見てから、鼻を鳴らす。

 礼が欲しい訳じゃない。何かしたい訳じゃない。

 ただ単に。


(別に、殺す必要は無い、って思っただけだよ)


 それだけだった。

 動物の、魔物の気まぐれ。人間にはそうとしか分からないだろう。

 だから、意識を取り戻すことを確認することはない。


(さて。じゃあ、ノアの後を追おう……ああ痛い。でも、ヴァネシオス(デカい弟)なら、良くしてくれる筈……早く合流しなきゃね)

 

 命を助ける野生動物のような、その気まぐれ。

 それは優しさに等しい、気まぐれだ。

 その優しさに。






 ずぶシュッ、と音がした。

 よく詰まった肉に包丁を突き立てたような、そんな音。






『シャァッ!!』 ──シャル丸の叫び声だった。


「こ、のっ……低脳な、クソ猫ォおッ!!」






 その優しさに唾を吐くように、センドはナイフを突き立てた。


 狸寝入りだ。センドは途中で意識を取り戻していた。

 だが、シャルヴェイスがずっと自分を見ていたから起きなかったのだ。

 起きるなら背中を向けた瞬間にやる。そう決めていた。


 ナイフは腰の下に刺さった。右足側の腰だ。

 シャル丸は咄嗟に走り、森の中に逃げた。


 追いかける、そう決めたセンドだが、動けなかった。

 呼吸が上手く行かない。背で呼吸するように深く息を吐いた。

「な、んで」

 センドはすぐに何か毒を喰らっているのかと考えたがそうではない。


(くそっ。卑怯、なっ! あんな魔物に、遅れなんか取れるかッ。捕まえて、皮を剥ぐ、売る、売り飛ばすッ!)


 彼自身は気付いていない。彼は今し方の転倒で胸を強く打った。

 その際に鎖骨と、肺に近い肋骨が折れていた。なんなら肋骨は折れて肺に達していたのだ。

 しかし、興奮状態にある彼は、立てないが手を伸ばした。


「【追跡無赦(オービット・ストーカー)】ッ!」


 ◆ ◆ ◆


(痛い……な。随分と)


 機敏な動きなんかは出来ない。

 敏捷な移動も、三次元的な跳躍も無い。


(くそ、思いっきり刺しやがって……これ以上、走れない、ぞ)


 血を。ただただ血を流しながら、シャル丸は目的も無く森の中を進んでいった。


 その後を辿れば、誰でも追い付けるだろう。

 シャル丸は、足を引き摺った。


(……確か、一昨日の、食事。なんだったか思い出せない、って、老化なんだったっけ)


 顎から、倒れ込んだ。

 それでも、這って、進んだ。


(一昨日……なんだった、っけ。ああ……ガーの、焼いた魚だ。あいつ、魚を焼くの上手いんだよね)

 

 どこに向かっているのか。分からないまま。

 それでも。


(そうだ。明日は……レッタちゃん(可愛いボス)の布団で、寝よう……。そうだ、ノアも一緒だ)



 銀色に、輝く羽は。

 シャル丸の後ろに簡単に迫っていた。



(ノアは、温かいから。……あと、いい香りも、するし……だから。そうだな)



 シャル丸は、振り返った。

 正眸(まっすぐに)、敵を射抜くように。


 だが。鉄を(よろ)う武者の鳥は──シャル丸を見ようとしていなかった。



『──Runaway。……猫vill』



(? なんか喋って──)


 瞬間、口が開く。鉄の矢が来る。

 そう思った直後だった。



 鉄の鳥は自身の頭を地面に叩きつけた。強く、揺れる程に。



(!?)

 そして、鳥の嘴の中で、鉄の矢が弾け飛んでいるのだろう。鋼鉄のポップコーンのように、金属が弾ける音がした。


 音が止むと、鳥はボロボロになった嘴をゆっくりと開けた。

 その中に蓄えられていた矢が砂利のように地面に落ちた。


「な、なにしてんの、このロボ鳥」


『逃げロ、下ちい。……しゃルヴぇいす』

「……しゃべ、れんの……ね」



『──主人、助けた。のに、攻撃継続。は、筋が通らない。酷い。

だから、ここまで、痕跡消した』



「え……?」

『仁義。通らない。命令に背く。だから』



 またも口が開く。

 鉄の鳥の意志とは別に開いているのだろう。だから、今度は地面に顔を突き立てた。


 暴発している。


 カカカカカンッと激しい音がした。だがすぐに収束する。 


「今更だけど……大丈夫? その嘴……もう取れかかって……おゎっ」

『しゃるヴェいす。──投げる。から』


 鉄の鳥は、シャル丸をひょいと加えた。


「え……ちょ、ちょっと待って」

『姿勢、飛ぶ。制御で──落ちて』

「いや……ぼく、今、飛べな──」


 ぶぅん、とシャル丸は空中に投げ出された。


 ◆ ◆ ◆


「──故障、だと。術技(スキル)、なのに……故障、する、訳があるかよ」

術技(スキル)は精神状態にリンク。センド様の精神、体力に異常がある為』

「五月蠅いッ。術技(スキル)の。たかが術技(スキル)の分際で、何を意見してんだっ」


 センドは戻って来た鉄の鳥を地面に叩きつけた。

 そして、踏む。羽がつぶれ、胴から鉄板が弾けた。


「もういい……っく。……別に術技(スキル)なんて無くても」


『主人……追跡より、自身の身体の損傷個所を』

「黙れ! 役立たずの術技(スキル)が!」

 蹴飛ばし、鉄の鳥が地面に転がった。


 ◆ ◇ ◆




次回更新日は5月12日です!

よろしくお願いいたします!

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