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【25】シャル丸 VS 鉄の鳥 ③【20】


 ◆ ◆ ◆


 痛いし、臭いし……冷たいな。どろっとしてる。


 でも。やってやると決めた。一泡吹かせるって。


 ……なんで、ここまでするのかって。

 ぼくが怒ってるからだ。


 なんで怒ってるかって。

 それは。簡単だ。


 ……。怒ってるから、怒ってるんだ。


 ただ、それだけだ。


 ◆ ◆ ◆


 そして、森に雨は降る。

 強くなったり弱くなったりを繰り返す雨足に、森の独特な空気が掻き混ぜられてひんやりとした雨の香りが混ざった冷たさが漂っている。


 ぬかるんだ足場を無理やり踏み抜けていく男がいた。その男の容姿は怪しい、という一言で片付けるには難しい程に異様だった。まず、目元から鼻までを溶接業務でしか見ないようなゴーグルで覆っている。そして、口元は黒い光沢のあるマスクを着けていた。街中で見れば変質者であり、この森にもまた不釣り合いだ。

 男の名前はセンド。一応は学者という立ち位置を持つ男だ。ひょろっとした男で、いかにも研究室で多くの時間を過ごしていそうな風貌だった。

 されどそんなセンドという男は森を這う蛇のようにするすると山道を進み、その荒れた傾斜も軽く乗り越えた。


 ゴーグルの下で彼が嫌な顔をしたのは、そこから数メートル先。ぐちゃりと泥を踏んだ時だ。

 くるぶし辺りまで泥が来ていた。不整地には慣れているが、もう一歩踏み込むより前に、彼は気づいて慌てて下がった。


 そこは沼地だ。


 森の中にある沼地。

 映像だけ見れば、不気味な美しさがあるかもしれない。しかし現状はただの苛立ちにしかならなかった。深さこそないが僅かに迂回しなければいけなかったから。

 もう目と鼻の先なのだ、彼の目的の場所は。


 迂回し、センドはようやく自身の放った鋼鉄の鎧を纏う鳥と合流を果たす。

 そして、ゴーグルの中に映る映像に視線を戻した。


 うねるような木の根、そこから白い煙が出ている。そして僅かに、か弱く立ち昇る赤い煙も。


(白い煙は──有翼獅子(シャルヴェイス)の臭い。そして赤い煙は血だ。……あの木の根に隠れているな、有翼獅子(シャルヴェイス)の幼生ちゃんは)


 くふ、と崩れた笑いをマスクの下で浮かべてからセンドは息を整える。


(いくらで売れるか、今から楽しみだ──ん)


 近づく。極力音を立てず。

 反撃はあるだろう。だが、来るとわかっている反撃を防げない訳はない。


 しかし、近づいた時、センドは思わず、くふっと笑ってしまっていた。


(おいおい……馬鹿か?? 羽が丸見えだ)


 その木の根、そこから蝙蝠のような羽の先端が覗いてた。それはシャルヴェイスの持つ羽だ。


(頭隠して尻隠さず、いや、頭隠して羽隠さずか。所詮、低脳な魔物だな! これで!)


 そして、迅速。後はスピーディに右手を木の根に突っ込み、掴む。


(掴んだ! 羽を掴んで持ち上げた! よし!)


 引っ張り出す。

 そして。








 センドの首の後ろが、裂かれた。







 吹き出すのは、血。

 ピシュッと水袋が弾けたように噴き出した。

 

「は……? え?」

 

 そして、センドは混乱しながら首の傷を左手で抑えた。右手ではまだシャルヴェイスの羽を握っていたからだ。

 そう、まだ右手で羽を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 にもかかわらず、首筋が──裂かれたのだ。


『──グルル……』

 それは、センドにとっては聞き覚えのある()だった。

 所謂、威嚇。獣特有の、敵意と威嚇が合わさったうねり声。それをあげているのは、彼の真横。


「なっ」


 ゴーグル越し。白い煙がそこに集中している。着た場所は泥の沼の中から。

 センドはようやく気付いた。


 手に握った物は、正真正銘、シャルヴェイスの羽。

 目の前にいるシャルヴェイス──泥まみれのそのシャル丸の背中には。



「ば、馬鹿かこの猫ッ! てめぇ、自分の羽をッ! 俺を欺く為に()()()()()()()ッ!」

 


 片羽が無かった。自身の片羽を根元から削ぎ落とした。


 シャルヴェイスは既に跳んでいた。

 その脳裏に。

 ──『気にしてませんよ。』

 親友の。

 ──『人間の方々と違って、顔、気にしませんから』


 王鴉(オオガラス)の気丈な声を思い出して──




(ぼくの親友の! ノアの──女の子の顔に傷をつけた! お前はッ!)




 ──全身の血が逆流するような怒りを。

 両の手の爪に込めて。

 前方宙返り。丸めた体の遠心力。


「あっ!」





 暗闇の中、銀に閃くその爪。

 四指、双爪──合わせて八の刃のように、振り下ろされる。




「ギャああっっ!!」




 それは、鉄のゴーグルすら切り裂く、八つの爪撃(ざんげき)

 センドの顔面に八本の真っ赤な縦線が引かれた。



 顔を抑えて蹲るセンド。

 そしてシャル丸は着地し──まるでバウンドしたボールのように鉄の鳥へと跳んだ。


 鉄の鳥──足が飛蝗に変わったそれ──は動かなかった。

 シャル丸にとって幸運。その鳥はセンドの術技(スキル)であり、今は自動攻撃モードではなく待機命令を出されていた。

 無論、この鳥は自動で防御することも可能だが──そんな判断が決まるより前に、シャル丸がその喉元に喰らいついていた。


 バキンッ、と音を立てて首を噛み取る。


「はっ……所詮は、魔物だなッ! 馬鹿めッ! それはあくまでも術技(スキル)だ!

何度だって発動出来る! 俺に止めを刺すのが最優先だったんだ! だが、もうチャンスはないぞ!」


 センドの声にシャル丸は振り返る。

 顔から血を流しながらセンドはシャル丸を睨んだ。


「シャルヴェイスゥ……俺の顔に傷をつけたお前は! 

生きたまま皮を剥いでッ! 最高級のカーペットにしてやるよォっ!!」


 センドが何かを呟くと、またも鉄の鳥がその場に生まれる。

 だがシャル丸は、口に咥えた鳥の頭をぽいと捨てて、自身の首を掻いた。


『──シャァ……』 (人間語で忠告は出来ないけどさ。ぼくは、もう勝負は付いてるからやめときな、って思うぜ。でも、まだやるなら)


 ──センドの目では気付けないだろうが、シャル丸の首に四本の傷がある。まるで自身の爪で引っ掻いたような、少し深い傷が。

 

 走って近づいたセンド。


 そう。センドの──人間の目では気付けない。



「お前はぁああああ──うぉ、ぉおおあ!!?!」



 シャル丸の居る場所。

 沼の手前の、太い木と木の間。


 センドは──赤黒い革紐に足を引っかけて、前のめりになった。


 それは、シャル丸の首に付けられていたリードだ。

 丁度足首の高さにシャル丸がセットしたもの。


 転びそうになりながら、センドは沼の手前、縁でギリギリにつま先立ちをした。

 後少し、バランスを崩そうものなら頭から倒れるレベル。


『──にゃぉん』 (ま、何言ってるか分かんないだろうけど。忠告しとこうか)


 その隣にいるシャル丸は優雅にその後ろに。


『なぁお』 (そこ、浅瀬で岩がゴツゴツしてるから、頭からは入らない方が良いよ)




 後ろ足で、ぽん、と蹴飛ばし──センドが頭から沼地に倒れ込んだ。




 ざっぱぁん! と、愉快なくらいの水飛沫をあげた。

 頭から落ちたセンドを横目で見た。


 動かない。


 それから、作り出された鉄の鳥を見る。


 がちゃり、と崩れて砂になっていく。

 術技(スキル)の消滅。これで。


(ぼくの勝ち、だね)


 うし。とシャル丸はこっそり笑って見せた。

 



 ◆ ◇ ◆


次回更新日は5月10日にさせて頂きます!

申し訳ございません、よろしくお願いいたします!

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