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【25】追跡無赦【19】


 ◆ ◆ ◆


 暗い闇の中に、白い煙が見える。

 まるで、水中に落とした布のように、無重力の軌道を描いて空中に停滞しているのだ。


 この白い煙が、臭いを可視化した物だ。


 煙が濃ければ臭いが強い。

 煙を辿れば真っ白な場所──つまり、本体に辿り着ける。


 それが俺の術技(スキル)──【追跡無赦(オービット・ストーカー)】の視界。


 このゴーグル越しに、視界が送られてくる。くふ、闇の中や逃げられた後じゃなければこのモードも使わないんだけどね。

 ちなみに今は、自動操縦(フルオート)モード。俺の術技(スキル)の便利な所だ。手動操縦と自動操縦の二種類を切り替えて使える。

 自動操縦モードは確かに賢くはない。単調な動きしか出来ないからだ。

 しかし、一度臭いを覚えた【追跡無赦】が敵を見失うことはない。


「……おおっと。これはこれは」

 白い煙の後を追った【追跡無赦】の映像を見て、思わず口からそんな言葉が漏れていた。


「どうしたぁ、センドくん」

 後ろからモーヴェン博士の皺が多い声がした。

 ゴーグルを一度外して、博士の方を振り返る。


「くふ。……いえね、博士。どうやらシャルヴェイスが無い脳味噌絞って、作戦を建てたみたいでしてね」

「作戦?」

「臭いで追われていると気付いたのでしょう。

しかし、浅知恵。所詮魔物の知恵だ。映像、見せられないのが残念だ」


 ゴーグルの中の映像は俺しか見れない。

 映像は、白い煙と別に、赤い煙が大量に噴出していた。

 着地した【追跡無赦】の映像を通常モードに一度切り替えて再確認。

 真っ暗でよく見えなかったが近づけば少しは理解出来た。


「──どうやら、沼地に着地したようです」

「沼地。ああ、身体の臭いを消そうと。くくく……それはそれは」

「ええ。──愚かしいです」


 そう。臭いというのは身体をどんなに汚そうと消せない。

 衣服を着替えたくらいで猟犬の鼻を誤魔化せないのと一緒だ。

 臭いは呼吸からも出続ける。泥くらいの臭いじゃ掻き消えない。

 勿論、水中や泥の中にずっといたら分からないだろうが……シャルヴェイはそうしていない。


 しかも。


「しかも、着地時に大怪我したようだ。この赤い煙は、血ですよ。血」


 そう。洒落にならない大出血をしている。

 映像を臭いを可視化したモードに切り替えれば分かる。

 この場所に着地後、泥で体を塗りたくり……くふ。そうか、怪我をして。


「怪我をして身動きが取れなくなったようだ。泥で臭いを消したからとタカを括って……いや、望みをかけてかあ?」


 そう、かなり薄まっているが……白い煙がある場所で停滞している。

 それは、きっと隠れてる場所。多分だが、木の根の間にでも隠れているのだろう。

 着地の大怪我からその選択をしたのかもしれないな。出血から見て動けるものじゃないんだろう。

 それで仕方なく全身に泥の臭いを纏わせた。くふ。


「もう捕まえたも同然ですよ」

「そうかそうか。優秀だぞセンドくん」

「博士程ではありません」

「その切り返しは合ってるのかぁ??」


 不意に、博士が立ち止まった。どうしたんだ? 魔物のことになったら一も二も無く口をひん曲げて無邪気な(とは程遠い)笑顔を浮かべて走り出すのに。


「お疲れですか?」

「ああ、いやぁ……そうだね。ちょっと休んでから行くよ」

 珍しい。竜の赤子を盗む為に爆炎の中を上裸で走り抜けたあの博士が……。

 いや、それももう10年も前か……俺ももう再来年には30だし、博士は50も半ば。

 そうかそうか。労わらないとな。


「では捕まえて連れ帰りますね」

「ああ、頼んだよ」

 シャルヴェイスは、目と鼻の先だ。……まぁ距離にして40mか。目と鼻の先というにはちょっと遠いか。

 ともかく【追跡無赦(オービット・ストーカー)】はその周辺を徘徊して迷っているふりをさせておこう。

 数分以内に辿り着く。常に隠れ場所を警戒しながら──くふ。

 楽しみだなあ。シャルヴェイス。

 果たして幾らの価値になるか。楽しみで仕方がないなあ。


 ◆ ◆ ◆


 部下のセンドを見送って、老いた竜のような細長い顔の男はその場で首をコリコリと動かした。

 夜の森の静寂。風の音がするばかりの闇の中。

 その男、モーヴェン・マルヴァジータは丸まった背中を軽く伸ばしてから、背後の闇の中を見る。

 くくっと引き笑いし、ポケットに手を入れた。


「拙い尾行だなあ。……くく」


 モーヴェンは一本の木に向けて話しかける。

 その木の裏に、確実に居る。そう確証を持って。


「尾行はあまりしたことが無いんだろ? え? 特に不整地のこんな場所は苦手みたいだなあ」


 モーヴェンはニヤニヤと笑う。

 そして、一瞬で目が変わった。鋭く細く、歴戦の勇者のように──炯眼。


 ポケットから抜いた何かが閃くと、ピンっと糸が張ったような高い音がした。


 ポケットから抜いた物が『鋏』だったと気付いた時には、木が斜め一文字に斬られ──倒れる。

 素早すぎる(ナイフ)術を披露し、モーヴェンはニヤニヤとした笑顔を浮かべながら木の裏側へ歩いて近づく。


「さて、尾行者は一体どんな顔を──ん」


 倒木の向こう。人影はなかった。

(……今の一瞬で隠れた? おかしいな。手練れの気配じゃあなかったんだが。この一撃を躱して逃げるなどとは……)


 木の根の辺りにぬいぐるみが落ちていた。白い犬のぬいぐるみ。


(……これは、変わり身か? まさか、乱破(にんじゃ)の類か)


 モーヴェンが目を鋭く光らせて背後を振り返ったその刹那。

 ぬいぐるみは、跳躍した。モーヴェンに向かって。



「モーヴェン・マルヴァジータッ!」



 犬のぬいぐるみが、人間の姿に戻る(変わる)

 金髪の少年。王国民なら誰でも見たことのある少年王子。


「っ!」


 ラニアン・P・アーリマニア王子が、モーヴェンの顎に目掛けて頭突きをかました。


 

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