【25】シャル丸 VS 鉄の鳥 ②【18】
猫為的に作り出された小規模な崖崩れで、土石が散らばっていた。
小規模、と言っても崖崩れだ。生き埋めにはならないだろうが、当たり所が悪ければ人間も死ぬだろう。
そんな土石の中から、それは飛び上がった。
それは鋼鉄糸を固めて鳥の形にし、更に鉄板を鎧のように被せた鋼鉄の鳥だった。
切れ味の良いナイフのような光を放つ鋼鉄の羽。だが、土石に持っていかれたのか、半分以上が叩き折られていた。更には左羽も上まで上がっていないように見える。
それでも、鋼鉄の鳥は──動いていた。
(嘘だろ、あのロボットバードッ! まだ動くのかよッ!?)
傷だらけで対峙するのは、リード付きの首輪をつけた子猫のような魔物。シャルヴェイスの子供──シャル丸。
シャル丸は顔を青ざめさせた。
機械の鳥が警告を告げてから──着地した。
数メートルの距離を取って、シャル丸と鋼鉄の鳥は睨み合う。
いや、睨み合いになってしまった、というべきか。
(……? なんで着地したんだろう?)
シャル丸が浮かべた疑問は、割とすぐに解決することになる。
鋼鉄の鳥が翼を広げようとした時、硝子を爪で弾くような嫌な音がした。故意ではなく、鋼鉄の鳥も予想外──左の翼がそれ以上開かなかったのだ。
そしてバランスを崩し、まるで酔っ払いのような千鳥足の末、前のめりに倒れた。
(あ! 流石にダメージが凄かったか! よかった、これで追ってくることは──)
鳥の翼が、ミチミチと音を立て始めた。
嫌な予感でしかなかった。シャル丸は自身が速度を緩めて振り返ったことを後悔していた。
鋼鉄の鳥の翼の鋼鉄糸が解けて、新たに結び直されていく。
頭は鳥のまま。だが、手足が生える。
短い四本の手のような足、身体より長く細いへの字に伸びた足。
(バッタ! バッタだッ! あ、あんな生物居ないだろっ!!
鳥の頭にあの細い脚は控えめに言っても、きしょ──)
感想を述べるより素早く、鋼鉄の鳥が居た場所が爆発するように吹っ飛んだ。
鳥頭の飛蝗はシャル丸の真横の木に張り付いていた。
嘴を大きく開けて──。
(っ! 機動力は超ありますってか! ふざけんなっ、最悪じゃんか!!)
鉄の矢がシャル丸目掛けて放たれる。
だが放たれる鉄の矢の軌道は直線的。左右に振れば当たらない。
(運が良い! ここはなんか手付かずの森みたいだ! 草木がボーボー! これだけ密集してればマジで当たらない!)
木をするすると登り、次の枝へと跳び移る。
枝へ枝へ、うねった木の幹を滑り台のように下り、着地。
数歩先に歩いてから、そこで真後ろにジャンプした。木の幹へ戻り、そのまま隣の木に跳び移る。
(よし、どうだ! 足跡トラップ! これを辿ったら、見失う筈だっ!)
そしてゆっくりと、音を立てないように茂みの中へ。
獲物を狩るが如く、息を潜めた。
(考えをまとめとこう……。とりあえず、あの鳥頭の変な生き物。ぼくを捕まえたいらしい。
最初はぼくをディナーにしたいのかと思ったけどそうじゃないな。あれは猟犬みたいな奴だ。
……というか、あれ、生き物じゃなさそうだ。目無いし。あれかな。術技って奴かな……)
息を潜めながら、息を整える。いつでも逃げれるように。
(だとしたら、発動してる奴を倒せば自動で消えるのかな? ──あ、音がする。来る!)
──そして間もなく。
鳥頭の飛蝗はうねった木の幹を同じように滑り台にして降りて来た。
(っ! 余裕かましてるのかなっ!? 楽しんでるんじゃねぇよ!)
そして、シャル丸がわざと残した足跡の前に来る。
いや、違う。
シャル丸の足跡を踏みつけて前に進んだ。
かと思えば、立ち止まった。
(?? なんだ、どういう──)
そして鳥頭が──ぎぎぎぎ、とゆっくり動いて──シャル丸の居る茂みに向いた。
(だっ、から! なんで分かるんだよッ! ばけもんかっ!?)
シャル丸は跳び出した。
矢が来るのは明白。だから、鳥が口から矢を放った時に、条件反射で跳び出した。
鳥飛蝗は、単調な攻撃を繰り返していた。
口から鏃のような鉄の矢を飛ばす。一度に数発をまとめて放つ。
距離は長いが直線的。だから真上にジャンプで回避すれば避けられる。シャル丸はそう学習していた。
学習は的を射ている。この時、鳥が矢を放った時の回避のタイミングは完璧だった。
だが、シャル丸の考えからはあることが抜けていた。
キンッ、と音がした。それは鉄と鉄がぶつかり合う音。鈴のようにも聞こえた。
(え──)
シャル丸の考えから抜けていたことは──鳥飛蝗もまた学習をするということ。
シャル丸の足元で鉄の矢がぶつかり合う。
ぶつかった鉄の矢は、砕けて弾け飛んだ。さながらそれは炸裂弾のように。
その瞬間、痛みは無かった。
シャル丸は、その場から離れていた。あっという間に、木々の間をすり抜けていた。
その速度は、徐々に遅くなっていた。汗が、止まらなかった。前足が熱いと感じていた。
気付くとその縦一文字の熱が、じわりじわりと広がっていて、痛い、と小さく心の中で漏らした。
(──しくじった)
左前足。
何度か視界に入っていたが、見ないようにしていた。
忌々しい物を見るように、前足を見れば──真っ赤だった。
更に、両足にも背中にも、細かい鉄の破片が刺さっている。
(どーりで……痛いわけだ。これ、じゃ……もう、早く走れない、か……。
へ。……なんてね。ぼくをただのそこいらの猫と同じにするなよ……)
シャル丸は首輪に繋がったリードを口に咥えた。
そしてリードを木の枝で押さえ、左前足の付け根から巻く。
梃子。そして顎の力。ぐるぐるとリードを巻いていた。
(ぼくは、賢い魔物、シャルヴェイスだ……っ。止血、って概念を、しっかり理解しているさ。
それに、こうすれば……まだ、動けるっ)
まるで簡易な包帯だ。包帯に巻かれた前足を口で咥えて、シャル丸は動き出す。
これでシャル丸は幾許か動きやすくなっていた。
それでもシャル丸は逃げた。
足を引き摺り、暗い闇の森を進む。
時折後ろから矢が飛んでくる。見えぬほどの距離で恐ろしくないが、それでも、シャル丸は逃げていく。
もっと暗がりへ。もっと暗がりへ。
血の跡が見えないように。
不意に。
(……そうだ。そうか)
シャル丸は、まるで人間のように笑った。
(今更、気付いた。なんだ……そういう、ことか)
シャル丸は枝に跳び移りながら振り返る。
(ぼくら、猫系の魔物だから視界は良好だけど──普通はこの暗闇を目で追えない)
そのまま走り出す。
そして、シャル丸は大きな樹に辿り着いた。
そこで、その樹の周りを、一周してから──向かいの木を登った。
(実証だ。最後は)
──そして、鳥飛蝗は追いかけてきた。それは、立ち止まる。
(そう。蛇みたいに熱で追いかけて来てるのかと思った。けど違う。
思い返せば、ぼくとノアが木の洞に隠れた時、あの蛇飛蝗は茂みから捜索した。熱で追ってるなら、ぼくらの潜伏場所に一直線で来る。
なら音は? だけどそれも無い。音だとしたら最初のノアの飛行技、自由落下なんだから気付ける筈がない。
なら残るは何か。ぼくが考える中で、一番あり得そうな技能。それは──)
鳥飛蝗は樹の周りを、シャル丸と同じように一周した。
(臭いだ。──ぼくの体臭。ぼくの臭いを追っかけて来てるんだ。まるで犬みたいに。
見た目で騙された。鳥の頭の癖に、全然、鳥の能力じゃねぇのかっ)
ぎっと歯を噛み合わせてから──シャル丸は目を細くした。
(──なら、一泡吹かせられる。……一泡、吹かせてやる)
◆ ◇ ◆
次回投稿は5月6日火曜日に行わせていただきます。
よろしくお願いいたします!
暁輝




