【25】シャル丸 VS 鉄の鳥 ①【17】
◆ ◆ ◆
人間の走る速度の、最高の記録は、時速45kmである。
対して、百獣の王と言われる『獅子』は、時速60kmを出すことが可能だ。
それも人間とは違い練習をして辿り着く地平線ではない。
彼らは比較的簡単に。多くの個体がその速度を出すことが出来る。
比較するのもおこがましいが、咬合力は約4倍。
筋肉の総量である筋骨格率も平均成人男性の約2倍である。
獅子。それは百獣の王と呼ばれるだけの力を備えた動物である。
そして、その獅子に翼が生え、更には魔法適性に高い再生力も加えた魔物がいる。
その翼有る獅子の名前は、シャルヴェイス。
竜すら打ち倒し、生態系の頂点に君臨したこともある魔物だが、現在は個体数が少ない。
何十年か前に流行した伝染病により、彼らは絶滅寸前まで追い込まれている。
基本的には南の果て、広大な草原地帯にしか住んでおらず、王国の中だけで生きていれば、一生見ることも出来ないだろう。
そして、その幼生とくれば。
「絶対に、高く売れる。売るぞ」
くふ、っとマスクの男は笑いながら決意を呟いた。
男の名前はセンド。彼は工場でしか見ないような顔半分を覆うゴーグルを、鼻息で曇らせながら森の奥へと進んでいく。
「草原地帯じゃ、縄張りに入っただけで……見てるだけで殺されるからねぇ」
そう呟いたのは初老の男。モーヴェンという魔物学者──を自称する男。
男は、ふぅと息を吐いてから、木に手をついた。
「博士、大丈夫ですか? 川で待ってても良いですよ」
「なに?」
「もう歳でしょうから」
「センドくん、馬鹿にしないでくれよな。確かに、ずっと幽閉されていたしね。運動不足は感じるが……シャルヴェイスの幼生、もうじき追い込めるなら、その場に居たいのが心情ってやつさ」
「流石、博士ですね」
ふと、センドという男は立ち止まった。
そして、手に握った『コントローラー』を両手で持ち、カチャカチャと操作をし始める。
「接敵か?」
「みたいなものですよ。くふ、くふっ……くふ」
くふっ、と笑い。笑い……笑う。
壊れたように肩を震わせて、センドは笑った。
「どうやら生きがいいようだね」
「くふ。ええ、そうです。逃げてる逃げてる。シャルヴェイスの幼生体、逃げてますよ。
ああ、お金も大好きですけど……この瞬間もたまらないですよね。
獲物が逃げて、それを追う。これが好きなんですよね。好きで好きでたまらないから。
たまらないから……くふ。何匹も殺しちゃうんですよね」
爛れたような高い声で、センドはゴーグルの中に映る獲物に狙いを定めていた。
◆ ◆ ◆
森の中をその子猫は走る。いや、厳密には子猫じゃない。
魔物、シャルヴェイス──その幼生体だ。
名前をシャル丸といい、額に汗を流しながら今、敵から逃れる為に走っていた。
(ああもう、撒いたかな!? ぼくは走るの速くないんだよッ!
餌係と走ったら勝てるけど! 他の皆に勝てないくらいっ! 仕方ないじゃん、まだ幼生だもの!)
瞬間、シャル丸の隣の草むらから『鉄の鳥』が飛び出して、鋼鉄の翼を叩きつけようとしてきた。
(ひぃいいい!!?)
間一髪避けて、シャル丸は木にしがみついた。
しかしすぐに枝に鉄の鳥の放つ、鉄の矢が突き刺さった。
(チャンスだ! あの鳥、馬鹿みたいに口開けて! 今なら、飛びつける!)
シャル丸はすぐに枝から手を離し、翻りそのまま鉄の鳥に飛びついた。
(くらえ! 頸動脈ぶった切りの噛みつき攻げ──)
噛みついた。同時に尻尾の先の毛まで逆立つ。
(かっ……硬っぅうう! 歯、歯がっ、千本くらい折れたッっううう!)
一本も折れてないが。
鉄の鳥に一切の傷もつけられていないのは事実。
(っ、全然効かないかっ! なんなんだよこのロボットバードっ!)
鳥は体をようやく回転させた。シャル丸は勢いよく振り払われ、泥の上に転がる。
(けど、やっぱり考えたとおりだったね。ぼくを捕まえることが目的みたいだ。
ただ、きっと暴れまわると……)
『二度目の警告──シャルヴェイス。動きを止めて、投降しなさい。抵抗する場合は』
(機械音……何言ってるか分からないけど)
『貴方を殺します』
(とにかく逃げろッ! 死ぬ気で逃げろ!)
焦り散らかしながら逃げるシャル丸だが、彼は確実に鉄の鳥の攻撃パターンを見極めていた。
鉄の鳥の攻撃は、ある意味単調。
(あ! 口開けた! 鉄の矢だな!?)
あの嘴を開いた時、鳥は前方向に鉄の矢──厳密には鏃だろう、三角形の刃のような鉄の弾──を飛ばす。
連続で攻撃することは出来ないらしい。一度、20発前後の鉄の矢を吐いた後、2・3分のクールタイムを要しているのは戦いながらシャル丸は理解していた。
更に、鉄の鳥は、鉄の矢を吐き切る数十秒はその場から動けない。
それ故、シャル丸は攻撃がある度、草むらに飛び込み、音を立てないように木を登り、更に飛び移って背後に回って逃げ続けていた。
しかしながら。
鉄の鳥は、シャル丸の後を、その足跡を全く同じように追いかけてくるのだ。
(やっぱり……! ぼくの後をぴったり追ってくるぞ、こいつ!)
シャル丸は、枝から枝へと跳んだ。逃げながら振り返り頷く。
(どうしてかは全く分からない! このロボットバードがぼくを追いかけ続けられる理由が分かんない! けども! ぼくの後を全く同じようについてくるならさ! あった丁度いい場所!)
シャル丸は着地する。
そして、見つけた場所へ走っていく。
そこは、急斜面。崖と言っても過言ではないだろう。
戻ってくるのは不可能ではないが、かなり難しいと思わせるその斜面はゴツゴツとした岩肌。
シャル丸は崖の上から下を見る。
下から風が吹く。
時刻と、天候から来る暗闇。だから、崖の下は遥か遠くに思えた。
(うっ、思ったより高いっ。それに戻ってくるのも厄介そうな……もっと傾斜がある場所が──)
『警告』
(ひっ!? き、来たッ! く、くそっ。ここか? でもこの場所、ほんとに高いんだけど)
『これ以上逃げるなら、殺傷も視野に──』
(ええいっ! やってやるっ! やってやるよおお!)
シャル丸は跳んだ。両手両足を真っ直ぐピンっと伸ばして、崖から飛び降りたのだ。
鉄の鳥は、慌てたのだろう。──捕獲したい獲物がこんな崖から飛び降りてしまったら、全てが台無しになる。遠隔で鳥を操作する男はそう考えた為だろう。一瞬挙動がカクンとなった。
大慌ての鉄の鳥は崖の下に飛び降りた。真っ直ぐ急降下。加速をする。
シャル丸が地面に落ちてシャーベット状になるより先に救出する為だ。
加速──急には止まれない程の加速で。
岩肌に隠れてしがみつくシャル丸の真横を、通り抜けた。
(──が、勿論、これで窮地を回避したとは思ってないタイプのシャル丸だぜ!)
そう、鉄の鳥は通り過ぎたこともすぐに気付く。
加速が付き過ぎているからすぐに戻れないだけ。時間にして10秒もあればこの場に戻ってくるだろう。
その10秒をシャル丸は作り出したかった。
シャルヴェイスも百獣の王も、年齢によるが幼生体でもそれなりに筋力はある。
シャル丸は見た目こそまだ生まれたてだが、その筋力は言ってしまえば成人男性と同格と言えるだろう。
故に。
(この足場の岩をッ!)
足元にある岩を、力任せに殴った。
──岩が、がっ、っと音を立てて外れる。
大きさは、人間程の岩。
それが真下に転がっていった。
(岩落とし! 重力様の力を感じ──……?)
決め台詞でも叫ぼうか、と思ったシャル丸は、小さな違和感を感じて壁を見た。
揺れている。まるで、倒壊寸前の積み木のように。
(……あー。あれね。一つ外すと全部崩れるタイプの崖ね。聞いたことが──)
崖が崩れた。岩雪崩である。
(ひいいい! 飛べ、ぼくの羽! あんまり飛べないけど、飛んで回避をおおおお!!)
◆ ◆ ◆
……。……!
お、おおっ。ほっぺに雨水。体も、動く。
危ない。意識跳んだから死んだかと思ったけど。
──崩れた岩の上、シャル丸はふぅと息を吐いて立ち上がった。
生還! 危ない! というかあれだね、崖の下が意外と近かったのもあって、助かった!
──自身が原因の岩雪崩に巻き込まれたシャル丸だったが、蓋を開ければ無事。
──崩れた場所に近かったのと、飛行能力があった故、軽く頭を打っただけで済んだ。
流石に、この岩雪崩、あのロボットバードもぺしゃんこだろう。
ふぅ。なんとかなるもんだ!
大金星だぜ……! いえぇー!
『警告。これより戦闘モードに移行します』
──岩と土を巻き上げ、片羽が折れた鋼鉄の鳥が飛びあがった。
(ひ、ひいぃいい!!)
◆ ◇ ◆
いつも読んで頂き、本当にありがとうございます!
申し訳ございません。
私事なのですが、勤務地が変更になり休みのリズムが不定期になってしまい、原稿を書く時間が取れない状態となっております。多忙を理由に休載はしたくなかったのですが、職場の距離的な都合であまりにも原稿に向かえなく……本当に申し訳ございません。
次は5月4日までに投稿をさせて頂きたいと思います……。(5月3日投稿が間に合えば、投稿したいと思います……。3日が駄目であれば4日に投稿します)
もしかすると今後の投稿曜日の変更なども行わなければならなくなるかもしれません。
その場合はまたお伝えさせて頂きます。
その為、5月2日は休載させていただきます……5月3日は間に合えば夕方に。不可能であった場合は5月4日に投稿させていただきます。
何卒宜しくお願い致します……。
本当に申し訳ございません……。
2025/05/02 1:13 暁輝




