【25】魔物言語で喋りやがってください【16】
◆ ◆ ◆
森の中、二人の男が居た。
一人は、灰色の髪の初老の男。
黒いジャケットを紳士然に着た、老竜のように細い顔の男性。
ただ、竜とは違いその瞳は濁っており、口もまた常に歪んでいる。
男の名前は、モーヴェン・マルヴァジータ。
曰く、魔物学者である。
モーヴェンはその濁った、それでいて楽し気な目で、もう一人の男を見た。
「──さてさて、どうなったんだい。センドくん」
センドと呼ばれたもう一人の男は、先ほどまで付けていなかったゴーグルを着けている。
まるで溶接作業にでも使うような厚手のゴーグルで、顔を鼻から額まで覆うゴーグルだ。
彼は元からマスクも付けているから、この状態ではもう顔を認識することは出来ない。
「順調でしたが……ああもうっ」
そういいながら、彼は手に持っている機械の方向入力レバーを、親指でぐるぐると回した。
その機械の名前は入力デバイス。
二つの方向入力レバーと左右に4つずつの押スイッチ。
こことは異なる機械が発展した世界でこれを見たら、誰もがビデオゲームのコントローラーと答えるだろう。
「どうしたんだあ?」
「縄をですね、投げ付けられたみたいで、絡まってしまいまして」
「おやおや……。くく。やはり知能が高いな、王鴉は」
「いえ。実はですね、博士。喜んでください」
「ぁあ? 何を喜べと?」
「王鴉の背に、有翼の獅子の幼生が乗っていました」
「おぉ!? なんだ、どういう運勢だ、ええ? 凄い偶然だ。
今週の運勢は二人で一位なんじゃないかあぁ?」
「誕生月が博士と自分じゃ違いますけど──くふ、かもしれませんね。
よし、縄が解けたようです」
「ああ、そうだった。縄に絡まっていたんだったね、きみの術技。
えぇ、大丈夫なのか? 見失ったんじゃないのか?」
「博士。大丈夫ですよ。──忘れたんですか?
俺の術技は、そもそも……魔物を捕獲する為に習得した術技、です。
──どんな魔物も、俺の術技から逃げることは出来ません」
「頼もしいなあ。じゃあ、ゆっくりと向かおうか」
「そろそろ照明弾も消えます。二発目を撃ち上げますか?」
「いいや。貴重品だ。後二回も使えないんだろう? 温存しよう。
ここは冒険者らしく行こうじゃないか」
「博士。今は、冒険者ではなく、勇者、ですよ」
「くく……。そうかそうか。今は勇者か。面白い時代になったものだな。では、行こうか」
征夜灯のスイッチを入れて、青黒い光が足元を照らした。
獣のように、舌なめずりをしながら。
「血に飢えた勇者らしく、魔物を追い詰めようではないか」
雨の降る、森の中へと彼らは進んだ。
◆ ◆ ◆
はぁ……はぁ……。
間一髪……何とか、なった。
縄……使い物にならなく、なっちゃったかもしれないけど。
ぼくは落下した時に擦りむいたくらいの傷だけで済んだ。
でも。
「ノアも……大丈夫?」
ぼくは声を押し殺して聞いた。
「はい……大丈夫です」
大丈夫……。そう笑うようにノアは言った。
でも……大丈夫じゃない。ノアは傷だらけだ。
右羽に三ヶ所、左羽に四ヶ所の怪我がある。
鉄の矢と木にぶつかって出来た裂傷だ。
「大丈夫ですって。ただ、ごめんなさい。体力を使い過ぎました。
……少し、だけ、休ませてください。そしたら、飛べますので」
「いや、そうじゃなくて」
裂傷は、もう一ヶ所。それは。
「気にしてませんよ。人間の方々と違って、顔、気にしませんから」
顔の……傷。
額がぱっくりと、割れたように切れている。
枝か、それともあの鉄の矢の攻撃か。
なんにしても、ぼくは……。
「……ぼくは、嫌だ。早く、傷が塞がって、治ってもらいたい」
「ふふ、ありがとうございます」
草を踏む音がした。やばい。
静かに、と言わなくても、お互いはもうすぐに言葉を消した。
息を殺す。
大丈夫、ぼくらのいる場所は、丁度、木の洞だ。
しかも、入念に足跡は消したし、進行方向も向かってる城とは逸れた位置。
見つかるはずがない。
……いや。さっきもだ。ノアのあの視界から消える飛行技術、あれをあの鉄の鳥は見破った。
いや、ぼくたちの位置を……見つけ出したんじゃないか?
足音が、近い気がする。
草を踏んで、草むらに入った音がした。
危なかった。あの草むら……さっきまでぼくたちが隠れていた場所だ。
こっちにしてよかった。いや、というか隠れやすそうな場所を見つけて漁っているなら。
マズイ。こっちに来るんじゃないか?
やり過ごすか。それとも、ここで動くか。
ぼくは思う。
この場所が、見つかるって。かなりの高確率で。
でも。ノアが居る。
横目で見たノアは、薄く、早く呼吸をしてる。
ぼくらが全力で走った後に息を切らせてるのと同じだと思う。きっと体力を使い過ぎたんだ。飛ぶのって凄い筋力を使うらしい。それであんな空中アクロバットよろしく決めたなら……。
動き出すのは……彼女に危険が増える。
でも、この場所で、やり過ごせるか? いや、やり過ごせる確率があるなら。
それに、万が一の時は……ぼくが。なんとか。
「──シャル丸さん」
「ノア?」
「もう動けます。行きましょう」
「いや。いやいやいや、全然動ける顔してないよ」
「してます。行きましょう」
「駄目だって」
「駄目ではないです。──ここは見つかる。わたしも、直感してるので。ほら、行きますよ!」
ああ、首根っこを噛んで掴まれたら、そりゃもう動けないよっ!
ぶんっと、放られ、背中に着地。ノアが翼を広げて飛び上がった。
ほぼ同時だ。ほぼ同時に、ぼくらが居た洞に、鉄の鳥が来た。
「っ! 羽を広げてる!」
「ええ、逃げ切りまっ、……っ。しょう」
駄目だ。やっぱり痛いんだ、身体。
傷もあるし、走った後に無理に走ると肺が痛くなるように、同じように痛いんだ。
『キュィィィィ──』
追ってきたッ! それに嘴をもう開けてる!
あれはやばい。鉄の矢だ。鉄の矢が飛んでくる。
だだだだっ! と放たれた鉄の矢が、ノアの羽に目掛けて飛んでくる。
ノアはふらりと回避した。だけど、分かる。駄目だ、この速度じゃ。
さっきの半分とは言わないけど、かなり弱々しい。
「ノア、やっぱり」
「駄目です。ここは、逃げ、です」
鉄の矢がまた飛んでくる。
クソ、ぼくが落とすしか──あ。
ぼくが顔を覗かせた瞬間だった。
目の前に──鉄の矢。
これ、死──っ。
きん。
弾けた。目の前で。
防御に誰かが来た訳じゃない。
もう一発の鉄の矢が飛んで来て、ぶつかってしまったみたいだ。
誤射……?
いや。待って。
ぼくは、自分の手を見た。体を見れる限り見た。
それから。ノアも見た。
ノアは、羽に怪我してる。でも胴体は怪我していない。
思い出す。あの鉄の鳥が最初に言った言葉──『Avis、Don't move。Gefangen 猫vill』。
何言ってるか分かんないけど、聞き覚えのある単語は二つ。
Gefangen──ちょっと前、寒い地域で捕まった時、怪刻たちが言ってた言葉。
ノアを、捕まえた時に言っていた言葉だ。
そして、猫villもその時に言われた。それは、ぼくのことだろう。
きっと、シャルヴェイスという意味だ。
じゃあ。さっきの言葉の意味は分かった。
決め手だ。全部、全部、繋がるね。
ぼくが怪我してないのも、今の誤射みたいなのも。
『Avis、Don't move。捕獲 シャルヴェイス』。
その言葉の意味も。
あー、そっか。
「ノア。……言葉の意味が分かったから、顔を出さないでって言ったんだね」
「! シャル丸さん!」
「そのまま真っ直ぐ、城に向かって。可愛いボス、助けなきゃだからさ」
「駄目、シャ──」
「大丈夫。ぼくはシャルヴェイスのシャル丸だよ。──竜すら餌にするんだから、ぼくは」
「駄目です。そんなの」
だよね。
ノアなら、そういうと思ってた。
だから。
「じゃあこうしよう、ノア──ぼくが、時間を稼ぐ。だから」
そして、ぼくは飛び降りた。
ノアの背から、ぼくは飛び降りた。
「行って!」
「っ! はいっ」
ふふ。ノアは真面目だからね。
城で、うちの弟を、助けに呼んできて、って言ったらそうするもんね。
……これで。ノアはきっと大丈夫。
後は。
「もうノアが居ないからさ……魔物言語しか分からないんだよね。
っつーわけでさ」
ぼくはダッシュした。これが四足獣の本気のダッシュだ。
『Entdecken──猫vill』
「魔物言語で喋りやがってください!
プリーズ・スピーキ・ン・シンプル・ランゲージッ!」
シャルヴェイス流のドロップキックを、一発ぶちこんだ。
けども。
まぁ……。
『If you resist……』
効いてない上に、低い機械音声。これはきっと。言語分からなんでも。
『I wiLL bE you KILLED』
とっても物騒なこと仰ってるに違いないね!




