【25】振り切ります、全力で【15】
◆ ◆ ◆
やぁやぁ。ぼくの名前はシャル丸だ。
え? この首輪とリードは何かって?
いやぁ、恥ずかしいけどさ、餌係に付けられた奴なんだよね。
リードを爪で切ったんだけど……結構長さが余っちゃってさ。
もっと短くしたいけど、力入れ辛いし……首輪の方は硬くて外せないし、なので諦めてる。
まぁいいよ。
まぁ、ぼくを見たらね、分かると思うけど、一応、念の為、改めて!
このつややかな毛並みとパタパタな羽。
有翼の獅子。その幼生だよ。
ねー、知ってる? 有翼の獅子って魔物はさ、成長したら竜とタイマンで勝てるんだって。
こんな可愛い子獅子が、大人になったらそうなるって想像付く?
ま。それはそうと置いておいて。
「うっはー! やっぱ、ノアって早いね!」
ぼくは今、空を飛んでいる。ああー、厳密に言えば飛んでるのはノアになるかな。
ノアの背にカタツムリのように付けられた背負い鞄、その中にぼくはいる。
今は顔を出して風を感じてるから、一緒に飛んでる、でいいよね。
──ぼくはあの餌係に縛り付けられていたが、抜け出した。
それでバレないようにこっそりこの中に入り込んで、ノアと一緒に来ているのである。
「あまり顔を出さない方が良いですよ。目、やられます」
「わ、確かに、しぱしぱする」
とりあえず鞄の中に体を戻す。
この中は温かい。縄が詰まっているからだ。
きっとあれだね。縄梯子ってやつを作るんだろう。
うちのヴァネシオスなら縄さえあればひょいとそれくらい組めるからね。これで救出するんだろうね。
「ね。ノア。そういえばさ、ふとした疑問なんだけどさ」
「なんでしょうか」
「ノアは、人間の言葉が分かるの?」
「分かる。と言えば分かりますが……うーん。貴方も同じくらい、理解出来てますよね?」
「ニュアンスはね。でもさ、さっき盗み聞きしたけど、餌係の言ってた内容は分からなかったよ」
「そうなんですか? あー、でもそうかもしれませんね。
わたし、種族柄かもしれませんが、地理とか飛行距離の単語はよく覚えてるんです。
例えば──」
ノアが説明してくれた。
王鴉は代々人間の移動手段だったから、人間の出す指示が分かるんじゃないか、という話だ。
どこまで行って、どこで待機して、誰を拾って、どこまで戻る。
そういう人間の指示をすっごく理解できるみたいだ。
ぼくには難しいなぁ、と思う。
「じゃあ、餌係はなんて言ってたの?」
「あの大きな城の周りで待ってて欲しいみたいです。多分ですが、ヴィオレッタさんを救出するから、その後、最大速度で逃げろ、ですかね」
「なるほどね」
「で、敵地のようです。周辺は敵だらけだから、ということを喋っていたと思います。
命も危険に曝される、と」
「けど、ノアにしか頼めないから、ってことでしょ。ぼくはノアは元気でいて欲しいから、危ないことはしてほしくないけどね」
「でもヴィオレッタさんの窮地ですよ」
「それは確かに助けたいけどね? だけど、心配くらいはさせてよ」
「ふふ。ありがとう、シャル丸さ──ッ! 身体を丸めて、何かに掴まってください!」
浮遊感。お腹が浮いた。
同時に左右にぐわんぐわんと振られて、耳が張り裂けそうな程の爆発音がした。
背負い鞄の中からでも分かる、周囲が明るくなっていた。
あれだ。えっと。なんだ。
「照明弾ッ! シャル丸さん! かなり揺れます! 舌噛まないでくださいね!」
それそれ。え? ま──ひっん!?
鞄の中で、前後左右、上下も分からなくなる。きっと何回転かしている。
ちょっとアクロバット過ぎて、待って待って、ヤバイってッ、目、回るって!
絵的に茶色い空間の中で無限にぐるぐるされてるだけの構図とか、気持ち悪くなるだけだってっ!
ばばばっ、と耳を塞ぎたくなるような音がする。これは爆発音?
時折、明るくなるから、きっとノアの周りで何か爆発しているんだ。
「ノアッ! 大丈夫なの!?」
「喋らないで! 大丈夫ですから!」
ズサッ! ズサササッ! という音がした。
袋の天面が破けた。あ、今、森の中を飛んでる。いや、まって凄い速度で森の中なんて飛んでたら。
あれは、血だ。血の飛沫だ。
「ノア!?」
「大丈夫っ、小枝に絡められただけ! それより顔を出さないで!」
そう言われても、縮こまってるだけなんて無理だ。
破けた穴から、もぞっと顔を出す。
森の中を低空飛行。まだ爆発音がする。後ろからだ。
「な──なんだ、あれ!?」
巨鳥──いや、ただの鳥じゃない。それに、あれは生物ですらない。
翼は、まるで細いナイフを集めて作られたみたいに光っている。
胴体も、頭も、金属だ。細かい金属のネジとかビスとか、ぼくの爪より細かい鉄の欠片が寄せ集められて作られている。
『キュィン──Avis、Don't move。Gefangen 猫vill』
──? なんだ。何か。
「!」
「ノア、今、この鳥」
「敵です! 顔を出さないで! あれはさっきから矢を飛ばしてくるんです!」
「矢ぁ!?」
鉄の巨鳥が口を開く。あ、なんか来るね、分かる分かるッ!
だだだだだだだっ! と嫌な音。同時に無数の鉄の欠片が飛んできた。
これが、矢、か!
「っ!」
左右に振れて避けるが、枝が──痛っ、ぼくもぶつかった。
ぼくもぶつかったくらいだ。つまりノアは……!!
「ノアッ!! 羽に! 矢が!!」
ノアの右羽に、鉄の矢が刺さっている。抜かないとっ!
「大丈夫です……っ! ちょっと痛いだけっ! 掠り傷ですよ」
蛇行飛行。木々を壁にするが、まだ、だだだだっ、と言う音がする。
ノアが、「ワンパターンですね」と低い声で言った。
「シャル丸さん、いいですか。絶対に落ちないでくださいね。拾いに行けませんから」
「え、え??」
「振り切ります、全力で」
直後。くんっ、と耳に圧が掛かった。急上昇だ。
直角に上へとノアが舞い上がったのだ。直角、生物の動きの限界じゃないのか、その動き。
凄い。──けど、後ろの鉄の鳥、追って来てるのが分かる。
バサバサッと音を立てて木の天辺を突き抜けた。
雨の空にノアが躍り出た直後。ノアは、体をイルカのサマーソルトみたいに反らせた。
ターン。とでもいうんだろうか。
空中翻り。そうか、直線で飛び上がってから、滑空して森に戻るのか。
凄い浮遊感だ。ぼくの胃は捩じれたみたいだ。
暗闇で、音を立てずに人形のように森へ自由落下する。
その後ろを鉄の鳥が追ってきた。猛スピードで跳び出した。
だが、もうその視界から、ぼくらは消えている。
ノアは既に羽を畳んでいる。羽搏きの音も無い。
凄い飛行技術だ。これなら絶対に回避が──
『キュ──……キュィィィイイン』
鉄の鳥の頭が──ギュィンと後ろに回ってぼくらに向いた。
『キィ──────キィン』
「!」「!?」
動物であり得ない体の動き、頭だけが背後を向いて、ぼくらを見ている。
だけど。待ってくれ。ありえない。
照明弾の灯りがまだあるとはいえ、ぼくらは完全に視界から消えたんだ。
なんで、見つかった?
見つかりっこない。もしかして、何か特別な、ぼくらを見つけ出す方法が。
いや、それより。ともかく今は身を守らないとっ──身を守るにはっ。
どうにか、これで、上手く──っ!
その開かれた嘴から、鉄の矢が無数に飛ん──




