【07】黒い少女とその一行【19】
◆ ◆ ◆
マキハの埋葬が終わった。
もう夜中。町の方は、まだ灯りが付いている。トゥッケの死で大騒ぎのようだ。
こっちの方に追手が来そうなものだが、不思議と追手の気配はなかった。
いや、たぶん、故意的にマキハの家の方には来ていない、のだろう。
あの町のギルドにいる勇者は、そのほとんどが、レッタちゃんの怖さを直に見た。
本当の意味での勇者が居ない限り、ここに死にに来る奴はいないだろう。
黒い王鴉のノアは、二つならんだ墓の前に座り込んでいた。
親であるグリズの墓と、主人であるマキハの墓。
一鳴きもせず、眠ってるわけでもなく、その簡素な墓を見ていた。
『夜の闇に乗じて逃げてしまおう。
皇国は、逆に追手が掛かるかもしれない。一度、西方区域に戻ろうと思っている』
マキハの家の中を借りている。荒らされて、窓も割れて、酷い有様だ。
「オレはそれでもいいけど。多分、レッタちゃん、今、動かないですよ」
窓の外を見る。
ノアの隣で、レッタちゃんは膝を立てて、その両脚を抱えて座っていた。
『はぁ……あの子の好きにさせるほかない』
狼先生はそう言って机の上でうずくまった。
「……そうですよね」
オレは残り少ない煙草の一本を咥えてから、外に出た。
カシャンコと、ライターを開け、火を点ける。
レッタちゃんの隣に、オレも座った。
月光が零れる。いい月だ、明るい。星も鮮やかだ。
そういえば、もうすぐ夏か。それでも夜は冷えるが。
レッタちゃんも、ノアも、何も語らず、かといって眠る訳でもなく、静かにしていた。
時々、レッタちゃんは足を伸ばしたり、空を見たりしている。
オレは、うとうとしていたらしい。
レッタちゃんの黒い毛皮が掛かっていた。
レッタちゃんは、いつもと違う服を着ていた。
きっとマキハの服だろう。黒いワンピース姿だ。
いつのまにか、狼先生が、レッタちゃんの背中側に居た。
うつらうつらと、少し寝ていた。
気付いたら、空は、僅かに青みが掛かっている。早朝だ。
レッタちゃんは、まだ起きていて、ノアも起きているみたいだ。
狼先生はまだぐっすり眠っているようだ。
ふと、ノアが、羽を広げた。
オレでも少し、ノアの考えが分かった気がした。
どこかに、旅立つつもりだろう。
ノアは、すくっと立ち上がる。
レッタちゃんは、膝に顔を埋めた。
「ねぇ、ノア。一緒に行こうか」
レッタちゃんが、そう呟いた。
ノアは、レッタちゃんを見た。レッタちゃんも、ノアを見て、目が合う。
「一人で遠くへ行くんじゃなくて、私を乗せて、みんなで、遠くに行ってみない?」
ノアは、じっと動かなかった。
それから、ノアは──カァッ! と声を上げて、羽を広げた。
◆ ◆ ◆
「くぅ、危なかった。本当に死ぬとこだったわ」
『大袈裟な。煙草が無くて死ぬ人間なんて聞いたことがない』
「食肉目、禁煙科、禁煙属の狼先生にはこの辛さは分からないだろうなぁ」
『ヒト目、愛煙科、愛煙属というものは燃費の悪い生物だな』
「はは。違いない」
煙を吐きながら、オレたちは、レッタちゃんを先頭に歩き出していた。
あの町から馬車で一日以上離れた町。
オレたちは徒歩で二日ほど掛けて、この町まで来た。
というのも、狼先生の助言で、人目を避けて来たからだ。
まぁ、目立つしね、オレたち。
で、ここでの買い出しが終わった。食料と煙草。
これらは節約すれば一週間くらいは持つだろう。
「ここから、どこへ向かえばいいの?」
『ああ。王国領の最北端を進もうと思っている。
そこから、常雪の国へ入って、先にアルテミシアと会おうと考えた』
「そうだね。夏になるし、涼しくてよさそうだね」
『そういうことじゃないんだが……』
「あれ、前話してた『生命回復』の術技の人だっけ? 場所分かってたんだ」
『ああ。だが、まぁ、因縁ある相手だから、最後の方に回したかったのだがね』
「そうなのか」
森の中を歩く。ふと、レッタちゃんが駆けだした。
「ごめんね、待たせて。ノアちゃん」
カァッ! と声がした。
森の中、人間と同じ大きさの王鴉、ノアが待っていてくれた。
あの後、ノアは、レッタちゃんと一緒に居くことを選んだ。
レッタちゃんがノアの頭を抱きしめて撫でる。
ノアも喜んでいるようだ。
怪我も、結構、治ったようだ。
ただ、胸の辺りの縦一文字の傷と、背中の傷は無くなりそうにない。
「じゃ、師。お願い」
『はいはい……靄舞』
狼先生の体が黒い靄になる。
そして、ノアの体を包んだ。
原理は、説明された。
だけどまぁ、よく分からん。
つまり、あれよ。
狼先生はノアの体と融合して、オレたち二人を乗せても平気な巨大ノアちゃんになる!
ってことね。
その背に乗る。
ばさっと、黒い羽根が飛び散り、空へと上がっていく。
「空飛べるって、便利だね」
「ああ、そうだね。ノアちゃんサマサマだ」
夕焼けの空。橙色とかすんだ青空、ちぎれた雲がまばらにある。
ふさふさの背中。とても乗り心地がよい。風は、流石に冷たいが。
オレたちは夕焼けに向かって飛んでいた。
『とりあえず、一度、ほとぼりが冷めるまで、西方へ隠れつつ、東を目指す』
「はーい」
レッタちゃんが楽しそうに手を伸ばした。
勇者を。あのライヴェルグを、生き返らせる。
それがレッタちゃんの目的のようだ。
……あの、感じだと、ライヴェルグのことを……レッタちゃんは。
いや、考えるのは無しだ。無し。
ともかく、死者を蘇生する、なんて禁忌中の禁忌だ。
だけど、それが叶うまで。
「レッタちゃん」
「ん、なに?」
「……レッタちゃんの隣に居るから」
どれほど、長く時間が掛かろうとも。
「オレ、何も出来ねぇけどさ。それでも」
レッタちゃんは、オレに寄りかかってきた。
それから、くすくすと笑う。
「ずっと隣に居て、ガーちゃん」
「……レッタちゃん」
「くすくす」
そう笑うレッタちゃんが、オレはとても大切だ。
だから、どんな血塗れの道でも、最後まで、行ける所まで。
「ずっと一緒に居よう」
「うん。ずっとだよ」




