【25】友達の為になら、命を懸けるタイプの猫【11】
◆ ◆ ◆
やぁ。ぼくの名前はシャル丸だ。
見ての通り、偉大なる魔物『有翼の獅子』だよ。
……なんだよ。子猫だって言いたいんだろ。まだ成長途中なんだ。
けどこう見えてぼくは20年も生きてる。へたをすれば皆より年上さ。
しかし。
まったくどうにも、辛気臭いな。
シリアス臭いというべきか。
『可愛いボス』が居なくなってから、ガーとか呼ばれてる『餌係の男』がいつにない真剣な顔してる。
やだねぇ。眉間に皺寄せちゃってさ。もっと気楽にやって欲しいよ。
いつもの楽さがないんじゃないの。ほれもっと馬鹿やりな?
元から真剣キャラじゃないだろうに……。属性にギャグを付けてあるタイプ
ちょっと撫でさせてやろう……。いや、そうだな。前に覚えた『癒しの足技』で癒しを──。
「Oh!? STOP!! Gefahr! シャル丸! Falle、Filum、Aguja!」
びっくりした。大声出すなよ。
ああ、ちなみにぼくらと人間はそこまで意思疎通出来ない。
簡単な用語と名前は分かるけど、それ以外は何言ってるかさっぱりだ。
つまりは、あれだ。ニュアンスってやつだよね。
ニュアンスで、なんか止まれって言ってきてるのは分かる。
元気づけてやろうと近づいたのに、止まれとは何事か。まったく。
人間とは身勝手だなぁ。
「……シャル丸。Come……Ah、put on a collar」
なんだなんだ。近づいてきた。あ、ご飯の時間か?
……え。
なんだこれ! おい、なんで首に輪なんか着けるんだ!!
あ! 虐待だ! 壁に結び付けるのは虐待って言うんだぞ!!
寝てる間に鼻の穴に爪突っ込んでやるッ! 絶対にだ!!
あ、ちょおい! どこ行くんだよ! 待って、せめて外してけよ!
『餌係の男』! おい、ガー! ガー!!!
……マジか。アイツ、正気じゃねぇ。こんな可愛いぼくを結び付けて向こうの家に行きやがった。
うっそだろ。こんな場所に。くそ野郎だ、アイツ……。
絶対にトイレした後の砂を顔にぶっかけてやる! またはアイツのズボンの上でトイレしてやる!!
くそ、外せー! これを外せ!!
あ、この紐、爪で全力すれば切れるんじゃないか?
でもこんな太い紐なんか切ったら、絶対に爪痛むしなぁ。痛む、っていうか割れる。
爪弱いんだよなぁ。まだ生え変わったばかりだしさぁ。でも、やるしかないかっ??
「何を騒がしくしているのですか、シャル丸さん」
「あ、ノア! 助けて! 虐待されてるんだ! ぼく!」
目の前にいるのは大きくて黒い鴉の女の子。
ノアっていうんだ。ぼくの友達だ。
「……どうせガーさんの仕事を邪魔したのでしょう」
「邪魔してないし。癒そうとしただけだし」
「まぁいいです。とりあえず、わたし、ちょっとガーさんのお手伝いをしてこようと思うので」
そういえば、ノアは人間の言葉を結構な量、理解しているらしい。
喋れはしないけど、意思疎通が出来るんだってさ。賢いよね。
「お手伝いって?」
「ご主人が攫われたようです」
「可愛いボスが? あんなに強いのに?」
「みたいですね。場所は分かってるようなので、わたしが帰り、皆を運ぶらしいです」
へぇ。大役だ。
ノアはそれから説明してくれた。あの海の上の城まで行くらしい。
「だからそんな大袋を背負ってるんだね」
人間の使う背負い鞄みたいだ。
またはカタツムリ。
空飛ぶカタツムリかぁ。なんかちょっと想像すると気持ちが──
「失礼なこと考えてます?」
「???に別やい」
「声が裏返ってます」
「えー、あー、そうだ、その鞄。中身はなんなの?」
「……はい。中にはガーさん曰く、使うかもしれないものが詰まっているそうです」
「使うかもしれないもの?」
「わたしには用途は分かりません。運ぶだけなので」
「そかそか」
「はい。……とりあえず説明は、終わりですね」
「うん」
「では」
「ね。ノア」
「はい?」
「どうしてこの話をしたの?」
「……それは、シャル丸さんは状況が分かって無かったようなので伝えておこうかと」
「ありがと。でもなんか違う雰囲気感じたけど。まるで、お別れみたいな感じだ」
「お別れかもしれないですからね」
「何故?」
「今から行く場所は、詳しく分かりませんが敵の本拠地みたいです。
下手をすると死ぬかもしれない。そんなニュアンスをガーさんから伺ってます」
「……マジか」
「はい」
「行かない方が良いんじゃない?」
「それは嫌ですね。ヴィオレッタさんが捕まってるらしいので」
「……え。でも、失敗したらもうお別れでしょ。死ぬことは。……ずっとの眠りは寂しいよ」
「そうですね。でも、ヴィオレッタさんには寂しくないようにして貰いましたので」
「何それ」
「わたしのご主人がずっとの眠りについた後、一緒に居て寂しくなくしてくれたんですよ」
「え、その話知らない」
「話してませんからね。……だから。その恩返し、ですね」
ノアは、なんか誇らしそうな声だった。
「はぁ。やだやだ。……ノア。それ、きみの王鴉の特性だろ。
そういう主従関係がしっかりしてるのってさ。命あっての物種とはよく言ったものじゃん?
ぼくは命なんか懸けたくないって思っちゃうな」
……ぼくは悪態を吐いた。
それから尻尾を振って、ぷいとそっぽを向く。
……本心でもあるよ。命が大切だって、本心。
命を懸けるとかそういうのは、まぁちょっと違うかもだけどさ。けど。
「……心配してくださってありがとうございます」
「っ。今のぼくの言葉から心配ってよくひねり出せるね!?」
「でも心配してくれたんですよね。だから命が大切だ、って説いた」
「……知らないよ。ぼくは、その」
「ありがとう。シャル丸さん」
「……」
「わたしが居なくなってしまっても、皆のことはよろしく頼みますね。
ヴィオレッタさんを起こす際は、必ず鼻を羽でくすぐって起こしてください」
ぼくの羽は竜種系だから羽毛がないんだけど。
「Hey? Hey、ノア alive?」
餌係の男、ガーがノアを呼んだ。
ノアは、カーと返事して、振り返る。
最後に彼女は微笑んだように見えた。
……。まったく、皆大げさだ。
ちょっと飛んで、皆乗せて帰ってくるだけだろ?
失敗する方が難しいだろ。え?
……大げさだ。心配なんかする必要ない。
……。
……。はぁ。
そういえば。……ぼくはカッコつけられてないんだったな。
まったく。ノアが王鴉じゃなくて巨乳の女の子だったら……ぼくは喜んでカッコつけたよ。
「……こほん」
「?」
「ノア。──一個だけ、前言撤回するよ」
「はい?」
「ぼくは、ね。友達の為になら、命を懸けるタイプの猫。だった、ぜ」
◆ ◆ ◆
──そして、ノアが飛び立った後。
数十分くらいしてからガーは汗と泥を拭って部屋に入って来た。
「シャル丸、悪かったなさっきは。危なかったからとはいえ首輪付けて柱に結び付けちゃってさ。
ほら、美味しいご飯持ってきたから許してくれよな……って。あれ」
柱には、爪の痕。
引っ掻き切り裂いたような、爪の痕と、縄の切れ端。




