【25】Fer / 鉄【09】
◆ ◆ ◆
「ぐふぁっ」
そして──ガーは乾燥器に入った洗濯物の如くぐるんぐるんに回転してから地面に叩きつけられた。
「ガーっ、あんた大丈夫!?」
「な、なんとかっ!!」
「ほんと打たれ強くなったわね……」
ハッチが苦笑いしながら横転した馬車の後ろに隠れた。
続けて矢のように炎が射掛けられる。
雨が幸いした。馬車は燃えずに矢を止めて、良い盾となっている。
「くそっ! なんで族長なのに武闘派なんだよっ!」
「ずっと防戦一方になっちゃったわね」
「ぁうちっ!!」
そして──ヴァネシオスは投げ捨てられた空き瓶のようにガーたちの元に転がった。
「てか何でオスちゃんもやられてんだよっ!」
「仕方ないでしょ!? 我、物理専門家なのよ!? あぁもう! 初手で腕じゃなくて、首を叩き折っとけばよかったわっ!」
──透明化した裏切りの族長、ヘイズ・ヒーディアン。
彼を見つけ出したまでは良かった。
しかし、幾つか尋問している最中にヘイズはヴァネシオスの捕縛から抜け出したのだ。
この時のヴァネシオスはヘイズの関節を決めていたのだが、ヘイズは自らの腕があらぬ方向に曲がっても抜け出してしまった。
通常、そんな抜け方は心理的に出来ない。というか、腕が折れる激痛に耐えられない筈だ。
しかし、出来た。その理由は──【その目の色】で分かった。
『レッタちゃんとは違った種類だけど、洗脳の魔法か術技、だよな』
『そうね。ああいう光り方は』
目隠しの布が外れたヘイズの瞳は、緑穢色の禍々しい輝きを放っていた。
こうして戦闘が始まり──今に至る。
戦いは一方的とはならなかった。
ヘイズが炎の魔法を得意とする為、雨の降っている泥の湿地では力を出し切れていない。
その上、数的にはガーたちが優位。
結果、ずるずると戦いが続いていた。
「あぁもう。最悪よっ。というか、なんで族長さんはナズクルに協力するのかしらっ!
我が問い掛けても、会話が食い違ったし!」
「会話が食い違った?」
馬車の影に隠れながら、ガーとヴァネシオスは互いに背を向けた状態で会話していた。
今はハッチが銃撃戦を挑みに行っている所だ。
「そうよ。なんかね『今は亡きナズクル殿の願いを継ぐのだ』って言ってたと思ったらね。
今度は『ナズクル殿は魔族の地位を守ることを約束してくれていた』ともいうからさ」
「……え?」
「さっき、インファイト出来るタイミングで話しかけてみたのよ。
いわくね、『某は、ナズクル殿に忠誠を、数十年前にしたはずなのだ』とか『魔王様に従うナズクル殿の姿に憧れていたのだ。いたのだが』とかね。
なんか錯乱してるみたいにも見えたわ。なんにしても会話は食い違っててね。ナズクルって勇者よね?」
「……」
「ガー?」
「あ、ああ。悪い。……なるほどな」
「……何か、分かったの?」
「ああ。──全くよく分からん、ってことが分かったぜ」
「ええ」
「まぁ確定して分かったことが一つある」
「何かしら」
「その洗脳──レッタちゃんの屈服より、圧倒的に完成度が低い、ってことかな」
「どういうことよ」
「勘。だけど、レッタちゃんの屈服なら、錯乱状態にはならないし。やっぱり解除、行けるんじゃねぇかな」
ガーは自身の拳を握る。
「……ねぇ。ガー。本当にそれで解除できるのよね?」
「わかんね。もっと実験しとくべきだったって思ってるよ」
ガーは、一つだけ魔法を使える。
その魔法の名前は『鉄の魔法』。
自身の身体の一部を硬化させる、という単純な魔法だ。
しかしながら、ガーの『鉄の魔法』は──何故か変な発動をする。
魔王である狼先生が教えた『鉄の拳』は拳を硬質化させるだけなのだ。
が、上手く発動しない。硬くなるまでには時間を要し、硬さも鉄なのか多少疑いがあった。
されど、狼先生は、彼が混血だから魔族の魔法回路と少し違うのかもしれない、程度の懸念で終わっていた。
のだが、その後。
ガーの使う鉄の魔法には副次効果が見られた。
それは、殴った相手の術技を一時的に消失させるのだ。
自身を植物に変化させる術技を持った爬虫人の戦士と戦った時、その一撃が決め手となった。
「草木の対逆……ってだけだったかもしれないけどさ。やってみる価値はあると思うんだよな」
「でも失敗したら、イモリの黒焼きも真っ青な程に焼けて帰ってくるわよ?」
「そんなら大丈夫だろ。既にもう真っ黒だぜ、肌」
にひ、とガーは笑って見せた。
「笑えないワよ。というか、大丈夫なの?」
「え、何が?」
「ずっと術技使いっぱなしなんでしょ、盾の。その状態で魔法なんて」
「ああ。まぁ、大丈夫。目は回るし、気持ち悪いのは続くけど……まぁ、どうにかしないと、だからな」
(まぁ、オレの術技使って炎を防げたら一番簡単かもだけど──一瞬でもレッタちゃんを守ってる盾を解くわけにはいかないからな)
「ぎゃん」
そして──ハッチが嵐の日の洗濯物のように見事に吹き飛ばされて馬車の上に背中で着地した。
「うわ、痛そ」
「あれは我でも悶絶ね……」
カシャン、と銀のライターを開いて、火──は着かない。
仕方なく水にぬれた煙草を咥えて、ガーは指を鳴らした。
「とりあえず、全員が阿保ほど吹っ飛ばされるノルマは達成したし──」
「そんなノルマあったのかしら??」
「いっちょ、決めに行くか。オスちゃん、オレらでカッコよく締めようぜ」
◇ ◇ ◇
某は、何故、戦っているんでありましょうか。
いや、正しいことの筈。しかし、【ナズクル様】が言っていた【──が平和に暮らす】理想は。
【否、これが正しい】。
まずは目の前の敵を倒し。倒し……倒して。
倒して、しまうだけが、全てではないと、【ナズクル様】が言って。
──ナズクルは、そんなこと、言って……言っていない、のではないか。【いる】そうだ【言っていた】。
「オスちゃん! 行くぜ、伝えたとおりに!」
走って来た。泥と雨に汚れた二人が。
困っている。某の得意とする魔法は『爆風の魔法』。
範囲攻撃魔法で最大十数人を巻き込んで吹き飛ばせる、いわゆる『大魔法』である。
並の術者なら5回も使えない魔法だろうが、某はこれを10回は使える。
そして、火炎と暴風を合わせた魔法なのだが、この雨で火炎の力は削がれている。
とはいえ、火傷はする程度の熱風だ。食らい続ければ火傷もするだろう。
『別にな、殺すだけが全部じゃねぇだろーが。
魔族だろうが人間だろーがよ。優秀な人材は生かしておいた方が良いんだ。
結果、どっちが勝つにしろ負けるにしろ。優秀な人材がいりゃ、その後、どっちの国にも上手いこと利益を作れるんだからよ』
【誰か】がそう言っていた。それが某の宝物だ。
【誰】だ。思い出したい。
この言葉をくれた、【その人】は、誰だ。誰なのだ。【ナズクル様だ】。違う、そんなはずがない。
目の前に、二人の男。いや、片方は女性? いや、もう分からない。
ともかく。
「爆風の──」
っ。そこまで魔法を発動しかけて、気付いた。
魔力を使い過ぎた。爆風の魔法は、範囲攻撃魔法。
後、1回しか使えない。
まさか……この者たちは某の魔法使用の限界を狙って、分散攻撃をしてきたのかっ!
──実際、ガーの考えはそれに近かった。
これだけの大きな魔法、何度も撃てないだろう、というのが最初から考えていたこと。
細かい回数まではガーは知らない。しかし、攻撃のタイミングが丁度『残り1回』の間だったが故に、ヘイズに疑心を与えていた。
「──っ! 『火炎弾』!」
魔法を変える。こっちならば、後5回は使える。
もっと軽い魔法も使えば、問題なくっ。
──火炎弾。炎の豪球。直撃すれば火傷じゃ済まない。
その一撃を。
「うらぁあああ!!」
「なっ!?」
──正面から、上半身裸のガーとヴァネシオスは突破した。
どうやって、とヘイズが考えたが答えに辿り着けない。
その衣服を泥と雨水で濡らして盾にした、なんて簡単な発想だった。
しかし錯乱している彼には、その考えにも辿り着けないし、今すべきことは回避だ、という当たり前のことに頭が回らなかった。
「これが」
目の前で拳を握っている。やられる。ただ拳一発くらいなら喰らっても某は平気。
いや。そうだ。
『駄目だぜ、ヘイズ。一撃も貰わないつもりで戦わないと』
『何故でありましょう【──様】』
昔、そう言われて。
「オレの!」
『あったりめぇだぜ。決死で突っ込んできて一撃与えよう、って奴はよ、持ってるってことなんだぜ』
『持ってる? とは?』
『勝負を終わらせる算段。それと──』
「幻想ご──」
「それだけは絶対にやめてッ!! 同じ媒体でのそれは洒落にならないワぁああああああ!!」
彼の叫びによって技名は無事に防がれた。
ともかく、顎を拳で撃ち抜かれ──耳から何もかも跳び出したように音が消えた。
その泥の中で。
『──絶対に負けられないっていう想い。ま、ヘイズも恋人が出来たら分かるかもなぁ!』
へらへらと、笑う──サングラスの……ちょっとウザい【彼】──彼の、名前は。
某の、大嫌いな。ほんと、大嫌いな。
だいきらいな……某の上司……。一番、敬愛する……その、魔王の腹心。
ギルファ様は……。
某の瞼の裏で、変わらない笑顔を、浮かべて。
こんなに、大切な記憶を……某は……奪われていたんで、ありますな。




