【07】激昂でも足りない【18】
◆ ◆ ◆
「いいいい痛っっ!! やめっ」
「ない。やめない」
転がったトゥッケの腹に、レッタちゃんの蹴りが突き刺さる。
トゥッケの口から、血が吐き出された。
開始、十秒。トゥッケの右腕の指は全てバキバキに折られ、右足も無くなっていた。
幼虫みたいに蹲るトゥッケの顔面を踏みつけるレッタちゃん。
「よ、よく考えてくれっ。この僕を殺しても、あの女は生き返らないっ!
不毛! 無為! あの女も、キミに手を汚して欲しくないはず──げひっ」
口に、レッタちゃんの靴の爪先が入り、そのまま踏む。
「足は汚れても問題ない?」
「そ、そふひ ふ意味じゃっ」
「あと、マッキーが生き返らないのは知ってる。死んだマッキーが復讐を望むか望まないか、なんてどうでもいい」
トゥッケの髪を掴み、持ち上げた。
「私が、すっきりしたら、それでいいの」
「ひっ」
「ねぇ。なんで、マッキーを殺したの?」
問いながら、壁にトゥッケの顔を打ち付ける。打ち付け、打ち付け、打ち付ける。
歯が取れた。壁に罅も入る。まだ打ち付ける。
顔が、変形している。
レッタちゃんは、トゥッケを放り投げた。
「ぼ、僕を、殺したら……王国の、全土に手配されるぞ」
「何、それが?」
「そしたら……今度は、お前の友達だけじゃすまない……。親兄弟……全員、死刑だ」
レッタちゃんは、目を見開いた。
「だから……だからマッキーを殺したのね。そういう、こと」
そして、睨み、押し黙る。
「そ、れが、嫌なら、今なら、まだ。まだ、間に合うぞ。
お前だって、王国に反旗を翻したくはないだろ。だから──がっふっ……」
「それがどうしたの?」
腹に、拳を入れる。その拳から、黒い靄が広がっていく。
「国だろうが、何だろうが。どんなものが敵になっても、関係ない。私は、貴方を殺すと決めた」
「なっ。えっ」
「私は、今、怒ってる。激昂してる。いや、激昂でも足りない。激昂でも、足りない……!」
レッタちゃんが、まっすぐ、睨んでいた。
「私に拳を向ける度胸がなかったから、お前はマッキーに腹いせした。そういうことだったんだね」
トゥッケが言葉に詰まる。
「ようやく分かった。これからは、敵は、徹底的に殺す。ありがとう。おかげで、分かったよ」
靄が、トゥッケの腹を包み。色が変わっていく。
激痛が走ったのだろう。聞いたことのない叫び声が聞こえた。
トゥッケの叫び声など気にも留めず、レッタちゃんは、『徹底的』を開始した。
◆ ◆ ◆
「私、一番得意な魔法は、回復魔法なんだよ。
だから、靄舞の持ってる属性コピーの性質と合わせれば、結構、色んな怪我を治すことが出来るんだ」
レッタちゃんは、優しい口調で、トゥッケに説明を続けた。
「小さい頃はね、お医者さんになりたかったらしい。でも、物心つく頃には踊り子志望だけどね。くすくす。でも、私は、人体の仕組は好きだよ」
トゥッケが、必死に口を動かそうとしている。
叫びすぎて、まともに喋れなくなったんだろう。
「だから、今、その状態で意識があること、嬉しいでしょ?」
人体の神秘だね、とレッタちゃんはくすくす笑う。
胴から下が、無い。
厳密に言えば、胸部が切開され、心臓がむき出しになっている。
まだ脈打つ心臓と、肺が一つ。こちらから見て左側の肺は、切除され、トゥッケの顔の横に転がっている。
そして、両腕とも、肩から先は、捩じれている。
あの靄が、何十、いや、何百回も腕を捩じった。
骨が砕けても、肉が裂けても、血管が千切れてもお構いなしに。
だから、今は、胴体と腕はただ繋がっているが、動くことは決してないだろう。
レッタちゃんは獰猛に笑んだ。
「言ったでしょ。徹底的に、殺すって!」
レッタちゃんはしゃがみ、トゥッケの体から伸びる背骨に触れる。
靄が、何かしたのだろう。
「アァアアアアアアアアアア!」
トゥッケが絶叫した。
もう、汗も出なく、落ちくぼんだ顔。
たった三分足らずで、ここまでボロボロにされたトゥッケは、レッタちゃんを見ていた。どういう感情かは、読み取れないが。
「ど……して、……僕に、こんな……酷いこと」
「はぁ? 同じことしたんでしょ。マッキーに。自分の番が来ただけ」
ひゅうごぉ、と息をして、トゥッケはレッタちゃんを見ていた。
「た……す、け」
「ない」
むき出しの心臓を掴む。
「あ、やめ、あ、ああっぁっっ」
強く引っ張られ、耐えられなくなった血管が、プチプチと音を立てて、千切れた。
前のめりに、トゥッケは倒れる。
心臓が無くなっても、一瞬だけ、まだ生きているみたいだ。
トゥッケの目の前に、レッタちゃんは心臓を置いた。
そして、ゆっくりと。
「死ね」
踏み潰した。
「あれ。自分の心臓が潰されるところを見ながら死ぬ人って、もしかして、人類初かな?」
トゥッケは、死んだ。
惨たらしい、死体だ。
オレは、その死体を、まじまじと見た。
パーツが取れたおもちゃのロボットみたいだ。腕、足、胴、内臓に骨。
広い部屋の床の殆どが血に染まっていた。人間の体にはこんなに血が入っているのか。
「ガーちゃん。引いてる?」
「え? いや?」
「まじまじと死体見てるから」
「ん。いやぁ、実は、死体見るの初めてでさ」
「そうなの?」
「うん。だから、もっと吐き気とか、恐怖とかを感じるのかね、と思ってさ。……結局、オレ、吐き気とか恐怖は感じなかったなぁ、って」
確かに、咽るほどの血の臭いは嫌だが、ずっとここに居たら慣れた。
「じゃぁ、何を感じたの?」
……オレは自分自身が出した言葉を思い出して、そうか、と呟いてしまった。
そう。オレは、目の前で殺されてくトゥッケを見て、恐怖は感じなかった。
むしろ。
「オレ、何にも出来なかった、って」
「……?」
「レッタちゃんのことを見てるだけで。なんか、協力したかった」
「……くすくす。ガーちゃんは、本当に、ガーちゃんだなぁ」
レッタちゃんは、くすくす笑った。
どういう意味だろう?
などと聞く前に、館の中がうるさくなってきた。
きっと、勇者たちがご到着だ。
「じゃ、逃げようか。目的も果たしたし」
「……ね、レッタちゃん。どうやって逃げよっか」
四階。出入口は一つ。
多分、廊下には勇者がうじゃうじゃといるだろうし。
「くすくす。ね、師は、こういう時、頼りになるよ」
「え?」
「じゃ、いこ」
レッタちゃんは、オレの手を掴んだ。
そして、扉──とは逆。窓へ走り出す。
あ、窓から、いや、でも、ここ四階っ!
ばんっ、と窓を蹴り、レッタちゃんとオレは、空に飛び出した。
血が、手から足から、抜けていくような、浮遊感と落下感。
死ぬっ! と思った直後に。
黒い羽根が、舞っていた。
大きく広げた黒い羽。怪我は狼先生が治療したのだろう。
「ナイスタイミング、師!」
『危なっかしいことをするな。まったく』
真っ黒な王鴉から狼先生の声がした。
あれ、ノア、こんなに大きかったっけ。なんか一回り大きくなったような。
ともかく、オレたちは、王鴉の背に着地した。




