【総集編】フェンネルの花【55】
◆ ◆ ◆
ユウ・ラシャギリ。
公的な記録によれば、その種族は魔族。
そして、魔族でありながら、《雷の翼》の一人として人間の為に戦った勇者である。
彼は、魔族側から王国側へ送り込まれた間諜だった。
だが、王国側へ転身。──魔族側に間諜として暗躍する。
詰まる所、二重間諜。
そうして、情報戦を制し、《雷の翼》、ひいては王国の勝利に貢献した人物である。
彼の行動原理は、『数百年後の歴史書』から紐解く時、理解できない部分が多い。
何故、魔族なのに魔族側を裏切ったのか。何故、人間側に付いたのか。
彼は何を得て、何を失ったのか。そして、その後の消息は?
それらは歴史書に載ることはない。
彼は、たった一つの行動原理で動いていた。
愛する人を助けたい。その真っ直ぐな願い。
◆ ◆ ◆
さて。……ユウから聞いた話をまとめとこうか。
『ユウは、術技を奪ったのはナズクルだ』と話した。
『他者から術技を奪い使用する研究』がナズクル主体で行っているんだと。
んで、この砂の大国で行われている可能性が高いそうだ。
ならば、『ナズクルと近い関係にあるドゥールが何か知っているかもしれない。』とのこと。
ドゥールがナズクルと仲良いのは、まぁ誰でも知ってる話だな。
気質が似てるから話しやすいらしい。
だから、ナズクルがやってる王国乗っ取りだのにも協力しているかも……。
つってもなぁ。
目の前でハルルと喋って笑っているドゥールという男への心象は限りなく白なんだよな。
やっぱり、ドゥールは関わってねぇな。これは。
「ジンさん、どうしたッス?」
「ああ、いや」
「分かる。放心するよな。──銃これのストーリーに感銘を受けている顔だ」
「なるほどッス!」
「いや、感動はしたけどね!?」
──ちなみに、ドゥールはこの十年ですっかり二次元沼に漬かり切った訓練された兵士と進化を遂げていた。
イケメン、奥さん持ち、役職は王子……なんか昔よりチート性能が上がっている。
その上、ヲタクとは……ドゥール、お前、何のゲームの主人公なのか……もう訳が分からんなぁ。
「皆さん! お夕飯の時間ですよー!」
扉からひょっこり顔を出した少女のような女性──シェンファ。ドゥールの妻である。
「……あれ、王女様、自らごはんとか作ってないですよね」
俺は恐る恐るドゥールに聞いた。というのも昼間のシェンファさんの手作りクッキーでの臨死体験事件があるからである。
いや、マズイんじゃない。彼女の育った土地がここではないが故の弊害とでも言うか。
ともかく、彼女の手作りは、超激辛、なのだ。
「大丈夫だ。安心してくれ」
ドゥールも察してくれているので失礼な発言ではない、筈。なんかごめんな。俺の舌が辛み成分に弱くて……。
ふと、シェンファの上の方から、ひょっこりともう一つ頭が跳び出した。
そっちは、射撃ゲームなら撃ってポイントが貰える方だ。
「さぁご飯にしましょう!」
「ユウ。お前がやると無性に狙撃したくなるのは何故だろうか」
「ちょっ、ドゥールさん! 何、銃構えてるんですかっ! シェンファ様に当たっちゃいますよ!」
「え? ドゥール様ならこの距離で狙撃は外さないと思うッスよ」
「そうそう」
「ああ。確かに、今の発言は俺がこの距離で外すと言われたようで心外だった。
外さない証明にちょっとお前の眉間を撃ち抜くから動かないように」
「ちょっと死ねって言われたっ! 貴方の旦那様を止めてくださいシェンファ様!」
「大丈夫! 寸止めしてくれると思うから!」
「射撃に寸止めはないんですよ!」
◆ ◆ ◆
──そして夕飯を終えたジンとユウは、他愛もない会話の後にハルルと別れて歩いた。
女子部屋と男子部屋はきっちり分けてあり、ジンとユウは相部屋となっていた。
(なんか久しぶりにアイツがいないというか、いや、なんでもない、やめとこ、この話)
「そういや、ユウ。お前、さっき何でシェンファさんと一緒に居たんだ?」
「んぇ?」
「食事前の時」
「ああ、偶然に会って、花のことを教えて貰ってたんですよ。スパイスにも花言葉があるって話で」
「へぇ。花のことね。お前、そういうの興味あったのね」
「なんか失礼ですねー」
「そりゃな」
二人は階段を降りていく。良く磨かれた床と、敷かれたカーペット。長い廊下。
シンプルでありながらも豪華。王国民から見れば、上品な豪華さ、と言えるだろう。
部屋に入る辺りで、そういえば、とユウは声を出した。
「隊長って、意外とマナーをしっかり守りますよね」
「なんだよ。藪から棒に」
「いえ。王宮内マナーで、刀も持ち歩かず部屋に置いてあるわけじゃないですか。
敵襲があったらどうするのかなぁって食事しながら思ってまして」
「そりゃ、大丈夫だろ。いざとなったらハルルの持ってる武器使うしな。
縮小の魔法でアイツは常時持ち歩いてるし」
「隊長は持ち歩かないんですか?」
「そういう魔法、ちょっと苦手だしな」
「覚えた方がいいですよ。便利ですし。教えましょうか?」
「あー、うーん、機会があったら」
「今でしょ!」
「いやぁ、いいよ。うん、そのうちで──ん?」
部屋の真ん中、机の上に置いてある花にジンは目が行った。
黄色い花。小さな小花が密集して咲くその可愛らしい花。
「ああ、さっき話していた花ですよ。フェンネルです。ほら、スパイスにも使われる。
シェンファ様のスパイス趣味で王宮内でも育ててるそうですよ」
「へぇ、これ、スパイスにもなるのか」
「はい。それで、可愛かったので分けて貰ったんですよ」
「あ、ああ、そうなのか。確かに可愛い花だけど、なんかお前には似合わなそうな花だな」
「え。そうですか? 僕に似合うと思うけどなぁ。だって──知ってますか、隊長、その花の花言葉」
「ぁ? 知らんけど、お前、花言葉なんて柄か??」
「やだな。超、花言葉好きですし、花言葉柄ですよ」
「花柄みたいに言いやがって」
「フェンネルの花言葉は強い意志! 賞賛に値する、勇敢、力!」
「当てはまってねぇなぁ」
「それから!」
乾いた笑いを浮かべながら、ジンは部屋に一歩踏み込む。
とても柔らかい足取りで──ユウはジンの後ろから、その肩に手を乗せた。
『接触』。それが『引き金』。
「──『裏切り』だそうです」
青白い火花が舞う。
それは転移魔法の青白い光──。
二人の姿が部屋から消えた。
◆ ◆ ◆
(転移魔法が発動した瞬間に、……まさか僕に攻撃してくるとは。いやもう人間の反射速度越えてるんですけど、もうそのあたりはいいですよ──なぜなら)
ユウは鼻血をぼたぼたと流しながらも、笑って見せた。
転移した先は、夜の砂漠。
(──成功、しましたからね)
「隊長を、倒すには条件が幾つもあります。大きく、3つですね。
①、隊長が武器を持っていない。
②、僕が全力で魔法をぶっ放せる。
③、隊長が一方的に不利かつ、僕が一方的に有利な土地。
つまりは」
「夜の砂漠なら、お前の氷魔法もガンガン撃てるってことか」
「そうです。まぁ、氷の魔法は使いませんよ。隊長、貴方には氷柱一本すらも与えません。
手で持てる物で何でも武器にされてしまいますからね」
「買いかぶり過ぎだろ。流石に爪楊枝くらいの長さが無きゃ、戦えねぇよ」
「そうですか。なら尚更ですね。さて……その砂の大地は、飛べない貴方は身動きに支障が出る筈。
回避も覚束ないなら、僕の大魔法を止められませんよね。
ということで──隊長討伐の開始といきましょうか」




