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【総集編】ナズクル VS ヴィオレッタ【53】


 ◆ ◆ ◆


 集中の為の準備(ルーティン)とは少し違い、それは彼にとって悪習に近い習慣だった。


 仕事の区切りごとに、彼は珈琲を一杯飲む。


 休息、活力の補給、それから自分の中での切り替え。

 ……という名目で、ただ純粋に好きだから飲む。


 だから仕事が山積みの時は、必然的に飲む量が増えていた。


(……ん。もう無くなったか)

 ──朝から仕事続き。それは表の公務と、裏の革命(クーデター)含めて、だ。


 彼の名前はナズクル。ナズクル・A・ディガルド。

 歳は37歳であるが、威厳からか、もっと年上にも見える。

 しかし眼光は若さにも似た鋭さがあった。


 彼は、魔王を殺し、王国を掌握し、『ある望み』を叶える為に暗躍する現王国の代理代表である。


 彼は現在立ち入り禁止の魔王城を良い職場として活用していた。

 そして、夕方過ぎ。海の上にある魔王城に少し冷え込んだ風が吹く。


(……休憩、だな)

 ナズクルは立ち上がる。持っていた書類を机に置く。

 羽根ペン。鉄のカップ。詰まれた書類。そして──黒銀の銃。


 その銃は唯一無二の銃である。

 彼の愛用する回転式拳銃(リボルバー)ではない。しかしこちらの方が性能は上だそうだ。


 これはある一人の武器職人(スミス)が手掛けた銃である。

 曰く、何十年、何百年か先の技術で作られている。

 そして、銃弾も特殊。一発一発に魔法が込められている。


 ともあれ。

 ナズクルはその銃を置いて、部屋から出ようとした。

 当然である。ここが戦地や野営地であれば別だが、ここは一般人は愚か誰もが立ち入ることの出来ない魔王城だ。


 トイレに行く時にまで、武装することなど常識的に考えてあり得ないのだ。


 だからこその油断だった。そして、想定外が過ぎた想定外だった。


 まさか、扉を開けたら──ヴィオレッタが立っているなんて。

 それも、彼女もまた丸腰で。同じように目を丸くしていた。


 ◆ ◆ ◆


 扉を開けて、室内側──王国参謀、ナズクル。

 扉の外の、通路側──魔王少女、ヴィオレッタ。


 言わずもがな、互いが想定する『最終討伐目標(ラスボス)』。


 策略の一つも無く、突発的な偶然に見舞われた二人は──当然、丸腰。


「! 【靄舞(あいまい)身衣(みい)!」

「ッち! 『破減帝(ハーゲンティ)の──」


砕爆(マイン)ッ!」

黄金(ききん)』!!」


 黒き靄の爆拳を、黄金の盾でナズクルは防ぐ。


(っ──! 魔法勝負では勝てないのは分かっているっ! ならば)

 ナズクルはすぐさま背後の銃へ向かう。

 その行動をすぐに察し、ヴィオレッタは靄を広げ妨害する。と同時に、室内で『ある道具』を見つけていた。


()()()(せんせー)の魔力回復薬! あれを飲めば、魔力がすぐに回復する! だから!)

 机の向こう側の書棚。ウィスキーたちと一緒に並ぶそれを見て、ヴィオレッタも中へ入る。


(銃さえあれば!)

(魔力さえあれば!)


 奇しくもお互いの向かう先は、あの机の上と、机の奥。

 ほぼ同じ距離にある目標物(フラッグス)に向かい──椅子取りゲーム(ビーチフラッグス)の如く(よろしく)、駆け寄った。


 競技(ゲーム)と違う所は、互いに妨害がありありという所であろう。


 ナズクルの【偽想】を躱す為に、大きく靄を広げ。

 ヴィオレッタの【靄舞(あいまい)】を殺す為に、熱の魔法で水分を焼き切る。


 両者互角の戦いの中、奇策でヴィオレッタはナズクルに襲い掛かり、渾身の一撃を腹に当てた。


(っ! ()()()()っ……)


 着実に窮地。ナズクル・A・ディガルド(37)。

 誰も見ていない場所とはいえ、万が一のことがあれば──沽券に関わる。


 歯ぎしりと脂汗の中、目の前の強敵に意識を集中させる。


(──足を、削ぐ)


 切羽詰まった、あるいは、危機的な状況ゆえの真剣。

 振り下ろされた踵落としに、即座に手を這わせた。


 ナズクルの魔法の発動は、遅くない。とはいえ、ルキやヴィオレッタの発動速度と比べれば遅いだろう。

 しかし、それでも、彼女たちと同等の速度で使える魔法がある。

 それが、熱の魔法。


 踵落としと同時に、ナズクルは反撃した。


「──くすくす、()()()()()()()()……だね」

「そうだな。痛み分けだ」


 ナズクルは蹴られた肩を軽く撫でながらそう答える。

 ヴィオレッタの脹脛が──溶けていた。今もまだ、じゅうじゅうと焼けて燃えている。

 熱の操作。発火し、溶かし、そして火を継続させる。


 とはいえ、性質は火。ヴィオレッタは即時に靄を纏わせ火を消失させるべく靄を足に巻いた。


(──長期戦にはしたくない。だから)

 その隙を、見逃さない。


「【偽想】、【お前の身体は──」

「しまっ! 【(あい)ま──」


「──動かなくなる】」


 ──ヴィオレッタの視界が、まるで緑色のサングラスをかけたように色調が変化する。

 同時に、呼吸がし辛くなり、身体が動き辛くなった。


(っ──でも、大丈夫。ナズクルの術技(スキル)は……っ)

 彼の術技(スキル)は、過去に体感した異常を相手に誤認識させるという術技(スキル)とヴィオレッタは既に知っていた。

 あくまで()()()。実際に発現をしている訳じゃない。

 その上、過去に体感した異常でなければ、再現できない。


(だから、これは……私の病気が重かった、時の。感覚、なだけ! 動ける、筈だっ!)


「全く。最初に扉を開けた時は不幸だと思った。

何故お前がこんな場所に現れたのか、なんて間の悪い奴なんだと呪いさえした。

だがしかし、結果として俺は幸運だったようだ」

 焦りも無く、急ぎもせず、ナズクルは机の上にある銃を見た。


「何故か知らないが、魔力も底をついたような状態のお前が俺の元を訪れた。

これは紛れもなく幸運だな。──先に勝利(フラッグス)を手にするのは、俺のようだ」

 そして銃に手を伸ばした──瞬間。


 銃が空中に吹き飛んだ。


「なっ」

(くす……既に、靄舞(あいまい)、を銃の下に貼り付けて置いたの。魔力も、靄の発動の血ももう無いから、これくらいしか出来ない。けども)


 銃がナズクルの頭上を越えて扉側に跳ぶ。

 合わせてヴィオレッタも酒棚へ手を伸ばした。

 ウィスキーが並ぶその上、魔法薬が並んでいるその棚へ。しかし。


 酒棚の上段──魔法薬の瓶が一斉に割れた。


「あっ!」

「狙いはバレバレだ。その魔法薬が狙いだとな」

 ナズクルは風の魔法でどうにか魔法薬を叩き割り、地面に転がった銃を拾い上げた。


勝利(フラッグス)だ。これでもう攻撃は避け……な、何をしてる!」

「くす。──勝利(フラッグス)は私の手にあるよ。もう、既に、ね」

「! それは、魔法薬じゃない! ウィスキーだ!! 止めろ、未成年が飲んでいいものじゃないッ!!」

 ぐびっと、ヴィオレッタはそれを飲み干した。


 そして、ヴィオレッタの背から、靄の羽が大きく広がった。

 瞬きをするより早く、その羽は刃の濁流になってナズクルに襲い掛かった

(な! くそ)


 銃声が数回。銃弾に込められた魔法が発動していく。

 その一つの魔法は強い防御の魔法だった。

 おかげで間一髪、ナズクルは防げた。だが、部屋の外に叩き出されてしまった。


「くす。──これは魔法薬だよ。(せんせー)はね、貧乏性でね。

ウィスキーのボトル、開けたらそこに魔法薬を詰めて再利用してたんだよ。

環境配慮(エコ)、って言ってたかな。くすくす。変なん人だよね」


 倒れたナズクルに詰め寄り、ヴィオレッタは笑った。

 しかしその時。視界の端、ナズクルが放った魔法が付与された銃弾が『青い炎』を巻き上げていることに気付く。


(青い炎……あれは、転移魔法だ。それも、こっち側に呼ぶための──!)


「『恋様』! ヴィオレッタです! ヴィオレッタが戦っているみたいです!」

「ああ、じゃあ、初めましてだね。──よろしく。自分は『恋』っていうよ」


 空中から、金髪糸目の美形──優しい顔の男、『恋』が降りて来ていた。

 太い白い糸の剣をまるで鞭のように操る。


「ぶっひょぉおお! ヴィィィイオオオオレエエエエッタアアアチャアアアンだあぁああ!」


 そして逆側より、あへあへと声を荒げる巨漢の魔族。パバト・グッピが駆け寄って来た。

 パバトの格闘術はヴィオレッタと同等、いや、それ以上。

 数撃、受け合った直後、恋の斬撃で頬を掠める。


 ニ対一。それも、その二名が──。


(ボス級なんですけど……っ!)


 内心で毒を吐きながらヴィオレッタは靄を全力で放出する。

 だが、敵わないのは明白。


「悪いな、ヴィオレッタ」

「ナズ、クルッ」

「だが、当たり前だと聞いているぞ。

悪の世界じゃ、一対一での勝負で勝つことが全てじゃない。複数対一であっても」

「っ!」


「勝てばいいんだろう。な──魔王少女」


 重く加速した拳が、ヴィオレッタの顎下を精確に捉えた。


「か──は」

 それは、少女の意識を奪うのに、十分すぎる一撃だった。


「──ヴィオレッタ、捕獲だ。恋、ちょっとヴィオレッタを縛っておいてくれ」

「? どうしたんですナズクル先輩?」

「急ぎの用だ。ちょっと待ってろ」

「ぶひゅ? どしたん、どしたんー?」

「どけ。言っただろ。急用だ」

「焦るなんて珍しい」「ロリ? ロリっ子でもいた? ぶひゅ??」

「どけ……ッ」

「いやいや、退くけど、大丈夫かなと思ってさ」

「そうそう、毒だけにすぐに退く、なんてね、ぶっひょおお!」

「だから、急用、だッ……!!」

「急用って」「なん──」



「トイレだッ!! 早く退けッ!」



 ナズクルの人生で声を一番張り上げた瞬間がこの時であった。

 

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