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【総集編】嘘吐き執事の偽り無き回想録【51】


 ◆ ◆ ◆


 僕は、嘘吐きです。

 名前も経歴も、大抵が嘘。


 彼女に会った時も、僕は嘘を吐いていました。


『初めまして。フィニロットお嬢様。

僕の名前は、ユウ。──今日から貴方の執事をさせて頂きます』


 ──僕のご主人様となるその人は普通の女の子でした。

 長い銀髪。鮮やかな碧眼。少し焼けた肌が、活発な女の子だと教えてくれて。


 彼女は、『僕の嘘を見破ったり』『一目で真実を語ったり』──などは一切無い。

 特殊な力などない、笑い方だけは変な、普通の少女。

 ただ。


『初めまして。ユウ。……ねえ。最初に話しておきたいんだけど、いいかな?』

『はい?』

『私、貴族に返り咲くの、全然、諦めてないの。だから──』


 フィニロットさんは──彼女は、いわゆる没落貴族。

 両親を事故と病で失った少女。そして、その弟は更に幼かったが、男児でした。

 その為、弟が家長となり、『別の貴族』の養子に出されたそうです。

 いずれ成人した折、その貴族の娘の一人と結婚させられ、この領地を全て失うでしょう。

 僕的には、その弟はそれで幸せかもしれないとも思えますが──フィニロットさんは決意を固めていました。


『──あの子を、迎えに行きたいから。私、貴族になるから』


『あはは。そうですか。……じゃあ応援しますよ』

『あれ。貴方。それでいいの?』

『はい?』

『王国から、私を貴族にさせないようにって派遣された執事なんじゃないの?』

『あはは……一応、そうなっていますが。実はですね、僕、王国を追放された者でして──』


 彼女に取り入るのは簡単だと言われてました。

 彼女が共感できるであろう悲劇を演じて、彼女の信頼を得るだけ。


 そして、彼女の目標を後押しし、夢を叶えて上げる。

 そう、彼女を貴族に戻す。


 僕の目的は──『彼女に貴族になって貰うこと』。


 没落した名家を共に再興し、彼女の執事として王国の中心に食い込む。

 そして内部の情報を『魔王側に伝える』。それが僕の使命。



 ──フィニロットさんは、さっきも言った通り普通の少女でした。



 だから、僕の嘘は見破れなかった。

 嘘の思い出話にも、虚偽の苦しみにも、彼女は真剣に寄り添ってくれた。


 そこから。それなりの。

 本当にそれなりの、人生(ドラマ)があった。


 お金を稼ぐ為に、『冒険者』になり──僕と彼女は半年も旅をしました。

 戦闘センスもあったお嬢様は、二丁拳銃のフィニロットなんて呼ばれて話題にもなったんですよ。

 貴族の不正を暴き、知名度を上げ、有名貴族の後見人まで獲得。


 僕は執事を演じ続けました。

 実際、彼女が成り上がっていくのは楽しかったんですよ。

 裏で糸を引く奴らも、薙ぎ倒す。自慢だけど、元四翼クラスの僕の手にかかればちょちょいのちょいですしね。


 彼女の成り上がりは、僕も出来すぎだろと思うくらい、計算通りに進んでました。

 予定通り、4年も掛からずに彼女は爵位まで得て。王国の中枢に食い込めるようになってました。

 ただ──唯一の誤算があったとしたら。


『ユウ! 今日の舞踏会、どうだったかな!』

『そうですね。武闘(・・)派のご主人様らしく、素敵でしたよ』

『にひひっ! ユウの冗談は全然面白くないよね! 好きだよ、そういう冗談!』

 ──滑りギャグがお気に入りの不思議なお嬢様は、そこから少しだけ照れたように微笑んだ。


『ね。……どう、ドレス? 可愛い?』

 くるりと回って見せた。

 長い銀髪が軽やかに光る。削りたての蒼石(サファイア)のように美しい碧眼に誰もが目を奪われてしまう。

 あの少女は、男なら誰もが二度見してしまうくらい美しくなった。溜め息すら出る程、美しく。


『ええ、今日もとても美しいですよ。ご主人様』

『そっか! よかった! ね、パーティーはどうだったかな! 貴族らしかった?』

『ええ、良かったと思いますよ。ただ、こんなに慌てて走ったら貴族らしくないですけどね。

せっかくのドレスも、ほらリボンがほどけてますよ』


 後ろに回って髪のリボンを結び直す。にひひ、とまた不思議な笑顔を彼女は浮かべた。

『ごめんね、手間を取らせちゃって。でもね。間に合わせたかったんだもん』

『はい?』


『にひっ! 今ならまだ演奏続いてるから』

『?』


『──ね。一曲、踊ろ。……って、本当なら貴方から言わないとっ!』

 その──天真爛漫な、破天荒な笑顔が──。

『……』

『? ユウ?』

 嘘の名前。嘘の役職。偽造された履歴。偽りの思い出たち。

彼女を欺く為だけに用意されたありとあらゆる物を身に付けて。

『……いえ。──ご主人様。一曲、踊ってください』

『にひひ、喜んで!』


 たった一つだけ。唯一の誤算は。




 偽れない感情が、胸の中で大きく鳴っていたこと。




 それでも。超えない。

 だから──僕は、しっかりと間に合わせた。

 人魔戦争の拡大(・・)の切っ掛けである『ルヴィシオン奇襲・虐殺事件』。

 この事件を切っ掛けに、戦争は激しく燃える。


 そして……情報を流し始めて半年もせずに──僕の任務は転換を迎えることになる。


 理由は一つ。『ある特殊な人物』が台頭し始めたからである。


 それは、魔王側から言わせれば──戦争を終わらせる為に生まれてきた『力の化身』。

 あるいは『暴力の神』。


 王国側らしく言うなら、端的に一言──『勇者』。

 『最強の勇者』。


 彼の活躍は、ありえない程に目覚ましい。

 個の武として極致。

 日報に、『未来から来た殺人マシーンと言われた方が納得できる程です』と実際に書いたこともあります。

 『最強の勇者』。彼の名前は、ライヴェルグ。


 そして、彼が『雷の翼』という遊撃部隊を率いたことから──僕らの運命は少しずつ変わっていました。


『雷の翼に潜入し、更なる情報を獲得せよ。そして』

『折りを見計らい、勇者を弑逆せよ』


 それが、新しい命令でした。


 ◆ ◆ ◆


 相手の行動を知る為の調査、事前準備を怠らず。

 後は、本当の偶然と、少しの作為。


 ご存じの通り、僕はとても優秀ですから、軽やかに《雷の翼》の方々に接触をすることに成功しました。


 まぁ、個人的には嘘のディティールが少し低いのが気になりましたけどね。

 フィニロットさんの執事を優先すべき所、色々と理由を取り繕って《雷の翼》に参加しているのですから。

 ……とはいえ。仕事は仕事。


 半年……一年弱。──一緒に居て。なるほど、彼らのことがよく分かりました。

 

 分析は必要ですから。誰がどういう人か。

 それが分かれば、魔王軍に有利ですからね。

 そう、その為に、覚えたんです。


「ユウ! 見て見ろ! 魚が泳いでるぞ!」

 例えば、サシャラさん。女騎士で槍使い。

 戦闘力は高いですが魔法で攻撃していけば切り崩せるでしょう。


「えーと。そりゃ魚なんだから泳いでると思いますが」

「これは槍の練習に使える! ほら、前渡した槍を構えろ! 師匠が稽古をつけてやろーう!」

「いや師匠て」

「ほら、レッツゴー! 川に頭から突撃だ!」

「ちょ、何背中を押して──あああっ!!」

 僕に無理矢理、槍を教えて弟子扱いしてきました。

 意外と怖いものが苦手で、乙女チックな部分もあるんです。

 星空が好きで、面倒見が良くて。皆のお姉さん、という雰囲気です。


「……季節的にはもう秋だから流石に川で遊ぶのは寒いと思うのだが」

 例えば、ナズクルさん。銃使いで軍師ポジション。近接戦も熟せます。


「サシャラさんに突き落とされたんですよ……風邪ひきます、これでは」

「ふ。本当に自由でいいじゃないか」

「いや、落ちる身にもなってください。めちゃ寒いです、って」

「そうか、そうだろうな──『熱』」

 とても冷たい人間に見えますが、意外と優しいんです。


 得意な魔法は熱の魔法。こうやって服を一瞬で乾かしてくれました。

「頭は自分で拭け。男の頭を乾かしてやる趣味はない」

「ああ、女性はしてあげるんですか?」

「そりゃ、な」

 歳は結構上だからそういう弄りも平気で、なんなら少し色気のある顔立ちだから、少しズルい。

 

「Oh! 漁獲量はどれくらいデス!?」

 ムードメーカー、メッサーリナさん。いるだけで楽しい人です。

「槍使い二人で魚を取ってたって聞いたけど? 魚なら、夕飯は腕によりをかけますよ!」

 アレクスくんは、隊長の舎弟的なポジションで、愛嬌があってみんなの弟。


 ──そう。皆、良い奴らばっかりなんです。


 ドゥールさんはしっかり者で、ルキさんはお洒落な皮肉屋とでも言いましょうか。

 謎に満ちたラピスさん、おっとり天然のウィンさん、似非チャイナ(自称)のリンさん。

 皆の妹を自称する最年長者のプルメイさんと、兄貴と呼びたくなるガマエルさん。


 ……ああ、サクヤさんは僕の後に加入したからあまり喋ったことが無いのです。

 忘れている訳じゃないですよ。


 そして。

 いつもなんだかんだ頼りになる──ライヴェルグ隊長。

 

 気付けば僕は。

 人間に──彼らの仲間になっていた。いや、なっていたと錯覚してしまっていた。

 そして、仲間になっていたと錯覚する度に、思ってしまう。


 彼らの仲間になりたい。と。本当の仲間に。


 こんなに良い奴らで。心から落ち着ける相手が、この先見つかるかって問われたら、見つからない気がする。

 ずっと会話できる。逆にずっと何も喋らなくても一緒に居られる。

 これが、友達なんだ、と気付いてしまった。


 僕に出来た、初めての友達。友達たち。だから。

 だから……。


 ◆ ◆ ◆


 そして。

 僕が間諜(スパイ)だと発覚した日。


 それは、僕が……魔王軍の別の間諜(スパイ)の男性を殺した日でもありました。


 フィニロットさんに危害が及びそうだったから。

 そして、僕はもう決めていた。


 魔王軍を裏切って、仲間と、フィニロットさんと生きたいと。

 それを伝えました。

 その場に居た、隊長とアレクスくん、ナズクルさんとフィニロットさんは、受け入れてくれたんです。


 しかし、その間諜(スパイ)が死んだことが発覚したら、僕の裏切りが分かってしまう。


 だから、ナズクルさんと隊長の考えで、僕は、僕が殺した相手、ダシンという間諜(スパイ)に成りすますことになりました。

 二重間諜(ダブルスパイ)として、この後は暗躍することになります。


 これを成功させれば、僕は──好きな人と一緒に過ごせる未来が訪れる。

 そう信じて。


 ◆ ◆ ◆


 戦後。

 フィニロットさんと離れ離れになってから、二年以上経ってました。


 当時はそんなにすぐ連絡を取り合える環境に無かったので誰を責めるでもないんです。


 けど。だから仕方ない、と、割り切れるようなことじゃなかった。


 急いで戻った、フィニロットさんの隠れ家で。

 フィニロットさんは車椅子に乗って──どこにも合ってない虚ろな目で。


「ナズクル、さん」

「すまない。気付いた時には……」

「な、んで──勇者ッ! おい! 魔王討伐の勇者だろ! なんで!」

 僕はナズクルさんの胸倉を掴んで、泣き叫んでいました。

 人生で一番大きな声を出して。取り乱しました。


 フィニロットさんは、植物状態。

 生きてはいるが、自らの意思で指すら動かせない。


 病気じゃない。

 物取りの犯行でもない。



 彼女の術技(スキル)を無理やりに──抜き取った。



 しかも、乱雑なやり方で。

 いや……術技(スキル)を取り出す方法なんて、誰も確立できていない。

 だから……犯人は練習も兼ねて、フィニロットさんから。

 フィニロットさんは……その右目が術技(スキル)の発動媒体でした。

 だから。

 ……。



 彼女の右目が、抉り抜かれていた。



 ──必ず。

 見つけ出して、同じ目に遭わせる。

 そして、……術技(スキル)が物理的に奪われたことによってこの植物状態だ、というなら。

 術技(スキル)さえ、奪い返すことが出来れば。

 彼女の目を、奪い返すこと。それが。僕の──僕の願いなんです。


 ……さらに。

 これは、本当に最近分かったことですが。


 フィニロットさんをこんな目に遭わせたのは……《雷の翼》の誰かの可能性が高いということ。


 だったら。


 ◆ ◆ ◆


 彼女を元に戻す為なら、何だってする。

 誰をも嵌めるし、誰をも裏切る。

 誰にだって尽くし、誰にだって嘘を吐く。


 だから。


「──ジンさん。助けて下さい」


 僕は隊長のいる、宿場の町に来てました。

「あ、ぁ?」


「ナズクルを裏切って、フィニロットさんを救いたいんです。

どうか協力を……と、その前に。すみません。一ついいですか?」

「なんだよ」


「……その。何故、隊長とハルルさん、喧嘩でもしました?」

「あぁ??」

「なんか、空気感がちょっと違うような」


「「…………」」


 ユウから見て。

 ジンとハルルはなんだか落ち着かないように見えた。

 というのも。──……詳細は【23-05】【23-06】を参照していただき。


「わ、私、お母さんの手伝いしてくるッス!」

「お、おう。じゃあちょっとコイツと話、お父さんに部屋借りる」


 ──ここまで来て、ようやくユウは頷いた。納得した、というべきか。


「……あー。そういう感じで。赤飯でも用意してくればよかったで──ぎゃん!」


 ジンの加減の無い右拳が炸裂。

 ユウの左腕は枝でも割れたような激しい音がした。



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