【総集編】帝国侵攻【42】
◆ ◆ ◆
──ジンとヴィオレッタ、それからガーは城壁の港に来ていた。
「あれ。珍しいな、ガーと一緒じゃないのか」
客間のような場所に、ヴィオレッタが居た。
大きめの椅子に腰かけたヴィオレッタは丁度、一ページ分、本をめくった。
「多分、煙草吸ってるんじゃないかな。外で」
「ああそう。いつも通りだな」
「うん」
ジンは粗雑な椅子に腰を掛けた。
「浮かない顔」
「……ああ。散々だったからな」
珍しく愚痴を漏らたジンを、ヴィオレッタは横目で見た。
「何が?」
「さっきの勇者だよ」
「勇者? へぇ。何、強かったの?」
「いいや。まぁ磨けば強くなったかもしれないけどな。
人質取られるわ、会話被せられるわでいい気分はしなかったな」
「ああ。そういうことね。くすくす」
センスイさんが危ないかもしれない。そう気づいたヴィオレッタがジンと共にセンスイを追った。
そして、戦いの痕跡を見つけ──殺されたセンスイを見つけた。
そのセンスイの遺体は激しい損壊はしていなかった。
そしてその手に握られた『講和会議の参加リスト』から、ジンたちは気付いた。
ナズクルたちが水面下でそのリストに名前を連ねる族長たちを殺して回ろうとしていると。
それ故にすぐさまジンとヴィオレッタは単独行動の予定だったセレネのいる城壁の港へ来たのだった。
来た時は、ハルルがティスを退けた後。
倒れているハルルたちをヴィオレッタに預けた後、ハルルたちを討ちにティス隊『RuDS』の勇者たちが押しかけて来た。
それをジンは一蹴。したのだが。
「くすくす」
「んだよ」
「──『散々だった』なんて言葉、貴方から出るなんて面白いと思って」
「……ぁ?」
「当てようか。──むしゃくしゃしてたから、やり過ぎたんでしょ」
「……それは」
実際、図星だった。
勿論、手加減こそしたが──やり切れない怒りをぶつけたのも事実。
二人は互いに視線を合わせずに押し黙る。
ヴィオレッタは本をめくり、ジンは窓の外を眺める。
先に口を開いたのは、ジンだった。
「イライラしていた。だから、悪いことをした気もするな」
ジンの言葉に、ヴィオレッタは目を少し閉じた。
「……ごめん。ジン。──私。今、イライラしてた。
だから、貴方を傷付けるような言葉を選んだ。ごめんね」
「ああ、気にしないよ」
「……私も、だから」
──ジンとヴィオレッタは同じ気持ちを味わっていた。
彼らに過失はない。だが、それでも。
関わったラッセル王とセンスイ婆は死んでしまった。
「守れるもの。……増やしたいな」
「くす。同じこと、言おうとしたのに」
暫くして、ジンは立ち上がった。
「どこ行くの?」
「見張り。さっきので全部追い払ったと思うけど、一応」
「そ。……素直に言えばいいのにね。動揺してるから一人になりたい、ってさ」
「その通りだって。──まぁお前程にベタな動揺はしてないけどな」
「……私が動揺? くすくす。面白いこと言うね」
「……本、逆さだぞ」
ヴィオレッタは言葉を返さなかった。
ジンは階段を昇って屋上へ。
その背を見送ってから、ヴィオレッタは自身の耳に付けているイヤリングに触れる。
銀白に磨かれた、狼の牙の形を模したイヤリングは──センスイ婆の作ったそれだ。
机の上で組んだ腕に頭を埋めた。
その細い肩が少し震えていた。
それから。
音を極力立てないように、その背を見ていたガーは、ゆっくりヴィオレッタに近づく。
これだけ無音に近くても、きっとヴィオレッタは聞こえるだろう。
だけど、それでも。音をなるべく立てないようにして。
ガーはそっと上着を背に掛けた。
「……ありがと、ガーちゃん」
「寒い、かなって、さ」
「……うん」
◆ ◆ ◆
──一夜明け。
世間は『ある事件』で持ち切りになっていた。
城壁の港を襲撃した事件──ではない。それはあくまで水面下。報道されることはない。
話題になっている事件。それは。
「帝国が王国に宣戦布告、か。大変なことになったな」
ジンたちが現在居る魔王自治領は、西の端である。
帝国は王国の東側。ここから最も遠い場所である。
にもかかわらず、即座に連絡が回る程の重大な事件だった。
「西号基地はその話題で持ちきりよん」
昨夜のチリチリアフロが既にストレートに戻ったヴァネシオス。
彼が西号基地から持ち帰った情報であった。
「ねー。帝国って?」 ヴィオレッタが無邪気に訊ねた。
「帝国って言うのはエイゼンシュタリオン帝国のことよ~!
王国の東側に面してる国! 人魔戦争時代もずーっと王国のことを敵視してるってことで有名なのよん」
「ふぅん。そうなんだ。凄い国なの?」
「軍事国家ではあるらしいわね。ただ術技後進国だから王国との直接戦闘は避けてた、らしいけど」
「王が不在になった、っていうニュースが流れたのが一週間前。
ずっと行方不明のままだ。だから、これはいい機会、って思ったんだろうな」
「でしょうね。帝国としてはずっと王国の東部農村地帯が欲しいらしいし」
その会話の中、ふとハルルが立ち上がって部屋を出た。
「おい、ハルル? どうした?」
「え。あ、えーっと、お手洗い、ッス!」
「ああ、そうか」
──そして、ハルルの様子がおかしくなった。
しかし、頑なに何も言わない。
まだ睡眠薬が抜けきってなくて、とか、センスイさんのことを引き摺っていて、とかそういう理由でごまかしたが、ジンはそれでも向き合い続けた。
「……魔族の方も、多く巻き込んで、こんな状態の中ッスから。その、言えなくて」
二人きりになって、ようやくハルルは胸の内を打ち明けた。
「──私の故郷、東の農村地帯、なんス。皆が大変な時に……家族が心配、なんて……」
「心配だろ。それは」
「だ、だけど。気にしないでくださいッス! 今はやるべきことが」
「家族を守ることはやるべきことだろ」
「そ、う……でも」
ジンはハルルの手を握った。
「行くぞ。ハルル」
「え。でも、どう、やって。ここは最西端ッスよ」
「東部なら、ヴィオレッタに言えば転移魔法が使えるかもしれない。
アイツの拠点はあっちにあったろ」
「でも武器が」
「ポムもここに居る。爆機槍の修理は任せられる」
「いや、その」
「ハルル。お前の大切な物は、俺も大切な物だ。家族は大切だろ。
だから──行こう」
「……はいッス!」




