【07】偽物の勇者【16】
『雷獣』、『勇者王』、『雷を纏う者』、『黄金の獅子』、『最強の勇者』……。
十年以上前、それら数多の称号と『勇者』という言葉は、『ある人物』を指す称号だった。
仲間殺しをするまでは、彼こそ勇者のあるべき姿と言われ続けた。
大陸全土に名を轟かせ、人魔精霊、種族問わず、誰もが知っている。
最強という名が相応しい──獅子の兜の勇者。
ライヴェルグ。
だが、これも、皆が知ってる事実。
「ら、ライヴェルグは死んだんじゃ」
オレが、言うと、貴族は高笑いを上げた。
「死の寸前、この僕が助け、皇国に匿っていたのさ!」
貴族の言葉に呼応して、ライヴェルグという大男は地を踏み鳴らす。
踏まれた地が割れ、雷が迸った。
すぐ、レッタちゃんが『気がかり』になった。
ライヴェルグより、オレはすぐレッタちゃんを見た。
レッタちゃんは──口だけ、笑んでいた。
「ライヴェルグ……」
そう──オレは、レッタちゃんに先日、耳打ちされたことを思い出す。
オレは、少し前に──レッタちゃんの目的を聞いた。
『どうして凄い術技を持った人を──探してるんだ?』
そんな質問に、レッタちゃんは──答えてくれたんだ。
──『私の大好きな 勇者を 生き返らせたいの』──
そう。レッタちゃんが、オレの耳元で囁いてくれた彼女の動機。
ライヴェルグを生き返らせたい……ってことのはずだけど、今、目の前に生きてる。
レッタちゃんは──。
あの口ぶりからすると、勇者に愛着があった。
だから再会出来たなら、それで、目的を達成──。
「身長、168㎝。体重、51㎏」
まるで呪文のように、レッタちゃんが何かを唱える。
ライヴェルグはレッタちゃんに近づく。
「いくら少女とはいえ、犯罪を捨て置けぬ。
このライヴェルグの持つ聖剣『テンプス』で、斬り払うが──」
まるで、巨鬼が扱うような大剣を軽々と振るい、レッタちゃんに突き出す。
レッタちゃんは、口元だけ笑ったまま、まだ何かを呟いていた。
「血液型はO型、流派は我流と言うが、本当は『天裂流』の師範に教えを振るわれた経歴を持つ。
更に、勇者パーティー内で仲間の技を多く修得。
結果的に、我流というより、ライヴェルグ流とでも言うべき形となる」
レッタちゃんが、背中しか見えないけど、分かる。
「気味の悪い少女だ。貴様など、斬り裂いてやる。
雷を纏えテンプスよ。……秘儀、『極雷閃』を味わうが──」
アッキャッキャッキャ!
聞いたことのない、狂ったような、笑い声がした。
発音も、アッキャッキャで合っていたのか、分からない。
曖昧で、ともかく、狂った笑い声。
そんな笑い声、誰が発したのか、分からなかった。
まさか、レッタちゃんが、こんな笑い声を上げるなんて。
「その名を騙るな、偽物が」
ライヴェルグも、貴族も、オレも、立ち止まってしまった。
レッタちゃんは、頭を抱えた。
そして、まるで寒がるように両腕を抱きしめ──両腕を掻き毟り、血を流し始める。
「【靄舞己衣】」
溢れ出た血が、蛇のようにうねり、自らの腕に巻き付き──レッタちゃんの両腕が真っ黒に変わる。
猫の手のようにしなやかで……悪魔の手みたいに、綺麗だ。
「に、偽物だと! 俺様は本物のライヴェルグ様だぁあっ!」
振り下ろされた大剣。
だが、レッタちゃんは身を少し動かすだけで躱した。
「偽物の勇者……。似てない芝居は、もう終わり」
ガキンッ。
鈍い音がした。
剣が、レッタちゃんの裏拳で、叩き壊された。
背中でも分かる。レッタちゃんが、怒っている。
「なっ! このっ」
「身長が違う」
懐に入ったレッタちゃんが、拳を胴に入れる。
胴鎧が、砕け跳ぶ。
「声質が違う。もっと低い。武器の名前が違う。テンプスじゃなく、テンプス=フギト」
ライヴェルグの左腕が吹き飛ぶ。
目にも止まらぬ速さで、飛ばされた腕が炎に包まれる。
「構えが違う。上段構えが主。獅子の兜の意匠が違う。もっと、鬣がある」
拳が兜に突き刺さる。二発で罅が、三発目で変形し。
四発目で、兜が砕け散った。
出てきた男のむき出しの間抜け面を、思い切り握る。
あの黒い両腕は、どういう仕組みかは分からないが、腕力を上げているのか。いや、魔法を伝達しているのかもしれない。
とにかく速い。そして、狂暴だ。
「何より……何より!」
怒りを全てぶつけるかのように、ひたすら、レッタちゃんは男を殴る。
「こんなに、遅くない。こんなに。こんなにっ」
顔が変形した。生肉がぶつかる独特な音と何かが割れる……骨が折れた音。
靄の黒さが薄くなる。
レッタちゃんの腕の色が元に戻る。
「【靄舞】──己衣!」
今度は、右腕だけが黒くなる。
その黒い右腕が、風景に滲んだ。まるで、空気に溶けたみたいだ。
レッタちゃんは、思い切り振り被った。
「ひ、ぎ。やめっ」
「こんなに、弱いはずがない!」
更に顔面に拳が突き刺さる。
ノーバウンドで館の壁に激突した。
壁に減り込んだ男の顔に……黒い靄が、まるで炎のように出ているのが見える。
レッタちゃんが、両手を綺麗な水平に広げた。
偽物のライヴェルグの顔が、膨らみ始める。手も、足も。
「その靄は、十秒も掛からず膨張し、内部で結晶化する。
そして、体内の水分を吸収し、爆薬を作り出す」
「あ、あひっ。やめっ」
「砕爆」
橙色と黄色と、赤の発光──内側から爆発した。
肉片を、血潮を、汚い皮脂を撒き散らかして。
アッキャッキャッキャッキャ!
自分の顔を押さえて、レッタちゃんは、笑っていた。
さっき殴った時に付いた、返り血まみれで笑っていた。
「レッタちゃん」
「ガーちゃん。なぁに? あ、笑い方が変なだから心配した? 私も下品だって思うから、いつもは──あや?」
オレは……なんだか、分からなかったけど、レッタちゃんに駆け寄って、抱き締めていた。
「……? ガーちゃん?」
「いや……その」
「セクハラ?」
「ち、違う! 他意はないんだがっ」
そう、説明できなかった。
可愛いから、つい抱き締めた、という下心……いや。
違うか。
「なんか、レッタちゃんが、消えちゃいそうな、そんな気がしたから」
「……くすくす。変なガーちゃん。意味わかんない」
意味わかんないけど、ありがとね。
そう言って、オレの胸にレッタちゃんは額をごしごし当ててきた。
『その、イチャイチャしている所あれなんだが……あの貴族、なんか逃げたっぽいぞ』
「……それは、本気でダメだね」
レッタちゃんがオレからは離れ、背中から黒い靄を生み、骨の羽を生やした。
『大丈夫か。靄舞は、使用しすぎると』
「大丈夫。まだまだ使えるよ。ね、師とガーちゃんは、外から逃げないように見張ってて」
『ああ、分かった。でも、大丈夫か? この屋敷は相当広そうだが』
「くすくす。それは大丈夫だよ。例え、霊安室の棺に隠れてても、見つけ出して殺すから」
レッタちゃんは、天使みたいに微笑んだ。




