【総集編】魔族七部族『虹位七族』【39】
◆ ◆ ◆【20】◆ ◆ ◆
魔族には七つの部族が存在する。
それぞれの部族は色の名を冠しており、虹の七色に準えて、虹位七族と呼ばれる。
赤守、橙陽、黄月、緑飼、青陰、藍枢、紫斎の七族。
各部族は歴代、魔王腹心の座を巡り、血で血を洗う戦いを続けて来た。
それ故に、基本的には、部族間の関係は最悪である。
一部例外として、現在族長同士が夫婦となっている二部族はある程度は良好な関係となっているが、他の部族間は剣呑としているのが常である。
「流石に全部族の商人を一週間で、ってのはきつかったな」
「いえ! ライヴェルグ様のおかげだったのだ! です!!」
「主に王子の存在がデカかったけどな。対等な関係を結ぶ約束をして回った訳だし」
「微力ながらお力になれて本当に幸いだったのだ! です!!」
──一週間で、七つの部族に承認を得た。
ヴィオレッタを魔王として担ぎ上げることを。
族長たちは最初難色を示すんじゃないか、とジンたちは思っていたが、状況を説明したら割とすんなり協力してくれた。
まぁ、言われれば当たり前である。
現在のトップである『12本の杖』が王国参謀府と内通していたという事実。
王子が直々に逃げ延びて、対等な条約を必ず結ぶというお墨付き。
突飛でこそあったが、王子がここに居るという事実が何よりも重かったようだ。
結果として、族長たちは新魔王を受諾。
──魔王の座をめぐるいざこざもあるのかと思ったがそれもヴィオレッタが娘を自称することで解決。
(ちょっと力技だった部分もあるが、結果としてまとまって良かったわ。
まぁ……それより)
「……あのさ、王子」
「はいなのだです!」
「その、謎の敬語、やめない?」
「い、いい、いえ! 敬愛するライヴェルグ様に、タメ口など、できないのだ! です!」
(立場的には俺が本来は敬語をするべきなんだよなぁ)
──ラニアン王子にジンは、自身がライヴェルグであると伝えた。
結果、ずっと王子がこの調子である。
「分かるッスよ! 私も最初は震えながら会話したものッス!」
「嘘吐け。滅茶苦茶に普通だったろうが……。ったく。
王子。俺は、便利屋のジンっていう名前が気に入ってるから、ジンって呼んで欲しい」
「わ、分かったのだ。ジン様」
「いやその。……なんというか、様は無しで頼むよ。王子は王族で俺は庶民だしさ」
「むぅ」
「それに、ほら。仲間で敬語って変じゃんか」
「……な、かま! 仲間なのであるか!?」
「え、仲間、だろ?」
「おおっ! 仲間なのであった! 嬉しいのだ!」
(飛び跳ねてる。こういうのは子供っぽくて可愛いな)
「では、その……仲間になったお祝いに、これにサインをお願いしますなのだ」
「文脈がぶっ壊れてるんだが???」
「仲間なのにサインして貰えないのだ!?」
「いや、仲間ってサインし合わないというか」
「サービスは無いのだ!?」
「サービスて」
「ペンで一筆、20秒もかからないのに、ダメなのだ!?」
「いや、それは」
「お願いしますなのだ!」「お願いしますッス!」
「わ、分かった分かった。っていうかしれっと隣に並ぶな」
◆ ◆ ◆
青陰族の族長は、老婆である。
縮み丸まった背で、太い杖を付く。青白い髪を蓄えた老婆。
センスイという名前の族長である。
「センスイさん。ユウは任せました」
ジンは軽く頭を下げた。
「ああ。任せときな。もう二度とシャバの空気は吸えないように最下層の牢獄にぶち込んでおくよ」
「本気で僕を水遠の牢獄にぶち込むんですか?! 僕はまだ情報とか持ってるし有効活用できますよ!」
ユウだけに! と叫んでいるのを黙殺し、センスイはユウを引き摺って歩き出した。
「よかったんスか? ユウさんから情報を引っ張り出さなくて」
「まぁな。言っちゃえば俺たちに情報を精査する方法が無いんだよ」
「??」
「ヴィオレッタの心音を読む力で嘘探知をしたとしてもな。
例えば、嘘は吐いていない真実だけど重要なことは隠した情報、とか貰っても、暴いたりする術がない」
「うーんと」
「情報の持ち腐れになる、ってところかな。
で、なんか不審なことされる前に牢獄にぶち込んでおくのがベストだ、ってな」
「なるほどッス」
──ふと、老婆センスイの前に一人の女性が、本を読みながら向かってきた。
すらっと背の高い長い金髪の女性。ジンすら二度見する程に、美人。
整った顔立ちとはこのことを言うのだろう。
作り物のような顔と言ってもいいだろう。それくらい、非現実的な程に美しい女性。
黄月の族長──セレネである。
彼女は読んでいた本をぱたんと閉じた。
「──センスイ様。私が、護衛を」
鈴のように凛々しい声だった。
しかし、センスイは溜め息を吐いてから首を振る。
「セレネ。アンタは別の仕事もある。こんなとこで油売ってないで自分の仕事をしな」
「……センスイ様」
「それに、護衛はもっと暇な奴を見つけてるんだよ。なぁ赤いの!」
「おや。酷いですな。暇ではありませんぞ」
──タイミングよく外の扉を開けて出て来たのは、赤黒い髪の男性だ。
特徴的なのは目を覆っていること。赤守族は皆そうしているらしい。
「なぁに言ってんだい。さっきまで外で呆けてた癖に」
「はは。見られておりましたか。馬の世話をした後は必ず空を見上げたくなるものでしてなぁ」
「ん? 空を? その目で見れるのかい?」
「ええ。存外、見れまする故。
さて、骸鳥馬の準備は出来ております。早く行ってしまいましょうぞ」
「ああ、ちょっと待っとくれ。寄る所があるんだよ。あんた先にこれを運んで馬車に乗っといてくれ」
「寄る所? ええ分かりました。これを運んでおきます」
「だーかーら! 僕ぁこれじゃなくてユウって名前があるんですぅ!!
というか何度やらせるんだこのくだり!!」
◆ ◆ ◆
骸鳥馬というのは魔物の一種である。
天馬のように空を飛ぶ生物だ。
体は痩せた馬。頭は、鳥の頭骨に皮を張ったような顔。夜道で突然現れたら誰でも叫び声を上げてしまうような恐怖をそそる顔をしている。
また、体躯こそ細いが、力は強い。一頭で人間五人も十人も運べるそうだ。
空を飛ぶ。だいぶ進み、空に満月が上った頃、ユウは溜め息を吐いた。
「ぁんだい、ユウ。詰まんなそうな顔をしてるじゃないか」
「いえいえ。そういう顔ではなく、なんといいますかね……警告、といいますか」
「警告だあ?」
「はい。最も敵に狙われやすいのは移動中だと聞きますよ?
赤守の族長と、センスイさんのみ。たった二名じゃなく、もっと護衛を固めるべきだったのでは?」
「はっ。あたしの前で暴れ出す気かい?」
「何を言ってるんですか。僕ぁ、貴方の前で暴れ出しませんよ。恩義もありますしね」
「はん。恩義ねぇ」
「ええ。大人しくしてますよ──『僕ぁ』、ね」
──瞬間、馬車が左右に大きく揺れた。
岩肌を滑り落ちて浅い川に落下する。
間一髪、生き延びたのはギリギリでセンスイと赤守の族長が魔法を使って落下を緩和したからであろう。
馬車から飛び出したセンスイは、空を飛ぶ馬車を叩き落した相手を睨みつける。
「久しぶりじゃないか。え? 『変質的連続殺人犯』──『骨羽神』ルクスソリス」
「あはっ。変質的連続殺人犯、ってひっどい名前で呼ばないでよね~」
大きな満月を背にして、赤い唇を舌で舐めながら笑う女性。
野生の羊のようなくるくるした髪。端正な顔立ちに大きな眼鏡と金色の目。
妖艶。そして、獰猛。
その顔を見て、ユウは僅かに動揺した。
(誰かが助けに来ると言う算段でしたが、まさか──ルクスソリス。
ナズクルさん、この方を解放したんですか。ルクスソリスは、制御なんか──)
「やぁやぁ、ユウくーん。四翼衆の大先輩であるこのお姉ちゃんが助けにきたよ~」
「! あれは、死んだ筈の犯罪者っ!」
赤守の族長は前に出てルクスソリスを視界に捉えた。
「あ、そーなの? 私って死んだ扱いなんだ?
ま。どうでもいっか。とりあえずお婆ちゃんもそこの族長も死──……?
──??」
ルクスソリスはその異変に気付く。
声が出せない。
「もう我が瞳の術の範囲ッ! 【舌焼】! 言葉を喋ることはもう出来ぬぞ!」
「! 赤いの! 手を出すんじゃ──」
──センスイが声をあげるより素早く。
「────☆」
ルクスソリスは赤守の族長の目の前に立っていた。
にこっと微笑み、その手に握った骨のナイフの、先端に付いた鮮血をぺろりと舐める。
鮮血の出所は。
赤守の族長はおもむろに首筋を押さえた。同時に。
噴水のように。真っ赤な血が川辺に飛び散った。
「かっ──は」
ユウは目を見開く。
(今のは……『風渡り』の魔法だ。自身の体を風と同化させて移動する超高速移動魔法。
隊長が使う雷化と原理が同じ魔法だ……それも、術技を使わずに制御するなんて)
「こんな完成度の高い風渡りを使えるなんてね。あんたの魔法の腕、落ちて無いみたいだね」
「あは。そりゃね。てか、魔法なんて一度覚えたら腕が落ちるとか落ちないとかないしね」
「……傲岸不遜。あんたは昔から、そういう態度だったね」
「昔話するなら、美味しいケーキを用意してね~。ココアと赤緋ベリーケーキしか勝たん~」
「そうさね。昔話なんてする気はないさ──『ぬめり水の檻』」
ぽよん、という音と同時にルクスソリスの前身をゼリーのような水の塊が覆った。
空気を吐き出しながらすぐさまルクスソリスは手を伸ばそうとするが、遅い。
「『泡の渦』」
センスイが手をぐるんと回すと、ゼリーの中のルクスソリスもぐるぐると回される。
「『溺没の結び』」
ルクスソリスの手が、まるで紐で結ばれたかのように後ろ手に結ばれた。
空気がどんどん抜けていくのが見て分かる。
「打撃や斬撃っていう痛みはね、限界はあるが訓練次第で耐性は付けられるそうだよ。
最も、耐性が付き辛いのが、溺没の拷問だそうだ。
生物は溺れ死にという根源的な死の恐怖には抗えない。
死の恐怖の縁に立てば、あんたは魔法も術技も発動なんか出来なく──」
センスイは、その顔を見て──額に汗が流れたのが分かった。
ルクスソリスのその顔は、苦しみ悶えながら──
「 ── ── ぁ ハ」
──笑っていた。
そして、水が膨張。白い煙となって爆散する。
(っ! 皮膚が焼ける。これは、熱)
「四翼衆にはそれぞれ自分以外に再現できない『翼』って呼ばれる固有の魔法を持ってるの。
──私の固有魔法の名前は『火葬』」
センスイが次の魔法を選ぶより、彼女の行動は圧倒的に素早かった。
異質な程に白い骨の手が──センスイの腕を掴んだ。
「炎熱系魔法の最高火力。あはっ☆ ぶった切れ~」
それは。
パンパンに詰められたソーセージが、加熱に耐え切れず割れたような音。
それは。
細い紐を束ねた縄を一気に引っ張り引きちぎったような、ミチミチとした音。
それは。
センスイの腕が焼き千切られた音。
二の腕から先が熱断され、転がる。
ルクスソリスは自身の首筋を掻きながら、あはっと笑う。
今、彼女が何を考えているか、その開き切った目を見れば誰であろうと一目瞭然だ。
ケーキの最後の一口を、どう味わって食べようか。
どんなふうに切り分けて、どの部位から口に運び、どう風味を嗅ぎ分けよう。
どう切断して、どう分断して、どう焼こう。
どこから潰して、どう神経を引きずり出し、どう血を撒き散らして。
どこから楽しもうか。
「ルクスソリス様」
「あ。ユウ。忘れてた。いたんだ」
「申し訳ございません。助けに来てくださって。本当にありがとうございます」
「うん」
「後は戻ってこれから──」
「あー、それはいいけど、ちょっと待って」
「はい──」
焦げる。しゅうぅと音が鳴る。
ユウに──激痛が走った。だが、ユウは一切、その笑顔を崩さない。
ルクスソリスがユウのもみあげを掴んで、皮膚ごと焼いている。
人肉が焼ける深いな臭いの中、ルクスソリスはキラキラと笑う。
「なんで割って入って来た? 今、いいトコなんだけど」
「……ルクスソリス様。目的は」
「あのさ。この婆ちゃん、あんたの一族だから大切なのはわかるんだけどさ。
もっと大切な物、わかる??」
「ルクスソリス様のご趣味、でしょうか」
「分かってるじゃん。そう。そうなんだよね。だからさ。
何、間に入って来てるんだ、死にたいの? ねえ。死にたいのかなあ?」
「──無駄な殺害は、する必要が無いと判断しているだけです。
ここで表立って殺せば、僕らは思わぬ強敵と戦うことになってしまう。
それは避けたい。そう思いませんか?」
「……」
ユウは身動ぎ一つしない。いまだ焼かれているし皮膚も溶けている。
それでも。ルクスソリスに向けた笑顔を崩しもしない。
「はぁ。分かった分かった。ごめんねユウくん」
ルクスソリスはユウから手を離した。
「いえ。理解して頂けたようで良かったです」
「だけどさ、ユウくん。ナズクルが言ってたんだよね」
「はい?」
「秘密裏にならぶっ殺していいって、さ☆」
すぱん。
とても、簡単な音だった。
ルクスソリスは自身の白骨化した指の一本を弾丸のように飛ばした。
そして、センスイの眉間を撃ち抜いた。
その一撃は、彼女の頭の半分を消し飛ばした。
「ひゅう♪ ヘッドショット決まったぜ♪
ね、ユウくん、見た見た? 上手に決まったんだけどさー!」
だがユウは答えない。
「ねー、だんまり? どうしたー? あ、顔、痛くなっちゃった?
ごめーん、焼き過ぎたね。今治療魔法を──」
ルクスソリスが手を伸ばした。その手を。
ぱんっ、と弾き飛ばした。
「あ?」
ルクスソリスの目が、見開かれた。
「……ユウくんさ。『戦場』で何十何百と同じことを目の当たりにしてきたんじゃないの?
というかあんたは殺してきた側だよね?」
「……ええ。そうですよ」
「今更まさか『自分の身内だけは殺さないで欲しい』なんて、くだらない妄言を吐こうとしてる??」
「いえ。そんな甘いことは言わないです。言わないですが」
「……」
「殺す必要、無かったろ」
「ユウくん。──……誰に向かってタメ口利いてんだァ?」
「誰彼構わず殺すお前は。お前はただの快楽殺人犯だッ! お前なんか──ァぐ!!」
「誰に向かって口利いてる? 今、この瞬間、火葬してもいいんだけど」
ユウの口を塞ぎ、ルクスソリスは苛立った顔でユウを睨んでから。
ぱっと微笑んだ。
「──なーんてね! 私は寛容で明るい素晴らしい上司だよぉ!
タメ口利かれようが、舐めたこと言われようが、気にしません~。
んでもって、冷静に現状をお伝えして、ユウくんを助けてあげます~わぁ、私優しい!」
「離っ──」
「黙って聞いてろよ。私の最後の譲歩なんだから」
「っ」
「ユウくんさぁ? 何が大切? 古巣の青陰一族? それとも自分の感情?
はたまた──貴方が愛してる植物状態のご主人様??」
「な──んで」
「知ってるよ。ナズクルから聞いてる。ご主人様を治す為になんでもやってるんでしょ?
すんごい良いと思うよ。──ならさ」
ルクスソリスは、ユウの胸倉を掴んだ。
「なんでもやれ。誰を殺すのも見殺しにするのも。
なんでもやる、っていうなら、なんでもやるんだよ。当たり前のことだろ。え?」
胸倉を話してユウをどつくように押した。
ユウは、俯いてから、唇を噛んだ。
「すみませんでした。僕は──フィニロットさんを、元に戻すことが、最優先です。
誰が死んでも。誰を見殺しにしても……。その為に、ナズクルさんに協力、してるんですから」
「うんうん。じゃあ」
「なんでもします」
「──あはっ☆! よかった! その回答を待ってたよ!
これで仲間でいられるね~! ああもう、本当に良かったよ、ユウくん☆」
「はい」
「じゃ。死体、岩で潰すなり何なりして隠蔽しといてね~火葬してもいいけどさー。
──ユウくん自身の手で、死体損壊するところ、見たいんだよね」
「……はい。お見せします──【鉱氷】」
岩と氷が雨のように降り注ぎ──そして岩盤が真上から落ちる。
まるで隕石でも落ちたような激しい衝撃の後、真っ赤な血が川に流れた。
それを見てからルクスソリスは、楽し気に笑う。
「やるじゃん! ちょっと見直した☆」
「ええ、ありがとうございます。……では、行きましょうか。王城へ」
「だねだね~!」




