【総集編】水面の下【38】
◆ ◆ ◆
王国の世論は戦争開戦止む無しというムードが高まっていた。
ナズクルたちが主導となって流した噂によるものだ。
王と王子を拉致したのは魔王の弟子である。
魔族たちは今、王国転覆を計って軍事力を集めているのだと。
ナズクルたちは既に裏で手を回し、魔族の現頂点である老王を手中に収めていた。
後は全世界の注目が集まる魔族自治領発足式典で、老王に戦争を宣言させれば戦争が始まる。
ナズクルの目的の為には、戦争が必要だった。
ナズクルの目的は──術技を作ること。
何の術技を作るのかは誰も聞けていない。
劣悪な環境に生まれた人間はそれに順応する為の術技を発現させる可能性がある。
だから、戦争を起こして、理想の術技を持った者を生み出そうとしていた。
ナズクルが最も危惧していたジンたちは共和国へ逃げ込んだと情報を得ていた。
パバトとティス、それから幾人もの情報勇者たちが確認したのだから間違いがない。
──それがルキによる偽装魔法で、全員が騙されていたのはこの時知る由も無かった。
戦争が開戦してしまえば、いかにジンたちでも止める方法はない。
だから急いだ焦りもあったのだろう。
そして迎えた式典で──魔族の老王が立つべき場所にたったのは。
「馬鹿な。共和国にいるんじゃ、ないのか」
そこには、ラニアン王子と、ヴィオレッタが並んで立っていた。
「魔王フェンズヴェイの娘。ヴィオレッタだよ。今日から魔王になったからよろしくね」
堂々とヴィオレッタが嘘を混ぜつつも魔王になったと言い。
「王と王子が誘拐されたって凄い世間で騒がれてるけど、王子は誘拐されていないよ。
誘拐されそうな所を助けて、私たちが匿ってた!
だけど、王様はどうなったか分からないから、探すのに協力するよ」
(いけしゃあしゃあと嘘をっ)
「だから戦争はしない。そして」
別の場所にいたナズクルは、即時に王子の回収とヴィオレッタの排除を命令した。
しかし、取り囲んだ勇者たちは稲妻一閃、排除される。
「──力で『誰か』を排除しようとするなら、容赦はしないよ」
黒い獅子の全覆兜、黒い鎧の男。
「ね、ライヴェルグ」
「──ああ」
ライヴェルグがそこに並び立った。
◆ ◆ ◆
「ライヴェルグを敵視する人間は多いが、同時に……その強さは知れ渡り過ぎている。
勇者の士気を挫くのに分かりやす過ぎる程に、な」
開戦の宛てが外れたナズクルは、新しい魔王の言う対話に応じるしかない状態となっていた。
「ふぅん。──もう余計なことを考えずに進軍するのは駄目なんですか、先輩」
恋という名前の糸目の金髪男がナズクルに問いかける。
「いいや……動かせる勇者にも感情がある。
……こちらに大義名分が無ければ存外、戦いは成立しない」
「ああ、そうなんだ。でも、王子奪還の大義名分があるんじゃない?」
「その王子が対話を呼び掛けているんだ」
「なるほどね。じゃあ打つ手なしで交渉開始って感じかな?」
「……いいや。交渉はする気はない」
「へぇ。そうなんだ?」
「ああ。──表立って出来ないのならば、水面下で殺して回る」
「おお、そうするんだ。いいね。
恋はそういうの嫌いじゃないね。で、殺して回る、って言うけど、誰を殺すの?
ヴィオレッタを殺す気なら」
「いいや、ヴィオレッタはどうにか仲間に引き込みたい」
「おお。やっぱりそうなるんだね」
「ああ。本質的には協力出来る筈だからな、俺たちは」
「じゃあ殺すのは」
「ヴィオレッタの取り巻きだ。幹部のような動きをしている族長だの仲間だのを殺す」
「ナズクル先輩、酷いなぁ」
「酷くないさ。──この世界よりかはな」
「なんか随分、詩的な言い回しだ。あの賢者みたいだ」
「……」
「でも新しい魔王たちと水面下で殺し合うのは分かったんだけどさ。
戦力的に勝てるのかなあ? 相手はあの──」
「増強する」
「増強?」
「ああ。……幽閉された囚人を使う」
「渡り合えるような囚人居ましたっけ、あの最強勇者と」
「渡り合えるというよりかは、殺されない囚人だな」
「?」
「魔族の存在の中でも唯一、直接的に死を操る魔族。
処刑が不可能だから、処刑したことにして鎖に繋いだ──骨羽神」
「ああ。パバトと同時期の」
「ルクスソリス。……戦闘面ではジンに敵わないだろうが……戦力の増強にはなる」




