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【総集編】Chapter 7 : 打と拳【35】


 その日の王都は様々な場所で戦いが行われていた。

 しかしながら、今、同時に起こっている戦いは全て終わったか、終わりに向かっていた。


 あの宿屋で行われている戦いもそう。

 たった今、滝でも生まれたんじゃないかという轟々とした水の音がした。

 合わせてハルルとガーのジェットコースターでも乗っているような叫び声もしたが。


 ……その戦いは、置いておくとして。


 ()()は、まるで風だった。

 黒い闇が木の葉を巻き上げて、王城から飛び出していた。

 その風は笑っていた。汚染された川の底から生まれる腐った油の泡のように、薄汚い笑い声だった。

 闇は、巨漢の影だった。ぶひゅひゅと笑う風の影が、ぬらりと闇夜を縫って走り去った。

 

 ◆ ◆ ◆【19】◆ ◆ ◆

      父と子

 ◆ ◆ ◆ 7 ◆ ◆ ◆

 Chapter 7 : 打と拳


 パバト・グッピという大男がいる。パバトは魔族であり、変態である。

 しかし、ただの魔族でもない、ただの変態でもない。


「何者……なの、よ、あんたぁ……」


 地面を這いつくばり、血反吐を吐いたのは、ヴァネシオス。

 彼女(かれ)は体を痙攣させるように震わせながら、何とか立ち上がる。


 目の前の巨漢の男は──首が真後ろに折れている。


「首、折れても死なない、なんて……生き物としてどうか、してるわよっ」


 ごきゅ、と音がすると、首が元の位置に戻る。

 涎が垂れた口元、四角い眼鏡は顔に食い込んでおり、にやついた目が嬲るように周囲を見た。


「ぶひゅひゅ。酷い言い草だぁねぇ」


 ──パバトの術技(スキル)は【物質変形(クレイモルフォーゼ)】という。

 物質を変形させる能力である。自分以外の生物の形は変形させられないが、無機物であれば変形させられる。

 そして、今も──彼はその手から生み出した、鮮やか過ぎてこの世の物とは思えない程のピンク色の液体を、氷柱のように鋭く変形させて投げ付けた。


「っちっ」

 ヴァネシオスは瞬時に避ける。

 地面に突き刺さった氷柱は泥のように溶けて泥濘を生んだ。


「ほらほら、次だよぉ!」

 避けながらヴァネシオスは好機を伺うが──彼女(かれ)は理解していた。


(相性が、悪すぎるわっ!!)

 ヴァネシオスは、人体を知り尽くした筋肉魔女男(マッヂョマン)である。

 近接格闘が主体。接敵して人体の急所を破壊する戦法を取る。


(魔法系の相手は本当に無理なのよっ!)


 回避に専念しながら何か突破口を見つけようと探る。

 パバトの投げてくる毒の氷柱は幸いなことに簡単に回避は出来る。


(でも防ぐのは絶対ダメね。あんな自然界に無い不自然な色。超、毒よ)


「ぶひゅひゅ~。ゴリラの癖に躱すの上手じゃないですか~」

「はんっ! この美形の顔がゴリラに見えるなんて、貴方全然センス無いわねっ!」

「ぶっひゅぅ~、鏡を見るか眼科へ行くべきですなぁ~」

「ぶっ殺すッ」

「出来るならやっていいでぇすよお。ああ、でもその前にさぁ。

その攻撃、避けていいのかなぁ~? ぶひゅひゅ!」


 即時、気付く。

(しまったっ! ──こなクソぉおお!!)



 剛腕。丸太のような腕で氷柱を殴りつけた。

 同時に氷柱は液体に戻り、ばしゃっと勢いよく、ヴァネシオスの腕を濡らした。



「ぶひゅひゅ! 避けないで殴って防ぐって、毒だって分かってたのにねぇ!

凄い覚悟だあ! ぶっひゅっひゅ!!」



「お、オスちゃん殿ッ!」

「っく。大丈夫よ、王子。……もっと下がってて」

「ご、ごめんなのだ。こっちなら安全だと思って」

「いいえ、大丈夫よ。……」


 そう。ヴァネシオスが回避してしまった先は、王子と王の目の前だった。

 拉致したその王は、まだ意識を取り戻しきれておらずぐったりしていた。


 回避したら、その毒の氷柱が二人に当たる。その位置取りに誘い込まれていた。


 針に刺され続けているような痛みにヴァネシオスは顔を歪める。

 歯を剥き出しにして、パバトを睨んだ。


「ぶひゅひゅ。運が無かったですねぇ、ゴリラオカマ」

「……貴方、滅茶苦茶に……戦闘慣れ、してるわね」

「ぶひゅ?」

「わざと、誘導したんでしょう? 王子ちゃんも、(あたい)も」


「──さぁ? どうかなぁ」


「っ……」

(この男、ただの魔族でもない、ただの変態でもないワネ。

……間違いなく、超一流の……)


 瞬間、パバトの巨漢が空中に跳び上がった。まるで風船の空気が抜けた時のようにぐるんぐるんと円を描きながら。

 そして、目で追えない挙動のまま、ヴァネシオスに突っ込んでくる。


「『禁欲粉砕の毒拳法(ラブ・ベノ・フォーティーエイト)』」


 ふざけた技名に気色の悪い顔。

 しかし。


「っ──! 『正打が──」


「『濵千鳥(跳び側面手刀)』」


 まるで水鳥が翼を広げたような見事な側面手刀が、ヴァネシオスの顔面へ迫った。

 間一髪、動いた左腕でその一撃を防いだ。

 その腕から、軋んだような嫌な音と肉が焼ける音がしてヴァネシオスは顔をしかめた。


(何千回も……この技を練習しなければ成し得ない速度。

認めたくないけど……技の精度(キレ)だけなら芸術品、ね……っ痛!! 何、この、毒っ!)


僕朕(ぼくちん)の得意魔法は分かってると思うけど毒。その中でも!

その毒は僕朕(ぼくちん)が特別に調合した猛毒の魔法だよぉ!

皮を剥がれたような痛みと、皮膚の下をムカデが這うような感覚があるはずだあ!

欠陥が脈打つ度に掻き毟りたくなると思うがおすすめしないよ! どんどん痛く、そして痒くなる!

そして猛毒でありながら、鎮痛物質も調合されているからねぇ! 優しさじゃあない!

人体は痛みを感じすぎると痛みを遮断してしまう! だからギリギリ! 

痛覚の遮断が起こらないギリのラインで痛みが続くという猛毒さ!」


 饒舌にパバトが語る。

 ヴァネシオスは唇を噛んで意識を繋ぎ──焼け爛れた拳を構えた。


「拳を握っただけでも激痛だろうに。可哀想だねえ。ぶひゅぅ」

「あんたみたいな男は、嫌い、よ!」


 正面からヴァネシオスは突っ走る。

 引き絞った拳の右ストレートはパバトの顎に突き刺さった。


 しかし、パバトの目はにやりと笑う。


 ぐにゃりとした顎。まるで柔らかいゴムでも殴っているような感触。

 パバトは緩やかな動作でヴァネシオスの肩を掴む。そして足が掛かった。

 一瞬にして──ヴァネシオスの身体が宙を舞う。


 毒液の沼の中に、ヴァネシオスは背中から落ちて叫び声の後に意識を手放した。


「んー、やっぱり幼女の叫び声じゃないと駄目だなぁ。色気も純粋さも無くそそらないねぇ。

さて──と」



「ち、近づくなっ!」



 ラニアン王子が涙目で叫び、どこから持ってきたのかナイフを握っていた。

 震える手で持つナイフを見て、パバトはニタリと笑う。


「ぶひゅひゅ。怖いなぁ、そんな睨まないでよぉ」

 一歩ずつ近づき、にやにやと笑う。


「は、離れろっ!」


「──王子ぃ。今、僕朕(ぼくちん)たちは戦争の火種が欲しいんだよお」

「っ。知っているのだっ」

「だよねぇ。でね。ホントは別の方法での戦争開戦を考えてたんだけど、王子くんが王様拉致ってくれたおかげで別の作戦が出来そうなんだあ」

「な、に?」


「賊に王が誘拐された! そして無残にも惨殺された! その賊はなんと魔族!

魔族は危険だぶっ殺せ! 正義は人間にありぃ! ってね~。

そういう作戦に切り替えることにしたんだよ」

「っ! なら」


「王子ぃ。キミを殺すようには言われてないんだよねえ。

寧ろさ。キミが証言してくれたら嬉しいと思ってるんだよねえ!

ヴィオレッタちゃんが殺したって! ああ、ヴィオレッタちゃんじゃなくてもいいね!

そこのオカマでもいいし、誰だっていい! もしそれが出来るんなら、キミは殺さなくて済むなあ」

「な……んっ。そんな、こと」


「じゃあそのナイフで僕朕(ぼくちん)と戦うかい? 

僕朕(ぼくちん)は、キミを殺せとは言われていないけど、殺すなとも言われていないよ。

そんな玩具で僕朕(ぼくちん)を不愉快にさせるなら、分かるだろう?」


 王子の手は震えた。勝てる筈がないのは明白。

 それでも。


「ぶひゅ。王子、答えて欲しいんだよねえ。キミ、賢いだろお?

ならさ、そんな王、見捨てた方が国の為になる、って思わないかい?」

 パバトはにやにやと笑って言葉を吐き出した。


「アル中で薬中。先代王の政治と外交を受け継いだだけの能無しの王だ。

こんな愚王を命懸けで守る必要、あるのかな? キミの命を大切にした方がいいよ」


「愚王、だと」

「ぶひゅひゅ。そうだよ。愚王だ」

「……取り消せ、その、言葉……っ!

この人は、王国を少しでも良くしようと、努力してきたっ。

余方(わたし)は、見て来たっ。ずっと、近くで! 確かに、おじい様を越えることは無かったかもしれない。

しかし、戦後の復興にずっとずっと尽力してきたのだっ! 愚王じゃない! この人は!」


 血が滲む程に強くナイフを握って、王子は覚悟を決めた。


「王は──父上は、余方(わたし)が守る……!」


「いい、ね! 王子ぃ。キミの目、綺麗だ! いいなあ! そういう気高い覚悟を持った人間が好きだ!

厳密には!! そういう覚悟を持った人間が、ぐしゃぐしゃに泣きながら崩れ落ちるのが、大好きなんだよお!」

「あ、あああっ!!」

「『禁欲粉砕の毒拳法(ラブ・ベノ・フォーティーエイト)』」

 滴った数滴が地面を溶かす。


(あ、当たり前だけど、脅し、じゃないっ。本気、で。

いや、余方(わたし)も、本気だっ! 本気で、守るん、だっ!!)



「──退け、ガキ……。(おれ)の前に、突っ立ってんじゃねぇよ」



 どすん、と乱雑に、少年の体は横に突き飛ばされた。

 いつから、意識を取り戻していたのか、王は変わらないイラついた顔で王子を横目に見た。

 そして。


「『揚羽本手(両手正拳突き)』」


 ──パバトの毒の拳が、彼の腹を貫いた。


「ち、父上ッ!!」

「あーあ。急に割って入ってくるなんてなぁ。

困っちゃうなあー……殺す時はもっと魔族の仕業に見えるようにやらなきゃいけないのに」


 王子が悲鳴を上げた。パバトを睨みながら、王を抱き寄せた王子を見て、パバトは頬をポリポリと掻いた。

 その目。その鋭く強い目にパバトは溜め息を吐く。


「ぶひゅひゅ。懐柔したかったんだけどなぁ。仕方ないね。

やっぱ証言者は捏造しよ。王子、キミも死んどこうか。『|禁欲粉砕の(ラブ・ベノ──っ!」


 パバトの首に、腕。

 ヴァネシオスが後ろから、抱き抱えるようにその首を締め上げた。


「逃げ、なさいっ! 王子ちゃんっ!!」

「死にぞこないのオカマぁあ!」

「だらあああああっ!!!」


 パバトの首が真上に吹っ飛んだ。

 だが、ヴァネシオスは既に気付いている。その首がまだ繋がっていることを。

 千切れていない。まるで骨か血管か、生首に文字通りの命綱が繋がっている。


「早く逃げて、王子ちゃんっ!」

「そ、それは」

「いいから!」

「ぶひゅひゅ、これくらいの攻撃でさぁ。隙が出来るとでも思ったかぁい??」


 動きは最早、軟体動物の如く。

 鞭のようにしなった腕がヴァネシオスを平手打つ。

 飛び散る鼻血を拭いもせず、ヴァネシオスは拳を撃ち込む。

 グミのように柔らかいパバトの体にどれほどの掌打も無駄に終わる。それでも。


「はぁっ……はぁっ……っ!」


 肩で息をしながら、ヴァネシオスは膝を付く。

 腕の皮膚が、削げ落ちた。黒さが混ざった赤い血が、ぼちゃぼちゃと夥しい量零れていく。


「さて、デカいオカマちゃん──遺言は?」

「……死ね、変態野郎」

「ぶひゅ。皆、同じことばっかり言うなあ。つまんないね。じゃあ──もう用は。

……うん?」




爆機槍(ボンバルディア)!」




 パバトの腕が吹き飛んだ。

 その鋼鉄の槍の一閃を──パバトは驚きと怒りと──喜びで顔を崩して笑う。


「──ぶひゅ。ぶひゅひゅ! ぶひゅひゅひゅ!!!

その銀髪に、機械の槍! ああ、会いたかったですよぉお! 勇者のハルルぅう!!」


「私は合いたくなかったッスよ。パバト・グッピ」


「名前を憶えててくれるなんてぇえ! 嫁になる気マックス!!?」

「いえ。断じてあり得ないッス。そして、喋る気も無いッスよ!」


 爆機の炎が、開戦の狼煙となった。


 


 



◆ ◆ ◆

いつもありがとうございます!

すみません。先日の体調不良が未だに続いており、昨日は投稿できませんでした。

本日、投稿させていただきます。休みがちになってしまい誠に申し訳ございません。

そして、総集編が未だに終わらず本当に申し訳ございません……。

必ず本編に辿り着きますので、もう暫くお待ちくださいませ。

何卒、よろしくお願いいたします……!


暁輝 2025/3/2 0:45

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