【07】お前は、臆病で卑怯者だ【15】
◆ ◆ ◆
「た、大変ですトゥッケ様!」
領主に仕える召使の男が、ノックもなく領主の部屋を開け放った。
「何事です。ノックもせずに坊ちゃんの部屋を開けるとは」
白髪交じりの執事が目を吊り上げた。
「それが、そのっ」
召使が言葉を紡ぐより早く、部屋の中のトゥッケが、怒号を上げた。
「小指がもう治らないってどういうことだよっ!」
「そ、それは。先ほど説明しました通り」
「汚損して、正常に付けることが出来ないだったなっ!
断面も損傷が酷いんだろ!? くそ、本当にそうなのかっ!?」
「そ、そうでございます」
医療術師が身を縮めて頭を下げる。
「くそっ……最悪だっ。あのガキめっ……」
「ぎ、義肢に致しましょう。鉄の町に居る優秀な義肢の作り手とは面識がありますゆえ」
「……お前の指をこの僕につけるとか出来ないの?」
「そっ、それは、その。血液の型の問題や、他にも」
「血液の型が合えばいいのか?
おい。領地に居る奴らの型とやら、かたっぱしから合わせて──」
「トゥッケ様っ! 大変なんですっ!」
「ん……なんだお前」
「屋敷の前にっ! 手配書の少女が!」
「なっ!」
トゥッケは椅子から飛び上がり、窓から外を見た。
降りしきる雨の中、少女と、屋敷に居た勇者たちが交戦している。
だが、上から見ても分かる。少女が圧倒的に強い。
次々に、夥しい血と悲鳴を撒き散らして死んでいっている。
「おいおいおいっ! 家にいた勇者は皆、8級以上の勇者だぞっ! それをあんなゴミみたいにっ!!」
「坊ちゃん! ここは逃げた方がっ!」
「馬鹿っ! 寧ろ好都合じゃねぇか!」
「はっ!?」
「呼んであるだろ! アイツを! もう来ているのか!?」
「あ、『英雄王』ですか! 今朝方到着され、今は客間でお休みになられて」
「叩き起こせ! 今この時の為に呼んだんだから、寝かしておくなっ!」
◆ ◆ ◆
「ぎ、ぎぎ、昨日の、ざざ罪人を、■■っだのは、国境警備に当たっていた十四名で、こ、こ、ここ、この家に全員、今、い、ままま、います」
左右の目が違う方向を向き、首をカクカクとさせながら、その勇者は、答えた。
「次。あの貴族はどこに居るの」
「よよよよ四階の部屋に」
「分かった。じゃあ、お前は自分の胸を掻き毟って、心臓を取り出し、それを齧って死んで」
「はははは、はい、よよよよ喜んで」
その勇者は、レッタちゃんの命令通り、胸を掻き毟り始めた。
指の肉が剥がれ飛ぶほど力強く、ひたすらに、自らの胸板を引っ掻き続けている。
「……み、皆、レッタちゃんの命令、聞くのか」
『あの子の術技である、【屈服】の力だな』
「屈服?」
『ああ。ガーは知らないのか。あれは、敗北を認めた相手にいかなる命令でも下すことが出来る術技だ』
なるほど。だから、レッタちゃんの命令にあの勇者たちは従ってるのか。
『無論、死の命令を出すには、それだけの敗北感を与えなければならないがね』
「レッタちゃん……」
言葉に詰まった。
『どうした?』
「いや……ほら。術技って、なんだっけ。ほら。
経験とか、意志とか。心の熱量からの派生、って言ってたじゃん」
どんな過去があったんだろう。
それを思うと。
『お前は本当に……あの子のことが好きだなぁ』
「好き、で括れないけどな」
『そうなのか?』
「おいおい、好き勝手やってくれてるじゃないか!」
そんな声が、四階……じゃなく、二階から投げられた。
上を見ると、あのトゥッケとかいう貴族がいた。
その隣にも、従者たち十数名。
トゥッケ同様に、矢を番えている。
レッタちゃんに向かってトゥッケは矢を放った。
それに合わせて、周りの従者たちも矢を放つ。
よけずに、骨の羽がそれらを弾き飛ばす。
「なんで」
レッタちゃんが、低い声を絞り出すように出した。
「あ?」
「なんで、マッキーを殺した」
雨が強くなった気がした。
トゥッケは、鼻で笑う。
「当たり前だろ。この僕に恥をかかせたんだから」
「私が、お前をボコボコにしたんだけど」
「そうだな。だが、そのきっかけはアイツだろ」
「……なんで、私じゃなく、マッキーを狙った」
「あ? おいおい。あいつをボコボコにすれば、お前が出てくるから」
「嘘を吐くな」
会話の応酬が一度、止まった。
レッタちゃんは、ぎりっと歯軋りをした。
「マッキーを生かして人質にした方が、私との戦いが有利になる。
罠にかけるにしろ、生かしておくことが一番利用価値を生む。
そんな程度のことに頭が回らない訳がないよね」
貴族は眉間に皺を寄せた。
すぐに、次の矢を抜く。
なんだ。あの矢、何か、違う。一瞬、鈍く光って見えた。
「なんで、私を狙わなかったのか」
「うるさい! 歯向かったから殺しただけだ!」
放たれた矢。
何か違う。銀の光を放ち放たれた。
『! 崩魔術式だ!』
なんだそれ、と声を上げるより、矢が速い。
レッタちゃんの骨の羽が一本、赤い煙を残して砕け散った。
だが、レッタちゃんは何も動じない。
「私に怒りを向ければいい。なのに、自分より弱い人間しか狙えない。
いいえ、それだけではない。
絶対に攻撃が当たらないように、今も二階から距離を取って攻撃する」
「だっ、黙れぇええっ!」
矢が放たれた。隣の従者たちも、あの銀の矢を放ってきている。
「レッタちゃん!!」
『ガー、危ない。お前は下がってろっ』
狼先生に服を噛まれて無理やり下げられる。
「お前は、臆病で卑怯者だ」
トゥッケの放った銀の矢だけ、素手で止め、残りの矢は、羽で叩き落とした。
矢を落とした骨の羽は赤く溶けていた。
骨の羽は、後二本しかないが、それでも無傷。
レッタちゃんは、掴んだ矢を、トゥッケに向けて投げた。
凄まじい勢いで──隣の従者の喉に突き刺さった。
「コントロール、ぶれるなぁ。ちゃんと狙ったつもりなんだけど」
「っ! 化け物めっ……」
一歩下がり、トゥッケは指を鳴らした。
「いいか、この僕は貴族なんだ。本来、戦闘なんかしなくていい! 強い兵士を集め、戦わせるのが仕事なのだよ!」
館の扉が開く。
出てきたのは──嘘だろ。
オレは、息を呑んだ。誰だって、知ってる。
あの兜は。
黄金の獅子の兜。その下も黄金色の鎧。深紅のマントを靡かせた、重装勇者。
「はっはっはっ! 行けぇ、雷獣。いや、魔王討伐の勇者王! 世界最強の勇者、ライヴェルグ!!」




