【総集編】その問いに答えた者【28】
《雷の翼》という勇者たちが活躍するより前。
戦争の泥沼は、路地裏のように薄暗く時代に影を差していた。
魔族も半人も、獣人も人間も、どんな種族も差別しあい、奴隷として横行した時代。
彼もまた、奴隷だった。
その時の名前は、蛇人間547番。
爬虫人という種族の半人。
頭が蛇で、身体は人間。皮膚は鱗に覆われている。
半人の中でも、最も表情が読み取れない。
蛇であるから、表情が変わらないのである。
主人の労働力であり、サンドバッグ。それが彼の仕事。
この奴隷の地獄に落ちたのは、人間のせいだった。
しかし、その地獄から救い上げたのもまた、人間だった。
彼を救い上げたのは一人の老紳士。
彼に教育を施し、教養を与えた。
『まずは貴方がね。相手を理解してあげるのです。
そして、相手を許すことから始めるのです』
その言葉を老紳士はいつも言っていた。
だが、その後、その老紳士は……別の奴隷に殺される。
驚くほど、あっけなく。
それは、彼が生きる上での教訓になった。
優しく教養があるだけでは、奪い殺される。
しかし、奪い殺すだけでは何も得ることは出来ない。
助け合うこと。種族を越えて、人を許し怒りを殺し、生きていくこと。
それが、彼の信念となっていた。
だから、彼──ヴィーへは爬虫人でありながら、人間の勇者たちと行動することもある。
狩り初心者のローアとボゥという兄妹を教え導くこともした。
彼らに、『みんな、同じ生き物です』と、ヴィーへは言った。
本心から、そう思っていた。
心の底から、彼はそう信じていた。願っていた。
人と分かり合うことが出来る。理解し尊重し合うことこそが素晴らしいことだと。
自分の妻が、娘息子が──細切れになって殺されているのを見た、今日まで。
どうして。と、彼は膝から崩れ落ちた。
こんな無残に殺されなければならないのか。
ただ半人というだけで、どうしてこんなめに遭わなければならないのか。
「お前たちが──ルール違反をしている魔族だからだ」
ロドラゴの里を討ち滅ぼした勇者の一人──そう言い放った。
「……魔族?」
「ああ。魔族は皆殺しだ。──確かに、お前たちから見れば我々の行いは。
いや、我々は『悪魔』に見えるかもしれない。しかし」
「私は、魔族ではない」
「……。半人も魔族だ。全員、人類の敵。滅びるがいい」
「そして、親ですらない。最後に一緒に居られないのだから」
「? 気でも触れたか?」
「そうかもしれない。私は、半人ですら、生物ですらないのかもしれない」
放たれた槍撃を、ヴィーへは感情の読めない顔で弾き飛ばす。
(人生は、我慢の連続だった。奴隷の時も、そうやって耐え忍び生きて来た。
人間のことも、許す為に堪えた。肥溜めに突き落とされても、泥を投げられても。
ナイフで背中を裂かれても、焼き鏝を当てられたとて。それでも、どうにか。生きた。
それなのに。これが、私の人生の。人生の……。人生の。ああ)
顔を自ら爪で刻んで。
「私は。魔族でも、半人でも、親でもない。
今から、ただ恨みのままに人を殺して生きる。
貴方たちが『悪魔』に見えると言われたが、そう見えない。何故なら」
「私が悪魔だ」
勇者の頭蓋を叩き潰す。潰れた頭を更に潰す。
動かなくなった人間の胴を更に叩く。
叩く度に腕が動くから、更に叩く。
叩き、潰して、挽肉となって。
ああ、と息を吐いてからヴィーへは外を見た。
「他にもまだ残ってたかな」
ずりずりと、骨を打ち付けたノコギリのような剣──木の手の剣を引き摺りながら。
血の跡が、外に伸びていった。
◆ ◆ ◆【17】◆ ◆ ◆
悪魔は誰か。
その問いに答えた者。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
──狼先生の死から数日が経った。
ヴィオレッタたちの目的は、復讐ではなく平和に暮らすこととなっていた。
無論、ヴィオレッタもガーも、誰もが狼先生の死に怒りを感じないわけが無い。
しかし、それでも。堪えて行こうと。
遺品である魔王書さえ返して貰えるのであれば、それでいいと、答えを出していた。
その矢先。
ヴィオレッタたちの仮の家の近くの町が──襲撃されていた。
民間人まで巻き込んだその襲撃にヴァネシオスが巻き込まれ、助ける為に向かった。
そこで、ヴィオレッタたちは我が目を疑った。
「なん、で。ヴィーへ、あんた」
「失敬」
ヴィーへが、ヴァネシオスを刺したのだ。
「何やってんだ! ヴィーへさんっ!」
ガーが叫ぶ。ヴィーへは頬を掻いた。
「邪魔をされたので。人を殺す邪魔を。だから刺しました。
大丈夫。致命傷じゃない。ヴィオレッタさんなら助けられるんじゃないかな」
「な──何を」
「それより。お二人とも。──一緒に人間、滅ぼしませんか?」
「……な」
「人間をもう許せなくなりました。良い人間、悪い人間。選ぶのも決めるのも疲れた。
無理でした。家族を虐殺された。一族殲滅ですよ。
ああ、こんなに。こんなに怒り狂ったのは初めてです。
もう、人間なんて見たくない。もう無理ですよ」
「ヴィーへ、さん」
「ずっと耐えて来た。平和に近づいた世界で、平和を得られるように。
なのに、何でこんな目に遭うんでしょうか」
ヴィオレッタは、唇を強く噛んでいた。
(嵐の夜の、海みたいだ。心臓の音。引き裂かれて、千切られて。ぐちゃぐちゃで。
灯りの一つも見えない。指先まで冷たくなって体が震える、そんな、心音だ)
彼の心の音を聞き分けて、その苦しみを、理解していた。
「……ああ。そうです。私ね、好きな言葉があるんですよ。
『まずは貴方がね。相手を理解してあげるのです。そして、相手を許すことから始めるのです』。
良い言葉だと思いませんか?」
「ヴィーへさん。オレ、その言葉、凄く良いと思うよ。だからそれなら、こんなことしちゃダメだろ!
虐殺されたからって、虐殺し返すのは、ダメだろ!!」
「いえ、ガーさん。違いますよ。理解が必要なんです。
だから。この世界を生きる人間に、理解してもらわないと」
「理解……?」
「家族を失う、命を失う、痛み。世界中の人間に、味わって貰う。
全員、痛めつける! 痛めつけて! 泣かせて! 吐かせて! 子供の腸を口に詰め込み、ぶち殺してやる!
我々の虐殺を許せ! そうして初めて対等だ! 人間が先に滅んだらそれでも平和だ! 感謝しろ!」
「……ヴィーへさん。アンタがやってることは、もうそれは平和とかじゃないだろ。
こんなの、ただの復讐だ!」
「ええ。そうですよ」
あっけらかんと、ヴィーへは呟いた。
蛇の顔で笑うことは出来ない。だけど、笑っているのだろう。けたけたと口で呟いていた。
「ガーさんはきっと、復讐は何も生まないって、生産性が無いって言いたいと思うんですけど。
私、ちょっと違うように考えるんですよね。いいや、考えるというか、今の気持ちを伝えます」
ガーが目を見開いた。
ヴィーへは口を大きく開けた。その顔はまるで。
「人を殺したら気が晴れる。人を殺したら、気持ちがいいんですよ」
その顔はまるで、悪魔が笑ったようだった。
──戦いは避けられない。
ヴィオレッタも戸惑いながらも、何とか拘束をしようと試みるが失敗する。
ヴィーヘは自身を植物とする術技を有していた。
自在に体を植物としながら、そして植物の特性を利用しながらヴィオレッタを追い詰める。
ガーも応戦するが、彼に使えるのは拳を鋼鉄化する『鉄化』の魔法だけ。
遮二無二、諦め半分で放った鉄の拳。
当たっても痛くも痒くも無いとヴィーへは高を括っていたが──激痛が走る。
ガーの拳の魔法は、何故かヴィーへの術技を解除したのだ。
どうしてガーの鉄の魔法だけが、ヴィーへの術技を解除できたのかは不明。
ヴィオレッタも鉄の魔法を使うが、ヴィーへの術技の対逆という訳ではなかった。
ともかく、ガーの拳はヴィーへに有効。ならばその事実を軸に戦略を練り直す。
ガーとヴィオレッタ。二人の連携は鮮やかだった。
まるで大昔から一緒に過ごした主人と犬のような、言葉を一つも出さずとも取れる連携。
そして、ガーの奇策により──ヴィーへの顔面にその拳を叩き込むことに成功した。
ヴィーへの術技は解除され、彼を物理的に止めることに成功。
身動きが取れなくなった彼は、空を見上げていた。
何を考えていたのかは、分からない。ただそれでも、戦う気はまだあったようだ。
「……」 ヴィオレッタは無言で靄を生み出した。
「待、待って! ヴぃ、ヴぃーへさんから、はなれろ!!」
幼い声だった。少年の声に、ヴィオレッタは立ち止まる。
ヴィーへが狩りを教えていた勇者見習の少年、ローア。
そして、その妹の、ボゥも、そこにいた。
二人はヴィーへとヴィオレッタの間に割るようにして入る。
「た、助ける! ヴィーへさんは、僕らの先生だ! だから、守るんだ!」
「こ、これ以上、ひどいことしないで!」
二人の言葉にヴィオレッタは──誤解を解かないことを選んだ。
「この町を壊して、人を殺したよ。その人」
「な、なにか理由があった筈です!」
「くす。人を殺す程の理由、何かあるのかな?」
「わ、分からないけど。けど! それでも!」
「わたしたちは、ヴィーへさんを、りかいしたい! から!」
──それは、狩りの練習の時に教えた言葉。
ヴィーへが好きだと言った言葉を少年たちは、真正面からぶつけた。
そして。
「ヴィーへさんは、たいせつな、ともだちなんです!」
まっすぐに、言葉を出す少女に、ヴィオレッタはくすっと微笑んだ。
よかった。と呟いた。
少年は倒れたヴィーへの前に立ち、肩を抱える。
介抱するつもりだった。
その光景。その状況は。
その現場を見ていた──純粋に窮地を脱する為に配属された他者からは『最悪の状況』に見えた。
(半人が人間を人質に取った!? っ、下すしかない、命令を!)
──ヴィーへは、半人の軍勢を率いてこの町を襲撃した。
その動きは、王国の勇者たちに既に掴まれていた。
だから。この町は既に包囲されていたし──狙撃犯も既に、狙撃の準備に入っていた。
後は、隙が生まれた時に行動を開始する手筈だった。
しかし、子供の命が危険にさらされていると、その勇者は誤認。
結果として、命令は下った。
「狙撃しろ!」
そして銃撃は、的確にヴィーへの心臓を貫いた。
◇ ◇ ◇
そして。ヴィーへは。
彼らの傍で、血を吐く。
何が悪かったのか。
人間に生まれなかったことが、悪なのか。
その人種に生まれないことは、罪なのか。
なら。それなら。
「人間に 生まれたい。 次 生まれ る なら」
それが、最後の言葉。
◆ ◆ ◆
ヴィーへの遺体を、ロドラゴの樹に運んだ。
地下の町は、破壊され尽くしていた。至る所が燃えて焦げて、そこはもう跡形もない。
廃墟の上に、外からの光が差し込んだ。
「最後の言葉が、人間に生まれたい。……そう、言わせてしまう人生は、嫌だよ」
廃墟の上に立ったヴィオレッタは静かに語り始めた。
「……私は。自分が、自分のままに生きたい。次に生まれても、同じ自分でいたい。
……そう、思えるのは幸せなことなんだって思った。
生まれ変わったら違う人種がいいなんて、そんな後悔をしながら死ぬ人がいるなんて。嫌だ。
……私は、この『今の世界』が変だって、思った」
それが、ヴィオレッタの今まで見て来たこと全てによって出せる答え。
「理不尽に命が奪われる。理不尽に死ぬ。
誰かが得する為だけの、大勢が不幸になるルールがある」
ヴィオレッタは自分の気持ちを整理するように語った。
「私が好きな人たちが幸せに暮らして欲しい。それって、好きな人たちだけって意味じゃない。
生きてる限り、知らない誰かが関わってるんだって思うから。
薬草を作ってくれたオスちゃんの先生や、ジンとか、ハルルとかもそう。
……知らなかった人たちが、私たちからは見えない場所にいて、その人たちがいるから、私たちも幸せになれる。なんていうのかな。ごめんね。上手く言葉に出来ないんだ」
うーんと唸ってからヴィオレッタは言葉を編みなおす。
「誰かを自然と助けられる。そういう世界を、創りたい。
助けを求めてる人に、誰でも手を差し伸べられる世界。……ああそうだ。
そうだね。──そういう世界を創る人になりたいと思う。
──私が魔王になる」
それから、ヴィオレッタは少し頬を赤くした。
まるで年相応の少女のように。口元を隠して微笑む。
「優しい魔王になりたい。だから、皆……協力して欲しい」
「こんな可愛いレッタちゃんの頼みなら、そりゃ引き受けるぜ!!」
「あんたねぇ……。ガーは暴走するだろうからさ、しっかり者のアタシがレッタ魔王様を支えるね」
「良いワね~! 我も行く宛てなんて無いし、レッタちゃん国、良い男ハーレム作るわよ~!」
『かぁかぁ!』『にゃぁにゃぁ!』
「レッタちゃん。オレ、行ける所までずっと一緒の約束だからさ。
レッタちゃんが魔王になっても、どこまでもついて行くぜ。そんでもって」
「アタシたちも、同じような約束でお願いね」
「そーよ。固い絆は二人だけのモノじゃなくて、我たち全員で、ね! ☆ミ!」
「ありがと、みんな。本当に、ありがとう」
そして、少女は笑う。──あどけないスミレの花のように小さくも美しい笑顔で。
「大好きだよ、みんな」
そして、少女は一歩を踏み出した。
◆ ◆ ◆
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また、申し訳ございません……2/14〜2/16をおやすみさせて頂きたいと思います。急なお知らせで本当に申し訳ございません…。
何卒よろしくお願いします…。最近更新タイミングがおかしくなって申し訳ございません…早く安定させたいと思います…!
暁輝 2025/02/14 0:30




