【総集編】その背中に鈍色の一輪挿しを【24】
一人の勇者が、凄く強かった。
その勇者なら、世界を勝手に救ってくれると誰もが思っていた。
私も最初はそう思っていたッス。
でも、違うんじゃないかって思って。
怪我した時とかの話とか、実際に会った時も怪我してたし、この人は普通の人間なんだ、って思ったんス。
なのに。皆は、この凄い一人に任せよう、って言っていて。
その凄い一人もただの人間で。生きていて。辛い時もあるはずなのに。
私が動かないと、って思ったんス。でも、全然、何も上手くいかなくて。
あの勇者様の背中を守りたい。そう思ったのに、出来なかった自分が恥ずかしくて。
そんな中で、町の人や国の人は、したり顔でなんか語っていて。
こうするべきだったとか、俺だったらこう戦うとか、そういうこと喋ってて。
漠然と、思ったんス。
ああ、無関心なんだな。って。
同じ国で起きている戦争なのに。同じ人間なのに。
無関心になってしまっている。そういう人が居るのは仕方ないスけど。
私は。少なくとも私は。
もう無関心になりたくないッス。
困ってる人に、無関心になりたくない。
助けを求められないけど、本当は助けて欲しいと思ってる人の心に、近づきたい。
だから。私は──。
◆ ◆ ◆【16】◆ ◆ ◆
ゴングが鳴る。
ヴィオレッタ VS ハルル。
これはハルルが言い出した決闘である。
ヴィオレッタに助けて貰った。これは事実。
手厚い治療で傷も残らず回復した。
しかし、命を差し出す約束はあまりにもハルルに不利な状況で行われた。
だから。これはやり直し試合。
勝った方が、命を自由にする。
ハルルが勝てばハルルは自由。ヴィオレッタが勝てばもう一度やっていい。
とのこと。
──そして戦闘は始まった。
『はは。弟子たちの喧嘩を見ながら語り合う日が来ようとはね』
「……だな」
魔王と勇者は隣り合って座り、話をしながら見守っていた。
「……お前、動いて大丈夫なのかよ?」
『相当に辛い。しかし、勇者ジンの手加減のおかげでね、生きているさ』
「別に手加減した訳じゃねぇよ」
『致命傷になる場所は狙っていなかったように思えるがね』
「……あーあ。じゃあもっと深く斬っときゃよかったな」
『はは。残念だったな』
そして、暫く沈黙をした。
「ヴィオレッタ。うちのが煽り過ぎて悪かったな。
でもああでもしないと戦いに乗ってくれなかったらしくてな」
『ああ。私は気付いていたが、あの子は普通にキレていたな』
「だろうね」
(ハルルが、ヴィオレッタに何か伝えたいらしくてこの戦いを始めた。
ヴィオレッタ的には嫌気がさしていたのだが、超絶ハルルが煽って喧嘩になった訳だ)
『……あの子に気付かせたいのは、周りのことかな』
「さぁ。知らん。ハルルがどうにかするさ」
『随分と信頼しているんだな、弟子を』
「……まぁね。というか、あれは頑固だからな。好きにやらせないとな」
『奇しくも同じ意見だ。あの子も頑固でね』
「そりゃ手が掛かるな」
『互いにな』
リングの上で激しく火花が散る。それを眺めながら狼先生は、息を吐いた。
『……恨んでいるか。私を』
「……当たり前のことを聞くんだな」
『ああ』
「……無論、恨んでるぞ。俺が生まれて間もなく戦争状態だし、孤児院が魔王の放った竜に襲われるし、俺単品の恨みだけでも、お前が原因の物は相当あるんだからな」
『そうか』
「お前は人を殺し過ぎてるからな。恨まれて当然だ」
『分かっている』
その横顔に、ジンは言葉にしない言葉を浮かべていた。
(変わった、な。……何でかは分からないけど。こいつも……)
「……魔王。お前が何かをやり直したい、っていうなら。協力、しなでいもないぞ」
『何?』
「……お前のしたことは、償いきれるものじゃない」
『そうだな』
「仲間も、何十人も死んだ。国も、人も。
百何年の戦争で、訳が分からん数死んでる。その責任は、逃れられないだろ」
『ああ。知っている』
「その上で。……何かをやり直したい。何か足掻きたいなら。……言ってくれよ」
『何故?』
「……お節介。ただのな。……今の俺は勇者じゃない。ただの便利屋だからよ。
誰かの悩みを聞いて。解決したり、未解決のまま終わらせたりするのが仕事だ」
『未解決のままは駄目なのではないか?』
「……確かに、そうだな」
『はは。ユーモアがあるな』
「……お前が真剣に向き合うなら、俺は協力するぞ。元勇者としても、な」
『……ジン』
「んだよ」
『……ふ。いや。流石、戦闘中に告白する猛者だけはある。私まで落とすつもりだったとは……』
「お前殺すぞ????」
『はは、冗談だよ。冗談』
◆ ◆ ◆
ハルルとヴィオレッタの戦いは──両者武器無しの素手での対決に突入していた。
殴り合いの中で、ヴィオレッタはハルルに思いを吐露していた。
「私はただ、好きな人にもう一度会いたかっただけ。
温かい愛に包まれたかっただけなんだよ」
「……それが、願いなんスね」
「そう。だからもう叶わないから、終わりにしたいだけなんだよ」
「……終わりに」
「うん。だって、意味が無いから」
「意味がない?」
「私に意味がない。もう、こんなの」
「まったくっ!!」
ハルルはヴィオレッタの顔面に向けて拳を放つ。
間一髪でヴィオレッタは防いだ。
「そうやって終わりとか意味がないとか、軽々しく言うなッスよ!」
「っ。矛盾してる。終わらせたのは貴方のせいなのに」
「一貫してるッス! 結局、貴方の願いは叶うからッス!」
「もう叶わないって言ってるじゃん! もう、貴方で蘇生したいって思えないから!」
「だから、それに拘り過ぎなんスよ!!」
「意味不明なんだけどっ!」
「貴方、耳良いんスよね!?」
「超良いけど何??」
「なら、その音、なんでずっと聞き逃してるのか理解できないッス!」
「はぁ??」
「私とジンさんの心音が、その音に聞こえた──なら! もう聞こえてる筈じゃないッスか!」
「意味わかんないんだけど」
「後ろッスよ!」
ハルルにどつかれて──ヴィオレッタは後ろを見る。
そして。
ようやく、その音に気付いた。
ハッチと、ヴァネシオス。ノアに、シャル丸。
そして。ガーもまた、ずっと。
声に出さない心音。
それは。
ヴィオレッタがずっとずっと追い求めていた『温かい音』。
「ほら。温かい愛、あったじゃないスか」
「……くすくす。違うよ。
……姉兄姉の代わり、なんて……手に入らない。
誰かの代わりなんていないの。だから」
「そうッスね。誰かの代わりになんて誰もなれないッス」
「だね」
「だから分かって欲しいんス。貴方の代わりも……居ないんスよ。
貴方の命は、もう、皆の大切な命なんス。だから、死ぬとか、言っちゃ駄目ッス」
「……私、は」
「家族は。失った家族はもう戻らないッス。
代わりなんて絶対に見つからないッス。唯一無二。それが家族スから」
「うん。……そう、だよ」
「だから、新しい家族なんじゃないかと思ったんス。
貴方達は、血じゃなくて。不思議な絆が繋がった、家族なんじゃないかなって」
「……新しい、家族」
「そうッス。だから」
「くす。もしかして貴方……それを言いたいが為に喧嘩吹っ掛けて来たの?」
「え、ええ。まぁ」
「くすくす。……貴方って、ばかだね」
「なっ」
「……おおばかだよ。お姉ちゃんとは大違い。……貴方なんか、サシャラお姉ちゃんにはなれないね」
「……そッスね。私はハルルにしかなれないッス」
「だね」
ヴィオレッタは、笑った。
ハルルには、少し憑き物が落ちたようにも見えた。
それから振り返って──
「ガーちゃん。ハッチ、オスちゃん、ノア、シャル丸──と、師」
──それはまるで、あどけない少女のように。歯を見せて、どこまでも幸せそうな笑顔。
「だいすきだよ」
伝えて。ヴィオレッタはハルルを見る。
「……ありがと。ハルル」
「いえいえ! えへへ良かった──ス。あれ、どうして拳を構えて」
「……決闘は、私の負けでいいんだけどさ」
「は、はい」
「さっきまで、文句言えなかったんだけど。目の前で告白って恋人になる瞬間見せつけられてさ?
挙句の果てに幸せオーラ全開で『ルール守るから決闘しましょう!』って言ってきてさ?」
「え、と、ヴィオレッタさん??」
「こっちはもうぜーんぶどうでも良くなってるのに焚きつけられて煽られてさ。
私、物凄く、腹立ったんだけどさ?? どう落とし前付けてくれる感じ??」
「いや、あ、それは心からの謝罪を──ひぃ!?」
「こっからは喧嘩ね。喧嘩。だから素手でがっつりボコる。
サンドバッグになって欲しいな~! ストレス発散させてね、ハルルちゃん♪」
「いやいやそんな我儘なっ!!」
くすっと、ヴィオレッタは楽しそうに笑う。
「あれ。知らなかったの? 私はヴィオレッタ。我儘な女の子だよ」
◆ ◆ ◆
「大好きだってよ、狼せんせ」
『言っていたな、お前が。ハルルに向かって、な』
「っ。……たく。煽れないもんだな」
『ふん。こっちの方が長く生きているものでね』
「そうけそうけ。言われ慣れてるって感じか」
『……いいや。──この生で初めて言われたよ。大好き、なんて言葉はね』
「……そうか」
『良い言葉だな』
「ああ。そうだろ」
『──命を、たくさん失わせた』
『私のせいで、命を失わせた。戦争を起こしたのは私だ。そして、破壊した』
「そうだな」
『……何も。私の手元に何も残らなかった。戦争は破壊だ。
何もかも。言葉も夢も、そこに根付いた気持ちや、心の全て。
それらを……破壊し尽くしたんだろうな』
「……ああ、そうだな」
『そんな、私が。願ってもいいんだろうか。
あの子たちと共にいきたいと望んでも、許されるんだろうか』
「……俺は、許すとか言えないな」
『ああ。……すまない。そうだよな。君に許して欲しい訳ではない』
「いや、そういう意味じゃなくてさ。それを問いかける相手が違うって意味だぞ」
『何?』
「願うのも、望むのも、許すのも。全部、自分自身でしか出来ないだろ」
「魔王。お前は、変わったよ。
だから、今のお前なら何を願っても、何を望んでも。きっと大丈夫だと思うぞ」
『……お前』
「それに。なんだ。もっと簡単に考えてみろよ。お前は悪いことをもう願えないぜ?」
『何?』
「悪巧みしたら、その計画よ。俺が亜音速で叩き潰しに行ってやるからよ」
『なぁ。……便利屋のジンよ』
「んだよ、狼」
『私は──私には、夢があるんだ』
「……最近、俺に夢を独白する奴多いね。で」
『私は 』
ゴングが響く。
10カウント。引き分けで終わったようだ。
だが──小さな光のような、狼の少し恥じらいながら語った言葉は、ジンだけは聞いていた。
『……今更、そんな願いがあるなんて、おかしなことだが』
「だな。ほんとに今更だ。……なら、お前、あれだな」
『?』
「今度、うちに来い。サインして貰わないとな。そのレベルなら金は先払いだ」
『?? なんの話だ』
「だから。便利屋だって言ったろーが。
……お前の願い、手伝ってやらんでもないって言ってるんだよ。無論、ぼった来るから覚悟しろよ」
『……はは。恐ろしい勇者──いや、便利屋がいたものだな。無償の協力をしろ、無償の』
「無償って言葉は存在しないんでね。貧乏なもんでな」
向こう側で、先に起き上がったハルルが倒れたヴィオレッタに手を差し伸べていた。
強く握られた手。ハルルを支えにして、ヴィオレッタは立ち上がった。
勇者の弟子と、魔王の弟子が、力強く。その手を、握っていて。
その姿を、狼姿の魔王はその目で見ていた。
濡れたような目の温かさは、もう何よりも優しい目だった。
『ジン』
「ん?」
『……ありがとう。お前が』
ぱん
『……──?』
「え?」
乾いた銃声と、染みていく、まだ温かい赤い血。
銃声がした。とても軽い銃声だった。
◆ ◆ ◆ 7 ◆ ◆ ◆
その背中に鈍色の一輪挿しを。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ぽつ……ぽつ……と。
──液体が零れる音がした。
流れて落ちて、白い砂に、ぬめりのある赤黒い血。不思議な程に赤く丸い血が滴る。
「魔、王?」
ジンは、混乱していた。
彼にとって『人生で久しく感じた』『突然のこと』。
気を抜いていたわけではない。
それなのに。
『……? っ』
混乱するのは魔王も同じ立った。
彼の隣に居る、『撃たれた張本人』の狼姿の魔王すら混乱していた。
口から血の塊を吐いて尚、未だ自身が撃たれたことにすら気付けていない。
異常事態だった。──『便利屋になっても狼になっても』、腐っても、最強の勇者と魔王が、二人そろって気付け ない等。
いや、そんなことよりも。
「魔王ッ!!?」
そして──狼の胸から、血がどくどくと溢れ出した。
「さて。恋の作った術技強奪がちゃんと機能しなければ厄介だが」
その低い声には聞き覚えがあった。
赤茶の髪、少し皺のある顔、猛禽類のように鋭い目。
軍服のような服に身を包んだその男は、魔王討伐隊《雷の翼》に所属していた元勇者。
「──お前、ナズクル。何、して」
「何して? 魔王討伐だが。今も昔も変わらず、な」
現王国参謀長という肩書を持つ男──ナズクル。
彼の手には、黒き鉄銃。
誰もが混乱の中の数秒。
ナズクルは、魔王に向けて、ただ引き金を引くだけ。
「! 待てナズクル!」
力づくで止めに入ろうとしたが、力が入らなかった。それどころか。
(絶景が──発動しないッ。なんだ、この変な感じはッ)
「隊長。お前の状態異常を【平常という異常】にしている。
絶景は確か、生命の危機に瀕した際の走馬灯の原理、だったよな」
(な。ナズクルの術技を使われたのか? いや、でも【偽感】は接触しないと発動できない。
なのに、俺は今、何故)
「進化術技。術技は次の次元に進化する。
視界に入った相手の、過去に受けた状態異常を思い出させて錯覚させる」
次の銃撃──狼先生へ放たれた銃撃を、ジンは身を挺して庇った。
「何故かばう」
「ぁっ……お前こそ、何で」
「魔王書と勇者の剣、またはそれに類する物が必要だ」
「な」
ヴィオレッタとハルルが全力で加勢に来るが──それすらもナズクルは軽くあしらう。
「魔王でも、国王でも駄目。英雄王であろうと、勇者王ですら駄目。
そうなれば、もう進むしかないだろう。
武力と権謀を用い、支配統治を行う道──『覇道』を進み、成るのだよ。
覇王に成ろう。誰も出来ないのだから。俺が代わりに」




