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【総集編】微笑む貴方に金色の花束を【23】


 私は、長い時を生きることが出来る。


 他者の命を使った禁忌(ズル)によって、私は実質的に死は無い。


 私を殺す為には、この禁忌の心臓──術式名を黒塊心臓を破壊しなければならない。


 禁忌を得たのは、復讐心から。


 私は人間が憎かった。

 憎しみの理由などを知りたい? ならば新聞を読んでくれ。

 王国だろうが帝国だろうが、言ってしまえばどんな世界にでも(・・・・・・・・)、ありふれた『悲しみ』がきっかけだ。


 ただただ、小さな怒りからだ。

 長く生きたい。誰より多く人を殺したい。そして復讐したい。

 それが、軍勢を率いて、魔王になった切っ掛け。

 そう。切っ掛けはただの怒りだった。


 そして、その日が来た。


 勇者たちは仲間と力を合わせて私を討った。

 卑怯ではない。実力差を理解して戦うことは正しい。


 しかし。負け惜しみかもしれないがこうも思っていた。


 勇者一人一人なら、何も──何も問題ない。

 このライヴェルグという少年も、一対一なら勝てるだろう。


 あくまで、このチームに負けた。それが全てだ、と。


 ◆ ◆ ◆【16】◆ ◆ ◆


(思っていた。し、現在もそう思っていた。

十年前の男(ライヴェルグ)相手なら圧勝だった、と断言できる)


 氷雪の刃。白銀に輝く刃が──ガラスでも壊すような簡単な殴打で、叩き砕かれた。


(しかし。こいつは、十年後のこの男(ジン)は──!)


 狼先生(まおう)が生み出したのは、鉄の盾。

 されどそれは、たった一瞬で八等分に斬り裂か(ピザカットにさ)れた。


(化物か!?)


 死角から放った筈の弾丸を、ジンは体を捻らせて蹴り弾く。

 それは狼先生(まおう)から見れば、関節が異常な方向に曲がっていた。

 まるで玩具の人形(ドール)の関節。その速度も、動きも、人間を越えていた。


十年前の男(ライヴェルグ)は──『死と恐怖』で戦っていた)


 迫りくる獅子(ジン)の気迫に辛うじて競りながら、狼先生(まおう)は小さく笑った。


(『重責』に圧し潰されながら、感情を殺して戦う真面目で純朴な少年だった。だが今は)


 数千を超える氷の刃で襲う──だが、たった一薙ぎで斬り裂かれる。

 ──数撃を挟み、二人は距離を取った。


『昔は、殺戮することしか考えていない、冷徹でありながら空ろ。伽藍(がらん)な勇者だと感じていた』

「酷いな」

『今のお前からは『熱』を感じる。感情を感じるよ』


「感情に流されて弱くなったって言いたいのか?」

『強弱は、分からん。だが』

「?」


『今のお前は、格段に、戦い辛い』


「褒め言葉として受け取るよ」

『ああ。褒めている。……──本当に、若い子らの成長は早すぎるな』


(あの子も、勇者……キミも。とても強くなったものだ。

私は。知らなかったよ。恨み憎しみ怒りで生きていたから。

……何もない、名前の無い小さな小さな種子が……花を咲かせる、なんという当たり前のことを)


 狼先生(まおう)は小さく詠唱を完成させる。

 全身の毛が逆立ち、燃焼と凍結を繰り返す。


 氷の鎧。その中で溶岩のように火が燃え続ける。


「……見たことのない魔法だな」

『そうだろうな。技の名前を──燃え立つ氷山(ヴォルケンバルグ)という』

「凄いな」

『世辞は止せ。まだお前が怯えるような力には見えていない筈だ。その褒め言葉は──膝から崩れ落ちた時に聞かせて貰おう』


 突進。氷炎を纏う黒狼の正面からの突進。

 ジンは大剣を両手で構える。正眼。剣の道の基本の型。


「天裂流。八眺絶景──……」


 吼えた狼。

 空気を焼き、風を殺し、地面を凍らせ──獲物目掛けて走る黒狼。


 駆ける獅子。

 真っ向から構えを崩さず、ただその攻撃を見据える──獲物目掛けて走る雷獅。


突衝(シュラック)

「銀世界」


 勝負は一瞬。





 二人は、地面に同時に立った。





 だが。

 最初に動いたのは。

 膝を付いたのは、ジン。


「……凄いな。俺が見てきた技の中で……一番、凄かったよ」

 ジンの腹部には氷の角が突き刺さっていた。

 炎は消えているが、ジンの半身は焦げ付いている。


 狼はその鎧の形を維持したまま。

 ふっ、と笑った。

『だろう。……それにしても』


 ピキっと、音が鳴った。

 そして、──砕け散る、氷炎の鎧。

 胴、そして、足から溢れ出す血。


『見事な、技だ……勇者の、剣術……しかと、見た』


 狼先生(まおう)の額から、どぷっと血が溢れ──その場に狼先生(まおう)は崩れ落ちた。



「ライヴェルグッ!」



 ──黒い風。黒い鎌が真横に大薙ぎ払いされた。

 ジンは何も考えず、軽く大剣で受け止めた。


「ッ──ヴィオレッタ!」


(せんせー)から離れろっ!」

 絞り出したような怒声を上げて、ヴィオレッタは大鎌を振るう。

 だがそれは、ただ乱雑に振り回しているだけに過ぎなかった。


 まだジンが最初に与えた雷撃のダメージが残っているのは火を見るよりも明らかだ。


「もう止めろ、ヴィオレッタ! 魔王は倒した! これ以上は」

「黙れライヴェルグ!! 私は!」

「止せ! お前の怪我は深い。これ以上やったらお前は」

「どうでもいいよ! こんな怪我! 私はどうせもうすぐ死ぬんだ! だから!

だからせめて最後に会いたい人に会って死ぬ!! ただそれだけだ!!」


 競り合い、弾き。剣と鎌が踊る。

 狼先生(まおう)に貫かれた腹を押さえながらも、大剣を軽々と振り上げる。

 ヴィオレッタはまだ身体に痛みがあるのか、避けるのがぎこちない。

 されどそれでも、回避できる。

 両者の力は拮抗していた。


「会いたいからって。それだけの理由で、今生きている人を殺すっていうのか?」

「重い理由だ! 命の天秤も釣り合ってる!」


「罪もない人間を殺すことが、釣り合ってるっていうのか?」

「っ。違う! 違うもん! その子、私と約束したもん! その命を貰うって、ちゃんと約束をしたんだもん! だから」

「それが本当だったとしても、人の命を軽々に扱うことは許されないんだ」

「はっ! 人殺しの癖に、偉そうに命を語るなっ!」

「だからこそだ。人を殺してしまったからこそ、もう殺させたくないんだ!」


 剣ではなく──その左手をヴィオレッタに伸ばした。

 その胸倉を掴み──ジンは言葉を絞り出した。



「大切だった人の家族に、もう手を、汚させたくないんだよ! ……頼む、ヴィオレッタ」



「…………んな」

 胸倉を掴んだジンの手を──ヴィオレッタが握る。


「ヴィオレ──」




「ふざけんなっ!」




 手を弾き、ヴィオレッタは拳を握る。血が溢れる程に強く硬く。



「大切だった人──サシャラお姉ちゃんのことを、言っているのか」



 涙が溢れる程に、きつく。



「何が──だった(・・・)だ。ライヴェルグ。

お姉ちゃんを殺したお前が、どうしてお姉ちゃんを『過去』として語ってるの」


「っ、違う。俺は」

「『大切だった人』だって。ねぇ……何で、勝手に終わりにしてるの」


 燃えるような怒りの涙が頬を伝った。


「……ライヴェルグにとっては過去だよね。戦争は十年前に終わった。だけどさ」


 ヴィオレッタの周りの土が溶けた。


「貴方にとって『過去』でも、私にとってはまだ続いている。

お姉ちゃんが死んだあの日から、今日も──まだ『同じ日』だ。

『今日』はまだ終わってない。ううん、今日は始まってすらいないんだよ。

日が沈んでない。昇ってもいない。ずっと同じ日のままだ」


 にじり寄る少女の髪の色は──残酷なまでにあの日、手に掛けた──仲間のサシャラの髪の色で。


「愛する人を喪ったこの傷は、決して癒されない。

胸に開いた穴が塞がることは無い。言えなかった言葉を伝える方法はもう無い。

貴方の剣の名前もそうでしょう。『時は戻らない(テンプス・フギト)』」


「……俺を殺したいならそうしてくれ。だけど。

無関係な子を殺すのは……絶対に違う。それだけは言える」


「……まだ。綺麗事、言うんだ。

ライヴェルグ……ッ! 十年経とうが、百年経とうが、千年経とうが!

何年経っても、喪った痛みは疼くんだよ。

大好きな人を喪った悲しみは、決して消えない。決してだ!」


「分かってる。だから」

「償うって。本気で思ってるのも伝わる。伝わるけど。どう償える。どう謝れる!

死は死だ! それを覆すことに協力してよ!!」

「それは、出来ない」


「でしょうね! ああもう、だから! だから。ああ。うん。ああ……そうだよ。

貴方も同じ苦しみを、味わったら、少しは分かるんじゃないかな」


「ヴィオレッタ」


「くす。そうだよね。これは運命だね。

ハルルという存在を殺してお姉ちゃんを生き返らせれば!! 少しは痛みが分かるよね!!」


 それは。笑ったように泣いていて。泣いたように笑っている。

 苦しんでいながら楽しんでいるような顔。


 彼女の心が正常に機能していないという意味では、心が狂った状態──狂気、と言ってもいいだろう。


「貴方の足の健を削いであげるよ!! ハルルが消える瞬間を最後までその目で見ててよ!!」


 力任せに振り回された大鎌。

 鬼気迫る──まさに決死(・・)


 しかしその攻撃をも、ジンは受けきり防ぎ切る。

 どの攻撃さえも、どんな魔法さえも、ジンは弾き尽くした。


 反撃は殆どなかった。

 ジンが当てた攻撃は、精々掠り傷程度。致命傷を与えていない。

 なんなら斬撃は当たっていない。あくまで拳や打撃だけ。


 ヴィオレッタは自身の魔法と体術で、自らの体力を削っていた。


 そして、ヴィオレッタは、膝を付いた。


「……悪いが。お前のその願いは、叶えてはいけないんだ。ヴィオレッタ」

「教えて……。ねぇ……どうして」

「それは当たり前の」


「どうして、そんなに強いのに──お姉ちゃんを犠牲にしたの?」


 その言葉は。呪いのように深く重く。


「最強の勇者、なんでしょ」


 足を止め、心を潰す。


「何百何千の命を救った英雄……なのに。

なのにどうして、一人の仲間を助けられなかったの?」



「仲間を殺した癖に──どうして平然と生きていられるの……?」



 ──その瞬間。『常軌の外』の出来事が起きた。

 ドゴンッ! という破砕音が立ったのだ。

 立ち込める砂埃と割れた岩盤。

 ──屈服(せんのう)状態にあって、指一つ動かせない筈の──ハルルが立っていた場所にあった岩を殴って砕いたのだ。


 言葉は発せられない。目も葡萄酒色に胡乱。術技(スキル)は正常に発動しているとヴィオレッタは錯乱する。


 何故、自分の近くにあった岩を壊したのか。

 奇行奇怪。だけど。

 ジンだけは──ハルルが、洗脳されているのに、動いて伝えたかった言葉が分かった気がした。

 いや、思い出した気がした。



『女騎士を殺したのは、一人の勇者じゃなく──』



 ハルルは。いつでも俺に勇気をくれる。

 俺が、苦しむ過去に手を差し伸べて光をくれる。

 事実は変わらない。だけど、それでも──前に進もうと言ってくれる。

 今のだって。そういうことだよな。

 ここで止まるな、って。生きろって言ってくれたんだよな。


「仲間を殺して……平然と生きてたつもりはないよ。だけど……そう見えたならよかった。

サシャラはずっとそういう俺を見たいって言ってくれたから」

「……はぁ?」


「……信じて貰えないと思うけど。俺は何度も死のうと思った。けど。死ななかった。

……俺が死んだら、サシャラが命を賭してくれたことを否定することになる」

「死ぬ勇気が無かっただけのくせに……!」

「そうかもな。だけど、死ぬより怖かったんだよ。

サシャラのことを思い出せなくなることが。……皆との、仲間との思い出を喪うのが怖かったんだ。

俺は、臆病だから──今も昔も、変わらないんだ」

「……だから──っ」


 覚悟を決めた。


 そして──ヴィオレッタの頬から一筋、血が流れる。


 ヴィオレッタを傷付けないということを──もう止めた。


「──守る為に、戦う。大切な仲間を、大切な人を守る。

その為なら、立ち塞がる相手は……斬る。──雷霆二条(らいていのふたふり)


「……なんで、『聖剣』が……二本になってるの?」


 ジンの握る大剣は──二振りの剣に変わっていた。

 それこそ『聖剣が聖剣たる所以』。持ち主の最も得意な武器に変化する。


時飛の双剣(テンプス・フギト・ツヴァイファハ)


 ヴィオレッタは──きっと『世界最強』と言われる程になるだろう。

 十数年も研鑽すれば、誰よりも強くなる素質がある。

 されど。


 現状、その雷神(ばけもの)を止められる力は無い。


 靄は焼かれる。

(強すぎっ。でも死角なら)


 黒骨は斬り裂かれる。

(後ろに目でもあるのっ!? なら正面に爆撃をっ!)


 爆炎は正面突破される。

(強すぎ……だって。無理ゲー、だよ、こんなの)


 剣技の勝負に持ち込んでも、ジンの方が上。

(もう、ダメだ。打つ手が)


 拳の勝負。その中で、敗北を悟りながら──ヴィオレッタは、心の中で『覚悟』を唱えた。

(どんなことを、してでも。そうだ。私は決めたんだ。どんなことをしても、邪悪でも。

醜悪に身を落としてでも。お姉ちゃんを生き返らせる為には『手段を択ばない』。

外道でもいい。外道であっても、勝てば──勝てばいいんだ!)


「【ライヴェルグと戦え】!」


 ──使ってはいけないと、どこかで押さえていた(ブレーキ)を外して。

 ヴィオレッタは唱えた。

 そして、その【命令】は正しく発動する。


 ハルルは──胡乱な目、葡萄酒色の洗脳された状態のハルルは──ジンの前に立ち塞がる。


「勝てばいい。勝てば、いいんだ。私は、悪くない……ッ! 悪くないッ!!」

 

 ハルルを盾にするようにしながら、ヴィオレッタはジンを追い込む。

 追い込むが、ジンがまだ優勢だった。

 なら。

(もっと。強い命令を下さないと。もっと……もっと)



「……ハルル。【ライヴェルグを殺せ】」



 ──ハルルは、ヴィオレッタの術技(スキル)により完全な洗脳状態にあった。

 命令通りに行動を起こす。

 これを解除しなければハルルを救えたことにはならない。


 ヴィオレッタを倒しても、術技(スキル)は解除されない──後にジンはそれを知る。


 この時はハルルの槍とヴィオレッタの魔法を躱しながら戦い、その方法は浮かばなかった。

 というのも。

 ジンはハルルに掛かったヴィオレッタの術技(スキル)を解除する算段があったからだ。


 爆機槍(ボンバルディア)の爆光、靄の暗炎の中──彼は思い出していた。


(この世界には常にそれと相反する存在がある、という考え方があるらしい。

それは『対逆(ついぎゃく)』と呼ばれている。魔法の反属性。水に対する火。

それと同じで、ヴィオレッタの術技(スキル)にも、その『対逆』がある、としたら)


 ──【屈服】は『敗北感』から生じる術技(スキル)だ。

 敗北感とは、何か。多くの定義がある。


(ヴィオレッタの生い立ちの一部を理解した。……ヴィオレッタの敗北感が『絶望』だとしたら)


 絶望を乗り越えられる物は何か。


 答えは人それぞれに違うだろう。

 ただ、人それぞれによって、それぞれの回答が用意されているのは間違いない。

 回答が無いのではない、異なった回答があるのだ。


(俺の絶望は──あの暗い部屋だ。10年前から、全てを喪って一人になった時。

音の無いあの部屋。──そして、乗り越えられたのは……ハルル。お前が現れたからだ)


 それが、ジンの答え。

 ハルルの答えに当てはまらないかもしれない。だけど。


(俺の言葉で……お前が。……お前が絶望を乗り越えられるのなら)


 確証はない。だが。ジンは思う。


(少なくとも。『絶望』の対逆は──『幸福』だ。もしも、俺の言葉でお前に……笑顔を渡せるなら)

 

 ハルルの槍撃へ──ジンは一歩向かった。

 双剣を捨て。敵に向かう顔ではなく。ただの優しい笑みを浮かべて。


「ハルル」


 そのまま。

 決して壊さないように。

 決して離さないように。

 柔らかく、彼女を抱き締めた。



「好きだ」



 強く。

 そして、優しく。

「お前のことが……その。大好きだよ。ハルル。

こんな場所で言う気じゃなかったけど。その。良ければ。

俺と……付き合って、くれ。……俺は何があっても──」



 大切にするから。



 ──からん。と音が立った。

 槍が、地面に落ちた音。



「はいっ……よろこんでっ!!」



(なんだよ、その返し。安い屋台の挨拶っぽいんだけど。ああでも、お前、その返し好きだったもんな)


 腕の中で翡翠色の目をキラキラと輝かせたハルルの笑顔に、つられるようにジンは微笑んだ。



 ◆ ◆ ◆ 6 ◆ ◆ ◆


 微笑む貴方に金色(よろこび)花束(えがお)を。


 ◆ ◆ ◆   ◆ ◆ ◆



『……はは。戦闘中とは思えんな』

 どっこいしょ、と狼先生(まおう)はヴィオレッタの隣に座った。

 移動していた所さえ、ジンたちは気付かなったし、今、隣に座ったことすら気付いていないだろう。


『二人の世界だな』

 狼先生(まおう)はヴィオレッタに話しかけた。だが、ヴィオレッタは言葉を出せないでいた。


「……」

『キミのその耳には何が聞こえているんだ?』

 ──ヴィオレッタの耳は、鋭敏すぎていた。

 どんな音をも聞き逃さない。そして、どんな音も聞き分けられる。

 心音も、壁の向こうの音も、聞こうと思えば何キロ先の音ですら。

 そして、その心音で感情さえも読める。

 それは──過去に出会った人たちの感情と心音を結び付けているから。


 だから。


 ジンとハルルの心音を──ヴィオレッタは聞いたことがあった。


(……お姉ちゃんたちに……私が向けられていた音。

……優しい……愛の、音だ)


 その後、引き裂かれた。引き裂かれる前に向けられていた音。


(この音を引き裂かれて私は……絶望した。だから)


『……もう一度だけ問おうか。キミのその耳には、何が聞こえているんだ?』

「……(せんせー)。……ごめん」

 ヴィオレッタは口を結んだ。



「もういい」



 ヴィオレッタはそう呟く。暗く──海の底のように。色が塗りつぶされた瞳で。


「もう、ハルルとは関わらない」

「んだよ。戦闘中に不謹慎だって怒ってんのか?」

 ジンはヴィオレッタを見据えた。

 ハルルは慌てて彼の腕の中から跳び出して、槍を拾っていた。


 だが、そんなコメディすらヴィオレッタは冷たく死んだような目で見送る。


「勝手にして。それで、私にもう関わらないで。私は」


 その心音が、欲しかった。いつも与えて貰えたその心音。

(……私は。その音だけは、人から奪い取ることは出来ない。したくない。

私からは奪ったくせに。……だけど。もう、いい。その音だけは、特別だから)


「いいよ。もう、いい。帰って、死ぬまで静かにしていたい。

どうせ、もう……惨たらしく、虫みたいに死ぬだけだから」


『そうか。……最後までは一緒に居る』

「……この後、すぐに殺してもいいよ。(せんせ)。痛くても、いいよ。ううん。痛い方がいいや」

『……後のことは、後で話そう』

 抜け殻のようなヴィオレッタの隣に、狼は身体を無理に起き上がらせて寄り添った。

 ジンたちに背を向けて、ヴィオレッタは歩き出す。

 誰もその先の言葉を出せない。ジンも狼先生(まおう)も。言葉を持っていなかった。


 砂を踏む音だけが聞こえただけの音のない夜を。


「あー。ちょっと待って欲しいんスけど」


 ハルルだけが。ハルルの声が柔らかく切り裂いた。



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