【07】『無理』です【14】
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雨の中、少女が進む。
黒緑色の長い髪、黒い毛皮。少女の名前はヴィオレッタ。愛称は、レッタ。
レッタは、ずぶ濡れになって、町への道を行く。
そして、その隣には、二つの影。
黒い毛並みの狼と、びしょ濡れた煙草を咥えた真っ黒な肌の男。
「おい、止まれ。お前達、何者だ」
門番の一人が長い槍を構えて止める。
立ち止まったレッタは、目も合わせずに答えた。
「分からない」
「はぁ?」
「意味が……分からない」
「意味が分からないのはこっちだ。……ん。お前の顔……もしかして手配書の!」
一人の門番が気付き、隣の門番も慌てて槍を構えた。
そして、門番は警笛を鳴らした。
すると、門の詰所から、五人、いや十人もの勇者たちがぞろぞろと出てくる。
「お、おい! 手配書の女だ!」「さっき、トゥッケが懸賞金を掛けてたぜ!」
「生かして連れていけば、金貨何十枚も貰えるぜ!」
「またメスガキかよ」「意外と可愛いじゃねぇか」「トゥッケに差し出す前に回さないとな」
下卑た笑い声が混ざる。
レッタは、ぴくっとその会話の一部をしっかりと耳に残した。
拳を震わせる。それは、怒りか苛立ちか。
「何で、マッキーを殺したの。意味が、分からない」
「な、何を訳の分からんことを言っているっ!」
一人の勇者が槍を突き出した。
先端が、消えた。
いや、勇者の腕は、引きちぎられた。
何があったのか理解できず、叫び声も上げられないまま──勇者の腹部に穴が開いた。
「う、ぁああっ」
ようやく声を上げた。だが、それすらも遅い。
「【靄舞】……刻め」
勇者の顔は、真横に切断された。
そして、肩と腕と、腰と足が、一瞬にして切断される。
激痛に、ガラスを引っ掻いたような甲高い叫び声が聞こえた。
だが、それも、一瞬で終わる。痛すぎて、叫ぶことすらも忘れる。
トマトを切り開いた時のような、夥しい体液が、噴き出た。
「や、やりやがった、な!」「う、おぉおっ」「な、なんだこの化け物!」
「くそ、殺せぇ!!」「おおおおっ」
勇者は挑んできた。不思議だ。
私に、勝てる気なんだろうか。と、レッタは、イラっとした顔を浮かべる。
剣が振り下ろされる──その斬撃を、黒い刃が受け止めた。
黒い刃……いや、それは、黒い骨の羽だ。
少女の背から出ているのは、黒い靄を固めて作られた羽だ。
羽、というより蜘蛛の足のようだ。そんな黒い骨羽が、計十二本あった。
それらは、攻撃を受け止め、勇者二人を弾き飛ばす。
そして、レッタが体をくねらせ、その骨羽の一つが大きく横薙ぎで勇者に向かった。
これは防げる、と、勇者は剣で防ごうとした。
それが、判断ミス。
レッタが放った骨羽の一撃は、剣を易々と叩き折り、勇者の体の上半身を軽く斬り飛ばした。
返り血が、レッタを染めていく。
「あ、ああっ」
今、上下二分された男がここのリーダー格だった。
レッタは知る由もないが、彼の死により、ここの勇者たちの統率が一挙に失われた。
そこからは、虐殺だった。
逃げようとした勇者の後ろから突き刺し、その鼻の穴から脳天までを骨羽で貫き殺す。
向かって来た勇者の両腕を吹き飛ばし、絶望した顔を蹴り飛ばし、踏みつけて殺す。
胴体を抉り取られ、ハラワタを引き抜かれ、死の痛みに泣き叫ぶ勇者。
髪と、耳と鼻と瞼を削ぎ落され、その削がれた髪と耳と鼻を喉に詰められ窒息死した勇者。
眼球をくり抜き、両手の指を落とし、その眼窩に指を詰められて死んだ勇者。
その光景を見せつけられて失禁する、勇者。
ロン毛の、汚い顎髭の男は、震えあがっていた。
「偶然、生き延びた訳じゃない」
レッタは、淡々と告げた。
「お前だけ、さっき『また』って言った」
黒い骨の羽の、鋭利な先端が、男の太腿に突き刺さる。
「痛っぃいいい」
「今から、私の問いに、馬鹿みたいに正直に答えて」
ぐりぐりと、動かす。
「いぃい痛ぁだあぁぁ」
「お前、マッキーをイジメた?」
「い、ぃいいっ」
「答えろ」
「は、はいぃぃ、で、でも領主様の命令で仕方なくっ」
もう片方の太腿へも、突き刺す。
「あぁあああああっ!!! い、痛い痛いっっ」
「犯したの? 殴ったの? それとも、お前が殺したの?」
「ひ、お、犯して、殴りましたっ」
骨に当たる。その骨を砕く程の力を入れる。
「ギァアアアアッ!! あああっ!?」
「マッキーを殺した奴らはどこ」
「ひ、ぎぃ」
痛みで汚く歪んだ顔。
もうダメだ。逃げたい。どうにか、どうにか。
勇者は、敗北を悟り、生き汚く逃げようとする。
その背を、突き刺す。
「い、痛い痛い。じんじゃう。お、おねがい、じまず。だすけで」
真顔で、レッタはその話に頷く。
「いいよ。助けてあげてもいいよ」
「ほ、ほんとっ」
「うん。ただ、おねがいを聞いてくれる?」
「な、なんでじょう」
「昨日、お前たちが殺したマッキーを、生き返らせろ」
「は? そ、そんなのは、無理、です」
「そう。それが、答え。『無理』です」
「あっ、あ……」
刺す。
「ぎぁぁっ!」
刺す。刺す。刺す。
「ぎ、ぁぐぁ、ァィィィ」
刺す。刺す。刺す。刺す。刺す。
それは、もうミンチになるまで、入念に。
そして。
門番をしていた勇者は、一人残らず虐殺された。
門番が居なくなった門を抜け、国境の町の中へと入った。
「あーあ。こんな派手に暴れて」
『ふん。まぁ、いいんじゃないか。たまには』
「それに、これだけ派手に暴れれば……向こうからも、出て来てくれるはずだしね」
レッタは見据える。町の真ん中に位置する、貴族の館を。




