【01】地竜の弱点、知ってるか?【07】
一瞬だった。
メーダという少女が転んでしまい、そこに地竜が爪を振り下ろした。
ハルルが、メーダを庇い、突き飛ばした。
地竜の爪の直撃は、辛うじて当たっていないハルルであった。だが。
地竜の爪の一撃は、爆撃だ。
膂力の限りで打ち付けるその爪の一撃は、文字通り地面を爆薬で吹き飛ばしたかのような破壊力を持つ。
爆発音か炸裂音のような破壊音と共に、ハルルとその周辺の岩盤をいとも容易く空中へ吹き飛ばした。
すぐに跳躍を空中に向け、ハルルを抱きかかえた。
極力、ハルルに負荷が掛からないように着地し、すぐに怪我の具合を確認する。
肩に岩の棘が刺さり、腕と足には裂傷。何より、頭からの出血が多い。
呼吸はある。意識は。
「し、しょう……」
意識は、あるな。
しかし油断できない。頭の怪我はすぐに処置すべきだろう。
「無茶するな。大丈夫か」
「大丈夫、ッス……えへへ。無茶じゃないッスよ」
「何バカ言って」
「誰かの盾になるのは、……当たり前ッス、よ……だって、私、勇者、ッスもん」
──。
腕の中で、弱り切った声の癖に、笑ってそんなことを言うな。
まるで。お前。
『私は、お前の盾になるからな』
言葉にならない。お前が、あの人の面影に似ている、そんなことを、口には出せない。
まだ、会って間もないやつだ。
五月蠅く、騒がしく、面倒な奴だ。
だが、真っ正直で、裏表のない奴だ。
「地竜来てる! 来てるよ!! 火球!! 来るよ!!」
金髪少女が叫ぶ。
俺は、腕の中でどうにか意識を保とうとしているハルルを、その場に下ろした。
声もデカいし、無鉄砲な奴で、好奇心旺盛な奴だ。
そして、そういう奴を、俺は言うほど嫌いじゃない。
「ハルル。地竜の弱点、知ってるか?」
その場にへたりと座り込んで頭を押さえるハルルが、え? と声を上げる。
手に持ったままの鞘を左手に持ち直す。
「特別に授業をしてやろう。まず、地竜の火球だが」
火球が向かってくる。
地竜の吐く火球の仕組みは簡単だ。
奴等は胃を二つ持っている。一つは食事、もう一つは岩石を溜め込む巨大な胃だ。
その胃の中は胃液ではなく、油で満たされていて、岩石を油漬けに出来る。
更に、その胃の岩石は反芻して吐き出すことが可能。
最後に、口から出る時、牙を通して僅かな火の魔法が発動し、着火。これにより『地竜の火球』が生まれる。
つまり──他の竜のブレスと違い、実態がある。だから。
「地竜の火球は、砕くことが出来る」
鞘一本を左手で振り上げる。腹の底から響く、ガガァン! という轟音と同時に、火球は火の粉と礫になって消えた。
「そして、弱点は、あの黒曜石の角」
空中を、舞う。次は鞘を右手に持ち替え、刺突の構え。
金属が破裂するような、耳を塞ぎたくなる高音が響いた。
「こいつらの角は周辺の地形を読む為のアンテナだ。神経も魔力も多く集まった明確な弱点であり、激痛を生じさせる」
ハルルは──いや、その場にいた誰もがその一瞬の世界に目を奪われていた。
(これが、魔王討伐を果たした人の──私の憧れた、勇者の実力ッスか……!)
──体勢を崩した地竜が、『敵』の姿を探す。見当たらない。
「相手が激痛により体勢を崩したのなら、定石としては、すぐに懐へ回り込むといい。すると地竜の死角に入れる。そして、次の弱点である逆鱗だが──」
回し蹴りで、血と共に首下にある棘の付いた鱗が地面に転がる。
「逆鱗は、とても脆い」
地竜がけたたましい叫び声を上げ、後ろに一歩下がった。
狂暴な眸で、こちらを一瞥。怒りを露わにし、咆哮する。
怒りは露わにしているが、地竜は恐れている。
後ろに一歩下がったのが証拠だ。生命の危機を肌で感じ取り、距離を取った。
どの動物も同じ。恐怖から出た行動だ。
「恐怖を覚えた動物は、相手を威嚇しながら逃げる。だから次、地竜は火球を吐く。ので、その前に」
真っ直ぐに、最短距離での突進。
地竜は、口を大きく開け火球の構えを取った。
遅いな。──その時、既に、地竜の死角たる、顎の真下にいる。
「顎下の油腺脈」
どすんという鈍く重い掌底突きで、地竜の口が閉じる。
その衝撃で、牙数本が砕け跳ぶ。
地竜にとって、何をされたか分からない。
先ほど、後ずさりした時、それに合わせて、顎下に潜り込まれていた等、地竜は想像も出来ない。
「次。首胸部中心、けい窩部」
人間で言う鎖骨と鎖骨の間。呼吸器の付け根であり、簡単に言えば息をするのに必要な所だ。
これを拳で打つ。
的確に打てれば、数秒呼吸が出来ずに相手を混乱させられる。
「そして、最後の弱点は」
地竜は、ようやくその『敵』の目を見れた。
人間の言葉は理解できない。だが、その目を見た時に、地竜は悟った。
地竜は、いや、生物は恐怖した時、必ず目を閉じる。
爬虫類の特性と同じ左右両開きの瞼と、それを保護する上下の瞼、そのすべてを閉じた。
次は、両目だ。両目を抜かれる。そして。
──殺される。
生物として、もう勝ち目がない。そう悟った。
永遠のように長い一瞬が過ぎ、数秒しても、それでも、攻撃は来なかった。
代わりに地竜は、温かい掌が頬のあたりを撫でているのを感じた。
「無論、最後の弱点は目だ。これを突けば、地竜種だけではなく、どの生物も必ず身動きが取れなくなる」
ぽんぽん、と優しく地竜の頬を叩くと、地竜は恐る恐る目を開いた。
地竜は周りを確認している。戦意は、もう十分に削げたか。
「あ、あのっ!」
青い顔で、金髪少女が声を上げる。黒髪の少女を抱きかかえる手もブルブルと震わせながら。
「そ、そのドラゴンっ、こ、こ、殺さなくてっ!?」
殺さなくていいのか、か。よほど怖いらしい。
「大丈夫だ。もう戦えないだろ、こいつ」
地竜は、首を少し鳴らし僅かに高い声を出した。
屈服だ。そして混乱している。
「もう行っていいぞ。だけど、人間は襲うなよ」
地竜は、まるで言葉を理解したかのように頷き、後ずさりした。
俺が背を向けると同時に、ゆっくりと森の方へと去った気配がした。
「ど、ドラゴンを素手で倒した……!?」
鞘、使ってたけども、素手カウントでいいのか?
「流石、師匠! 最強! いや、超最強ッス!」
「お前な……俺は師匠じゃない。というか、早く拠点に戻るぞ。手当しなきゃならん」
「平気っスよ! これくらいの、け、──が」
「おい! ハルル!」
ばたん。と、ハルルがその場に倒れた。