【総集編】大間違いでも【21】
深夜26時。
不思議とまだ眠くないから、もう一回、皆で双六。
されど。ここで寝なければ明日は確実に起きれない。
けど、オッケー!
徹夜で遊ぼうぜ!
明日起きれなかったら、起きれなかったオレら全員で先生に怒られようぜ!
一緒に徹夜出来る。
一緒に遅刻して、一緒に怒られる。
それが、オレの思う友達かな!
あー。分かるよ。
正解は『そろそろ遅いからもう寝なよ』って言うこと。それを言う奴が正解なんだよな。
うん。分かる。
だから、なんつーか。
な。レッタちゃん。
オレはそういう感じなんだわ。
◆ ◆ ◆【16】◆ ◆ ◆
降り積もる白い雪、音の無い世界。
身体の半分は、雪で埋まって。
彼女の周りの雪だけが赤黒く、汚れている。
銀白の髪。翡翠の目。少女の名前はハルル。
背から心臓付近に真っ直ぐに貫通した穴は、魔物の角が突き刺さった痕だ。
一年弱前の、雪の日。
慣れた森の中で、彼女は声を出せないでいた──もう呼吸も出来ない。
白い吹雪。陰の無い世界に、忽然と少女が現れた。
黒緑色の長い髪。喪服のような黒いドレスの少女。
「助けてあげようか」
ヴィオレッタと後に呼ばれるその少女。
彼女の問いかけに、ハルルは声を出せなかった。
「貴方の命、私にくれるなら、だけど」
「──?」
意識も薄弱となっていたハルルだが、言葉の意味を捉えられずにいた。
ハルルの小さな声か、その心音かを聞き分けてヴィオレッタはくすっと笑う。
「一年したらさ。その命、私に頂戴。
ここでどうせ死ぬ予定だったんだからいいでしょ?
さ。【私に従うなら手を握って】──」
ヴィオレッタの紫水晶のような目の中に、葡萄酒色に輝く炎が浮かぶ。
ハルルはその目と目を合わせる。
『キミは、そういうやり方でいいのか』
「? 何が? だって銀白髪じゃないと【術技戻法】は持ってないんでしょ? この子が適正じゃん?」
『……そうだが。……いや、なんでもない』
隣の狼は目を背けた。
「ほら。【私に従うって約束して】。この手を握ってくれたら成立だよ。
そしたら、助けてあげるからさ」
生と死の間で、その問い掛けをされたならば──そこに選択の余地などあるだろうか。
この頃のヴィオレッタはこの問いかけがどれほど残忍な質問かは理解していなかった。
だからといって、擁護できるものではない。
ハルルは。ヴィオレッタの手を握った。
自ら軍門に降る行為も敗北とみなされる──つまり【屈服】は発動する。
ハルルはその後、魔王とヴィオレッタの治療によって一命を取り留める。
そして、サシャラの術技の定着実験が行われる。
ハルルは当初失敗だと思われた。
昏睡状態が一か月も続き、ハルルの中に術技が確認されなかったからである。
魔王とヴィオレッタが他の白銀髪の人間を探しに出て戻って来たある日。
ハルルは、忽然と姿を消していた。
「いなくなっちゃった」
『しかし、これはつまり成功だな』
「だね。けどこれじゃハルルを探さないといけないね」
『……まぁだが、行った場所は見当が付いているんじゃないか? 記憶が戻ったら家に戻るだろ』
「ああ、確かに。じゃあ後は術技回収の方に力を入れた方がいいね」
『その通りだ。いざとなったら探索魔法でも使って回れば見つかるだろうしな』
「くすくす。それはじゃあお願いね」
◆ ◆ ◆ 4 ◆ ◆ ◆
──ヴィオレッタは、『ハルルを回収』した。
しかし、ヴィオレッタはハルルと口を聞かなかった。
それどころか、彼女の仲間であるガーたちとすら、あまり喋ることは無かった。
狼先生の隠れ家に戻ってから一人で部屋に閉じこもっていた。
「レッタちゃん、大丈夫ですかね」
ガーが問うと狼先生は鼻を鳴らした。
『知らんね。私は保護者じゃないんだ』
「え!? 保護者じゃないの!!?」
『ふん。……ただ成り行きで魔法を教えただけの関係性にすぎないさ』
「なるほど。確かに保護者じゃなさそうだ」
『だろう』
「それよりももっと大切な関係性ってことですね!」
『……はぁ。ガーは本当に、そういう奴だったな』
狼先生は一つ溜め息をしてから歩き出す。
「あれ。どこに行くんですか、先生?」
『本を取りに行ってくる』
そうして、ヴィオレッタが閉じこもっている部屋に狼先生は入った。
部屋は、明かりすらついていなかった。
部屋の隅でヴィオレッタは膝を抱えて、何も写さない目でただ積まれた本の背表紙を見つめているだけ。
(──昔と、同じ目をしているな。この目が私は。好きじゃないんだ。
生きているのか死んでいるのか分からない目。いや、『死んでいる目』だろう。
感情がない。それは、何もその先の物語を見いだせないということだ。
ただ呼吸するだけ。それは、生きているとは呼べない。
だから──私は、この子に夢を与えたんだ。死者蘇生という夢を。
残酷な……道程になってしまった。
それしか与えることが出来なかったとはいえ、他にもあったのじゃないかと後悔もある)
「師。何の用」
『本を取りに来ただけだが』
「……今、一人になりたいって、皆に言ったよね」
『ガーに言っていたな。私には言われていない』
「師、私、一人になりたいの。出て行って」
『断る。ここは私の家だからな』
ヴィオレッタは険しく狼先生を睨み、立ち上がる。
そして、椅子を蹴り飛ばした。
「じゃあ出てく」
『何故、それほどまでにイライラしている?』
「師がウザいから!」
『そうか? それが。いや、それだけが理由には見えないがな』
『キミは、私と研究していた時から比べて、成長した。
それは、多くの出会いからだろう。
王鴉のノア。彼女を育てていた少女のマキハが理不尽に殺されたな。
そこに生まれたというだけで理不尽な一生を義務付けられたハッチも見て来た。
違法だからという理由だけで全てを奪われたヴァネシオスとシャル丸も見た』
「何が……言いたいの」
『そして、雪禍嶺ではイオが惨たらしく殺されたな。その後も、改造された人間が操られ──』
「何が言いたいのッ!」
それは、金切り声のように甲高い──悲鳴のような怒号だった。
「師は回りくどいのッ! そう言う所、昔から大嫌いなのッ!!」
『そうか。まぁそれならそれでいい。ガーにもよく言われるし、そうだな。まとめてみようか』
『キミは、キミが嫌う『理不尽』に自身がなっていると自覚している。
ハルルにとって、キミはただの『理不尽』な悪だと、理解してしまっている。だから──』
机が蹴飛ばされ、狼先生へ向かった。
無論、魔王である狼先生の手前で机は粉々に砕け散る。
「違う」
『違うのか?』
「ハルルは。……私が助けた。だから、その時に、約束した。命を貰うって。だから」
『だったら。……迷う必要は無い筈だ』
「……分かってる」
ヴィオレッタは吐き捨てるようにそう言って、歩き出した。
『どこ行く気だ』
「トイレ」
そして、扉に手を掛けた時、ヴィオレッタは立ち止まった。
狼に背を向けたまま。
「……師」
『なんだ。早く行かないと漏れるんじゃないか。昔みたいに』
「……ッ!! 死んじゃえ、馬鹿っ!」
バンッ! と扉が閉められた。
狼先生は、まるで誰かのようにくすくすと笑って見せた。
『はは、顔を赤くして。良い顔をするようになったじゃないか』
◆ ◆ ◆
──そして、小一時間後。
外の墓地の真ん中にある石碑の上にヴィオレッタは腰かけていた。
その隣に、狼先生はそっと座る。
二人は、しばらく喋らなかった。
流れる風と時を頬に受けて、ヴィオレッタは目を細めた。
「出会いたくなかった。ライヴェルグ……ううん、ジンに」
『そうか』
「ね、師」
『なんだ?』
「……大切な人が、殺されたの」
『ああ。そうだな』
「不条理に。皆、死んだ。だから、また笑って貰いたいの」
『そうだな』
「皆に、一回ずつでいいから。会って、一言でいいから喋りたいの」
『うん』
「お姉ちゃんたちに、謝りたいし、お礼も言いたい。大好きって伝えたい」
『ああ。……伝えないとな』
「……ねぇ、師。教えて欲しいことがあるの」
『なんだ?』
「私……間違ってるのかな?」
「死んだ人を生き返らせたい。会いたい。その為に、誰かを犠牲にする。
これって、間違えてる? 間違ってるの?」
(間違っていない。感情は何一つ間違えていないよ。だけど。
……私は。キミに魔法を、いや……色々なことを教えた行きずりの一人として。
……師として、答えないとな)
『間違っているよ。これ以上ない程に、大間違いだ』
「……そう。なんだ」
『だが、しかしね。その言葉には続きがある』
「え?」
ヴィオレッタの後ろから、優しい腕が伸びて、彼女の肩に乗った。
黒い肌で、少しゴツゴツしたその手。
それから焼けた肌の女性の手は、ヴィオレッタの頭を撫でた。
「ガーちゃん? ハッチ?」
『正解か、不正解か。そんな些事、どうでもいいそうだ』
「そうだよ。どうしてもお姉ちゃん生き返らせたいんでしょ? だったらいいんじゃない、それで」
「だぜ。先生に言いたいこと言われちまったけどさ。まぁそういうこと!」
「2人とも……いいの? 悪いことだし、大間違いだよ」
「らしいけどさ。折角ここまで一緒に来たんだから」
「一緒に間違えようぜ、レッタちゃん」
「くすくす……。くす。物好き、だね。皆。とっても。……とっても」
ヴィオレッタは愛しそうに、微笑んだ。
「ありがと。2人とも。師も」
『ふん。私は別に2人を連れて来ただけだ』
「くす。意地っ張り」
『キミほどじゃないさ』
後は──次の満月。その日に術式を発動させる。
そして、ハルルの人格の上にサシャラの人格を再現する。
(──正直。成功率は二割も無い。……術技と魂は『別物』なのだから。
だけど……それでも、二割もある賭けなら。あの子は行うだろう。
……必要な術技も集まり切っていないが。もうあの子には時間がない。
……結局、私の作り続けた病気を取り払う魔法も完成しなかった。……こうなる運命だったんだろう)
狼先生は月を見上げる。
(奇跡でも起きなければ、あの子は助からない、か。
──奇跡の一つも起こせないで、何が……保護者、だろうかね)
自らへの静かな悪態を吐いて、狼先生はヴィオレッタたちの背中を目で追った。
温かい。彼がそう感じた理由は、きっと。
考えることを辞めて、狼先生はそっと、目を閉じてからまた歩き出す。




