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【総集編】月下告明【14】


 ◆ ◆ ◆【13】◆ ◆ ◆


 ──狼姿の魔王、通称『狼先生』の魔法によってヴィオレッタたちはロドラゴの隠れ里まで転移魔法(いどう)した。

 その夜、ヴィオレッタは里を抜け出し『自首』を行う。

 それは、雪禍嶺(せっかりょう)地下大迷宮(ダンジョン)で出会った『ジン』との賭けの支払いの為であった。

 彼女の詭弁(かんがえ)としては、一泊すれば自首を行ったことになる、とのこと。


 しかし、ヴィオレッタの身を案じた彼女の仲間、ガー、ヴァネシオス、ノアにシャル丸、そして狼先生までもが姿かたちを変えて彼女の居る牢へ収監。


「レッタちゃん。オレらはそん()なに強くないけどさ。

頼りないかもしれないけど。それでも、なんつーかさ。

戦場(どこ)行くにしても、馬鹿(なに)やるにしてもさ。なんだって一緒にすっからさ。

レッタちゃんが行きたいなら、牢獄でも地獄でも一緒に行くから。

オレらに隠して行くのだけは、もう無しにしてくれ。……マジで、お願いだ」


「ガーちゃん。……うん。分かった。約束する。

……心配かけてごめんなさい。来てくれて、ありがと」


 そして少女──ヴィオレッタは幸せそうにくすくすと笑った。


「じゃ。脱獄()よっか。ちょっと早いかもだけど、皆に心配かけちゃったからすぐに、ね」


「え?」


「くすくす。一人で来たのは一日したらすぐ出ようって思ったからなんだよね」

『……はぁ。そんなことだろうとは思っていたが。なんにしても皆に説明はしてから行きなさい』

「はぁーい」


 ──後の世の歴史に『ヴィオレッタの奇怪な行動の一つ』として記録される『一泊事件』であった。


 ◆ ◆ ◆


 脱獄後──オレたちはロドラゴの隠れ里には戻らなかった。

 夜分で迷惑だろうというのもあった。同時に、一ヶ所に居続けるのも目的じゃない。


 その後は、オレたちはいつも通り、狼先生とレッタちゃんが目的とする場所に向けて進んだ。

 知らない場所に辿り着いて、適当な飯を作って、なんとなく笑って過ごす。


 今日の寝る場所は、この廃墟。

 盗賊たちをとっちめて、今日はちょっと豪華な飯を食べた。


 ……こんな、荒ぶってるけど自由な日々が続くなら、それはそれで楽しいんだ。


 虫の声がする夜だった。

 皆が寝静まったから、静かな夜とも言える。


 夜空を見ると、なんだかいつもよりも大きな月が、でーん、と出てた。

 鮮やかなレモン色の半月の下で、オレと狼先生は並んで座る。


「狼先生」

『うん?』

「オレ。レッタちゃんをずっと見てるんです」

『……盗撮や窃視の類は程ほどにな』

「くっ、流石、先生……バレてッ」

『やってたのか。いや、やっぱりやるなよ??』

「……まぁその。それは置いといて」

『うん』

 何から言うか。考えた結果、答えから言うことにした。



「レッタちゃんの──病気は何ですか?」



 唐突な言葉に、流石の狼先生も目を丸くした。

 言葉を失っているようだ。

『お……驚いた。すまない。素直に驚いてしまった。

あの子に聞いたか? いや、聞いても言う筈がない。ガー、お前、自分で気づいた、のか?』


「多分そうなりますかね。ずっと、見てたから」

 レッタちゃんが眠ってる時、呼吸が浅くなったりする。脈が弱い時もある。

 まっすぐ歩けていない時もある。くるっと踊るみたいに歩くのはそれを隠す為。

 出会った時より2.1キロも体重は減ってる。腕の動作に不安もあるみたいだ。

 食欲も怪しい。足の痺れもあるみたいだった。それから──


『ストーカーの観察眼は恐ろしいな……。この恐ろしい才能と能力が正しく使われることを祈るばかりだ』

「照れるなぁ」『定型的なツッコミだが、褒めてない、とツッコンでおく』


 ため息を吐いた狼先生は──滔々と語り始めた。


『この病は沈塊症(シェンツ)という──』


 血流に乗り、身体の中に病の巣が出来る。細胞の異常、身体を蝕まれていく病。

 押さえることは出来ても、その細胞自体を治すことは魔法でも医学でも不可能。

「不可能って」

『そうだ』




『不治の病だ』




『私の状態異常を治癒する魔法を使って身体を騙している。

身体の内部を正しく治す魔法ではない。例えるなら、船底に穴が開き溢れる水を、バケツで掬ってどうにか外へ出す作業のようなものだ。船底を塞いだ訳じゃない。だから水は溢れる。

そして、水圧は穴を次第に大きくし、バケツなんかで水は外に出せなくなる』


 なんとなく。……分かっていた。

 だけど、目を逸らしたくて、逸らしていた。

 ……でも、逸らしちゃいけない気がした。

 急いでいるように、見えたから。

 レッタちゃんも、先生も。

 だから。オレも知らないと。

 ……本当は。口に出したくも無いけど。


「レッタちゃんに残された時間は……もう」


『ああ──あの子は次の冬を越えられない。

奇跡でも起きない限り、春を……迎えることは不可能だろう』


 奇跡? 奇跡だって? 

 狼先生が『奇跡』を口にしたことが、オレは信じられなかった。


「どうにか。ならないんですか」

 身体の臓器に癒着するなら、オレの臓器を渡す。それならどうなんだろうか。

 なんでも。渡すのに。


「ごめんね。ガーちゃん。私は、もう治療の魔法でも治らないんだ」


 後ろから声がした。振り返れば黒緑色の髪を風に靡かせたレッタちゃんが笑っていた。

「レッタちゃん……。そんなこと、言わないでくれよ」

「くすくす。でも、分かっちゃうんだぁ。魔法でね、痛みは感じないんだけどさ。

……ああ、きっともう『無い』んだろうなぁ。って。自分の身体だからかな? くすくす」


 オレは……何か口にしようとして、口に出来なかった。


 この世界の魔法を全て極めた魔王が、奇跡でも起きないと不可能だと告げた。

 聖女級の回復魔法を操るレッタちゃんが、治療出来ないと告げた。


 本当に──助からないのか。


 手から、血とか力が抜けていくような、代わりに寒気のような嫌な感覚が体に入ってきた。

 怖い。いなくなってほしくない。そんな気持ちが。


「だから、好きな人にもう一度会いたい、ってことなのか?」

「……そう。一目でいいから。……一言でいいから、喋りたいの」


 ──レッタちゃんは『愛する人』に会いたいらしい。

 ……そう、オレは最初から、負けヒロインならぬ負け狂言回し……だけど。それでも。

 レッタちゃんが、それで……幸せなら、それが、幸せだ。


「必要な術技(スキル)は揃ってないけど。もう時間が無いから。

ね、(せんせー)。無理矢理構築してみようかな、って思うんだけど」

『……そうしたいならそれでもいいが』

術技戻法(スキル・リバーサー)持ちが居たら解決出来ると思うし、ハルルお姉ちゃんを先に捕まえない?」

『いいや、ハルルの件は後回しでいいと思うがね。記憶も穴だらけの筈だが帰巣本能というのが働くだろう。

どうせ東部方面の家に戻っている筈だから』

「それもそうだけど。今の私の魔力なら、多分、上手く行くと思うんだよね。あの魔法式も」

『しかしなぁ』


「……ハルル?」


「? ガーちゃん、どうしたの?」

「え。あ、いや。その探してる子の名前って、ハルル、っていうのか?」

「うん。え、もしかして、ガーちゃん、心当たりあるの??」

「あ、ああ……『ルッス』。あ。そっか、ニックネームでしか話してなかった。

オレ、ダンジョンで一緒にいた子が、白髪の、ハルル、って子で」


『ほう。……あの場にいたのか』

「勇者してるんだ。……影響、かな」

『かもしれないな』

 ?? 影響??


 ──詳しくは聞けなかった。

 けど、ちょっと聞いて理解した。


 ハルルを生贄にして、愛する人をこの世界に呼び戻す。

 らしい。


 術技戻法(スキル・リバーサー)が何なのかは分からないけど、それをハルルが持っているらしい。


 ……レッタちゃんには、言えなかったけど。

 普通の人を殺す、っていうのはレッタちゃんはやらないと思っていたから、オレは驚いた。


 言うつもりは無かった。


 けど、狼先生が、オレが何か言葉に詰まってるの気付いたんだよね。

 だから、その後、レッタちゃんが居ない時に狼先生と話した。


 ……言葉にするのが難しかったけどさ。

 なんだろ。勝手にさ。

 先生も、レッタちゃんもさ。

 敵対してくる奴。悪意がある奴。許せない奴。そういう、奴だけを殺すのかって思ってたから。


「そういう殺しを、やらなそうって思って、ました」

『やるさ。……そういう殺しも、やる。私は魔王だぞ』


「……昔の魔王様って人をオレは知らないんであれですけど。

今の、オレが見てる先生は、一般人と敵は、区別してる。だから」


『ガー。──言うな。もう』

「……先生」


『私が言い、技術や知識を与えた。あの子が生きる為に』

「生きる為?」

『ああ。……なんにしても、教えた私に責任がある。最後まで付き合う義務と責任だ』

「……そう、なんですよね」

 ──ハルルは。いい奴だ。

 いい奴を……生贄。つまり殺すのは。


『この旅は、私とあの子が始めた旅だ。とても身勝手で、とても利己的な旅だ』

「……それは」

『決して許されない旅であり、旅の終わりにはきっと、幸せが無いだろう。

死者蘇生は今までどのようにしても不可能だった。

もし成功したとしても……きっと、この果ての結末は幸福には遠い』


「……──降りるなら今、ってことですか?」


『今日は察しが良いガーだな』

「それに関しては答えがすぐ出てますけどね」

『そうなのか』


「ええ。──オレ、レッタちゃんと一緒に生きるんで。痛みも罪も一緒に背負っていくって決めてるんで」


『そうか』

「……ルッスが、どうしても生贄になるのは……きっとその瞬間も飲み込めないと思います。

いや、その後だって、ずっと嫌な気持ちが残るけど。それもずっと一緒に背負う。

って、今決めました」

『今か』

「話してて整理出来た感じで!」

『まったく……ガーらしいガーだよ、お前は』

「それ褒めてます??」


 ──決意。っていうんだな。これ。

 オレ、決意した。いぇい。字面だけなんか面白いよね。ああオレは至って真面目だけどさ。


(せんせー)。私が居ない間に、ここに来た?」


「あ、レッタちゃん?」

『いや、来てないが』

「そっかそっか。うーん。困ったね」

「? どうしたの?」


「薬と研究資料。盗まれたみたい」


『は?』「え??」

「資料は良いんだけどね。私の頭の中にあるから。薬はちょっとやだなぁ。

作るの大変……あ、ハッチと一緒に作れば早いかも。素材は大変だなぁ。

あるかなー……」


『待て待て。何、空き巣だと? ここは廃墟ではあるが魔法結界があってだな』

「うん。くすくす。魔法が得意な空き巣さんかな」

『何……何を盗まれた』

 レッタちゃんと狼先生が資料の名前とか薬とか、色々とよく分からない言葉を羅列していた。

 オレ、混乱。察してレッタちゃんがくすくすと微笑んだ。



「ともかくね──誰かが何か、悪巧みしてるのかもね」


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