【総集編】交差する轍①【10】
◆ ◆ ◆【12】◆ ◆ ◆
鍾乳洞と虹色に光る蛍石。季節感を失わせる薄ら寒い空気が充満していた。
ここは地下大迷宮。
それも深層と呼ばれる階層に、彼はいた。
彼の名前は、ジン。元魔王討伐の勇者にして、今はその称号も名声も剥奪された便利屋である。
彼の手元にあった灯りの魔法が、今ゆっくりと消えた。
すると天井は無数の星のように鉱石が怪しく輝いている。
今の時間は何時だろうか。この地下大迷宮に入ってどれくらい経ってしまったか。
多分、今はもう夕方過ぎの筈だ。感覚が合っているならもう六時間も経過してしまったか。
クソ、と内心で毒づきジンは嫌な顔をした。
「おい。……その、腹減ったか?」
問いかけると隣の影は首を振った。
ジンはそのやせ我慢に、ため息を吐く。
少なくとも六時間は歩き通した筈だ。腹も減るはず。
腰にある鞄の中に非常食が入っていた。
保存が利く鼈甲飴と硬めのパン。それから蜂蜜の小瓶。
パンは火の魔法さえ使えればどこでも美味しく変わる。
少し炙れば柔らかく戻り、そこに蜂蜜を僅かに垂らす。
「ほれ」
「……」
ジンは『雷の灯』の魔法を使い──また辺りを照らした。
ここは空洞。目の前には浅い地底湖。
少し戸惑ってから、少女は近づいてきた。
「少し食べとかないと持たないぞ、ヴィオレッタ」
「……ありがと。ジン」
──最強の勇者と言われたジンと、魔王の弟子と言われているヴィオレッタ。
奇妙な掛け合わせの二人が、その地下大迷宮を進んでいた。
◆ ◆ ◆
──ジンたちはクオンガで『旧友の危機』を知る。
雪禍嶺に居る《雷の翼》に所属していた鬼人の姫『サクヤ』に危機が迫っていた。
具体的な危機の内容こそ不明だが、緊急事態を告げる暗号の手紙が届いたのである。
ジンとハルル、そしてルキはサクヤを助けるべく雪禍嶺へ向かうのだった。
──ヴィオレッタたちにも事件が起こる。
スカイランナーという魔族が現れ、魔王である狼先生が拉致したのである。
雑な言葉で言えば『不意を突かれて誘拐された』のだ。幸い、ヴィオレッタは魔王の居場所を探知しており、その目的地は『雪禍嶺』。
ヴィオレッタ一行も、魔王を助けるべく雪禍嶺へ向かった。
そして、ジンたちとヴィオレッタ一行が邂逅。
それだけでも混沌とした状態だったのに、狼先生を拉致したスカイランナーが現れる。
戦闘のドサクサで、スカイランナーの転移魔法が暴発。──その場にいた誰も彼もが強制的に転移させられた。
雪禍嶺の地下深くの『地下大迷宮』に各々は強制転移。
ジンが目を開けた時、足の上に居たのが。
「ヴィオレッタ……?」
「……便利屋? え? ここどこ?」
こうして奇妙な組み合わせが生まれてしまった。
◆ ◆ ◆
追い込まれた時の行動が、人間の本質、ってよく言うじゃん?
言わない? まぁ、なんでもいいね。言うよね。うん、言うね!
とりあえず、追い込まれたオレは……煙草を吸いたいと思います。
けどさ。落ち着いた後に、レッタちゃんを思い出してさ。
だんだん、だんだん。寂しくなってきた。
あの黒緑色の髪、菫色の目、壊れそうな白い肌。ああ。好きだ。
寂しい。よし。これもまた人間の、いや、オレの本質!
寂しい時は──叫んで呼ぶぞ!
「レッタちゃあああああん!」「ししょおおおおおおおお!」
「ん?」「え?」
真横、つまり隣。──白髪の女の子と出会った。
少し見つめ合った。そして、なんでか、本能的に。
「しっしょおおおおおおおおおおおおお!!!」
「レッタちゃあああああああああああん!!!」
声の大きさで張り合った!
なんだか知らないが、負けられない気がしたんだ!!
思いの大きさ勝負的なっ!
──この子の名前は。
「ハルルッス!」
「ハルルッスか。ハッスルみたいでいい名前だ! オレはガーちゃんって呼ばれてるよ」
「ハルル、ッス!! ちゃんと区切ってくださいッス!」「冗談だって、ハルルッス。よろしくな」
「もう。よろしくッス、ガーちゃんさん」「敬称大渋滞」
◆ ◆ ◆
実は、アタシがハニエリって名前で名乗ってる時にルキさんと面識あった。
聖女してた時に、ルキさんと会食したんだよね。
どうしよう。バレたら厄介なんだけど。
「キミ、名前は」
「えっと。ハッチです」
「そうか」
「キミ、手配書は無いけど──ヴィオレッタの仲間か?」
──深い紺色の目が、アタシを見た。
嘘を吐く。ごまかす。そんな選択肢が、一瞬だけ浮かんだ。一瞬だけね。
でも、だから、すぐに答えた。
「仲間だよ」
嘘でも。仲間じゃない、なんて言いたくないから。
「……仕方ない。まぁいいさ。とりあえず先を急ごう」
「え、あ。はい」 肩を貸して、私たちは進む。
「あの車椅子は」「この不整地じゃ難しい。もう少しなだらかな場所で『出す』とするさ」
「ああ、そうなんですね」
「安心したまえ。借りは返す主義だ。魔物が出たらまとめて倒してあげるよ」
「え、ああ、いえ。肩を貸すくらいで貸しだなんて思ってないですよ」
「ふ。そうだね。──これは肩の借りじゃないさ」「え?」
「グラス、割ってくれたお礼さ」
──聖女してた時に、ルキさんの嫌がる話題を、グラスを落として割って止めたことがあった。
覚えていてくれてたんだ。と同時に──ああ、顔、バレてるよね、やっぱり。
「『ハッチ』。行くよ」
きっと敢えてなんだ。アタシの今の名前を呼んでくれたのは。
◆ ◆ ◆
──スカイランナー。覚えてるのは野心家だったことと、間抜けだったこと。
将として軍を任せたら壊滅させた上に、助けてくれと泣きついて来たから失脚させた。
だが。どうやら、それに腹を立てての行動らしい。
話が、長くて眠くなっていた。
ともあれ、スカイランナーの今回の行動は、魔王時代の私への怒りが起因しているらしい。
「その時に思い描いたのです! ワタスシはいずれ、貴方を失脚させ! そして魔王になって、もっと辱めてやろうと!!」
『ん……そうかそうか。で、思い出話は終わったか?』
「っ! この犬畜生の分際でっ!」『魔王だがな』「ぅぅぅ! キャンキャン鳴くがぁいい!」
殴ってくるな。痛み? 然程無い。
こんな姿だが内包する魔力量は見た目より遥かにある。拳程度の威力なら十分に防げる。
とはいえ。困ったな。
私を縛るのは『崩魔術式』で作られた鎖だ。これに縛られている間、魔法は発動後に消失する。
魔法が使えない。即ち、脱出が難しい。
いや。隣で捕まっているヴァネシオスが策があるようだ。
これは、わざと掴まって、ここまで運ばれてきたようだ。
しかし。スカイランナーはここまで強い魔族じゃなかった。
何をしたのか。問い掛けたら教えてくれた。
こいつの口の軽さは魔王軍の中でも問題視されていたからな。……今回も軽々に語ってくれた。
「この娘を使ったんですよ! イオ!! 彼女の超レア術技!【瞬間複製】をね!」
──なるほど。その娘は術技を蓄える力があるそうだ。
娘が術技名を口頭で言うと、一回だけ発動できるらしい。
しかし、娘の口から術技を言わせず、他者の術技を強制的に発動出来るスカイランナーが居れば話が変わるそうだ。
娘は術技名を口にしていないから、何回でも使える。とのこと。
効果の穴を衝き、スカイランナーはその術技を使いたい放題に出来るらしい。
だが、イオが口にしたら終わりだ。なら彼女の口から術技名を言わせれば。
そう思った時。
「すふふ! 処置済みですよ! イオは術技名は愚か自分の名前も、夕飯さえも口には出来ない!
ああ。一応唇の端には管が入るんで、そこから給餌はしますがね、すふふふ」
鼻の下から顎にかけての皮膚は焼け爛れていた。そして、唇が接合されている。
喉にも声が出せないように釘が打たれていた。
……。
『お前がやったのか?』「他に誰が居ます?」『そうか』
「同情しましたか?? 戦場ではあれだけ無差別に殺してきたのに」
『……』
その通りだ。私は、戦争で多くの子供を殺した。赤子も、学生も、若者たちを殺した。
だが。
『スカイランナー。高貴さとは、程遠いな』「誉め言葉として受け取っておきますよ。すふふ」
◆ ◆ ◆
──一定の心音。
自分の強さに自信がある音。合わせて優しさが絡められている。
けど、そこの裏拍に混ざっているのは不安。
自分の力が何かを壊しすぎないか、常に考えている人の心音。
あ、ごめん。話してなかったね。
私、耳が凄く良いんだ。相手の心音が細かく聞こえるくらいに、耳が良くてね。
だから心音で相手を分析できたりするんだよ。凄いでしょ?
こういう心音の人は、とにかく強い人。
芯が強くて、優しくて、本当のヒーローみたいな、人。
それが……ジンって人。
気持ち悪いくらい強い人。
今ね。向かってくる竜をどっちが先に倒すかの賭けで遊んでるんだ。
ゲームに勝ったらなんでも言うこと聞く、って遊びしてるんだ。
くすくす。負けたらどんな目にあわされちゃうのかな? こわーい。くすくす。
「壁越しの会話も聞こえるのか?」
「聞こえるよ。隣で話してるくらいに聞こえる」
「俺の血流とかも」「うん。あんまり拾うことないけど、拾おうと思えば拾えるよ」
「取捨選択出来るんだ?」「練習した」「なるほどな」
──思いやりの心音。慈愛少々の心配。
打算は一切無い。ただの思いやり、優しい心音が私に向けられた。くす。
「心配してくれてありがとう」 ジンは驚いてくれた。
「俺が、今、心配していたっていうのも分かるのか?」
「ちょっとだけね」
「凄いな。……正解だ」
「くすくす。ありがと。だから貴方も寝た方がいい。……明日は、きっと疲れるよ」
「……そうだな。お言葉に甘えて、少しだけ寝るよ」
横になった。ああ、お節介な人特有の心音がする。
……それから。
怒りと殺意と、ものすごい嫌悪感の心音。これは私へじゃない。向きは遠い。
だからつまり──師への感情だ、と推察出来た。
「なぁ、ヴィオレッタ。お前は多くの人間を殺した。だが、やり直せると思うんだ。
その罪を償って真っ当に生きる気はないか?」
お節介だなぁ。……。
「魔王と居るんだろうが……あいつは危険だ。だから」
「危険かどうかは私が決める」
「悪い」 すぐに反省してくれた。
くすくす。ほんとに、良い人なんだね。ジンさんは。
「気にしないで。貴方が、せんせーを嫌いなのは伝わってたから」
「そうか。……なぁ、何故、魔王と一緒にいるんだ?」
……。あ、眠くなってきた。もう、駄目かも。
「夢を叶える為だよ」
すっと瞼を閉じた。もうおやすみにする。
「夢? それって」
「……」「? ヴィオレッタ?」
「……」
「寝るの……超速いな」
12の交差する轍はページ数多いので分割します。
申し訳ございません。
※ 追記 ※
誠に申し訳ございません。14日の更新もお休みさせていただきたいと思います……。
言い訳がましいことなので、お伝えすることを躊躇うばかりなのですが……
年末年始からどうにも職場が安定せず執筆の時間が取れず苦心しております。
本当に申し訳ございません。
決して途中で消えるような真似は晒しませんので、少し多めに見てくださると助かります。
必ず安定した執筆を行えるように致します。
改めて、明日の投稿はお休みさせていただきます。よろしくお願いいたします。
2025/1/14 1:45 暁輝




