【総集編】正義狂い【09】
◆ ◆ ◆【11】◆ ◆ ◆
正義狂い。勇者の理想形。赤熱した狂気。
彼女を形容する言葉は幾つもある。
どれも彼女の業績から付いた名だ。
彼女の名前はティス・J・オールスター。
その溶鉱炉から取り出したばかりのような赤い髪を結う少女は今日も『正義』を行い続ける。
◆ ◆ ◆【EX】◆ ◆ ◆
勇者は、4・5人集まってチームを組む。
そしてチームが3つ以上集まると、部隊と呼ばれるようになる。
慣例的に、部隊には『名前』を付けることが多い。
《雷の翼》や『サーカス』、『白十字薔薇紋軍』など、王国の中で有名な部隊は幾つかある。
『砕心色』──RuDSは、その有名どころに並べるような、それなりに大きな部隊になった。
大きくなれば、末端の制御はし辛くなっていく。
基本的に、彼らは気がいい奴らだ。
しかし。暴走、とも言える。
本隊と違い規律を守らんとする上官が居ないからだ。
いや、厳密には。
「なぁスタブル。どうしたんだよ」
「いや。やり過ぎたんじゃないかと思ってな」
「やりすぎ?」
「ああ──あそこまで奪いつくす必要も無かったとも思う」
「おいおいスタブル。いいじゃねぇの、それくらいさ」
笑ってくるのは俺より年上で俺より勇者階級の高い男だ。
だから、馴れ馴れしく呼び捨てて話しかけてくる。
とはいえ。俺の方がRuDSでは役職が上の筈なのだ。
しかし。俺の性格もあるのだが……今、このチームは指揮系統があっていない。
……まぁ、問題ないか。
今回の任務は、言ってしまえば雑用だ。
ティスは『隊長であるが勇者階級は5級』という少々異常な状況であり、たまに雑務をしなければならないんだ。
「なー、ティス隊長はなんで昇級しないんだ? 隊長ならすぐにA級だろ?」
「ばっか、即S級だろー」「いやいや、SS級さー!」
などと言う酒場の声がした。
「スタブルは何か知ってる?」
「……さぁ」 ──などと言葉を濁すが、真実はティスという女の子の性質によるものだ。
彼女は……『変化』が苦手──いや、嫌いというべきか。
彼女には決まりがあって、例えば寝る前に枕元に置く物にも順番がある。
左から順に『短剣』、『時計』、『裏返した法典』、『コンパス』、『水筒』だ。
これらは必ず同じ配置、同じ向きで置かれる。
気に入ったものを、同じ場所に置く。
それは階級章も同じだ。彼女は5級の階級に執着をしている。
5という数字が好きだそうだ。そして階級章が星の形というのも起因する。
星の形が彼女は好きなんだ。
彼女は実力的にも、誰もが認める『A級以上』だが……永遠に5級のままになるだろう。
このようなことを知っているが、末端の勇者たちに話しても仕方がない。
「おぉーいぃ。スタブルさんは副隊長だぞぉ。お前、敬語ぉ使えぇぇよぉお。敬語ぉぉ」
──とても間延びした喋り方の男は、バーンズという。
これは誰にも話さないが、バーンズは戦時中に魔族に拷問を受けて耳が壊れているそうだ。
聞こえるようにこそなったが、未だに完治しきれず、間延びしたような喋り方になっている。
「す、すみません、バーンズさんっ」
「おぉーよー。スタブルさんは強くはねぇえけど、俺たちの副隊長だぁあ、敬えぇ。わかりゃあいいんだぁよお」
下っ端を追っ払って、奥の席に俺とバーンズは腰かける。
酒場の中心側では魔物を痛めつけて遊んでいるらしい。
趣味が上等ではないが……それでモチベーションが保てるならそれでいい。
「聞きたかったんだけどよぉー、スタブルさぁん」
「なんだ?」
「おれの、炎の魔法も効かんのかぁあ?」
「ああ。術技の話か」
「そぉおだよぉ。属性魔法、全部無効、って本当なのかぁあ?」
頷いた。
持っている術技の名前は【無頓】。
属性魔法はすべて効かない。状態異常も一切ならない。
だから、腐ったものを食べてもお腹を壊さない。俺の前では賞味期限切れすら無効だ。
人によっては最強の術技と言ってくれるが、また別の人からは最弱の術技とも言われる。
というのも術技の概要は以上が全てである。
「無効ではある。が、殴られたり斬られたりしたら痛いから有効でもある」
「へぇ。そぉなのかぁ」
不意にバーンズが頼んでいた麦酒が届いた。ああ、飲むのか。
「やめた方がいいんじゃないか?」「あぁああ? いいんだよぉ! 今日くらいさぁあ!」
いや、お前は……。
ぼんっと燃えるように顔が赤くなった。バーンズ。お前は、酒が弱い。
そこから暫く会話してから気が大きくなったバーンズを見送る。
あちらの喧噪の方で親睦を深めているのだろう。俺は別の帽子の勇者のプッキャと会話をして。
その最中に、男が殴りこんできた。
ああ。あの魔物の飼い主みたいだ。
暴れて、暴れて……その後、取り囲まれてリンチされている。
……別に何も思うことは無い。魔族相手にしているんだからそういうこともある。
ただ、あの飼い主は、少し頭が良かった。
仙日草を燻した粉──虫下しに使われる痒みの煙幕を投げてシャルヴェイスを抱えて逃走した。
煙幕か。良い手腕だな。
この痒みも状態異常らしい。無効だ。
さて。誰も彼もが痒みに苦しんでいる中で、バーンズは流石に動けたようだ。
先陣を切って追いかけて行った。
数十分してから、他の彼らも追いかけて行った。
一時間しても戻らないから、様子を見に行ったら、片っ端から倒れていた。
……ああ、片っ端から死んでいた。
何故かバーンズだけ生きている。
俺は少し腕を組んで考えた。
「……ティスに伝えに行くのが先か。バーンズの手当てが先か」
俺の、手当……してくれ、よぉ。と声がしたので、バーンズを手当てすることにした。
この後、馬を飛ばしてティスと合流する必要がありそうだ。
◆ ◆ ◆
正義。私は正義。正義の行いをしているのであります。
だから私は間違えていないのであります。
何一つ。髪の毛一本、私は間違えていないのであります。
◆ ◆ ◆
「『トラルセン条約』、第三。住居の限定であります。
魔族は王国監視領である西方諸島以外に住んではいけないと明確に定めているのであります」
鉄を焼いたような赤い髪を一つ結いにした少女。輝く赤い瞳。
背丈は極端に低い、少女。白い長マントを靡かせて、彼女は溜め息を吐く。
「同、第五。武器の放棄に違反しているのであります」
拠点から放たれた矢を見て出た言葉だった。
彼女の瞳から、僅かにバチっと火花が散る。──時が緩やかに一瞬流れ、矢の降る位置を確認した。
「ティスさん! 魔族は敵対の意志があるので攻撃を──痛っ!」
「おや。大丈夫でありますか? 矢は避けるか落とすかした方がいいでありますよ」
足を射抜かれた部下を横目にティスは巨大な鉄槌を構える。
無骨な金槌。血塗れのハンマーヘッド。刻まれた『正義』の二文字。
「もう戦いは終わっているであります。というのに」
超重量級の金槌を片手で回し──矢を落として数歩進む。
「何故、『悪党』は今際の時も矢を撃つような真似をするのか、理解できないであります」
敵の拠点は燃えている。
拠点が5階建てであり、内部も要塞化されていることが想定された。
だから、面倒なので全て燃やすことにした。
あらゆる場所に硬油を撒き、火を放った。
燃えている。今、3階辺りが燃えていた。
叫び声が上がる。
「悪魔たちの断末魔は聞くに堪えないでありますね」
「……あ、あのティスさん」
「はい?」
「よ、よろしかったのですか?」
「何がであります?」
「ここは……村落、じゃないですか」
「?」 ──その部下にはティスのクセが分からない。
ティスは怒ると手を震わせる。既に、その時……手は小刻みに震えていた。
「野小鬼の村ごと焼いてしまい。
その、中に……非戦闘員もいたのかと」
「非戦闘員? ──おや。爆発したでありますね」
4階付近で爆発が起きた。
合わせて、何かが飛び出した。
「おお。お見事。決死のダイブでありますね。生き残る為によくやるであります」
落ちて来た物に──ティスは近づいた。巨大な鉄槌を引き摺りながら。
「っ……あ、ああっ。勇者様。どうかっ、お見逃し、くださいっ」
それは、緑色の肌を持つ半人──野小鬼。
その落ちてきた女性ゴブリンは──両脚があらぬ方向に向いている。
あの高さから落ちたのだから当然だ。
そして、その腕の中には、それも緑色の赤子がいた。
オギャァオギャァと泣いている。
「こ。この子だけでも。どうか」
その子供と、親を見て、ティスは聖母のように微笑んだ。
「大丈夫でありますよ」
「あ、ああ。ありが──」
一薙ぎ。
「大丈夫でありますよ。母も子も、助けるつもりなど毛頭有りませんから」
母ゴブリンの頭が地面に転がる。
そして、その腕から力が抜け──赤子が転がり落ちてティスの足にぶつかる。
力任せに、赤子の頭を踏む。
甲高い叫び声が上がる。それでも力は緩めない。
赤子の頭蓋は思っているよりかは頑丈だ。
だから、仕方なく、ティスは鉄槌を構えた。
「次は人間に生まれられるといいでありますね」
──振り下ろされた鉄槌。
持ち上げると、べちゃりと臓器やら血管やらがこびり付いている。
気持ち悪い、とティスは苦い顔をする。
「ティ、ティスさん。あ、赤子まで、殺さなくても」
部下に指摘され──ティスの表情は変わらない。
だが、その変わらない顔の下には──燃え上がるような怒りが湧き出ていた。
「赤子は殺さない方がいいのでありますか?」
「そう、ですよ。だって」
「どこに書かれているのでありますか? 魔族の赤子は殺すな、と?」
ティスはその鉄槌を部下の男の顎に当てる。
まだ温度の残ったぬめりのある血が、男の頬から足に落ちた。
「か、書かれ、え?」
「教えて欲しいのであります。どの経典のどの部分にそう書かれているのでありますか?
あるいは、どの法律でありましょうか。王国法? 勇者法? それとも条約?
トラルセン条約は魔物魔族の管理の為、多くのことを定めているでありますが、赤子を殺すなとは書いてないのであります」
「そ。そうですが! 人道──」
「言うのであります。そう。そして、言うのであります。
『とはいえ赤子や子供は可哀想だ。殺してはいけない。見逃してやろう』と、偽善者がしったような優しさを振りまく。
しかし、生き残った魔族の子は復讐の意志を持つのであります。
結果として我らに敵対するのでありますよ」
「っ……」
「思うのであります。その偽善者ってつまり実質、魔族側じゃね? であります」
鉄槌が、部下の足に食い込む。
「ぎぃっぁああ!!」
「正義を忘れるなであります。魔族を滅ぼす。それが正義であります。
そして、魔族を滅ぼそうと決意がある自分たちが──正義であります」
「──ティス。報告に来たのだが」
「おや。スタブルさん。どうしたのであります?」
溶鉱炉から取り出したばかりの、赤熱した赤い髪。
硬油に着いた火のように、燃え滾る赤い瞳。
彼女の名前はティス。
『正義狂い』、ティス・J・オールスター。
勇者と弟子。魔王と弟子。
そしてもう一つ。
勇者と副官。
いずれ交差することとなる──彼女の物語。
それは『全てを溶かす炎』と『決して溶けない鋼鉄』と喩えるとする。
それが──彼女の物語。




