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【総集編】黒歴史は永遠に【07】


 ◆ ◆ ◆【10】◆ ◆ ◆


 静かな夜だから、僅かな寝息が聞こえてしまう。

 寝息が聞こえるだけで、どうしようもなく目がさえた。

 買ったばかりのカーテンの向こう側で、静かな寝息の女の子がいる。

 ただそれだけで? って言われるかもしれない。

 26歳で何を学生のようなことを言っていると。男はいつでも学生の心だ! いや、割愛。


 なんにしても、どうしようもない。

 どうしようもないくらいに、俺は。気になってしまっていた。

 ハルルのことを、俺は。


 ◆ ◆ ◆


 離島から俺とハルルは出た。

 後ろ髪を引かれる思いだった。特に、ハルルはそうだろう。

 『勇者リリカちゃん』と、ハルルはとても。そうだな。姉妹のようだった。


「また必ず! 島に来てね、っす(・・)よー!!」


 手を振るリリカちゃんの語尾に、ハルルの語尾が染みついていた。


「妹でも出来たような気持ちだったのか?」

「えへへ。そうかもッス。お姉ちゃんはたくさんいるんスけど、妹は初めてなので嬉しいッスね」

「たくさんいるのか??」「3人いるッス!」「一番下?」「そうッス!」

 なんか納得。


 ──さて。

 俺たちは結局の所、魔王の足跡とやらは見つけられなかった。

 まぁ元から『ここに居たらヤバいよね』的な場所を潰す作戦だったから、居なければ御の字でもあるんだが。


 しかし……ルキが俺たちが誰も予想していない所でヴィオレッタと遭遇して戦闘になった。


 色々と情報が出た。

 魔王の力はまだ戻っていないこと、ヴィオレッタ自身も戦える状態ではなさそうなこと。

 そして、《雷の翼》に所属していたメンバーに用があるようだ、ということ。


 ヴィオレッタの捜索を詰めることは出来そうだ。

 しかし、俺たちによる捜索は中断する方向性にまとまった。


 ルキの義足の故障があったからだ。

 そして。ルキの義足の修理の間、俺たちは護衛することになった。


 ……護衛、という名目の。


「という訳で、全部ナズクル持ちで休暇を楽しもうじゃないか」


 休暇(バカンス)である。

 まぁ国外には魔王が出ていなさそうっていうのも確定情報だからね。

 ルキの目的地は、王国から出て共和国を越えた先にある鉄の国だ。


 まぁ本当にルキはバカンスする気満々なので、俺たちは共和国で待つようにとのこと。

 

 人生初めての蒸気機関車とやらに乗り、共和国にある『芸術の都・クオンガ』という観光地に来た。


 当たり前なんだけど、共和国は王国とぜんぜん雰囲気も違った。

 大体の家の屋根の色はテラコッタ──赤っぽい色で統一されている。

 それに、外壁の殆どは白い塗装がされていた。そして舗装された石畳の形も王国となんか違って面白い。

 文化の発信地──そう言われる程に多くの文化が栄えている。

 昨今、共和国で流行しているのは演劇だそうだ。

 大衆娯楽として根付き、その写真やら本やらが売れて、経済効果の高いこと高いこと。


「ちなみに、漫画小説関係の異世界(オーパーツ)級の文化発展はこの共和国の影響ッス!」

 だそうです。


 俺とハルルはその芸術の都を満喫。ルキが予約した、料理名はヤバイセンスだが一流料理店で夕飯を満喫。「師匠的なネーミングセンスってことッス!」「俺の前に餅が一つ。どれ伸ばしてやろう」「痛ぁあああッ! ほっぺたつねるの酷いッスよ!!!」


 冗談やってる最中──ハルルと俺はとんでもないものを見てしまう。


 それは川に身を乗り出していた、空色の髪の赤い眼鏡の少女だった。

 身投げと思ってハルルはすぐに助ける。実際は、ただ持っていた物を捨てようとしただけだったそうだ。川に不法投棄は良くないぞ。


 少女の名前は、アピア。

 どうやら演劇の脚本家らしい。


 しかし、とても訳アリの脚本家のようだ。

 その時拾った彼女の私物を届けるのも目的としながら都を方々巡った。

 最近流行りの『ゴールドローズ』という、クオンガで一・二を争う人気『敏腕脚本家兼演出家』の劇を見たり、公園にいったり、カフェに出向いたりした。


 そして、アピアの特殊な状況を知ってしまう。

 彼女は──『ゴールドローズ』のゴーストライターだったのだ。


 特殊な、閉塞的な業態にありがちだが──完全な『上下関係』を強いているようだった。

 ゴールドローズは先輩である『姉』であり、アピアは後輩である『弟妹(すえ)』とのことである。

 

 『姉』に従えと言うゴールドローズの不遜な態度と、不当なやり口や、暴力的な態度に俺たちが思わず手を出してしまったことにより……俺たちは当事者に変わった。

 売り言葉に買い言葉だったのだろうが、次に行われる演劇大会でどちらが集客をするかの勝負を行うことになってしまったのだ。


 俺たちの影響で始まったことなので──出来ることは少ないが、協力することにした。


 俺が主役をやる!! なんてことは絶対にない。

 演劇なぞ、したことは無いのも勿論だが、やる演目が。


「いざ! この天下無双、討魔激烈なる剣戟で、その魔物は撃ち滅ぼしてくれようぞ!!」

「ライヴェルグ様! ああ、お待ちしておりました!」


 いや! この黒歴史、奇妙奇天烈なる発現! 全部全部、撃ち滅ぼしたいよね!!

 俺の黒歴史をしっかりと扱ってくださったっ、演劇なんぞっ、出たくはぁ、ない。

 ……とはいえ、演劇を行う側は真剣そのものだ。勿論、俺が恥ずかしいからという理由で失礼な態度は取れない。

 ……超絶恥ずかしいけどね。日記、世界中にバラまかれてるとか、死にたいけどね。


「カットッス! そこはもっと情熱的にやる方がいいッス! ライヴェルグ様なら『星の流れに身をゆだねて、愛を貴方に与えよう』くらい言うッスよ!」

 言いませんっ!! 絶対、言いません!!!

「確かに言うね。死ねる、痺れる、最高の台詞! 採用!」

 アピアぁああああお前もハルル側だったなぁああ!!


 ──と、意外と演劇、成功しそうな雰囲気が出て来た訳だ。

 ゴールドローズに冷遇を受けていた役者は多かったらしく、対ゴールドローズ! という名目が一致団結を促していた。

 その上、意外な拾い物として──。


「じゃぁ、ハルルちゃん、歌、お願いします」「了解ッス!」


 ──こやつ、歌がバチクソ上手かった。

 弾むような明るい声と、リズムにあった抑揚。気持ちのいい高い音に、感情の乗る声。

 ……正直、見事だ。あまりにも過ぎて、聞き入った。


「えへへ。師匠、口あいてたッスよ」「っ。うるさい」


 一息ついて辺りを見回す。

 演劇の練習風景っていいよな。

 独特な、ベニヤや新品の衣装が混ざった密室の空気。

 誰も彼もが真剣に、こうしたらもっといいんじゃないか、と考え取り組む。

 一人じゃなくて、皆で、一つのモノに向かう。


 ……《雷の翼》も、遠くから見ていたらこう見えたのかな。

 俺は、もうこういう仲間を持てないだろうけど。

 でも。いいよな。こういう、時間。


「ジンさん! 剣の型、また教えてくださいよ!」

「あ、ライトくん。いいよ」 ──彼はライヴェルグ役の主役。ライトくん。「ライトでいいって言ってるじゃないですか!」

 気さくないい子だ。とはいえこの仕事じゃ先輩なんだから俺はさん付けを辞めない。

「ジンさん。協力してくれてありがとうございます」

「え。どうしたの急に」

「実は凄い助かってるんですよ。荷物もひょいひょい運ぶし、身軽だし、設置とかセンスあるし。

それにギニョっちのお悩み相談までしてくれて、神かと思った!」

「おいおい、ほめ過ぎだっての。大したことしてねぇのに」

「ほら、この現場、若い奴しかいないから、ジンさん最年長じゃないですか」

 デリカシーの無さも若さで許そう。許すったら許そう。

「そこを支えてくれるジンさんっていう仲間がいてくれて、本当に良かったと思います!」

「……俺、裏方だけど」「? 仲間に変わりないじゃないですか。アピア一座の!」

 あ──。不意に、俺は言葉が出なくなった。

 そうか。

「俺……仲間、か」「? え、ジンさん、仲間って思ってくれてなかったんですか!?」

 すると証明の女の子が、うそ!? と声をあげて近づいてきた上に、友達だと思ってたのにー! とギニョっちまで付いてきた。

「いや……仲間だし、友達だよ。悪い、そう思ってくれてるって、知らなかったから」

「あ、ジンさん、泣いてる!」「ほんと!」「わぁ!」

「ばっ。違っ、泣いてるんじゃなくてだなっ」


 ──ああ。本当に。

 仲間。いいもんだな。俺、いつのまにか、ちゃんと仲間になってたのか。


 ──それから。

 宿に戻ってからもハルルの練習に少し付き合った。



『この世界の誰よりも、愛しく輝く姫君よ。

今こそどうか、永遠の愛を誓いあい、手を取り合って、共に生きようではないか』



 なっげぇ。はっずぃ。

「言ってないよね、俺」

「ですけど解釈どおりッス!」解釈どおりなの?

「ライヴェルグ様なら、絶対に言うッス!」

 言うの、俺、言うの???


「ささ、読み上げてくださいッス!」

「ささ!」

「こ、この……世界の誰よりも」

 ハルルの顔を見る。小動物みたいだ。白い髪も跳ねて、サラサラなのに、もふもふっとしていて。

「い、いと、愛しく輝く姫君よ」

 目の色も、優しいから。ずっと見ていられて。

「今こそどうか、……永遠の」

 それで。


「愛を誓いあい……手を取って。ちが、取り合って、共に……」


 生きようではないか。

 と、ぼそぼそと言う。


 少し潤んだ目のハルルは、頷いた。

 よかった。と安堵した。


 ……あ。いや、えっと! 演技ね!

 演技でよかった、って安堵しただけ! ガチの告白の後の燃え尽き空気じゃない!


 ハルルは、満面の笑みだ。少し、緩んだ口元がふやけたようで。

 凄く喜んだような、甘い顔に、俺は息を呑んだ。

 あ、いかん、いかん。これは、演技か。表情芝居、って奴か。


 そして、次は姫のセリフだな。

 えっと。ページを捲ると。

 あれ。

「このセリフの後のシーン、姫のセリフ無いぞ?」

「……」

「? お前、ここ、練習する必要なくないか?」

「いえいえ。必要ありまくりッス!」

「そうなの?」

「ええ、そうッスよ! ……さて、明日は早いんで、寝るとしますッス!」

「あ、ああ。分かった。明日何時に起こす?」

「七時で!」

「起きれんの? なぁ、ちゃんと起きろよ? マジで起きろよ?」

「全力で起こしてくださいッス」

 不安だな。ハルル、中々布団から出ないからな。

「じゃぁ、師匠。おやすみなさいッス」

「ああ。おやすみ」

 部屋から出る時、ふと、ハルルが立ち止まった。

 振り返ったハルルは、微笑んでいた。にかっと微笑んでいた。


「最後のシーンが一番緊張する、一番大切な瞬間でした。

告白なんて、その、されたことないッスからね。えへへ。

だから、『練習』に付き合ってくれて、ありがとうございます。

心の準備が、その、出来たような、えへへ。では、おやすみなさいッス」


 ──。

 それは。反則……だろ。お、っ。

 俺は顔を赤くして布団に轟沈した。

 さて。翌日。

 演劇の話に戻るが、言っちゃえば『こんないい雰囲気になった演劇』をゴールドローズ側が許容する訳が無かった。

 ゴールドローズのやり口は陰湿らしい。

 誰もがそう言ってはいたが──まさか演劇当日に舞台セットを破壊させにこようとは。


 俺は、偶然(ハルルのことでドギマギして寝れなかったなんて言えない)だったが、その破壊工作を未然に防ぐことに成功した。

 どうやら悪い奴を雇っているらしい。困ったものだ。


 演劇中が始まってしまえば何も起こらない──と、油断していた。


 まさか、舞台袖に降りた時に──ライヴェルグ役のライトくん、つまり、主人公が襲われた。

 瓶で一撃。勢い良く殴られた。

 演劇は中止にしよう。そう話を出した時。


「中止、しないで……欲しいな」


 ライヴェルグ役の役者が、真剣な顔でそう言った。

 それを切っ掛けに、誰もが続けたいと──やり切りたいと。

 ここまで頑張って来たんだから。それに、応援してくれてるお客さんたちがいるんだから。

 ここでやめるなんて、絶対に違う。

 そう。だな。


「ジンさん。お願い、出来ないか、な」


 俺は台詞を覚えていない。皆にそれを説明した。

 同時に。

 ライトくんの今まで頑張っていた姿を見ている。

 ギニョっちの下手なりの剣術だって、セットもメイクも、小道具も。

 そうだよな。

 こんな終わり方、誰も望んでない。俺だって。

 俺は、このチームの仲間でもあるんだから。


「分かった」

 俺が。


「ライヴェルグ役、引き受けた」


 ──舞台の上に立つ。

 俺は声が上擦ったり、言葉を噛んだりすることも無く、華麗に剣術を決めて拍手喝采を貰った!

 あ!? 事実だよ! 捏造じゃあねぇよ! 総集編で捏造する訳ねぇだろ! すみませんでした!!


 ああそうだよ! しくじったよ!!

 魔王討伐の方が緊張しなかったわ! 途中で死を懇願したわっ!


「……ライヴェルグ様。来てくれたんでスね」

 あれ……。ハルル。それは、台本に無いセリフだ

 ふと、ハルルを見る。

 ハルルは、微笑んでいる。

 多くのことを察してくれたのだろう。だからアドリブを入れて、助け船をくれた。


「ああ。迎えに来たぞ。……お姫様」


 俺も、ハルルが居てくれるなら。


 そこから演技は安定した。

 そして告白を残すのみになり安堵した。


 安堵した瞬間──俺の記憶は全て消し飛んでしまった。


 張り詰めた空気が弛緩した瞬間、俺は震えた。

 真っ白になった頭で、どうにか何かしなきゃと思いながらも何もできない。

 何も、言葉全てがトンでしまった。


「ライヴェルグ様。どうして、来てくださったのですか?」


 ──ハルルは、フォローをしてくれた。

 アドリブでつないで──俺に時間をくれた。


「それは。姫の……歌声が聞こえた、からです」

「歌声が? でも私は助けを求めることなどできませんでした」

「それは」

「──。お聞かせください。どうして来てくださったのか、貴方の言葉で」

 えへへ、とハルルが笑って見せた。

 ああ。そうだ。


 ハルルが居てくれるなら。の言葉に続きが出来た。

 ハルルが居てくれるなら、それはどんな場所でも、誰が見てても、同じなんだ。

 いつも、変わらない。これが、日常なんだ。

 これからも変えたくない。日常にしたいんだ。


「私が。貴方を助けたいと思ったからです」

「それは、つまり……どういうこと──ぉで!?」

 観客に背を向けて、俺はハルルを抱きしめる。


「こういうことです」


 仮面を左手で外す。観客側に、俺の顔が見えないように。

 ただ、仮面は手に持ち、観客に仮面が外れてることが見えるように。

 ハルルに顔を近づけて、止まる。

 ほぼ、ゼロ距離。

 静まり返った。

 それでも客席の方でいい意味の息を呑んだ音がしたような気がした。


 ああ、そうだな。狙った通りだ。

 客席から見たら、──キスをしているように見える筈だ。


 それで、最後のセリフ。

 だが、俺は思い出すのを投げた。

 言うだけだ。


 俺が──言えることを。



「一緒に、生きてくれ。これから、ずっと」



 ハルルは。

 顔を赤くして、俺の胸倉をぎゅっと掴んだ。


「はい。……喜んで」


 後ろから、口笛指笛が聞こえ、熱気(かんせい)が聞こえた。

 ああ。よかった。観客は喜んでくれたみたいだ。

 おもむろに、仮面をつけ直し……えっと、どうするんだっけか、次は。

 確か、姫の手を引いて、舞台袖へ。

 握った手が、今まで感じたことの無い程の熱さだった。

 俺は──上手くやれたみたいだ。

 仲間の為にも、ハルルの為にも、俺は。

 大盛況。そして後は結果発表を残すのみとなった。

「結果発表を致します──」

 最後までハルルとアピアは奔走した。空いた場所で短い劇までやって点数を獲得して集め回った。

「第五位、ゴールドローズ」

 他の元気な奴らも色々と大道芸よろしくやってくれて。

「第四位、キーゲ・エンスキー」

 だから。

「第三位、アピア・フェム」


 俺たち全員が、え、っと口をそろえて目を開けた。

 壇上にあるボードに、俺たちの劇の名前が載った。


 三位。


「ハルル。三位って、五位より上か?」

「その質問の聞き方、蛇竜と似てて嫌ッスけど。けど……上ッス。師匠。上ッスよ!!」

「上、か。上……アピア。お前、三位って上だ。上だぞ!」

「三位……え、三位」「座長!」「アピアさん!」「アピア!!」


 ──勝負に勝ったのだ、俺たちは。勝った!


 それから。ゴールドローズは工房長にしこたま怒られたらしい。

 詳しくは知らないんだが、アピアを見る目線が優しく変わっていた。

 きっとこれからはちゃんと一緒に歩んでいくだろう。


 まぁそれより驚きなのは。

「──そうねん。《雷の翼》の拳闘士、ガマエル・ヴァイスフートねん。

ガマエルの名前が可愛すぎて、ガマルって当時は名乗ってたのねん。

ま、顔立ちはそれほど変わってないと思うねんけど」


 超絶変わってるし、一目見てガマルって分からんかった。

 昔は筋骨隆々のガテン系のお兄ちゃんだった。

 今は……なんというか。体脂肪率50%オーバーに見える。

 十年という年月は、ここまで人を太らせ(かえ)ることが出来るんだな……。


 ──そして。その後である。


 ハルルに『話したいことがある』と言われた。

 それって。それって。それって。と……まるでティーンエージャーのように覚悟を決めて話に望んだら。


「私。その……作家になりたい、と思う所存でございましてッス」


 照れくさそうに、ハルルが成りたい未来を──夢を語ってくれた。

 ハルルは、今回の件でアピアにいい刺激を貰ったらしい。

 だから──。

「途中で終わってしまった物語の続きも……書きたいなって思ったんス」

「それって?」「──えーっと。あれッス! 勇者レイヴェルドシリーズ」

 ああ、非公式ライヴェルグね。パチヴェルグね。


「……止まってしまったものを。もう動かない時を、私が動かしたい。

なんて、傲慢かもしれないッスけど。私は」


「お前しかいないだろ。勇者のことを書ける奴はさ」

「え?」

「ずっとライヴェルグを追ってさ、ずっと勇者を好きでいてくれた。

お前だからこそ、書けるよ。きっと、いい物が書ける。

……それだったら、読みたいから。読ませてくれよな」

「はいッス!」


「……なぁ、ハルル」

「はい?」

「今度……。お祭り……行かないか」

「お祭り? いいッスね! 行きましょう!」

「もう夏も終わりだろ。その、秋にさ。綺麗な祭りがあってだな」

「おお! 楽しみッスね!」

「それで、さ」

「はい?」

「逆に」「逆に?」


「逆に……その時、は。俺の、どうしても話したいことを、聞いてくれ」



 ハルルの顔を見れない。


 それって、というハルルの声がした。

 目が合わせられない。


「……その。師匠」

 俺は、顔を上げた。

 ハルルは、赤い顔で微笑んでいた。


「お祭り、楽しみにしますッス」


 風が、彼女の髪を撫でた。

 優しい笑顔があった。俺の大好きな笑顔だ。


 意気地の無い俺を、まだ待ってくれるらしいハルルの薄緑の目が、とにかく綺麗で。


 ああ、俺は。


 分かったよ。


 俺は、この笑顔とずっと一緒に居たい。



 それが、俺の──どうしても話したいことだ。


 

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