【総集編】星を繋ぐ夕暮【05】
◆ ◆ ◆【08】◆ ◆ ◆
過去に行った『あらゆる行為』は、必ず今に繋がっている。
勇者だった過去に助けたハルルと巡り合うように。
勇者だった過去に行った罪もまた、きっと。
いつか、『そのツケを払え』と。そう言いながら、『誰か』が必ず俺の肩に手を置くはずだ。
そういえば、俺には苗字が無い。
商人には苗字が無い人間が多い──倣って、俺もただの『ジン』と名乗っている。
そんな俺に、手紙が届いた──『ジン・アルフィオン様へ』という宛名の手紙だ。
苗字が無いのに苗字がある。(まぁ、この後にアルフィオンという姓を名乗ることになるのだが)。
しかもその苗字は、勇者だった時代。俺が『ライヴェル』だった頃の姓の一つ。
差出人は──俺の素性を知る人物。
「炎将、ナズクル・A・ディガルド様!!
魔王討伐隊の中でも、師匠に次いで有名な一人じゃないッスか!」
ナズクル。──魔王討伐隊《雷の翼》で参謀兼副隊長のポジションの男だ。
ま。厳密には参謀や副隊長なんて役職は無い。
ただ自然と、皆がそう呼び始めた。昔からナズクルがそういう仕事に向いていた。
堅物で傑物。その上、魔王討伐後、国の中枢でも出世したそうだ。凄い男よ、マジに。
──で、呼び出されて何を話すのかと思いきや。
「魔王復活が濃厚だ」
とのこと。
そして要点をまとめると。
俺とルキが戦ったあの靄を使う少女が関係しているだろうとのこと。
だから俺たちにも協力してくれ、ってさ。
少数精鋭で威力偵察を行いたいんだとさ。
まぁ……呼び出されてたルキは色々と反発していた。
そもそもルキとナズクルは馬が合わないらしく昔から喧嘩はしてるんだけどね。
今回のルキは『ライヴェルグの生存を知っていた癖にボクに伝えなかった! ふざけるな!』が前提にあるらしい。
とりあえず、上手いこと怒りは収めて貰い……俺たちはナズクルに協力をすることにした。
「──じゃあ、ボクは西方地域を探索か。で、ジン、キミは」
「島だな。島、行ってくるわ」
「島? どこの島だい?」「二ツ島って名前らしい。初めて聞いたよ。場所はここから南東ってことと地図はあるからいけるけどさ」「そうか。キミは島か……」
「ん? なんだよ?」「いや。ジン。キミは昔から海は得意じゃなかったと思ったんだが」
「まぁ、あんまりな」「……」
「あー。それよか、ナズクルの部屋に入っちゃってさ」
「うん?」
「アイツの、写真? 見たんだよ。礼服を着込んでドレスの女の人と映ってる。
今思えば後ろにロクザさんボンクラ王子も映ってた気がする」
「ロクザ? 王国剣術の師範の?」「ああ、そう。最強のおじいちゃん」「最強。キミが言うと嫌味に聞こえるな」「?」
「それと、ジン。一つ注意しておこう」
「うん?」
「ボンクラ王子って、ラッセルのことを言っているなら不敬に当たるからな? 血統書付きの王族でもあるからな。あれは今は一応国王だ」
「ルキ、今の言葉自分で反芻してみてくれ。特大級のブーメランだ。呼び捨て・あれ呼ばわり・動物扱い。満貫だぜ?」
「一翻足らなくないかい?」「発言態度と内心の見下しかな」「ふむ。なら満貫だね」
「で──そんな大物が背景で、ナズクルと白ドレスの女性のツーショット写真があった、と」
「ああ。そうだ」
「俄かには信じられないな。あの堅物に恋人が出来るとは思えない」
「それは、まぁ割と同意というか」
「面白そうな話が聞こえたので登場するハルルッス!」
──結果から言うと『不明のまま』だった。
この後、夜通しのハルル調査に付き合ったが、答えは出なかったのだ。
ただ、旅の途中でナズクルには別働隊を任せることが多かった。
その別働隊の記録を見ると、ナズクルは意外と王都に戻ったり単独で行動する時間が多かったことが分かった。ま。それが分かった所で何なのか、とツッコミがあったらおしまいだがね。
そして。
その後、ハルルと一瞬別行動。
ハルルはポムが作った『新しい武器』とやらを取りに出かけた。
久々の徹夜で眠気が勝り、ハルルとは別行動をとった。
港に向かう馬車の中で、一人で寝たいが為だった。
予定としては、港に着くまでの2時間弱を眠る。そこから定期便に乗って目的地に先入り。
宿を確保してハルルを待つ、という予定。
完璧な予定だ。自画自賛し、俺は馬車の片隅で眠り。
「お客さん。お客さん」
起こされて、目を開ける。
鈴虫の音に、夜風に、綺麗な星空。
「……どこだ、ここ」
乗り過ごし、である。10何時間も寝ていたようで。
慌てて俺は引き返すことになる。
◇ ◇ ◇
紆余曲折経て、どうにか翌日には目的の島に辿り着いた。
そしてハルルと合流。
ハルルはもちろん既に到着済み。
仕事も全て片づけてくれていた。ほんとマジすまん。
「あ、それとご報告があるッス」
「報告? なんだ?」
すると。とたとた。と可愛らしい足音が聞こえた。
少女──よりも幼い。幼女というべき子が飛び出してきた。
少女はハルルを見て声を上げた。「ししょぉー!」と、あどけない声で。
長い金髪、あどけない顔にどんぐりみたいな大きな目。
何より目立つのは、──彼女の頭に生える、その二本の角だ。
「そのー、弟子が出来たッス!」
弟子が弟子を取る謎事件、発生。──いや待て、違う、弟子じゃない、ただの従業員。
角の少女は『リリカ』という名前らしい。
種族は半人。──竜人という半人種である。
半人と混血は異なる。
出実は、そういう人種と言うのがいいかもしれない。
竜人なら身体の一部が竜の人種、爬虫人なら頭が蛇の人種だ。
ハルルとリリカちゃんに連れられて村長邸に戻ると──村長は。
「ハルル先生。昨日は本当に──」
ハルル、先生と呼ばれる。
とりあえず……俺が大居眠りをやらかした間に、ハルルはこの村を救っていたらしい。
ものすごい感謝されて、ものすごい好待遇みたいだ。
それに──リリカちゃんはハルルを「ししょーししょー」と慕っているようだし。
「ところで、こちらのお客人は」
「はいッス! こちらは私の」
「弟子のジンだ」
俺が師匠だなんだとなったら、リリカちゃんは混乱するだろ?
だから俺が弟子ってことにすれば──っておい、ハルル、どんな顔だそれは。壊れたロボットみたいな動きになってるぞ。
──とりあえず、ハルル師匠の弟子ということになりました。
まぁナズクルの手配した引き継ぎの勇者が到着するまでの間だけだ。
表にわざわざ出たくないし、ちょっとした遊び心だよ。
……ただ問題は、そこじゃない所で起きていた。
じっとりとした嫌な気配に俺たちは武器を持って外に出ようとした。
間違いなく『魔』の付く何かが外にいる。
宿から出ようとした時──村長さんの奥さんに止められた。
「──今日は海蛇呑子様がいらっしゃる夜なんです」
「? わだつ?」
「はい。島に住む竜様です。守り神……であらされられたのですが」
「……その言い回しだと」「はい。昨今は様子がおかしくなり……今日はそのことも含めて村長とお話をしていると思われます」「……様子がおかしい?」
「ええ。高額な野草を要求され、揃えられないと嵐を生んで村民を脅すのです。今まで、そんなことはなかったのですが」
「ふむ」
詳細を聞くと……なるほど。少し心当たりが出て来た。
知性が高い竜程陥る『ある病』。
お婆さんには言わないで置いたのは、そのワダツノミコへの信仰心があるかもしれないとも思ったからだ。
「なにか心当たりがあるんスよね?」「……まぁな」
部屋に戻ってからハルルに問われ、俺は答えた。
「死期だ──これは竜の寿命。死を前にしたが故の、豹変だな」
「死期?」
竜は長命だ。そして、竜は未来をよく見通す知性がある。
あるが故に、死に直面すると、死の恐怖を感じて少しずつ精神が壊れていく。
そして、どうにか命を繋ぎたいという一心で様々な暴走が起こる。
通常、暴走は一時的で、その後は緩やかに死を受容すると聞いている。
だが稀に、自分の命の為にならなんだってやる、という──所謂、邪悪な行動に出る者も少なからず存在する。
「助ける方法は、無いんスかね」
「……命は戻すことが出来ない。どんな禁呪であっても」
「そう、なんスね」「ああ。そうだ」
だが、それでも。
自分だけは例外だと思う者もいる。自分だけは特別に助かれると信じて止まないのだろう。
死の際で、ワダツノミコはまさにそうなっていた。
だが、竜は賢い生物だ。
だからこそ、このまま好転するかもしれない。
そう願っていた、翌朝。
事態は悪化していた。
昨日、ワダツノミコと会っていた村長を筆頭にした男衆が、全員、寝込んだのだ。
まるで呪われたかのように。
男衆たちは頑なに何も答えなかった──。
だが、その日の夜にリリカちゃんが行方不明になって、村長は真実を話してくれた。
ワダツノミコが、リリカちゃんを捧げろと要求したそうだ。
それに反発し、戦闘になったそうだ。
そして、呪われた。リリカちゃんを捧げれば呪いを解くとしてワダツノミコは逃げたそうだ。
「ともかく、ワダツノミコとリリカちゃんを探す。村長さん、ワダツノミコはあの山の上に住処があるんですね?」
「あ、ああ、そうじゃ」
──基本的に、どんな生物も死期が迫ってるなら住処から離れない。
いや、ここまで壊れてしまったら行動なんて予測は出来ない。
ともあれ、最も可能性が高いのはあの住処にいる可能性、か。
「俺はワダツノミコの住処を見てくる。ハルルはリリカちゃんが行きそうな所を探してくれ。
ただ純粋に遊びに出かけている可能性もあるからな。頼んだぞ」
「了解ッス!」
◆ ◆ ◆
──目を凝らして。声を聞いてくれ。
──光の欠片が見えるなら、それは『私』と同じ者の欠片だ。
──誰かを心配しているが、ただ漂っていることしか出来ない者さ。
──大丈夫。既に『私を何度か聞いている』だろう。同じ要領だ。
──ハルル、目を貸して。
ハルルの目は、一瞬だけ、視界が歪んだ鏡に映った世界みたいにぐにゃっと曲がって見えた。
(今、なんだか海の方が光って見えて……何も光源なんてないのに、緑色に光って)
「あっちって、何かあるッスか?」
「浅瀬と石碑の」
「行ってくるッス!」
──ハルルは跳び出していた。だからその後の村長たちの会話は聞こえていない。
その後、村長たちは「海難事故の死者の慰霊碑があそこにある、リリカの両親も祀られている」「間違いなくあの場所ですね」と続けて、動ける若い衆を集め出すことになる。
跳び出したハルルは──その小島に辿り着く。
平べったく岩だけの島。
大きな石碑が祀られている小島だ。
小島ではあるが、浅瀬で繋がっており歩いて行き来できる。
神秘的な小島だった。海を歩くようにして歩き、その小島にハルルは辿り着く。
「リリカちゃん。迎えに来たッスよ」
祈るように石碑を見ていたリリカは振り返った。目に涙を一杯浮かべて。
「リリ。わだつのみこ様に、あげる」
「え?」
「そうしたら、みんな。治る。呪い、解けるって、聞いた。
リリ。食べたら。わたづのみこ様も、元気。だから」
「リリカちゃん。大丈夫ッス。そんなこと、しなくていいんスよ」
「ううん……リリは。恩返し、しないと」
「恩返し?」
「うん。……リリ。この村、の、人じゃない。じぃじも、ばぁも。……私、流れ着いた人の子。だから」
「だから村の為になにかしたいんスか?」
「うん」
「……リリカちゃんは本当に強いッスね。だけどね、それじゃダメなんですよ」
ハルルはいつもよりずっと優しい口調で、そしてもっと優しい微笑みで、笑って見せた。
意識してか無意識か、懐かしい父の喋り方に近づいていた。
「え」
「リリカちゃん。お爺ちゃんが急にいなくなったら、リリカちゃんは悲しいかな?」
「うん。悲しい」
「だよね。悲しいよね。それはリリカちゃんがお爺ちゃんを大切に思ってるから悲しいんだよ」
「……うん」
「同じようにね、お爺ちゃんも、お婆ちゃんも、私もジンさんも、皆、リリカちゃんを大切に思ってるんだよ。だから、もしリリカちゃんが急にいなくなったら、皆悲しいな」
「……皆、悲しいの?」
「そう。悲しいの。だから居なくならないで欲しいな」
ハルルは、リリカをぎゅっと抱き締めた。
「居なくならないでくれるかな?」
「……うん。分かった。ごめんなさい、ししょぉ」
──我慢していた物が、堰を切るように溢れて、リリカちゃんは泣き出した。
「ううん。いいんスよ。よしよしッス。リリカちゃんは強い子ッス」
『なんだ。せっかく、心臓を寄越す気になっていたのに。困るなぁ』
ハルルは目を丸くする。
目の前の海辺にぶくぶくと黒い気泡が浮かぶ。
「なっ」
海から黒い塊が顔を出す。
蛇だ。目が白く濁っている蛇。顔の右側の鱗が泥のように溶け固まったその蛇竜。
「わ、ワダツノミコ」
『ワダツノミコ様だ。敬称を略すんじゃあない』
リリカをすぐに背にして、ハルルは首のペンダントを千切る。
一振りすると魔法が外れ──その手には、『槍』が現れる。
右腕を肘まで覆う鋼鉄の手甲──そして程長い円錐の槍身を持つ騎乗槍のような槍。
槍の名前は──爆機槍。
『……まぁ、お前はこの土地の者じゃあないみたいだ。一度は許そう』
「……そスか」
『改めて挨拶をしてやろう。感謝をしろ。初めまして。
余が、この島の偉大なる海竜神、海蛇呑子だ』
陸地に上がったワダツノミコは、ハルルより遥かに巨体だ。
全長五メートルはある蛇だ。
だが、蛇にはない腕を持っている。それも、四つも。
三本指の白い手。巨体にアンバランスな腕で、人の腕のように細いが、人間の腕より関節一つ分長い。
(気持ち悪いッスね)
とは思いながらも口に出さず、ハルルは身構える。
「……ども。ハルルッス」
『警戒するなよ。その子をくれればいいだけだ』
「いや、物じゃないんで」
『物だ。この島の人間は、余の所有物だ。そして、その子は余の生贄なんだよ』
「どうも噛み合わないッスね。リリカちゃんは一人の人間ッス」
『竜人だ。種を間違えるな。その高貴な血が大切だ』
「種だ血だ、物だ生贄だ。ちょっと五月蠅いんスよ」
『何?』
「種も血も関係ないッス」
『あァん?』
「そんなことより、リリカちゃんは私の弟子ッス。私の、可愛い弟子ッス。
とっても大切な子なんスよ。だから──私の弟子に、手ぇ出すなッス」
『アッハッハッハ! 活きがいいなあ。アッハ。
アハハ。ハァ……余に……舐めた口を利くんじゃあない!!!』
急に怒りを露わにした蛇が細い舌をシュロシュロと鳴らし、その手と手を合わせる。
『水弾!』
海から水の塊が六発飛んでくる。
水属性初級魔法の水弾。速度は速い。
確かに速いが、迅さが足りない。
ハルルは突く。一瞬にして、六発の水弾を槍で突き穿った。
『ほう。やるな。お前、人間の勇者かあ?』
「そッスけど」
『何級だ?』
「……八級ッス」
『八級。あー……それは三級より上か?』
「下ッスね」
『はぁあ、そうか。数字が小さい方が凄いんだったねえ。
物忘れも激しくてさあ。ああ。じゃあ、お前は逃げた方がいいねえ』
ワダツノミコはニヤリと笑ったように見えた。
海の中から碇が飛び出し、それに繋がれた鎖が何かを釣り上げる。
陸に上がった鎖でつながれた『それ』は、ぶくぶくと膨れ上がり、腕や足などはもう溶けてなくなっている。
『それ』は──人間だったモノだ。
『前殺したコレは、三級勇者だったから』
ケラケラと笑う蛇竜に、ハルルはギリっと歯を食いしばった。
「ワダツノミコ。なんで、勇者を殺してるんスか。アンタは、この島の神だったんじゃないんスか」
『だから、敬称を略すんじゃない。畏敬の念を持て』
「なんでその勇者を殺したのか、答えろ!」
『人間風情が誰を相手に凄んでいる! アァッ!?』
ワダツノミコの尾が叩き付けられた。
その一撃は、岩を抉っただけだ。ハルルには当たっていなかった。
「アンタに喧嘩売ってんッスよ! この蛇っ!」
『蛇? 蛇だと。余を! この神を! 蛇と言ったな人間風情がっ!!』
巨体の尾が振り下ろされる。
加速が乗った尾は最早、丸太の突進だ。
だが、臆さない。
ハルルは槍を放つ。槍の『力』を信じて、まっすぐに。
「『爆機槍』!」
爆音が轟いた。
そして、びちゃびちゃと、雫が降った。
雨? とワダツノミコが自分の顔に付いた液体に触れ、見る。
赤い。血だった。
ぼとん。ワダツノミコの前に何かが落ちてきた。
『お。お、お尾お、尾ぉぉ尾がああああ!?』
ワダツノミコの尻尾。厳密には先端部分が転がった。
『ぉおおぉおぉおっ!! こ、こぉお! このっ、クソ人間がぁああっ!!』
尻尾は、再生が出来る。竜種はどれも大体がそうだ。
しかし、尻尾が切断される痛みはもちろんある。
その隙を、ハルルは見逃さない。
「『相手が激痛で体制を崩したのなら、定石としては、すぐに懐へ回り込むといい』ッス」
声がしたのは、ワダツノミコの真下。
『なっ』
「最初に教わった竜対策の心得──ッス!!」
爆機槍は、加えた魔力に応じた爆発を生じさせる。
最大火力。ハルルは、出せる力の限界をそこに集約させた。
起爆。
地が揺れる。空気が震える。黒煙が上がる。
轟音過ぎた。ハルルの耳はキーンと鳴っていて、まともに耳が聞こえない。
真っ黒な煙の中、ハルルはニヤリと笑って立っている。
「まぁ、地竜の弱点の話だったんで、蛇竜に通用して良かったッス」
仰向けに倒れた蛇竜。
顎下に爆撃を与えられ、顔から胴体まで鱗が焼け、皮膚も溶けている。
蛇竜に背を向けて、ハルルはリリカに向き直る。
リリカはほっとした顔をしていたが、すぐに青い顔をした。
何かを喋っている。
ハルルの耳鳴りが治まり始める──ししょぉ、後ろ──その声に、すぐに振り返る。
『調子に……乗るなよ、ガキが』
「!」
──不意を衝かれたのもある。だが同時に蛇の首の動きの速さが対処できなかったのもある。
ハルルは軽々と空中に吹き飛ばされた。
『強い。……いや、本当に強いよ。キミは、この島の誰より強いんだろうなあ』
『だから』
『勘違い……しちまったよな。竜相手に……勝てるって、よお』
全長五メートルはあろう巨大な息遣いの荒い蛇竜。
「し、ししょぉ……」
リリカがその場に座り込んで、小さく呟いた。
『アッハッハッハ! アッハッハ!! バーカ、バーカ!!
その思い上がりが、このザマだ! 竜に人間ごときが勝てる訳ねぇだろ!』
浅瀬にボロ雑巾のようになってハルルは転がっている。
意識はまだあるのだろう。体を動かそうとしているのが分かる。
だが、動けるはずがない。そう蛇竜は笑う。
『痛いだろうなあ。余の頭突きが直撃だ。
それに海に落ちた時に骨は絶対に砕けたろ。ああ、特にその左腕も痛々しい。
見ろよ、女の子の腕とは思えないぜえ?』
『やあ、生贄ちゃん。さっきその勇者を、師匠、とか呼んでたねえ』
白濁した目が、リリカを捉える。
『偉大なる海竜神である余の許に来れば、その師匠は助けてやってもいいんだよ』
蛇竜は甘く囁く。
「ほん、と?」
『あぁ! 本当だよお! さあ、おいで。大丈夫、何もしないよ!』
リリカは、その言葉に一歩前へ出る。
同時に。蛇竜の頭に何かが当たる。
石だ。
「何もしない、って言ってる男、信じちゃ駄目ッス」
ハルルは、槍を浅瀬に突き立てて、自分の体を支えて立っている。
左腕はだらんと下がり、額を派手に切ったのか、片目は閉じている。
「そういう男に限って、絶対よからぬこと考えてる男ッスから」
蛇竜はハルルを見る。
『な……何故、起き上がれる……いや……くっくっく、アッハッハ! いやあ、よく見れば傷だらけじゃあないかあ! 立ってるのも限界! 限界だねええ!』
『もう十分頑張ったって、凄い凄いって! ほら、竜の尻尾切り落としたんだぜえ?
部位破壊だ! 快挙、快挙! だからだからだから』
『だから、お前の弟子、余に寄越せ』
「やるか、バーカ! このロリコンドラゴン!!」
べっと舌を出し、ハルルは槍の柄を回す。
『ロッ!? ロリコ──』
槍の内部から機械的な回転音が鳴り──突如として海面が蒸発。
ハルルを中心に霧が生まれた。
『なっ!?』
右か、左か。どっちからか来る。
身構えた、その直後。
「『灼機槍』!」
『あああっ熱っ!!?』
「うちの弟子を勝手に婚約者とか言って……認めないッスからね!」
「リリカちゃんは、まだ嫁がせないッス」
ハルルは見定めた。どう相手を攻めるかを。
『そういう意味で言ったんじゃあないんだがねえ!』
蛇竜は考える。どう構えを崩すかを。
戦闘で優位に立つには『攻撃の糸口』を見つけることが重要だ。
拳での激しい打ち合いの際も相手がどこに隙があるか、見極めれば次の攻撃を決めやすい。
相手を分析し、狙い定める。それが戦闘における重要なことであるのは言わずもがなだ。
そして、先に『攻撃の糸口』を見つけたのは──ワダツノミコだった。
『槍上段の構え、古風だねえ。師匠──いたのかな?』
「……ええ、まあ」
ワダツノミコが見つけた糸口──それは、会話。
(会話で、どれを拾うか、それで相手の考えが分かる)
戦いながら。器用にワダツノミコは会話を挟んだ。
『長く生きているが、その上段構え。よく知っているねえ。槍術が得意な師匠かなあ』
「……どんな武器でも、使いこなせる方なので」
(武器と師匠の話題で、師匠を選んだ)
『槍術は天才的な師匠だったのだろう』
「他も天才的ッス!」
(師匠への信頼。なら、そこを揺さぶってやろう)
『しかし、教育者としては、その師匠はクソだったみたい、だねぇ』
ハルルの動きのブレが見て取れる。それは、きっとその場にいた誰もが分かる。
『長い槍の間合いの取り方や技の一つも教えていない。
ああ、ロクでもない教育者だと言わざるを得ないねえ』
「……違う」
『シロート考えだけどさあ? 構えだって、上段だけじゃあなく、
下段も一緒に教えれば戦術は広がるんじゃあないかなあ?』
「一つの型を一つずつ教えてるんスよ、師匠は!」
槍の打ち込みが乱雑になった。
『いやぁ? 『教えなきゃいけないこと』教え切ってないのに戦場に弟子を放り出すなんて。
教育者として、師匠失格! いや、大失格だねぇえ!』
この槍は、もう芯がブレた。
「違うっ! 師匠は──」
ずぶり。
『いやぁ大失格さあ。『戦闘中に相手の言葉に惑わされるな』っていう教えなきゃいけないことを、教えてねぇ時点でよお?』
ハルルの背に水で出来た刃が刺さる。
「っ、ぁ……」
『駄目な師匠で、可哀想な弟子だ。教えて貰えなかったんだなあ』
「そうだな。教えて貰えてなかったかもしれん。基本の『キ』なのにな」
蛇竜の意識より外。
蛇竜の真横。ジンが、いた。
蛇竜と同じようなポーズで、ハルルを覗き込んでいる。
『……誰、お前』
「……あー。そいつの弟子だよ」
『弟子? ハァ?』
すたすたと、蛇竜を黙殺し、ジンはハルルに近づく。
「大丈夫か、ハルル師匠」
「……じ、んさん」
その男、ジンの背は、隙だらけに見えた。
無音で蛇竜は、その背に水の刃を──
「お前の相手は後でする。少し黙ってろ」
空中に生まれた水の刃が霧散した。
蛇竜が何が起きたか理解するより前に、その胴の中心に鈍い痛みを覚える。
見れば、凹んでいる。拳のような跡。
『かっ──はっ!?』
殴られていた。蛇竜が気付くことも出来ない速度で。
(──ハルルの傷は、よくない。腕が特に。なら)
「選手交代だな。後は俺が」
「まだッス」
「あ?」
「まだ……戦えるッス」
「ダメだ」
「ダメじゃないッス」
「あのな」
「……今……頼ったら」
「?」
「……私はずっと、後悔する気がするッス」
「……その腕は早く処置しないと後遺症が残る。最悪、動かなくなるかもしれない。
意地の為に腕を捨てていい、お前はそう言ってるのか?」
「……それでも」
「それでも、なんだ」
「ジンさん。私は、師匠、なんス」
「……」「……師弟、ごっこ。ッスけど。師匠って、リリカちゃんに呼ばれてるんス」
「……お前」
「師匠って呼ばれた私が……リリカちゃんの前でだけは、負けちゃいけない、そう思わないッスか」
一歩。ゆっくりと、ハルルはジンに近づいた。
ボロボロの左腕はぶらんと下がっている。
額からもまだ血が止まってる訳じゃない。
「私は、リリカちゃんにとって……『勇者』なんスから」
ハルルは、ジンの隣を通り過ぎた。
こいつは、ずっと頑固だ。ジンは空を見上げた。
「ハルル」 振り返らず、ジンは少し優しい声を出した。
「……なんッス?」
「必ず勝て」
「……了解ッス!」
──そして、攻防は互角。
ハルルが圧倒的に不利の戦闘だった。
しかし、幸運が重なっていた。
まず、ワダツノミコは目が見えていない。代わりに『温度』で相手を追尾していた。
それが爆機槍の爆発で正常に機能しなくなっていた。
そして、ハルルは『必殺技』を持っている。
爆機槍に搭載された『一回だけの必殺技』。
戦いの中、ハルルはその一撃を当てられる場所を探し続けた。
ワダツノミコの回避の癖を見──完璧な地点を見つける。
一歩踏み込み、薙ぎ払うと──ワダツノミコは避ける。
そこにハルルは狙いをすまし、体全体で飛び込む。
「そこだっ!」『わかってんだよぉっ! そんな突きぃ!』「!」
『この距離でも後ろに首は下げられる! 蛇だからなぁ!』
ワダツノミコは真後ろに頭を下げた。これで槍の射程の外。
ハルルの突きは空を切るだけ──の筈だった。
「解装ッ!」
爆機槍の先端が弾け飛ぶ。そして、中に隠されていた三叉槍が回転しながら跳び出す。
切り札。最終奥義。必殺技。
それは。
槍の中に隠されていた真の槍頭。びっくり箱のように跳び出し、足らない距離を補う槍。
そして。
製作者の家を吹き飛ばしてしまった誤爆を、その一撃は再現する。
『あ、ああああああああ!!!』
「消し飛べ!!」
雷鳴の如き、極光と──けたたましい轟音が響く。
蛇竜の右頭部が消し飛んだ。
ハルルは反動で少し転がる。
地面に伏せていたが、三叉槍を杖代わりに立ち上がる。
蛇竜はその場に倒れている。もう動く気配が無い。
だが。直感していた。
ハルルは息を吸い、言葉を吐いた。
「隙を衝くのは……悪じゃないッス。
戦闘において、隙を晒す方が……悪いんスから」
蛇竜は、動かない。
「だから。死んだふりをしてても……一切問題ないッス。
ただ、一応、伝えようとしているだけなんで」
それでも、動く気配はない。
「今から、……そうだ、三秒後。
三秒数えたら、あんたの首を、落とすッス。いいッスね」
槍を上段に構える。
「三」 腕に力を入れる。
「二」 三叉槍の先端が赤く燃える。
「一」
『っち!! 攻撃をするんじゃないっ! 周りをよく見ろ!』
頭半分失った蛇竜は声を荒げた。
『アッハッハ! 後ろの弟子二人の周りに、水刃の魔法を放った!
百にも及ぶ水刃! お前、攻撃を止めないと、二人の弟子は』
「見えてないだろうから言っとくぞ。
水の刃、計八十二本、全部叩き落としたからな。
つか、百にも及ぶって、及ばねぇじゃねぇかよ。盛るなよ」
蛇竜の言葉を、ジンが遮った。
『はっ?』
「だから、叩き落とした。ハエかと思ったよ」
『ば、ばかなっ!』
「流石……ジンさんッス」
ハルルは振り返らない。
槍を向け、蛇竜ににじり寄る。
『い、いやだ、死にたくない。死にたくッ! 逃げ……ッ!
なんだ、海も、熱が……』
ワダツノミコが逃げようとした海──周囲は既に松明を掲げた村人たちに包囲されていた。
『くそ、村人が……アッハッハ。ここに来て、掌返しか!
今まで、散々、守ってやったのになあ!
もうここで、全員仲良く海の藻屑になっちまえよ、なああ!』
「させないッス!!」
蛇竜の背に、槍が刺さり、火が出る。
『あっがっ!!』
「言ったッスよね。隙を晒す方が悪いんスって!」
『クソがあああ!』
振りほどき、蛇竜はハルルへ向き直る。
『お前さえ! お前さえ居なければ! 余はずっと神でいられたんだああああ!!』
蛇竜が向かってくる。
その時、ハルルは──槍を今までにない構え方をした。
さながら、居合。
槍先を左の腰の下へと構えた。
それは──ジンにとって、どこかで見たことのある構えだった。
(ああ。そうか)
ジンは、少し口元を笑ませた。
絶景は、そもそも防御の技だ。
だから、相手の攻撃を受け流すことも、反撃を取ることも容易。
ハルルは……。ともかく。
「花天──……」
『お前があああああ! 居なければあああああああ!!』
「……──絶景」
音もない横一文字の薙ぎ払い。
その場のジンの他、誰も目で追うことも出来なかった。
『……余が……か……神……かみ……』
蛇竜は、息を吐くような、絞られた声を上げた。
「うちの弟子を泣かせる神なら、いらないッス」
ぼとり。
蛇竜の首が、その場に落ちた。
◆ ◆ ◆
──お婆さんが腕のいい治癒術士でよかった。
ハルルの腕は全治二週間とのこと。
それも回復魔法ガンガンかけてだ。
夕焼けの海。俺とハルルは浜辺にいた。
気をつけろとか、あぶねぇとか……頑張ったな、とか。
そういう話をして。
笑い合ってじゃれ合って。
もう星が見える夏の夕暮れの空。
オレンジジュースとワインを混ぜたみたいな心が躍る色合いの空。
そんな空を見た。星を繋いだ。
少しだけ力を込めた指と指が、絡まるように手を握り合う。
俺たちは言葉もなく、しばらくの間、星を見ていた。
◆ ◆ ◆【07】【08】◆ ◆ ◆
■新規主要キャラクター
■ ノア
黒い王鴉。成鳥になれば人を乗せられる程大きくなるとのこと。
現在でも十分に大きく、ヴィオレッタと同じくらいのサイズである。
また後に獲得する術技や、狼先生のサポートなどで皆を背に乗せて運ぶ場面が多くなる。
ちなみに雌。魔王サイド(通称レッタちゃんサイド)の中で一番常識鳥。
■ ナズクル
王国参謀長。赤褐色の髪に赤い瞳の、筋骨隆々な鋭い目の男性。
《雷の翼》に所属していた勇者で、ライヴェルグ隊長時代に参加。
副隊長のようなポジションを務めていた。
■ リリカちゃん
島で出会った竜人の少女。ハルルの弟子。
■ マキハ / マッキー
ヴィオレッタがとても気に入っていた友達。惨殺されてしまった。
□主要用語
□ 爆機槍
ポムッハが作った機械の槍。パラソルのような槍端を持つ為、騎乗槍に近い。
触れた場所を起点に爆発を起こす槍。勇者ギルドから依頼を受けた武器の試作先行型として作られた。
その槍端の中には燃える三叉槍が仕込まれている。
伸びた三叉槍が刺さった地点で、一度だけ大爆発を起こせる。
大爆発を起こしたら、次に修理をするまで爆発機構は失われ燃える三叉槍としてしか使えなくなる。
◆ ◆ ◆
いつも読んで頂き本当にありがとうございます!
申し訳ございません……1月3日の投稿はお休みさせていただきます……。
これは私個人のことですが、仕事の方で様々あり、作業する時間が取れなかった為です。
目測が甘く誠に申し訳ございませんでした……。
年末年始の休業が無い仕事をしており、いつもは問題なく調整していたのですが……今年は上手く調節出来ませんでした……申し訳ございません。
どうにか、纏め終えて続きを書きたいと思います……何卒よろしくお願い申し上げます。
2025/01/03 0:32 暁輝




