【07】短剣【13】
血と、汗と、汚物と……ありとあらゆる饐えた臭いが混ざり合う。
暴行が始まって、もう何時間経ったか分からない。
男たちは、入れ代わり立ち代わり、マキハに凌辱の限りを尽くした。
両腕の爪は無くなり、血まみれの顔面は人の輪郭ではなく、糞尿にも体液にも塗れて。
朝日が昇った頃、マキハは、ぐったりと反応すらなくなっていた。
「トゥッケさん。トゥッケさん。これ以上やったら本当に死んじゃいますぜ」
誰かがトゥッケに耳打ちした。
ん。とトゥッケは目を醒ます。椅子に座り、マキハが凌辱されていく様を眺めていた最中、飽きて眠っていた。
もう朝か、と呟いてから体を伸ばす。
「なんだ。どっちに行ったかくらいは、聞き出せたか」
「え?」
瞬間、ワイン瓶がその男の頭に振り下ろされた。
「何が、え? だ。聞きたいのはこの僕の方だ。あの黒い毛皮の女はどこ行ったって話だ」
「そ、それは、聞き出せてないです。ずっと、だんまりで。というか、もう意識も」
「おい。おいおいおい! この僕はなんて言った?」
「え、えっと。こいつを好きに」
「馬ぁ鹿か、お前は。毛皮の女の行方が分かるまで、痛めつけろ、って言ったろ。行方を言わないんだから、まだまだやれよ」
「そ、それは……」
「水でも掛けて、続けろ。別に死んでも構わん」
「え、いや、しかし」
トゥッケがギロりと勇者を見た。
「犯罪者だろ! こいつは!」
鉄板を引っ掻いたような金切声でトゥッケが激情する。
「は、はい!」
「犯罪者を捕まえて、他の犯罪者への見せしめにする! そうしていくのがこの土地の法律!
あれか、犯罪者だけど女の子だから可哀想とか思ってるのか?」
「そ、それはっ」
「おいおいおい! だったら、勇者なんてやめちまえよ! だが、覚えとけよな?
今、こいつを見せしめにしないと、他の犯罪者が生まれる。
そしたら、お前の家族がこの現状より悲惨な目に遭わされる!
分かってるよな、しっかり覚えとけよな!」
恫喝。ありえない三段論法ではあった。
だが、勇者は従うしかなかった。
この閉ざされた、同僚たちがまだ少女を痛めつけている異常な場所で。徹夜明けに、上司に恫喝され、正常な判断など出来ない。
マキハに冷水をぶっ掛けた。
びくっと体を強張らせ、意識が戻ってきたようだ。
「後悔したろ。意地張らずに、教えてくれよぉー。あの女はどこ行った?」
「……」
「なぁー、そしたら。そうだ。薬があるぞ? 痛いの痛いの飛んでっちゃう薬だ」
トゥッケがマキハの髪の毛を掴んで起き上がらせる。
マキハはトゥッケを見る。ゴミでも見るような目で。
そして、ぺっと、口の中の体液をトゥッケに吹きかけた。
頬についた血だのゲロだの分からん液体を、拭ったトゥッケ。
一息つく。やれやれ、と呟いて。
「死ねおらっ!」
床に叩きつけ、頭を踏む。
もう血も出ない。踏み、踏みつけ、踏みしだく。
トゥッケが連れて来たのは、国境警備にあたる職業勇者たちだ。
元は、王国守備兵士。
兵士時代から、戦時下において、見せしめで犯罪者を吊るし上げることが無かった訳ではない。
そんな勇者たちですら、少し、冷静さを取り戻してしまう様な、異様な光景だ。
そんな雰囲気を、トゥッケは察してもいた。
(正直、ここまで強情だとは、思わなかったが)
「仕方ない。もういいか。おら、行くぞ」
トゥッケはマキハの髪の毛を掴み、引きずっていく。
随分と軽い体だ。身じろぎもしない。
勇者たちを引き連れ、外へ出る。朝日が眩しい。
バサバサッ! と羽を振る音がした。
ロープに縛られた黒い王鴉のノアがどうにか解こうと暴れている。
人間と同等の体躯を持つ王鴉ではあるが、男三人がかりで取り押さえられていて、自由が利かない。
「この王鴉はどうしますか?」
「ああ。忘れてたよ」
トゥッケは近づく。
黒い翼を広げようともがく王鴉。
嘴も縛られて声も上げられない。
鳥類の黒い目が、それでも怒りに満ちているのが分かる。
「反抗的な目だ。鳥の癖に」
腰にあった短剣を抜き、その刃先を王鴉の頬に充てる。
「いつでも殺せるんだからな? なぁ」
そのまま、短剣を頬に突き刺す。
激痛で、鳴き声を上げている。だが、発声出来ないのだろう。
その呻きとも言えずに体を捩らせる様が、トゥッケは少し面白かった。
「ほら、ほらほら。もっと暴れろよ」
ぐりぐりと短剣を動かし、痛みを長引かせた。
がぶり。
え? とトゥッケが混乱する。
左手が熱かった。もっと言えば、左の小指が。
王鴉は、何も出来ない。何故、と左を見た時。
マキハが、噛みついていた。いや。
その瞬間、トゥッケの小指を、嚙み千切った。
「っ! ぎゃああああああああっ」
さっきまで、意識すら無いような状態だったマキハは、すぐに、ノアの頬に刺さった短剣を抜いた。
勇者たちがトゥッケとマキハに向かうその一瞬で、すぐに、ノアの体をきつく縛るロープを切った。
強く縛られすぎていたから、ノアの胴も縦に切り傷が出来たが、それでも、ノアは動けるようになる。
「逃げて……」
羽を広げる。
『クァッ!』
「くそっ、ぼさっとするなっ!!」
マキハはノアに手を伸ばした。
だが、その手は届かなかった。
勇者がマキハを取り押さえた。
槍がノアの背に刺さる。
それでもノアは暴れる。足の爪で、翼で。
ただ、ノアは。その暴力の中でも、まっすぐにマキハを見ていた。
そして、その口が、動いた気がした。
いきて。と呟いたその動きに。
『カァッ!』
羽を広げて、強く、強く。
黒い羽根を散らして、飛び上がった王鴉。
「弓撃て、弓!」
矢や、魔法で作られた矢が放たれる。
何十か命中しているが、それでも落とされない。
飛び去った王鴉を、マキハは見送った。
「こいつはっ!!」
左手を包帯で巻かれたトゥッケが怒号を上げる。
拳が振り下ろされる。幾度も、幾度も。
誰かが止めに入るが、それでも容赦がなかった。
転がった短剣を拾い上げ、そして。




