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【総集編】弟子を名乗る少女の話【01】

本日から、総集編を投稿させていただきます。

本日は


【01】弟子を名乗る少女

【02】酒場の件と夜の話


 上記の章の総集編です。


 一部書き下ろしと加筆をしております。


※約1万文字程あります。申し訳ございません。お気をつけて!


 ◆ ◆ ◆ 【01】 ◆ ◆ ◆



 可愛ければなんでも許される。


 しかし、鍵穴から中を覗きこもうとしている少女を……許していいのかどうか。

 とりあえず、勇者に通報か?


「どっ、どど、泥棒じゃないッス!! ライヴェルグ様(・・・・・・・)! 

私を、弟子にして欲しいんス!!」


 こともあろうに(・・・・・・・)、少女は大声でそう叫んだ。

 その名前を大声で叫ぶことがどれほど問題(・・)なのか、少女は理解していないのだろうか。

 


 それより、何故──俺がライヴェルグだと知っているんだろうか。



 ──俺の名前は『便利屋のジン』。

 しかし10年前の名前は『ライヴェルグ』。


 魔王討伐隊《雷の翼》の隊長。

 そして、魔王討伐を果たし、その後、死亡したと言われている勇者──『ライヴェルグ』だ。


 ……ただ、魔王討伐は──名誉じゃない。


 だから、俺はこの10年の間、誰とも関わらないようにした。

 本当に、ごく一部の人間とだけ接してきた。

 ほんの一握りの人間だけが、俺をライヴェルグだと知っている。


 つまり、世界のほとんどの人間がライヴェルグを生きていると。

 俺がライヴェルグだと、知らない筈なのだ。



 この少女は、一体──……





「黄金の勇者、ライヴェルグ様のブロマイド! それから、《雷の翼》のバッチ!

《雷の翼》大全! 全レジェンド勇者を網羅した大増量愛蔵本!

サイン入りのポーションに、勇者限定ラベルの砥石(未使用)!

《雷の翼》ロゴ入り非常食(未使用)!!」



 少女は猛烈な勇者の熱狂者(フリークス)……つまりは『勇者ヲタク』という奴であった。


「そして、これが最も希少! なんと、黄金の勇者の書下ろし詩集!」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」 なんて恥ずかしいものをっ!!

「人の所有物を奪おうとするのは犯罪ッス」「……金貨一枚で」「ダメッス」

「いや、もう、マジそれ捨てて。焼き捨ててくれ……」

「『彼方に観える雷雲が俺の心の』」 読み上げんな!! 止めろっ! お願いっ! 止めてっ!

 ……ハルルの精神攻撃は続いた。



 ──しかし、それでも解せないことがあった。

 俺は、ライヴェルグの名前を使っていた時代は獅子の意匠の黄金の兜を常時(・・)被っていた。


 常時だ。頭がおかしいと思われるかもしれないが、食事睡眠含む、ほっとんど常時。


 というのも、魔王討伐隊の隊長を引き継いだ時がまだ16歳で童顔だったのが恥ずかしかったんだよ。

 前任のアラウンド隊長は大人って感じの顔だったから。


 ともあれ。残っている資料も写真も、全てが『黄金の全覆兜(フルフェイス)』の勇者の姿だ。


 そう。よく考えればこのハルルという少女が俺の顔を知っている筈がない。

 と思ったのだが。


「これ、覚えてないッスか?」


 少女が出した綴羊皮紙(ノート)を見て──記憶が鮮明に蘇った。


 彼女は、俺が10年前──助けた少女だった。


 当時はまだ6才だった女の子。当時から勇者を好きで、サインを強請られた。

 そして顔が見たいとずっと付きまとわれ……俺が唯一兜を外すお風呂で待ち伏せ。

 俺の顔を……それで覚えていた、のか。


「よかった。……よがっだ、ッス」


「え?」

「勇者様が……生ぎでて、本当に……」


 生きてて、よかった。

 少女にそう言われた。

 あーあ。可愛かった顔をそんなもうへちょむくれにしちゃって。

 そんなに、俺が生きてたのが嬉しかったのか。俺なんかが。



 ──『なんて酷いことを』『勇者がやることじゃない』『仲間殺し!』『気持ち悪い』



 俺、なんかが生きてて、そんな嬉しかった、のか。

 そう、か。……。

 初めて……。魔王討伐後に、初めて、誰かに喜ばれたような気がした。


 抱き着いて、泣いてくれたことが、素直に俺も嬉しくて。

 10年も経ってるのに、よくもまぁ探してくれて。

 まったく。こいつは。……呆れる程に。


 仕方ない。仕方ないから、泣き止むまで頭でも撫でてやることにした。



「……でも弟子にはしないぞ」



「そ、そんな!」 

 こんな弟子にしやすい流れで! とも言われたがシカトである。


 しかし、やはり食い下がるハルル。

 なんで俺の弟子になりたいのか。問う内に……ハルルの事情が見えて来た。



 ハルルは『駆け出し勇者』なのである。



 駆け出し勇者ってなんだよ。というツッコミをするのは正常だ。

 そう、勇者とは本来称号なのに、今の時代では『勇者という職業』が出来てしまったのだ。


 他国で言う、『冒険者』の呼び名が勇者に置き換わった、と考えたらわかりやすいかもしれない。


 『職業勇者様』は冒険者とは違い、ノルマがあるそうだ。

 仕事として熟さなきゃいけないことが多く決まっているそうで、ハルルはそれを解決できずにいたらしい。


 というより──無茶苦茶な依頼を受けて、失敗続きになっていたのである。


「地竜の鱗の納品だと……難易度分かってて受けたのか?」

「Aランクくらいの難易度ッス!」「それってつまり?」「私の力ではギリギリッスかね!」「まだまだの間違いだな」


 代わりにやってやる。というのは良くない。

 今後の為にならないからだ。

 とはいえ。こんな何も知らないひよっこ冒険者(じゃなかった勇者)を放置するのは先達としてマナー違反でもある。


 今回は特別に、その依頼(クエスト)を協力してやることにした。

 そして依頼(クエスト)完遂(クリア)したら──もうそれで終わり。

 弟子にしろとか言わないように、という条件で協力した。


 ◆ ◆ ◆


 そして──地竜の根城となっている古い山道へ場所は移る。

 痕跡から推理した結果、この地竜は夜行性であることが極めて高いと判明した。


「ま、大丈夫だな。今は……正午時過ぎ」 19時までは起きないという予測だ。

「ということは、熟睡中ッスね! もー! 仕方ないドラゴンッスねー!」

 熟睡中と分かってウキウキし始めているな。

「地竜に近づくぞ。覚悟はいいな?」 

 一応、少し低めの声で釘を刺すとすぐに真面目な顔になった。

 こういう所は偉いよな。ちょっと硬くなり過ぎだが。


「緊張するなよ。まぁ、夜行性の竜が昼に活動するなんて、万分の一の確率も無いから大丈夫だ」






「ししょおおお! 出たじゃないッスかあああ」

「ああ、マジで最悪だな……!」





 ──特大の釣り針(フラグ)は、発言後、10分も待たずに回収された。

 先に来ていた別の駆け出し勇者二人組がやらかしてくれたのだ。

 眠っている地竜を起こして怒らせて、こりゃぁお手上げだ、という状態を作ってくれた。


 大暴れの地竜から逃げる。中々の大物でちょっと田舎の家くらいある。


 ハルルと俺は問題なかったが、二人組の方が危ういようだ。片方は体力が無い。

 正直言えば、地竜を倒すことは可能だ。だけども……地竜を倒したら目立つ。

 目立てば……俺がライヴェルグだとバレる危険性もあった。


 それに、地竜は性質上、縄張りから出ない。

 人間が面倒な敵と分かっている。

 竜からすれば可食部が少なく火や武器を集めて集団で襲い掛かってくる面倒な存在なのだ。

 だから人里まで下りればもう追ってこない。だからマラソン大会を甘んじた。


 ──そして、偶然が重なった。


 俺が、行く手に居た面倒な魔物を処分している最中、二人組の片方が転んだ。

 そして。


「何やってんだ! ハルル!!」


 ハルルが身を挺して、その子を庇ったのだ。


 直撃ではなかった。だが、地竜の攻撃なんてものは、言ってしまえば爆撃だ。

 近距離で爆弾が爆発したら。それだけで怪我じゃ済まないのが普通だ。



「し、しょう……」 呼吸はある。意識もある。しかし、頭に怪我をしていた。

「無茶するな。大丈夫か」

「大丈夫、ッス……えへへ。無茶じゃないッスよ」

「何バカ言って」



「誰かの盾になるのは、……当たり前ッス、よ……だって、私、勇者、ッスもん」



 ──。


      『私は、お前の盾になるからな』


 緑の髪の人が、俺の瞼の裏で微笑んだ。

 口には出せない気持ちが。ぐっと込み上げていて。

 だから。



「ハルル。地竜の弱点、知ってるか?」



 少しだけ。

「特別に授業をしてやろう。まず、地竜の火球(ブレス)だが」


 少しだけ──胸が熱くなっていた。


 その想いは誰にも告げず、ただ、借りた鞘を握る。



「地竜の火球(ブレス)は、砕くことが出来る」



 後は──俺の勇者生活での当たり前の知識。


「弱点は、あの黒曜石の角。角は周辺の地形を読む為のアンテナだ。

神経も魔力も多く集まった明確な弱点であり、叩きゃ激痛を与えられる」


 角を砕く。


「相手が激痛により体勢を崩したのなら、定石としては、すぐに懐へ回り込むといい。

すると地竜の死角に入れる。そして、次の弱点である逆鱗だが──逆鱗は、とても脆い」


 首の棘の付いた鱗を蹴り剥ぐ。

 顎への掌底。

 首胸部中心、けい()部への打拳。


 そして。最後。竜と目が合う。


 竜は──目を閉じた。

 ああ、竜が目を逸らすのは敗北や死の直感だ。


「無論、最後の弱点は目だ。これを突けば、地竜種だけではなく、どの生物も必ず身動きが取れなくなる」


 だが、突かない。

 殺す必要は無いから、ぽんっと竜を撫でておいた。

 


「ど、ドラゴンを素手で倒した……!?」

 鞘、使ってたけども、素手カウントでいいのか?

「流石、師匠! 最強! いや、超最強ッス!」

「俺は師匠じゃない。というか、早く拠点に戻るぞ。手当しなきゃならん」


「平気っスよ! これくらいの、け、──が」


「おい! ハルル!」 ハルルがその場に倒れ込んだ。



 ◆ ◆ ◆ 【02】 ◆ ◆ ◆



 勇者は強いから痛くても泣かない。

 ライヴェルグ様も怪我をしても全然平気だ。



 村の子の誰かがそう言ったんスけど、信じられなかったッス。

 だって、痛ければ誰でも泣くじゃないッスか?

 ライヴェルグ様だって同じだと思うんスよ。


 憧れの勇者様──ライヴェルグ様はいつも『黄金の獅子の兜』を被っているッス。


 ルクスソリスとの死闘シリーズで、胴に大怪我した時の話を読んだことがあるッス。

 そこの新聞には『勇者は平気な顔で立ち上がった』と書いてあったんス。写真もあったッス。


 ……でも、それ、本当に、平気な顔をしていたんスか?

 だって。兜を被ってるッス。本人が平気って言っても……『平気じゃない』んじゃないッスか?


 勇者様は優しい──痛くても痛くないって言っちゃう人じゃないッスか……。


 ◆ ◆ ◆


 ハルルは無事だった。しかし……。


「では特殊医療費用を含めまして──明細はこちらにございます。にっこり」



 お財布は死んだ。金貨はいない、もう死んだ……。



 普通の一人暮らしで掛かる一ヵ月分の食費くらいの医療費。

 魔法治療とかの特殊医療だから仕方ないが、借金を背負っちまった訳で。


 とりあえず俺たちは、俺の家もある元の拠点、交易都市に戻った。


 そこから何の気なしに公園でだべって──夕方になっていた。

 それには理由がある。

 俺たち魔王討伐隊《雷の翼》の戦いをまとめた『その時、勇者が動いた』っていう本が中々にヤバかったのだ。

 何がヤバいって? 『盛り』が『大盛り』だったのだ。


 特に俺の項目っ! 好き勝手書いてくれてっ!


 ・王国騎士、千人斬り!?

  してません。

 ・魔族の軍に対して、一人で奇襲!?

  チームでやりました。

 ・敵城壁を爆破!! 

  うちのチームの別の奴です。

 ・伝説の聖剣を真っ二つに折る! 

  それは、折りました。

 ・彼女が百人! 

  最前線で、どうして彼女が出来ると思ったんだ。

 ・兜の下は絶世の美女! 

  え、俺、女の子だったの?

 

 のように。ハチャメチャだった。──ま、まぁ。王国騎士百人組み手はやったけどね?


 ……懐かしいアルバムをめくるような、楽しい時間だった。

 俺の中での気持ちとしてはつい昨日の出来事なんだけどね。


 それに。ハルルとの時間が──正直に認めると、楽しい時間だった。


 夕刻、18時の鐘だ。ギルドで19時までに今日の依頼(クエスト)を清算しないといけない。


 けど。

 この依頼(クエスト)を終えたら──俺たちの接点は無くなる。

 

 服の裾が掴まれた。


 振り返ると、ハルルが見ている。その目が少しだけ潤んでいた。


「……茶とか、菓子とか。何もねぇから、遊びに来るときは、持ってこいよな」

「!! はいッス!!」

 恐ろしいくらい元気だった。後日聞いたが、俺はこの時、笑ってたらしい。

 表情筋があったってこの時知ったんスよ、とハルルが言っていたのでほっぺを引っ張っておいたのはまた別の話。



 ──そして、ギルドの酒場にて。




「おい、こんなクソったれなもんを持ち込んでんじゃねぇよ!!」




 ハルルの荷物が偶然散らばってしまった時に、それが──拾われてしまった。



「お前ら駆け出し世代は知らねぇのか!?

ライヴェルグが『仲間殺しの勇者』だってことをよ!」



「ライヴェルグってのは勇者でもなんでもなく、ただの『人殺し』なんだよ!」

「冒険者として、いや、人として!

一番やっちゃいけない『仲間殺し』をそいつはやったんだぜ!?」

「ギルドじゃライヴェルグの存在が禁忌(タブー)なんだよ!」



 ──これは、事実。

 

 魔王との最終決戦。

 それは──『王都』、その城下町で決着した。


 魔王の足止めにより、俺とサシャラという女騎士の二人だけで城下町で決戦。


 魔王はその戦いの中で傷ついた体から魂を分離させ──サシャラに寄生したのだ。

 サシャラの腹に、魔王の手がずいずいとのめり込むその時。


 サシャラはにやりと笑って、その魔王の手を掴んだ。

『これでもう逃がすことは無い』『何ッ! まさかッ!』

『私ごとやれ、ライヴェルグ!』『!!』




『私が、私で、あるうちに……! 私ごと、貫け』




 それしか。道は無かった。

 魔王は、人の命を次々に自分の命にする魔法を使う。

 まだ周りには逃げ遅れた城下の人々がいる。距離こそ遠く離れているが、一般人が多く見ている。


 ここで仕留めなければ、被害は広がる。

 このまま、魔王にサシャラの命を食わせる訳にはいかない。

 サシャラの覚悟を無駄には出来ない。


 そして、俺は。勇者ライヴェルグは。

 最も信頼する親友であり、背中を託せる相棒であり、





 初めて恋をした相手を──殺した。




 雨が降った。爆炎も消え、もう冷たくなったサシャラの身体を支える。

 サシャラの最後の言葉は、忘れない。

 

 そして、背後を振り返った時。



『人殺し』



 爆炎の音は激しかった。距離もあった。

 だから、魔王と俺と、サシャラのやり取りは誰も聞いていない。

 魔王がサシャラの身体に乗り移ろうとしていたのも、遠目からじゃ分からない。

 魔法使いなら分かったかもしれないが──見ていたのは『一般人たち』なのだ。


 だから。その場に残ったのはたった一つの映像。


 

 魔王を、サシャラごと貫いた、非道なライヴェルグ。

 その場面のみ。


 そして、彼が見たのは。


『仲間殺しだ』『人殺し』『仲間ごと魔王を殺した』

『人殺し』『今が魔王討伐のチャンスとでも思って刺したのか?』

『魔王劣勢だったのに、え、仲間ごと?』『人殺し』



 民衆の冷たく光る無数の眼。


 

 ──それが、俺の見た事実。

 そして、俺の、今が生まれた理由。

 

 ただ、それはもう。俺の罪。仕方のないことだ。


 けど。これは。いや、『その本』は違う。




 床に落ちたハルルの本、『その時、勇者が動いた』を踏もうと職業勇者の男が足を出した。




 それを──俺は手を伸ばして守っていた。


 俺の手に男の靴のかかとが、ぐりぐりとめり込む。

 竜よりかは弱いこの男を捻り潰すのは容易だ。だけど。抵抗する気は無いんだ。

 何故か。簡単だ。


「仲間を殺した、裏切り者のライヴェルグを! あの城下町で、みんな見てたんだぜ!」

 ギルドの中で『職業勇者』の男が怒鳴り声をあげた。


「ライヴェルグが、女騎士サシャラごと、魔王を貫く、その瞬間をよ!」


「魔王討伐の為なら、仲間を犠牲にしていいもんなのか? はっ、俺はそう思わないね!」

「そうだそうだ! 俺たちはみーんな、あの時、見てたんだ!」

「勇者側優勢! もうちょっとで倒せる所で、わざわざ、なぁ!」

「勇者なら何でもやっていいのかよなぁ!」


 ──この罵詈雑言は、すべて事実なのだから。

 俺は、先輩で悪友。親友で仲間。

 かけがえのない相棒で……初恋の人を、この手で殺したんだ。


 だから。

 本当に。

 この罵詈雑言(ことば)は、俺が受けるべき言葉だった。

 俺は……周りの人間たちが、俺を死んだことにして、逃がしてくれたから。この雑言から。

 本当は、俺がちゃんと、受け入れるべきなのに。


「俺も、よく知ってるよ。仲間殺しの勇者のことは」


「知ってんなら、テメェよ。こんなクソったれな」

「ああ。気分を害したのは悪かった。謝る。

だが、この本はこの子にとって大切なものだ。もう止してくれ」


「はぁ? 大切なものねぇ、そーかよ」


 頭の上から、麦酒が掛けられた。


「クソ食らえだな」

 周りの嘲笑と下卑た笑い声が良く耳に響く。

 だが、これでいいんだ。これで。



    爆撃かと思った。



『ドゴォオオン!!』 というとんでもない音と共に男の頭の上から、酒樽が叩きつけられたのだ。


 叩きつけたのは、ハルルだった。

 あまりの出来事に、ギルドは静まりかえっていた。



「その時、あんたたちは動いたんスか?」



「は、はぁ?」

「さっき、魔王との最終決戦、見てた、って言ってたじゃないスか。

その時、あんたらは何かやったんスか?

矢を射るでも、魔法を撃つでも、石を投げるでもいいッス。誰か、参戦したんッスか?」


「ばっ! 馬鹿野郎! 出来る訳ねぇだろ! 最強の勇者と魔王の戦いだぞ! 

割って入ること何て出来る訳が──」



「だったらなんで! 勇者一人のせいにしてるんスか!?」



「ゆ、勇者のせい、じゃなくてよ。あ、あいつが人を殺したってことが、事実でよ」

「そ、そうだぜ、嬢ちゃん。あの勇者は」

「勇者が殺したのは、事実かもしれないッスね。けど、それは、勇者が殺したわけじゃないッス」

「な、なにわけわかんねぇことを」




「女騎士を殺したのは、一人の勇者じゃなく、ここにいる全員の無関心だって言ってるんッスよ!」




「確かに、その現場に私はいなかったッス。

でも、そこにいたら、何か出来ないか、私は考えるッス!! 

今からでも、何か出来ないのか、ずっとずっと考えてるんスよ!!

それに! あんなに優しい勇者が、仲間を殺すなんて! 

そんなことしないって!! ちょっと考えたら分かるッスよ!!」



 後ろから見てても、ハルルが泣きながら叫んでいることは分かった。

 震える声で、震える拳を握って。



「何もしなくても、最強の勇者なら大丈夫だって! 

そうやって無理をさせ続けたから、最後!

最後は、どうしようもなくなって、サシャラさんごと貫くことになったんじゃないんスか!?

誰かが加勢してたら変わったかもしれないじゃないスか!

なのに、俺たちは見ていたって、ふざけるんじゃ──」


「ハルル。ストップだ」

 振り下ろそうとしたハルルの拳を、俺は、止めた。


「それくらいにしとこう、な」


 ハルルの目から大粒の涙が流れた。

 ……俺の為に、泣いてくれているのか。

 ありがとう。と、口の動きだけで伝える。


 ◆ ◆ ◆


 足早にギルドを去ってから、ハルルは少し怒っていた。


「仲間殺し、仲間殺しって! 酷い言い草を!!」

「いや、客観的に見たら事実だしな」

 フグみたいにハルルは膨れた。まずい、針が飛んでくる。

「事実でも真実じゃないッス!! 無実ッス!! 正当で仕方ないッスよあの場面では!!」

 あの場面って。お前、あの場面見てないって自分で言ってたろ……。


「勇者様が! 勇者様の、辛い、そういう、悲しいことを掘り下げて! なんなんスかあいつらは!!」

「声がでかいっ。お前、もう夜なんだぞ。怒ってくれるのは嬉しいけど」

「声も大きくなるッスよ!! なんれふか! 私の勇者様を、あいつらはぁあああ」


 怒ったように顔を赤くしていた。

 と思ったら。


「それひか方法は、無はった! そういう場面した!! 勇ひゃ様は何も間ひがえてない!」


 ん? んん?? 夜道でしっかり見えてなかったけど。

 ハルルさん? 貴方、酒気属性やられしてません????


「離してくらはいっ!」

「いや離したらお前転ぶのよ、今!!」


「わたしは!!」

 涙をいっぱいに蓄えて潤んだ目が、目の前にある。


「あんなに言われて、ムカつきましたっ」


「……そうか」

「ししょーはもっとむかついていいのに、なんでムカつかないッスか!」

「それは……」

「わらひは、あなたに、助けられてから、ずっとずっと、ずぅーーーーーっと」




「あなたを、好きなんですから」




「は、ハぁ!?!?」

 度肝抜かれたが、あれだ。憧れって言ってたからそういう意味で。

 それから。

 ハルルの顔がうっとりと潤んで。


「あの、」

「はい」




「吐きそう」

「が、がまんしろ!!!!!」

(吐きそうというカミングアウトが)あまりに突然で……心臓が跳ねた。

(家のトイレまで間に合うか)どきどきと、胸が(不安で)鳴っていた。


 ──辛うじて間に合い、まぁ、うん。

 映像的には美しくないかもしれないので割愛とレインボー入れといて。


 風通しを良くするために、窓を開けた。

 春の中旬。夜風はひんやりとしていた。


 ハルルが諸事情によりお手洗いから戻れないので、俺は窓の外を眺める。


 ──ハルルが酒場で言ってくれた言葉を思い出していた。

 『女騎士を殺したのは、一人の勇者じゃなく、ここにいる全員の無関心だって言ってるんッスよ!』


 俺があいつを殺したんじゃなくて、全員の無責任が殺した、か。

 俺は。正直。嬉しかった。

 言ってやりたい言葉、だったんだろうか、俺も。


「ありがとう、な。……あんなに怒ってくれて、ありがとう」


 勇者が人を殺す訳ないだろ、とハルルは怒鳴ってくれた。

 嬉しかった。

 ただ、嬉しかっただけじゃなくて。

 少し、俺の心は、少しだけ──。


「また怒るッス」「うぉおお!?」 ビビった真横に急にッ。ネコかお前はっ!


「師匠のこと、超分かりました。優しすぎて怒らないってことッスね」

「いや、優しいとかじゃなくてだな」

「大丈夫ッス。弟子であるこのハルルが、代わりに何度だって怒るッス!」

 にひひ、っと笑って見せたハルルだ。お前……お前なぁ。


「さっきまでゲロってたくせに、こいつは」

「えへへ……っう!」

「今もじゃねぇか! おおおおお、早く戻れっ!!

戻さず戻れぇええ!! お前はっ、まったく」

 トイレにダッシュで連れていき、さっさとベッドまで引き返す。


 騒がしい。ああ、本当に、騒がしいな。

 くそ。騒がしすぎて、腹から笑っちまった。


 はは。笑ったからか、涙が出た。


 ああ、ダメだな。久しぶりに、すげえ涙出る。

 年取ると、涙腺、弱くなるんだったけか。もう26か……オッサンだな、俺。はは。


 窓の外、雲は風に流されて、レモン色の月が見えた。

 隠しきれていないが、手を額に当て、目を隠した。




「ありがとう。……ありがとうな」




 こんなに震える小さな声が、俺から出ることに驚いた。

 吐き気も収まった、こんな静かな夜じゃ、その言葉は闇に消えてくれなかったから。


「お気になさらずに、ッスよ」


 小さな返答が、しっかりと聞こえて。

 窓の外なんか、もう見えないくらい視界が歪んでいたのを、必死に隠した。



 ──翌日。

 まぁギルドの酒樽と机をぶっ壊したら請求額が笑えない金額になって、二人で仲良く借金を抱えました。


 そしてその帰り道。

 宿無し文無しのハルルが暫くの会話の後に。


「……ししよー」 と、甘えた声だったので察しました。

 察して、はぁ、と溜め息からの回答は、正直決めていた。


「借金返済までだからな。俺ん家住みついていいの」


「え!? ええ!!?」

「んだよ。四六時中追い回されるよりもう間借りさせた方が楽だってことだ」

「追い回さないッスよ! ただの24時間の監視ッス!」 それもっとアウト。


 部屋の半分は俺の。そっちの机から押し入れの方がハルルな。


「カーテンとかはねぇからあきらめろ。着替えはトイレと風呂場を使えな」

「了解ッス! 他後で必要な物はあるッスか?」

「歯ブラシとかか? あー、あとコップ。俺、一個しかないから」

「了解ッス! あ、そのついでに弟子はどうッスか? な、なんでもするッスよ~」


「まだ諦めてないのか」「えへへ、いい流れなので、OKかなと!」

「あのなぁ」「ささ、弟子の大安売り! 一家に一台、良いハルルッス!」

「大安売りってね。でもお高いんでしょ?」「今なら何と、もう一人ハルルが現れるッス!」

「わぁお買い得! とはならんだろ」「えへへ~」

 そこから、少し沈黙が流れた。

 何か知っているのか、それとも、言葉が続かなかったのか。


「お茶淹れるッスね!」


 ──弟子は。

 ハルルは知ってるのかもしれないな。──その話。

 だから。




「やっぱり、俺は弟子、取れないわ」



 そう、ッスか。と小声が聞こえた。

 それから、俺は、目をそらす。



「ただ、便利屋の従業員なら、一人くらい、欲しいかな」



 我ながら、なんて素直じゃないんだ、とは思った。

 でも、俺的にはそれが精いっぱいで。


「ししょーーー!!」


「ばっ、抱きつくなっ! 後、師匠じゃなくて、ジンさんと呼べっ!」

 そうして、自称弟子が、俺の家に住み着くことになった。

 なんとも五月蠅いが、残念ながら、その五月蠅さが、心地よくなってしまったようだった。



◆ ◆ ◆【01】【02】◆ ◆ ◆

 ■主要キャラクター


■ ジン / ライヴェルグ

 交易都市の便利屋をしている26歳。ライヴェルグの長い本名は別頁参照。

 実は魔王討伐の勇者。この頃の趣味は1000ピースパズル。

 尚、パズルは一種類しか持っておらず作って数日立ったら壊してまた作り直すという趣味だった。


■ ハルル・ココ

 白髪に翡翠の瞳、華奢な猫っぽい少女16歳。

 語尾は『ッス』。酒は飲んだこと無いが酒気で酔う程に弱いようだ。

 趣味は《雷の翼》大全を読み込むこと。生粋のヲタクである。


■ サシャラ

 緑髪緑眼の《雷の翼》に所属していた女騎士の勇者。

 容姿端麗で男勝りで勝気な性格。ファンも多く未だに新作グッズ作成もある(ハルル調べ)。

 妹二人に仕送りしていたらしい。趣味は寝ることらしい。買って後悔したものはダンベル(筋トレ2日で飽きた)。


■ ラブトル

 地竜の二人組。後、ハルルの友達になる。

 金髪の方。

■ メーダ

 地竜の二人組。後、ハルルの友達になる。 

 黒髪の方。



 □主要用語


□ 《雷の翼》

 魔王討伐隊《雷の翼》が正式名称。

 最初期は『魔王討伐隊』と呼ばれていた。

 『魔王討伐隊』の隊長がアラウンドからライヴェルグに引き継がれてから《雷の翼》と名乗る。

 15名が所属していた。途中での死亡や離脱がある為、10名と言われる場合もあるが、フルメンバーは15名である。

 上述の通り、死亡や離脱がある為、加入時期によって被っていないメンバーも存在する。

(例えば、アラウンド隊長時代を賢者ルキは知らない。ルキ以降のメンバーはアラウンドを名前だけしか知らない。

 そして最後に加入した鬼姫サクヤは、直前で離脱した魔導士ユウと組んだことは無い)


□ 職業としての勇者

 ライヴェルグを公から隠した後、王国は軍事力不足になった。

 魔王を討てる程の最強の勇者という力は周辺諸国への楔でもあった。

 戦後、《雷の翼》解散を受けて周辺諸国が軍事的な圧を増加させた背景があり、

 軍事力を補う為、宙ぶらりんだった戦闘力の『冒険者』『傭兵』『魔法使い』たちを

 王国の軍事力と位置付ける為に強引に一本化。勇者という名前の職業にした。

 これにより兵士不足を補った。

 良くも悪くも勇者という耳心地の良い言葉によって夢見る少年少女を釣り出した訳である。


□ 王国

 アーリマニア王国という正式名称があるが、作中では(長いから)

 王国と単に表記される。

 魔王討伐後、魔王が支配していた西方地域を全て獲得。

 結果、国土が10倍以上に膨れ上がった。

 国力上昇と言えるが、西方地域は管理できていない場所が多く、犯罪も多発している。

 治安がいい所は治安がいいが、悪い所はとにかく悪い国だ。

 尚、戦前からの国土であった王都から東側の農業地帯は治安がかなり良いとされている。


□ 交易都市

 ジンの家がある場所。インフラ整備もされており近代的。

 王都から南側。海辺であり魚介豊富。

 ジンさんのオススメは海鮮を使ったぺペロンチーノパスタ。

 ハルルのオススメは唐辛子弱めのトマトパスタ。


□ ギルド

 昔の冒険者ギルドや魔導士ギルドは全て『勇者ギルド』と名称を統一させられた。


□ 黒歴史

 ライヴェルグ時代、ジンさんはカッコつけて技をハチャメチャしていた。

 用語という訳ではないが、ひとたび歩く度に黒い歴史はそっとやってくる……。

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