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【07】そいつ、好きにしていいぞ【12】


◆ ◆ ◆


「マッキー、まだ来ないよ」

『まだ一時間も経ってないぞ』


 今いるのは、国境の町から歩いて一時間程度の隣にあるカナイ村。

 ギルドもなく、宿も一軒しかない、良く言えば長閑(のどか)な、悪く言えば田舎な村である。


「待つの、あんまり得意じゃないし」

 ぷぅ、とレッタちゃんは膨れて、大樽の上で足をぶらぶらさせている。

 オレたちは、マキハを待っていた。


「まぁ、一日だけだし、我慢してよ」

 我慢してる。と、レッタちゃんも頷いた。


「マッキーの意志、尊重したいって言ったの、私だし」

 マキハ自身が、今後どうするか選ぶべきだ、という話し合いになった。

 まぁ、国家反逆罪っていう名目で、手配書まで作られ、オレたちは名実ともに犯罪者。

 そんな奴らと一緒に行くのは、そりゃ危険が伴う。いや、危険そのものか。


 だから、考える時間として、一日だけ待つことにした。


『一日考えれば、どうするか決めれるであろうからな』

「そうかなぁ。私はその瞬間に直感で即決しちゃうけど」

『キミはそうかもしれないが、普通は』

「また普通って言った」

『……多くの者は、考えるのに時間を要する』

 狼先生がそう言うと、レッタちゃんは膝を抱えた。


「……考えても、答えは同じなはずなのに」

 貴族に目を付けられたんだから、もうこの土地を離れた方がいい。

 だけど。

 レッタちゃんの座る大樽に、寄りかかり、煙草に火を点ける。


「家族との思い出がある家を飛び出す、っていうのは、中々難しいんじゃないか?」

「……まぁ、それは、分かるよ。分かるもん」

 レッタちゃんは、自分の髪を撫でた。


「マッキー。まだかなぁ」

『随分と気に入ったんだな』


「うん。一番気に入ってるガーちゃんの次くらい気に入ってる」

 オレ、一番、気に入られてるのか。

 照れるぜ。へへへ。


『だったら、その気に入った相手を信じるしかないだろうな』

「……はぁい」


◆ ◆ ◆


 ……わたしは、臆病者だ。

 自分が思っていることを、相手に伝えるのが怖くて仕方ない。

 伝えて、それが集団の意に沿わないものだったら、集団から排除されるのを知っている。


 わたしの両親が、そうだったから。

 ……レッタさんたちには言えなかったけど、わたし自身、すでに『要注意人物』という烙印が押されてる。


 わたしの両親は、貴族制度を撤廃する為に、活動をしていた。

 まだ十二歳だったわたしは、何のために頑張ってるか分からなかったけど、両親を応援していたのをよく覚えている。


 でも、応援は、実らなかった。

 寧ろ、貴族制度の廃止を要求した行動が、国家への反逆行為と認定された。


 だからね、トゥッケ領主代行が、わたしに強く当たるのも理解できるんだ。

 ……それで、結果的に、村八分にされ、生活が困窮した。


 それで三年前、まだ十二歳のわたしを置いて、両親は他界した。

 …………。


 時刻は、夕方を過ぎた。窓から差し込んだ夕日も、消えそうだ。

 レッタさんたちを見送ってから、かれこれ六時間くらい。


 ソファに寝転がり、瞼を閉じる。

 両親が……お父さんが、ソファに座って、お母さんが料理をしていた。

 あの風景が、蘇るようで。


 でも。

 この家に、この土地に、これ以上。

 臆病だ。まだ怖がって一歩踏み出せないでいる。

 でも、わたし。


「……お父さん、お母さん。臆病者で、喋るのも下手な、わたしに。

 一緒に行こう、って言ってくれる友達が出来たよ」


 夕日が沈み切った。


「わたし……。決めたよ。行こうって思う」


 独白が、部屋の中へと消えていく。

 代わりに、初夏らしい熱気が、部屋にまだあった。


 明日の朝、ここを出よう。

 ノアと一緒に、レッタさんたちと一緒に、自由に生きてみたい。

 だから。


 あれ。

 そういえば……ノアがまだ帰ってきてない。

 外で野生の子たちと遊んでるんだろうか。


 扉がぎぃっと開いた。

 あ、戻ってきた。起き上がる。



「なんだよ。あの女は一緒じゃないのかよ」



 ズカズカと、音を立てて。

 十名以上の勇者を引き連れた、領主代行のトゥッケが、家に入ってきた。

 なんで。昨日の、あの大怪我は。いや、それより、なんで、勝手に家に。


 パシーン


 乾いた音が響いた。何が起こってるのか、何か理解する前に、わたしは、転がっていた。

 頬を叩かれたことに気付いたのは、その数瞬後だった。

 そして、すぐに激痛が走る。髪の毛が引っ張られていた。


「おい。あの女、どこにいるんだ?」

「し、らなっ」


 ごっ、という音がした。岩を落としたような音。

 顔だ。殴られた。

 ぼたぼたと、何か零れてる。赤い。あ、鼻血だ。


「昨日はよ。散々っぱら、痛めつけてくれてさ。なんなんだ、あの女はっ!!」


 痛い。痛い。それしか、分からない。

 やめて。と叫んでも、馬乗りになったトゥッケに、ひたすらに殴られた。


「せっかく、ぶち殺す為のよぉ、人、集めたってのにっ! 居ねぇんじゃなぁ! どこに行くとか、聞いてねぇかぁ?」

()らない……なにも、きいてない」

「嘘つくんじゃねぇよ!!」


 お腹に何かがめり込んだ。足か、膝か、分からない。

 何か、割れるような音がした。骨の音、折れたのかな。


 ── オレたちは、隣の村にいるよ。あ、西方面のカナイって村?

 ── 一日使ってよく考えなさい。楽な旅ではない。

 ── 待ってるからね、マッキー!


「どこ行ったんだよ! 場所くらい伝えて行くだろ!?」


 カナイ。カナイ村。って答えれば。

 レッタちゃんたちは、強いから。

 こんな奴ら、絶対に、倒せる。強いんだもん、レッタちゃんは。

 だから、場所くらい、伝えたって、いいよね。


 わたしじゃ、こんな勇者たちに、勝てない。

 だから。……だから。

「か……」

「か? カーセナルか? カナイか? おい、まさかカジュ国か?」



「か……帰れ、くず貴族」



 パシーン


「質問に答えろ!」

「……親の七光り! 役立たず! ボンクラの……うっ、痛っ」

「クソガキが!」

 殴られる。殴られる。

 痛い。ダメだ。やっぱり。

 でも……これは、痛いよ。涙が止まらないもん。


 だけど。ここで、レッタさんの居る場所、伝えたら。

 多分、もう、友達じゃいられないって思った。

 レッタさんは、許してくれるけど。違う。

 わたしが、わたしを許せなくなる。


「居場所吐かないと、このクソカラスも殺すぞ」

 ずりずりと、引きずられてきた。


「ノアっ!」

「カラスが友達で家族なんだろ! 人間の友達一人もいないもんな、お前!」


 勇者たちの笑い声の中、手を伸ばす。

 ノアは。ノア、だけは。


 ぐしゃっと、手が踏まれた。


「大切なんだったら、吐くしかないだろ? 居場所をよ」


「…………くせに」

「あぁ!?」


「わたしの、おとうさんとおかあさん……殺したくせに」


 トゥッケの顔が、ぴくっと動いた。

 そして、トゥッケは、イラっとした顔をした。


「証拠はないだろ」

「……その、態度が……証拠で、答え」


 トゥッケがわたしの胸倉を掴んだ。

「大人しく、従順に従って、あの女の場所を吐いておけば良かった、って後悔させてやるよ」

 眼鏡が割れた。


 床にわたしは投げつけられていた。

 大丈夫。絶対に。


「おい。お前ら。そいつ、好きにしていいぞ。尊厳も精神も、根こそぎ踏みつけろ」




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