【24】杯の水【33】
◆ ◆ ◆
私は時々、夢ではない夢を見るッス。
どこまでも続く白いタイルの床の上に、私はいつも素足で立っていて……視線の先にはいつも水たまりがあります。
透明で、山の湧き水みたいな綺麗な水。その水の中心には水を凍らせて作ったような硝子の台座があって、その上に、これまた氷か硝子のような透明なモノで作られた優勝トロフィーみたいな杯があります。
どこにも穴が開いていないのに、その杯から水は漏れ続けています。この部屋の水たまりはこの杯から漏れたものが原因みたいッス。
私が初めてこの夢を見た時には、水はもっと入っていましたッス。なんなら満杯だったかもしれないッス。
その杯の中身は──もう四分の一も残っていないッス。
最初この夢を見た時は、自分の寿命かなとか思ったんスけど、どうやら違うって最近しっかり分かったッス。
この水は……。
──この水は、サシャラさんの術技であり……記憶。
思い返せば。私が窮地に立った時、この水が形になって私を助けてくれたような気もするッス。
声が聞こえたこともある。だから会話できるかも! と思ったんスけど、無理そうッス。
話しかければ、何か返事が聞こえる……んスけど、どうにも何を喋っているのか分からないッス。遠く、ぼんやりと壁の向こうにある会話の声、くらいにしか聞こえないッス。
イメージが難しいかもッスよね……。うーんと、私の中にサシャラさんっぽい幽霊がいるようなイメージッスかね。幽霊だとあまりにも失礼な感じなので『記憶の残滓』とでも呼ぶッス。
この記憶の残滓の水……察しが言い方はもうお気づきだと思うんスけど……触れたら──サシャラさんの力の一部を借りれるッス。
ただ、床に溢れ出ている方は、いくら触れてもダメッス。
あの杯の中身に触れた時だけ、サシャラさんの記憶の残滓が私に流れ込んできて──一時的にサシャラさんの術技を使える、んだと思うッス。
思うっていうのは、試したことが無いからッス。
ただ、確信めいてるッスよ。絶対、この杯にある残り僅かなサシャラさんの記憶という名前の水を飲んだら──私は一時的にサシャラさんの術技を使えるようになる。
でも飲みたくはないッス……あ、いえ、衛生的な問題ではなくっ!!
杯の水はもう僅かッス。
もし、飲むことで、少しでもサシャラさんの『生きてた時の記憶』が蘇るとしたら。
出来るなら。この残滓は……ヴィオレッタさんに言葉か何かを残す為に。
出来るなら。この残滓は……ジンさんに……何かを伝える為に。
そう思っているんス。
だけど、水は──口をつけろと言っている気がするッス。
『私を使え。』そう言っていると思うんスよ。
それでも私は、躊躇うッス。
杯が──サシャラさんが自ら溢れようとしているッス。
それでも。
何か声がするッス。きっと注意ッスね。
たしかに。分かるッス。サシャラさんの警告。
今の現状が。
◆ ◆ ◆
(──なんで私がまだ立ってられるのか、ワケわかんないくらいの、危機的状況、ッスもんね)
──溶鉱炉から取り出したばかりのような、白熱する炎が振り下ろされた時、ハルルは間一髪で躱していた。
(けどまだ。やれるッス!)
時を遅く見る目──『絶景』。
死を前にした瞬間、ハルルの集中力は最大まで高まり、ルクスソリスの攻撃を何とか目で追い──体を動かした。
大振りの拳振り下ろし、そこから炸裂した爆竹のような細かい炎閃。
薙刀でそれを叩いて潰す、その間隙を縫ってルクスソリスの左腕の橈骨が捲れあがり刃のようにハルルに向かった。
薙刀の刃を蹴り上げてルクスソリスの腕ごと弾いて吹き飛ばす──更に一歩下がって距離を取った。つもりだったが、ルクスソリスが既に真上に居た。大きく口を開けたルクスソリスの口に魔力が溜まったのを見逃さなかった。竜の炎息と同じ原理だ、と体が自然と動き、ルクスソリスの顔面を裏拳で殴った。発動ギリギリで炎息は明後日の方向へ飛んでいった。
それが今、瞬き一つの間に起きた──連撃の全容である。
避けられている。間一髪だが、渡り合えている。
(ルクリスさんは髪を斬られて『お怒りモード』ッスけど、『お怒りモード』のおかげで攻撃が単調ッス。ただ素早いだけのまっすぐな攻撃なら、絶景状態での回避はまだ出来るッス……! だから、これを続けて行けば──)
ふと、ルクスソリスが止まった。肩で息をしている。
バテた? いや、そんなはずは無いとハルルは額に一筋汗を掻いた。
「不快。不愉快。本当に、本当に」
ぎちりぎちりと歯を壊れる程に軋ませて、ルクスソリスは拳を握る。
──正面。ルクスソリスはハルルが目で追える限界の速さで突進してきた。
(! また真正面からッ! でもそれなら防げるッ! あれなら)
瞬間、ハルルの耳元にだけ風が吹いた気がした。
──『武器破壊の技が来る』。
そう風が囁いた気が──。
「──汚らしい薙刀が、不愉快だ……ッ」
ルクスソリスはもう目の前に来ていた。
風の言う通りなら、その拳にハルルには分からないように付与した魔法は『武器破壊関係』の魔法なのだろう。
ハルルには選択肢があるようで、実は無かった。
攻撃が来ると分かっていても、ルクスソリスの速度は目で追うのがやっとな程で、体が付いてきているのが奇跡だ。──もう攻撃を回避できる間合いじゃない。
防御すると頭が決めて体が動いていたのもあった。ルクスソリスの拳が既に突き出されているのもあった。
ルクスソリスの拳を伽雷薙刀の柄で防ぐ。
みしりと音が鳴る。
ハルルが今使っている伽雷薙刀は、彼女の武器ではない。
これは、セレネが貸してくれている武器である。そして背後にはセレネが居る。 ──みしりと音が鳴る。
浮かんでしまっていた。『祖父が打ってくださった薙刀なので』。そう言った、セレネの顔が浮かんでしまっていた。
「『壊器の──」
「っ!!」
その瞬間、ハルルは自身の薙刀を膝で、上空へ蹴り上げた。
「──拳』」
つまり。
ルクスソリスの拳を──防御することなくその胴で受け止めた。
「ァっ──!!!」
「あらー??? 何、自分から防御外してくれちゃってんの~?? 私へのサービス??」
──べぎり、という音と共に、ハルルが後方数メートル、『く』の字になって吹き飛ばされた。
◆ ◇ ◆
いつも読んでいただきありがとうございます。
申し訳ございません。
先日行った深夜業務以降、体調がよくならず、本日の投稿(12/13日)をおやすみさせていただきます。
急なお知らせになってしまい申し訳ございません…。
急に寒くなりましたので皆様もお気をつけてください…。急なお知らせになってしまい誠に申し訳ございません…。
暁輝 2024/12/13 15:25




